魔法学試験・前編
タグのチートが活かされる日が……ちょっと来た?
魔法とは。
科学その他では説明できない事象の総称であり、超常現象の中でも特に人間が(もしくは魔法生物が)起こしたものを言う。
その原理は自分自身の体内にある魔力を扱う場合と、空気中に流布している魔素を扱う方法とがある。他には魔法動物を狩り魔力を抽出する方法などもあるが、そのコスパの悪さと動物愛護の観点から現実的ではない。と言うかそもそも食料目的ぐらいでしか害獣以外の狩りは許可されていない。普通に犯罪だ。
そんなわけで多くのご家庭やこの王立学園では先に言った二通りの方法で魔法を扱う。まあ前者は人間一人が保有する魔力量は限られているため全く魔素のない地域や魔素を変換する器官の損傷などよっぽどのことがなければ使うことはない。もしくは魔力量が桁外れに多い、とか。
また魔法にもいくつか種類がある。それが五大魔法の火、水、風、光、闇。それに加えて禁忌魔法、五大魔法のどれにも属さない魔法であり、それの使い手は迫害の対象だったため担い手はそう多くない。迫害の例としては「緑の手」と呼ばれる大地を操る能力の家系の王都永久追放などがある。
まあこれは前世の頃の話であり、最近はむしろ歓迎されているようだが。私が死んでから物心つくまでに何があったのか。アジメク(本物)の予知能力は禁忌魔法にあたるが特にその心配はないようだ。
とまあ、ここまで丁寧に説明して察しがつくかもしれないが、私が、そうだったのである。
魔力量が一生で使い切れないくらい多くて、禁忌魔法の使い手だったのである。
あ、今は禁忌魔法じゃなくて特別魔法って言うらしい。
話は約三十分前にまで遡る。
「これより、星歴一三五七年度、第一六〇回生の魔法実技クラス選定テストを行う」
第一体育館ほどではないが十分の広さのある第二体育館には、大体三十人ほどの学生が集まっていた。どれも魔力のあるものばかりだとは思うが、ここから実際に魔法クラスに選ばれるのは十人前後だ。
だがこれは判断基準が厳しいのではなく、それほどまでにこの時代の魔法使いのレベルが落ちていると言う意味である。とても残念なことではあるが、化学が発達し魔法という限られた人間のみが使う能力がなくとも人々の生活が豊かになったと言う意味でもある。だから歓迎こそして嘆くことではない、と言うのは人の受け売りだが。
えっと、でも誰の言葉だっけ?
「試験官は私、魔法科担当講師のアルキオネ・スバルが行う。私は魔法クラスのみ担当しているためここの生徒の大半がこれきりになるかと思われるため名前を覚える必要はない。試験は約三十分間、不正を行った場合は即失格とし、場合によっては退学も視野に入れたまえ」
早速厳しそうな先生が出てきた。神経質そうな眼鏡と七歳ならではの低身長を差し引いても見上げるような体躯は一瞬で他を圧倒する。
それにしても退学って……確かに血の宣誓を行って仕舞えば無理に留めておく必要はないのかもしれないが、もちろんその場にいた生徒がざわついた。それを舐めつけるようにスバル先生が睨みを効かせる。不正を行う予定はないが、それでもざわつくのが人間の心理だ。
「では早速始めよう。まず、魔力量の測定から行う。名前を呼ばれたものから前に出て、この計測器を握りたまえ」
そうして一人ずつ呼ばれるのを眺める。先にも言った通り、ほとんどの場合体内の魔力ではなく魔素を使用するが、そもそも体内に魔力がある程度ないと魔素の変換も出来ない。まあここにいる人たちは魔力があると判別されてテストを受けにきたのでほとんど作業のように進んでいく。
測定器は血の宣誓で使用したようないかにも魔法っぽい古典的な道具をイメージしたけど、簡単な温度計みたいなものであった。大きさも大体それくらい。そのため数値が見えない。
「次、ガクルックス」
あまり待たないうちに私の番になった。渡されたものを素直に握り込む。
割れた。
「え……?」
幸いガラスが弾け飛ぶ前にそばにいたスバル先生が払ってくれたので怪我はなかったが。え、これ割れるもんなの?
「え、せんせーー」
「次、カストゥラ」
(え?)
え、これびっくりしたの私だけ?サッと持参してきた籠からもう一本取り出し平然と進める先生に思考が止まる。なんでそんなに平然としてんの?
「ガクルックス、何をしている。列に戻りなさい」
「は、はい」
注意されたし。
……よくあることなのかな。先生もガラス片を飛ばしたりとかスムーズだったし。
列に戻ると、隣にいる女の子が声をかけてきた。
「先生と話されていたけど大丈夫ですか?」
心配してくれたらしい。親切な子だ。
「あ、ええ。壊してしまったかと思ったけど、先生からも何も言われませんでしたし」
多分良くあることなのかな。
「ふふっ、そんな計測器のせいにしなくても大丈夫ですわよ。強がらなくても」
その子は丁寧に巻かれた髪を揺らして上品に笑った。
「え?」
「抗議されたんでしょう?値が低すぎて。いくら魔素の変換能力が重要だと言っても魔法のガクルックスの名が廃りますものね、あまりに魔力量がないと」
「い、いえ違いますわ」
堂々と、と言えば聞こえはいいがすなわち周りに聞こえるように言う彼女に慌てる。なんてことを言うんだ。というか確証もないのにそんな言いがかり、公爵家の私に対してあり得ない。それこそ名前に傷をつけるような発言は子供同士だからこそ許される範囲であるが歓迎されるものではない。
あ、この子近衛兵の采配を任されている侯爵家のとこの子だった。王宮でもそこそこの立場にいるし、こうしてつっかかってきても……まあ子供同士の喧嘩で済ませられる範囲か。
「私が大丈夫かと聞いたのはあなたのお家のことですわ。入学前デビュタントもせず、私たちの招待も断って何をしていたのかと思えばもしかして魔法を使えないから引きこもられていたんですの?これでは全属性の魔法を使えるというのも誤りがあったのでは?」
す、すっごい煽ってくるじゃん。なるほど、あの三ヶ月のことを言われてしまえば何も言えないし一番最後のは大正解である。
というか、この状況はまずい。なんというか、『アジメクに相応しい生活』ではない気がする。というかカートレット家を貶める発言をそのままにしてはいけない。
「おい、そこらへんにーー」
「そこ、私語は慎め」
アルが口を挟むのと同時にスバル先生がこちらを指差した。助かった。いや、厳密には助かってはいないけど。まあこの試験が終わるまでに言い返せればいっか。
多分助けようとしてくれたアルにジェスチャーで感謝を送ると、心配げな表情を引っ込めて前を向けと指を刺された。私はそれに従って前を向くと、スバル先生は次のテストの準備に取り掛かっていた。
その隣で私たちを見ていた侯爵家の令嬢が嫉妬で顔を歪ませていたことには、私は全く気づけなかった。
「次は魔素の変換能力の計測を行う。今から配る器具に各々規定量まで魔素を籠めろ」
先生が即席で作った机と椅子に座り、次は二つ目のテストを行なった。
お、今度は魔法っぽいのが出てきた。金属製の杯か。あれに入れると魔力が可視化するのか。これまで魔法器具なんてほとんど見てこなかったので少しワクワクである。魔法の小説っぽい!
「……あれ」
しかし私が渡されたのはガラス製だった。ガラス製で、メモリが書いてあって……。
「ビーカーかな?」
見た目ただのコップである。私みたいな人が見回すと何人かいて私だけではないが、私もあんな厳かな金属のが良かった。先ほどの魔力量計然り、昨今の魔法は思ったよりも現代に溶け込んでいるようだ。
「では始め」
合図で魔力を込める。とは言ってもコップ一杯分、一回フッと入れたらすぐに溜まった。むしろコントロールが得意ではないので溢れないか心配になったくらいだ。つまりはメモリを超えてガラスの淵どころか表面張力ギリギリである。
これ大丈夫かな、メモリ越しちゃったけど。終わったら提出って言われたけどこれ持ち運んだらこぼれそうだ。少し量を減らすことはできないかな。
今度はすうっと込めた魔法を取り除くイメージ。は、うまくできない。吸いすぎちゃうしそして足そうとしたら足しすぎちゃう。もどかしい。
そうしているうちに先ほどの令嬢が意気揚々と提出しに行った。得意げな顔をこちらに向けるが今回は歯噛みするしかない。悔しいが、完敗だ。どうにもメモリ通りに収めることができない。
あ、ただ量を減らすだけなら圧縮できないだろうか。そしたら増減スピードをどうにかコントロールできるかもしれない。私はぎゅーっとしてみた。あ、うまくいけた。イメージ通りに少しずつ減っていく。
ピシ。
「あっ!」
手元にヒビが入り思わず声を上げると周りから視線が向けられた。私は慌てて隠す。いや、隠しきれないけど、2回連続で器具を割るのはやばいって分かる。
誤魔化すように手元に視線を集中させ、それから間も無くして無事規定量に減らすことができた。私はそれ以上割れ目が増えないことに安心してスバル先生のところまで持っていく。先生はチラリと私の顔を見ると、ため息ひとつ入れて受け取ってもらえた。割れたことも割れたことを誤魔化したこともお見通しだったらしい。
少し落ち込みながら自分の席に戻る途中、侯爵令嬢に鼻で笑われた。
ちなみにここまでの魔力量、魔素変換能力を見て何人かの生徒は適合なしとして不合格になった。私は大丈夫だったけど、いかにも暗い顔で体育館を去っていく面々を見るのは心が痛む。しかし本人たちもわかっていたことだったのか、特に反論はなかった。
「次は使える魔力の種類を計る。このボードにそれぞれ叩き込め」
残った人数は二十人ほどか。少し寂しくなった試験場で縦横三十センチ、厚さ十センチないくらいの板?箱?が配られた。これがボードだろう。
「それは使い捨て用、一回きりの計測となっている。それに三十秒間、魔力を注ぎ続けろ。別に続けてそそげないものは分けて入れてもいいが、一度入れてから三十秒でそのボードは固まって注げなくなるから気をつけろよ」
わー、めっちゃ魔法っぽい道具出てきた。こういうのだよ、こういうのでいいんだよ。
手元に回ってきたものを見るとなんか土?砂?の入ったボードだった。これに魔力を込めるのか。面白そう。
指示通りに魔力を詰めていくとなんだか五つの花びらのように中心から広がってくる。赤、青、黄色、白、黒と多分これは火、水、風、光、闇と五大魔法を表しているのだろう。色味からしてそんなに綺麗な配色にはならないが、結構魔法っぽくて感動である。
て、全部同じに花びらを広げちゃダメなんだ。アジメクが現在使用できない、水と光の花びらを少し控えめに魔力を抽出する。これでよし。
次いで配られた紙袋にしまいこむ。これで提出するだけである。辺りを見渡すと周りもあらかた終わっている。って、あれ先生は?
キョロキョロしているとアルが呆れたように囁いた。
「ちょっと先生いなくなるって言って、各自終わったらあの箱に提出だって。聞いてなかっただろ」
「あー……」
魔法っぽいものの出現に興奮していたことを指摘され気まずくこめかみを掻いた。
誤魔化してから提出し終了である。最後に残ったのが私と侯爵令嬢だけだった。よかった、アルに教えてもらえて。
しばらくして戻ってきたスバル先生は紙袋の中身を軽く確認すると、「最後に実技だ」と机を取り去った。
別に邪魔になるだろうしそれはいいんだけどやる前に言ってくれ。肘をついて体重を預けていた私はそのまま前に倒れ込みそうになった。
ありがとね!アル!いつものように襟首を持って倒れ込むのを防いでくれた彼に感謝だ。しかし他に持つところなかったの?グエってなったよ。
その背後、嫉妬に燃える瞳が私たちを見つめていることに結局気づくことができなかった。
後編に続きます
訂正!(24/4/15)ごめんなさい今回前中後編なので後編の前にもう一個あります!次の次が後編です