ドキドキ!クッキング!
「お礼をしたいと思いますの。何かアジメクさんのお兄さんが好きそうなものはご存知かしら?」
これは誘拐事件のゴタゴタが落ち着いて、なんなら豊穣の週休暇が終わった後の話である。
なんでも、聞くところによると私たちを助けに来てくれたのはシリウス先生だけではなく、ギナンさんやアジメクの(義理の)兄もだったらしい。
ちなみに私は義兄とは会ったことがない。メイドの話では無口で大人しい人らしい。賑やかでやかましくて活発な前世の兄とは大違いだ。彼は病気になってからも口は元気だったから。
まあ、当主によると彼はただの養子ではなく元々甥っ子だったらしいので、そんな血統のついた人間と兄を比べるのも失礼だろう。
そんなふうに、私は義兄の何もかもをご存知ないけど、それをそっくりミラに白状するわけにもいかない。なぜなら対外的には「アジメク」は義兄との仲が良好となっているためだ。これは困った。
(適当なこと言って全然苦手でしたとかなったらどうしよう。それでいてアジメクの義兄が嫌いなものは突っ返すみたいな性格だったら最悪だ……)
ここは無難に当主様に聞くか。
「手作りお菓子……?」
不思議そうな顔で聞き返すカペラ。
「うん、手作りお菓子」
「手作りすんの?お菓子を?」
疑わしげな表情を浮かべるベラ。
「手作りすんの!お菓子を!」
全然話通じないなこの子達。
スピカは今日のために集めたミラ、ギナン、カペラ、ベガの反応にため息を吐きそうになった。
いや、正確には「お菓子って買うものじゃないの?」という顔をしているのはカペラとベガだけだけど。
さすがお嬢様というところか。ただし残り二人に水をむけてみると二人ともお菓子作りはしたことがあるということなので、多分二人が世間知らず。
さて。今日は女子会兼お礼のためのお菓子作り。
お礼がお菓子作りになったのは、単に当主様にお礼が何がいいかを聞いた時に彼からお菓子を作って欲しいと言われたからだ。
なんか言い方的に当主様自身が欲しいみたいだったけど、生ものの配達ができないことなんて彼も重々承知だろうから気のせいだろう。
まあでもお菓子なら消え物だし、量も可愛らしいものにしておけばそう迷惑にはならないはずだ。もしもつっかえされても「防犯上警戒したのかも」とか言って誤魔化せる。
しかもお菓子なら、私は一つ、アイディアがあるのだ。
「それがこれ、『世界一美味しいクッキー』」
「「「「おおー!」」」」
綺麗に声が揃ったな。仲のいいことで。
私が示したのはクッキーのレシピ。実はこれ、前世で小麦が運よく手に入った時に一人で作ったものなのだ。
そして名前の通り世界一美味しい。私が味見した時はそんなこと思わなかったけど、前世の兄がそう言ったので間違いない。
材料は小麦、卵、砂糖だけ。しかも前のうちはオーブンがなかったのでフライパンで焼くクッキーだ。初心者にも安心。
四人が私の書き留めたレシピを見てふむふむと頷く。料理の経験値としてはカペラとベガがさっぱり、ミラは作っているのを見たことはあるし簡単なことはできる、私とギナンは普通に料理ができる、ってくらい。
だからカペラはギナンが、ベガは私とミラが見ながら作ることが決定した。まあ普通に侍女とかに手伝って貰えばよかったけど、「私たちでできます」って言っちゃったから……。彼女たちは今日は休日です。
そんなふうに組み分けまでして、最大限警戒してクッキー作りに取り組んだ私たちだが、五分もしないうちに侍女を呼ばなかったことを後悔することになる。
料理初心者は二歳児と一緒。つまり何をするか分からない。そのことを私たちはまだ知らなかった。
ガシャン
「ひよこさんごめんなさーい!」
「カペラ!そこに有精卵は入ってないから泣いてないでさっさと片付けて!」
「あ、あ、ギナン、あの……」
「キャー!ベガ、あんたなんで小麦粉ぶちまけてんの⁉︎」
大変そうだ。というのも大分他人事だけど。
「ギナン……助かる。こんなに大変だなんて思わなかったわ…………」
隣で燃え尽きるミラに、乾いた笑いが漏れる。多分私も同じように燃え尽きているだろう。
何せあやつら、交互に問題を起こす。小さな失敗でも騒いで大きな失敗にするカペラと静かにしてると思ったら静かにやらかしているベガの最強タッグ。今すぐ解散してほしい。
現在は意外と面倒見の良いギナンが二人のことを一手に引き受けてくれた。つまりはその隙に私とミラだけでも完成させてという意味。簡単なレシピなのですぐに終わった。
まあ残りの三人も作り終わるのが先か諦めるのが先かと言ったところだろう。いや、それとも材料がなくなるのが先かもしれない。
殻が盛大に入った卵は取り除いて使っていたが、床やシンクにぶちまけた小麦粉はどうしようもない。スタッフも美味しくいただけない。
私の予想通り、三十分後絶望に座りこむ名家令嬢二人の姿があった。
「本当に、好きだったの」
無骨な部屋とクッキーの失敗作。そして何よりも当初の予定よりも半分以下の人数である、たった二人で行われた女子会で、ミラはいっとう大切な秘密を私だけに打ち明けた。
視線は私に向いていなくて、絶望疲れと怒鳴り疲れで昼寝を始めた三人の方に向けられている。私はうっかりでもミラと視線がかち合わないように視線を逸らした。
「本当に、好きだったのよ」
彼女はもう一度、顔を俯かせて言った。
誰を、と聞くのは野暮だろう。ミラのあの男を見る目は特別で、ただの知り合い以上であることは明らかだった。
十一歳のミラと、二十代の男。貴族と平民。誘拐された少女と誘拐犯。世間に許される要素を探す方が難しい。
私はなんと答えていいのかが分からなくて、黙ってしまった。でもそんな私の反応すらもミラは笑って許した。
「だから、なんて言い訳がましいけど、それでもだから私は彼にスバル先生の防御魔法について話してしまった。アジメク、貴女を危険に晒してしまった」
本当にごめんなさい。しっかりとした声音で言う彼女に、私は必死に首を横に振ることで答えた。
「…………あの時」
印象的な声が響いた。私とミラは弾かれたように顔を上げる。いつから起きていたのか、ギナンの瞳はしっかりと開かれていた。
「あの時、一緒に行くつもりだったでしょ」
あの時というのがいつなのかは分からない。しかし、ミラが息をヒュッと吸い込んで、肯定の代わりに顔を背けた。ギナンは青筋を立てて詰め立てた。
「それはあの男について行きたかったから?あの男と一緒になりたかったから?」
「ぎ、ギナン……」
「大丈夫ですわ、アジメクちゃん」
いやに感情的な言葉に慌てて止めようとしたが、ギナンは意外と冷静で、ミラもそれは分かっているようだった。
「ミラは、それでよかったの?あの男と一緒になって、一生名前も呼ばれない、赤の他人のために偽物の妹になって、他人の身代わりになって、そんで結局は……。それでよかったの?それがあんたの幸せだったの?」
「……それは…………」
ミラは唇を噛んで俯いた。私はあの時、二人とは違う場所にいた。だから二人の間にどんな会話があったのか、何も知らない。ただ二人で完結する感情だけがこの場を漂っていた。
「別に、なんでもいいけどさ」
ギナンは言った。彼女は対照的に、ミラから私から顔を背けて、隣で眠るベガの頭を柔く撫でた。その顔は怒っていて、でも声は泣きそうなほど悲しんでいた。
「あんたも色々考えてんだろうしさ、実際あの家族にとっての最高の幸福はあんたが一生妹の代わりになることなんだろうし。でも、でもさ……あんたのこと、心配してる人がいるのをなんで分かんないかな……」
「………………」
クシャりとギナンが自分の前髪を乱す。前髪についていたらしい小麦が指先に移って、それを息で飛ばす。そんな行儀の悪い行為が、彼女がやるとなんだかかっこよかった。
「まあでも、それ抜きにしてあんたたちお似合いだよ」
彼女はふと立ち上がる。そのはずみで彼女を両側から枕にしていたベガとカペラが頭をごっつんこ。彼女はそんな事故を気にせず、ミラの頬に手を滑らせた。
「誘拐犯に恋する少女と誘拐したはずの少女を命懸けで助ける誘拐犯。確かにそれも、愛の形だったかもね。私から見ればずいぶん哀れだけど」
「……恋、だったと思う?妹と重ねた親愛じゃなくて?」
ミラは祈るように言った。そんなミラをギナンは鼻で笑う。
「私からしてみればあの男の方こそミラを妹に重ねることを嫌がっていたように見えるけど」
「え……?」
「本当の妹にミラはよく似てたよ。でもわざわざ一年前に出会った無防備なミラじゃなくて、次々と他の少女を攫ってみたり先にアジメクをお母さんのところに送ったのはなんで?」
「え、え。……な、なんで?」
「さあね」
ミラを散々弄んだギナンは一つ失敗作のクッキーを口に放り込むと大惨事のキッチンに片付けに向かった。完全に話に置いてかれていた私もそれに倣って立ち上がる。
目を逸らしてはいたがキッチンは水魔法で丸洗いしたいほど散々な有様で、これは人手が欲しいとカペラとベガを叩き起こす。おい二歳児ども、片付けまでが料理だ。
「あー、にっが」
再び騒がしくなるキッチン。悲しそうなギナンの呟きが、私の耳を震わせ、消えた。
ーーーーー
「お、なんか珍しいもの持ってんな」
《……もらった》
「ふーん」
高等部、放課後。シリウスは珍しい背中がモソモソと何かを食べているのに気がつき、近づく。その中身はいかにもファンシーな包装紙に入ったクッキー。
添えてあるメッセージカードからそれがこの前助けた少女からのものであることが分かる。まあ、贈り物にクッキーとは無難な贈り物だろう。それこそ消え物で、手軽。手作りというのが少し勘ぐられる要素にもなるが、初等部の子が頑張って作りましたと言われれば誰も文句は言わないだろう。
「うまいか?」
《……まあまあ》
あとは相手の好みにどれだけ添えるかという問題だが、彼はパクパクと摘んでいるから少なくとも不味くはないのだろう。
《昔》
レグルスが唐突に文字を出す。彼の言う昔とは、あの子が死ぬ前のことだ。
《昔、スピカが作ってくれたことがあった。分量とかも適当で、なんかボロボロで全然甘くなかったけど、世界一美味しかった。……これ、ちょっと味が似てる》
「……て、それ全然褒めてねえな」
いい話し風に言っているけど、つまりは不味かったクッキーに似ていると言うのだ。そう返すと彼は《世界一のクッキーに似てるって言ったのに?》と返した。そう言うことじゃないんだよな。
「……それで?思い出したか、懐かしい日々を」
《まあね。でも、そういうのはもういらない。それこそ今更だ。……だろ?》
そう言って取り出したのは一本のリボン。もちろん仕掛けがある。
「あの事件のゴタゴタで採取してるかと思った」
《……仕方ない。あの自称でも自分を神とか言うやつの血を入れるなんて真っ平だったからな》
「情がうつったか?」
《なわけないだろ》
そう言いながら、彼が仕掛け入りのリボンを返信用封筒に入れるのをシリウスは黙って眺めるしかなかった。
これ以外に方法はないと自分に言い聞かせながら。
ーーーーー
「アジメクさん!アジメクさんのお兄さんから返信が来ましたわ!」
「よかったね、ミラ。あ、綺麗なリボンだ」
「はい。あ、よろしければアジメクさんにあげましょうか?クッキーを作ってくれたのはほとんどアジメクさんですし」
「え、本当?くれるならもらっちゃおうかな……あ、いたっ」
「アジメクさん?どうされました?」
「あ、なんかリボンを触ったらチクって。あ、血が出ちゃった」
「あら、棘でも混じってしまったのかしら。絆創膏ありますよ」
「ありがとう。……あれ?やっぱり大丈夫かも。傷、治ってる。気のせいだったかも?」
「そうですか?それなら良かったですわ」




