哀れな恋心
「ミラはどこ」
「……」
グッと片足に体重を乗せる。
《……おい、顔を踏むな。スカートん中見えるぞ》
「まだ子供だからうまく体重乗らないのよ。だから折れる骨が鼻の骨くらいしかないの」
《……骨を折ろうとするな》
目の前に浮かぶ火の文字にイラッとして手で振り払う。あつっ。そう思っとシュンん間に水に包まれるのもありがたいが正直癪に障る。
ギナンはフンと鼻を鳴らすとそっぽを向いた。ミラの居場所を吐かせるのに手段なんて選んでられないと思うけど。レグルスは焦っていないのだろうか。
「それで、どこ?その扱いによってはあんたを殺す」
《殺させねえよ?》
「ねえさっきからやめてよ。気が抜けるじゃん」
《俺は脅すなって言ってんの》
「尋問の次は拷問でしょ?」
《どこの常識だよそれ》
「…………だ?」
「は?」
レグルスと言い合う私の耳に微かに聞こえてきた声を聞き返す。その音源は拘束された男から。そいつは毒が抜けたように力を抜いて、そう聞いてきた。
まるで何かを祈るような声色に言葉を失う。聞き返すと彼はこう言い直した。
「あの子は、どうやって死んだんだ?」
なんで、そんな顔で。
そんな痛ましそうな、悲しそうな、苦しそうな顔でそれを聞くの。
私は彼の感情に押しつぶされそうになって、私まで苦しくなった。だから喘ぐように彼に真実を告げた。
「…………ぐちゃぐちゃにされて、死んだ」
私は彼に少しでも詳細な情報を伝えようとした。少しでもと頑張って思い出す。あの時、あの時の私は何も考えず、どう残酷にあの子の死体を描いたのか。
「あの子が発見された時は、ぐちゃぐちゃだった。外見もそう、どこもかしこも殴られたり引っ掻かれた跡があった。でもそれ以上に中身がぐちゃぐちゃだった。魔法でどこもかしこも弄られてて、胃が健康体とは言えないくらいに小さくさせられてたり、脂肪や肉が取り除かれてたり。あと声帯と顔にも手が入ってた。それで、一番酷かったのは脳みそ。多分死因もそれ。魔法士とは言え素人だもの、人間様の複雑な脳みそを安全に弄れるわけがない」
「…………」
「どこもかしこも酷い具合で、死体の判別にも時間がかかった。それでもミラだと分かったのは土に丁寧に埋められていたからと、埋めた場所を匿名でリークした人がいたから。だから発見が早い分、見た目の死後の変化が最小限だった」
「…………」
「私が知っているのは、これくらいよ」
「そっか……」
彼は、私の言葉にゆっくりと目を閉じて、開いた。
《えぐいな……》
レグルスがドン引きしたような顔をする。まあ、私も誰かがそう書いたのであれば同じような反応をしただろう。でも一つ、言い訳をさせてもらいたい。
だって、彼女はそう死ぬ必要があった。まあその必要性も、未来を捻じ曲げた今となってはどのように変化するのか分かったものではないのだが。
「それで?聞きたいことはそれだけ?それなら早くミラを出しなさいよ」
「……こっちだ」
そうして男が諦めたように私を案内する。その時、それは起きた。
ドッカーン!
そう、上階からの爆発だった。
ガシャン。私の頭上でものがぶつかり合う音がする。一瞬後にパラパラと灰が降ってくる。
横を見るとレグルスがこちらに手を向けている。多分降ってきた瓦礫を瞬時に燃やし尽くしてくれたのだろう。とてもありがたい。……正直言えば灰も降ってこないようにしてくれるともっとありがたかったけど。
「な、何これ⁈」
《大きな声を出すな、やかましい。シリウスの戦闘の余波でも来てるんだろ。……苦戦してるのかもな》
「はぁ⁈あの人人類最強でしょ?」
《相手がなんかおかしかった。イレギュラーがあっても仕方ない。そんなことよりも、早く家から出ないと。このままだと家ごと潰れるぞ》
確かな浮遊感を感じて、手足でもがくと宙をかく感触。レグルスの魔法で浮かせられているのが分かる。
分かる、いや分かるけど。……ちょっと待ってよ。
彼はそれと同時並行で私たちの周囲に水のバリアを張る。それに瓦礫が弾かれ、火も寄せ付けない。私たちの周りには安全な防御壁が出来上がった。
いや、ちょっと待ってよ。なんで、待ってよ。
「ミラは……?」
そういった私の眼前に、火でできた文字が浮かんだ。
《諦めろ》
「な、なんで⁈待ってよ。お願い。お願いします……。助けてください!」
《無理だ。彼女のいる場所の現状が分からない。俺たちの安全を確保しながらの救出も困難だ。正直俺が同時に使える魔力量からしてこの屋敷全体の消火は難しい。それならシリウスが消火するのを待っていた方がいい》
「そんなのいつになるの?その間に落ちてきた天井の下敷きになるかもしれない。煙を吸ってしまうかもしれない」
《それでも、無理なものは無理だ》
「……」
《とりあえず脱出する。その後外から消火する。これがベターだ。行くぞ》
「……私が、尋問に時間をかけすぎたから?」
《誰が悪いとか言う話でもないだろ》
彼はそっぽを向いて言う。私は手足を振り回して彼の制御下から逃げられないかとするが、徒労に終わる。
「……あんた、すごい魔法使いでしょ。すごくて、なんでもできる魔法使いでしょ……」
私の無茶振りに、彼は言った。彼自身も悲しそうに。
《魔法は確かに万能だ。でも、肝心な時にはなんの役にも立たないもんなんだ》
その瞬間、聞きなれない音が耳を掠める。
ブチブチブチ。硬い布を破くように、太い縄を千切るような音。
《あ、おい!待て!》
全くの意識の外にいた男、誘拐犯の男。
彼は拘束魔法を筋力で引きちぎって、炎の向こう側へと飛び込んで行ったのである。
ーーーーーー
「アジメクさん。アジメクさん、本当に無事でよかった!」
「ミラこそ。無事でよかった……」
本当に良かった。スピカは心中で冷や汗を掻いた。自分の引き起こした爆破魔法が彼女を危機的状況に陥らせたと聞いた時は、正直倒れるかと思った。
私たち二人が救出されて、数時間後。お互い大きな怪我もなかったが、誘拐被害者ということでメンタルケア目的で入院が決定した。貴族令嬢だからか、か弱い少女相手だからか対応が丁寧だ。
部屋はミラの強い希望で二人部屋。医者も看護師も退室したその部屋で、私たちは静かに抱きしめ合った。
スバル先生は、自分がかけた防御魔法のこともあり救出後すぐに駆けつけた。医療者は大人ばかりだしね。そして彼は厳しい顔で魔法を解いて、力強く私たちの頭をかき混ぜた。そのまま厳しい顔で一言、「よく戻った」とだけ。軍人か?
そこですぐに他から知らされるだろうからと伝えられたのは、音楽祭の中止。延期ではなく中止。ミラはそれをぼんやりと聞き、私も彼女の隣で黙りこくるしかなかった。
その他諸々、他の生徒が心配していたとか、宿題は欠席の都合で期日に間に合わなくても初登校日には提出しろだとか、無理せず休めるだけ休めとか先生らしいような先生らしくないようなことを言って出て行った。
一応家族以外の面会が制限されているので、彼が滞在したのは十分もなかったと思うけど、とても濃い内容だった。濃縮されすぎてドロドロだった。
そうして一息ついた、今。新たな訪問客がその扉をノックした。
「ミラ!」
「あぁ、ミラ!よく無事だったわね!」
「…………」
上からミラの父、母、ガクルックス家当主様である。いや、実子でないにしても愛娘の設定があるんだからさ。ミラの両親のように大声出せとまでは言わないけど、その仏頂面はしまおうか。
まあ、本物の「アジメク」だったら違うんだろうけどさ。……もういいけど。
病院の粋な計らいで、家族ごとに面談室が設けられた。ミラの家族はお互いを固く抱きしめ動こうとしないので、水をささないように当主様を誘導してそっと病室を出た。
「……」
「…………」
一応病院に来たんだから、娘を心配する親の図を世間に見せたいのかと思ったけど、彼の表情が動かないことを見ると嫌々来たのかもしれない。周りの親や教師に誘導されて、とか。そうなると時間をとらせて申し訳なかったな。
パタン、とドアが軽い音を立てて閉まる。案内してくれた看護師さんが足音を立てて離れるのが聞こえる。それを確認してから私は口を開いた。
「この度は、ご迷惑を……」
その直後、思わず口をつぐんだのは、両の肩に大きな手のひらが乗ったから。私はその手のひらの熱さに言葉を失う。彼は私の肩に重いくらいの力強さで手を乗っけて、しかし何も言わない。何も言わないまま俯いている。私は約一年半も前に、ガクルックスの家を出る直前、彼の顔を上げさせようと画策していたことを思い出した。
しかしいつからか、彼と顔を合わせて話すのが当たり前になっていた。だからこそ、今の不思議な距離感にと惑う。
「…………」
「と、当主様……?」
沈黙に耐えきれず、乾いた口から言葉が転がりだす。その直後外でこの呼称はまずかろうと「パパ……」と言い直す。その間も彼は沈黙を貫いたままだった。
なんだ、なんなんだ。そのまま、部屋の時計の一番細い針が二周するかしないかくらいの、長い沈黙。
そしてその後空気が少し緩んで、当主様はまるで何かを我慢するかのように、絞り出すかのように言った。
「どうして、言わなかった……?」
私に向かってというよりもまるで空に向けて呟くような声音。なんだ、なんなんだ。
彼の萎れて消えてしまいそうな声音に戸惑いを隠せない。それは初めて聞く、ガクルックス家当主としての言葉ではなく、プロキオン・ガクルックスの言葉だった。まるで心の奥底まで解体して目の前に晒し並べられたような感覚だった。
「な、にを、報告するべきでしたか……?」
どんなに様子がおかしくても、相手は雇い主。私は迷いながらそう聞くと、彼はもう一段階沈んでしまったように感じた。
そして消えゆく声で「金髪の少女の誘拐事件が連続して起こっていること」と答えた。そうは言っても……。
「えっと、でも、あれは王都でのみ起きている誘拐事件で、お嬢様への影響は……」
言いながら気づく。でも、確かに王都の少女を全て攫い切ったら、次に狙われるのは本物の「アジメク」だったかもしれない。彼女がいくら隠れて生きていたとしても、私のように染められた金髪ではなく「アジメク」は何しろ本物の金髪だ。
「いえ、それでも報告すべきでした。……お嬢様のお身体を危険に晒してしまい、申し訳ありませんでした」
私は、顔を青くして頭を下げた。多分こういう時、頭を下げる正解の角度とかもあるんだろうけど、私は知らない。だから少しでも低く。俯いた当主様にも自分の後頭部が見えるように。
だって、解雇は嫌だから。解雇は多分、処分だから。
私は恐怖を押さえつけて頭を下げた。
「あ、あぁ……。次からは、何かあったらすぐに報告しなさい」
頭上から、当主様の声が降ってくる。彼はやっと平常を取り戻したのか、冷静に言葉を返した。
「はい、申し訳ありません」
「お前が狙われたということは、『アジメク・ガクルックス』が狙われたということ、『ガクルックス家の娘』が狙われたということだ。それ相応の対応が必要となる」
「はい、肝に銘じます」
「それから……」
ここで、彼は言葉を揺らした。私は頭を下げたままだったので、彼の表情を見ることは叶わなかった。
「無事で、いなさい」
私はその言葉に、色々な感情が駆け巡った。でも、全て隠す。隠すしかないほど立場が違うのだ、私たちは。
だから私は言った。
「かしこまりました」
その言葉に、彼はどんな気持ちになったのだろう。私は彼が分からない。ずっと分からないままだ。
私の一生は、予定としてはずいぶん短いから、きっと理解する日は来ないんだろうなということだけは分かった。




