最強たち
《行くぞ、自称神》
「自称を取ってよ貧弱男。魔法が使えなければ木偶の坊のくせにカッコつけんな」
《うるさーー》
「キャッ」
その瞬間飛んでくる足。私はしゃがんで避けるがレグルスは横腹にモロにくらって、まともな受け身も取れず吹っ飛ばされる。あいつ頭からいってんじゃん。大丈夫か?
そして前話であんなにカッコつけた割にあまりにも早いやられっぷりである。
「……ごちゃごちゃうるさい」
「あ、すみません」
不機嫌そうな男に思わず謝る。私は基本的に権力に従うタイプだ。不機嫌そうにレグルスを踏みつけにする男をよそ目に、ポケットに手を入れる。
「それで、君何?二人の友達?」
「……拉致したこと、認めるんですね」
「もうバレてんでしょ?」
薄く笑う。しかし目が笑っていない。こういう奴が一番怖い。
しかも私、この人を知らない。
私は彼とジワジワ距離を置きながら言葉を選ぶ。相手は少女連続誘拐犯。金髪という特徴はあれど無差別に攫っていることは間違いない。
そしてどう見てももやしなレグルスに対する容赦ない蹴り。いや、これはレグルスが弱すぎるのかもしれないけど。私でも避けれたぞあの蹴り。遠心力を発揮した蹴りは重そうだが遅かった。
「なんで、二人を、いや町中の少女を攫ったんですか?」
「……なんでだと思う?」
「質問を質問で返す男はモテませんよ」
「それはいいことを聞いた」
余裕そうに彼は言った。うわー嫌いだこいつ、多分モテるタイプ!
「……まあ、なんでもいいんです!」
私は左手で、外で拾った石を彼に投げる。直後、ポケットに入っていた煙玉を床に打ち付ける。広がる白煙と派手に爆薬が爆ぜる音。
それを合図に誘拐犯に背を向け走る。数秒後腹に手がまわり浮遊感が襲ってくる。多分、いや間違いなくレグルスだ。無事男の足の下から逃れられたらしい。
しかしこの、ぬいぐるみを超えてただのクッションを抱えるように横脇に抱えて持つのをやめてほしい。まあ誘拐犯ほどではないがその長いコンパスを使って運搬してくれるのはありがたいが。
しかしタイムリミットも近い。私はレグルスの腕に三本指を押し付ける。三本、二本、一本。
意図を汲んだように、ゼロの合図の前に彼は柱の影に体を滑り込ませる。一瞬後に白煙が一気に薄くなる。
「…………」
これに誘拐犯は特に反応しなかった。冷静に、目の前の曖昧な視界を腕で振り払って私たちの方に足音を立てて近づく。全く効かなかった、というか時間稼ぎになったくらいだ。
しかしこれで十分。十分、距離は稼げた。ここまで来れば大丈夫だろう。
「……」
私はレグルスと目を合わせて頷くと、浮遊感があった次の瞬間には今いるところとは違う廊下に出ていた。
《…………仕切り直しだ、自称神》
「そっからやり直すのね」
一時戦線離脱した私とレグルスは、一時レグルスの魔法で認識阻害のドームを作ると、頭を突き合わせた。そしてなんて事のない顔をしてやり直す彼に冷たい眼差しを向けると目を逸らされた。
《……それで、まずやるべきことは分かるか?》
レグルスは気まずい顔のまま切り出した。
「あの男を倒す、ミラを助ける」
《まずはって言ってんだろ。それができたら解決だわ》
「じゃあ何?」
《……まず、今何が障害としてある?》
「あんたがフィジカル雑魚なこと」
《魔法が使えないこと!》
「マジカルが使えないあんたが雑魚なこと。受け身も取れない避けることもできないこと」
《悪かったな!でも!その前に!魔法が使えないことが大問題なの!》
「そうねそうだわあんたの言う通り。それでこの状況を解決する手立ては?」
いくら認識阻害をかけていてもうるさすぎるんじゃないか。ギナンはさすがに同じく戦う仲間である青年のためにいい子の顔して頷いてやる。もしくはからかい尽くしたとも言う。
《……多分使ってるのは魔力無効化装置だ。ただし一般的なものを改良してるんだと思うが》
「魔力無効化装置?防犯用の?」
《あぁ。さっきの感じだと有効範囲は男を中心に半径五十センチって感じか。これは個人用のものと同じだから、多分それだと思う》
「そんなの、無理じゃないの?」
魔力無効化装置、というのはまあ名前通りの作用を持つ防犯用装置で、彼の言う個人用って言うのは極限まで軽量化されたもので、サイズも携帯電話くらい。確かに魔法が使えなくなったといえば一番に思い浮かべるものではある。
素晴らしい発明品だが、ただし普及は平民でのみとなっている。これは以下の二つの難点があるからだ。
一つは無効化できる魔法が火・水・風・闇の四つの属性に限られることと、電池の消耗のように無効化できる容量が限られていることだ。そもそも光魔法の攻撃魔法は現在存在しないので問題ないが、貴族レベルの魔法使いなら後者のせいですぐに使い潰す。
特に個人用は魔力の入る容量が少ない。つまりレグルスには一秒も保たない装置のはずなのだ。
《だからそれの改良だって言ってんだろ。魔力の流れ的に左胸ポケットに入ってた。多分魔力吸収量保有量をひたすら増やすよう改良されてる》
「いや、魔道具の改良なんて、ちょっとペイントするんじゃないんだし、そんな規格外の改良なんて不可能でしょ⁈」
《まあ、シリウス並みの魔力があったら不可能じゃない。そしてそれが一番可能性が高い。他の可能性があるなら言ってみろ》
「……思いつかないけど!」
私は彼に示された可能性にゾッとする。そんなことありえないと言う気持ちとそんなことあり得てしまったら、私たちはとんでもない相手に挑んでいることになるという紛れもない恐怖。
知らず、体が震える。ミラが死んでしまうという未来を変えるために勢いで飛び込んできてしまったけど、よく考えなくても連続誘拐犯の根城に飛び込んでいる状況なのだ。私は震える手を両手を組み合わせて必死に押さえつける。こんな急に、いくら相手が強敵だと分かったからと言って。むしろそこらへんのチンピラでも私は負けるだろうに。
《…………》
ぽん。
「は……?」
頭に乗った重力と温もり。まあ言って仕舞えば大きな手のひらが頭に乗る感覚に顔を上げると、難しい顔をしたレグルスがこちらを見ていた。
《…………》
「…………」
《…………》
「……情けない顔」
《…………うるさい》
せめて、慰めるとか鼓舞するとかさ、そう言う声かけが必要なんじゃないのこう言う時。
まあ、いいけど。この男はこう言う奴だと分かってる。それこそ出会う前から。こいつを産み出した時から。
ノンデリ、性格悪男、シスコンサイコ、不運な男。
……世界最強の、弟子。
ここまで知っていて何を不安がるんだ、私。いや、色々不安要素はあるけどそりゃあ。しかし今私がするのは、まるで被害者の、力なき女の子のように立ち尽くすことではない。だって私はここまで無理矢理乗り込んだ神様なのだから。
「作戦は?」
息を整え、そう問うた私に彼はニヤリと笑った。
《簡単。ぶっ壊すまで魔法を打ち込む》
「……魔力、足りるの?」
シリウス並みの魔力量で改良した装置。魔力容量が化け物並みでもおかしくない。
《俺の特別魔法知ってんだろ?》
「愚問だった。……それじゃ私は足止めと時間稼ぎ?」
《そうしてくれると助かる。さっきの煙の魔道具の他にも色々持ってんだろ?》
「まあ、容量がバカみたいなポケット以外は魔道具じゃないけどね」
《それはそれでおっかねえよ。……大丈夫か?》
彼は笑顔を引っ込め真顔で私の顔を見る。どう考えても今更な話だが。しかし彼なら最終宣告。ここで私がううんと首を横に振ればこのドーム内にいさせてくれるのだろう。
でも。私は笑った。最強に。
「死なないよ私。神様だから」
「隠れるのは辞めたの?」
誘拐犯は軽薄に言った。その顔は探し回ったのか少し険しい。
結局、私が姿を現したのは廊下の一角。姿を現したというか、普通の家なので探す場所も少なく、隠れていた場所に男が近づいてきたので魔法を解いたに過ぎないけど。
「男の子の方は?はぐれたの?」
当たり前だが、私など戦力として数えられていないようで隙たっぷりに彼は辺りを見渡す。そう、レグルスは引き続き認識阻害魔法で潜伏している。彼が先ほどのようにやられるとこの作戦は終わるので。……しかしあからさまに舐められた態度なのは不快だな。
そっちがその気なら、まあ利用させてもらうけど。
私はポケットから出した煙玉を地面に叩きつける。それを合図に、レグルスの魔法が男に飛び込むように突き刺さった。破裂音が鳴って、煙が広がる。流石にさっきのように煙が止むのを待っていられないのか魔法が使われた方向に走ろうとするがそちらにはテグスでトラップを仕掛けている。流石に転びはしなかったが手間取っている間にレグルスが魔法で瞬間移動したのか別の方向から魔法を打ち込む。
勝利条件は捕まらないこと。つまり隠れ鬼と同じだ。それだけならばそう難しくない、多分。というかやるしかないというか。私から見て斜め右から飛んでくる水魔法。水魔法は大部分はもちろん無効化される。急いで近くの階段に登り、防がれなかった分の水でできた水たまり目掛けてスタンガンを投げ入れる。しかし跳んで避けられる。そのまま階段上にいる私のことを追ってこようとしたので上から油を流す。これで滑ること間違いなし。それでも階段に登ってこようとする男にレグルスが火を放ち今度は私ごと瞬間移動する。
煙玉を打ち付けトラップを仕掛ける。レグルスが火魔法を放ち無効化され、また放ち無効化。二回目なので警戒されたのか彼は視界を確保することを優先したのか手近の部屋に入る。私はその部屋に追いかけポケットの小麦粉一袋をばら撒く。このままいけばみんな大好き粉塵爆発だ。
「レグルス!バリア!そのあと火魔法!」
流石にレグルスに助けを求め、悪い視界の中彼の姿を探す。
しかし、衝撃。
「ぐはっ!」
腹部への衝撃。浮遊感。すぐに起きあがろうとして、髪の毛を踏まれているのか頭が上がらない。
小麦粉による煙が少しずつ晴れて、はっきりした視界にはここで一番見たくないもの。
私を見下ろす、誘拐犯。
「みぃつけた」
あんな大口を叩いておいて、この隠れ鬼は私の負けらしい。
「お転婆さんだね。君、学校でもそうなの?」
「…………」
状況は最悪。この状況に陥ることが一番まずい。レグルスが見つかるよりマシだが、この状況だと魔力無効化範囲内に私がいるため私の救出はできない。そして男に魔法を撃とうにも私に当たる可能性も高い。そうなるとさすがのレグルスも私で防がれる可能性があるのに魔力の無駄撃ちはできないだろう。
(いや……)
頭は上がらないが、音からレグルスが魔法を連発していることに気づいて呆れる。まあこっちに当たってないからいいけどさ。魔力無効化装置があるから特に気にならないのか、それとも物理攻撃する私の方が危険と判断としたのか男はそれに反応しようとしない。
「まあ、どっちでもいいか。それで?何がしたいの?この粉何?君も突っ込んできたってことは吸ってもいいやつだろうけど」
「……」
「ねぇ……」
男は焦れたように、今度は私の背中に足を乗っける。そんなに力入れていなのだろうけど、少女の薄い体には十分な圧迫だ。肺の中の空気が一気に外に出る。息がしにくい。
「ヒュー、ヒュー……」
「あぁ、力入れ過ぎたか。ごめんごめん危害を加えるつもりはないんだ」
彼は反省したとでも言うように私の左手首を持ち上げて立たせた。五歳児がお人形で遊ぶようなそんな気遣いの足りない雑な扱い。唾でも吐きかけてやろうか。
「……誘拐はするのに、危害を加ないの?」
「これまでの女の子たちにも暴力を振るったことは一度もない。さすがにそこまでの外道にはなりたくないからね」
「は?」
「誘拐犯はともかく、子供相手の障害、ましてや殺人なんて恐ろしくでできやしない。さすがにね」
彼は、その笑顔に似合うように軽い口調で言った。それでも、きっとそれは本心なのだろうと分かった。分かって、分かったからこそ、どこか、切れた。
「じゃあ……」
「ん?」
「じゃあ、じゃあなんでミラを殺したの?」
「……は?」
「私は覚えてる。覚えてるよ鮮明に。どんだけその設定に頭を捻ったか。私は鮮明に覚えてるんだ」
「いや、君何を」
「だって、私が殺したんだ!私が必要だから作ったんだ!『死んだ女の子』を!彼女は音楽祭の日に誘拐され、その二年後死体が見つかった!冷たい土に埋まってた!だからAクラスは他のクラスよりも人数が少なくて、音楽祭が一般公開がなくなった!」
「は……、君、何言って……」
「それだけ!それだけのためにあの子は死んだの!」
男の手が緩んで、左手が自由になる。私は片手でライターをつけるともう一方の手で小麦の袋を取り出した。
後先なんて考えない、危険管理なんてしない、男が、私が死んでもどうでもいい。少なくても大火傷はするだろうけど。
それでも、ミラの命の方が私には尊い。
歯を立てて封を切って、ばら撒く。その作業が、時間がコマ送りのようにゆっくりに感じる。私の心は急いているのに。
……死ぬからか?
封が開く。粉を撒き散らす。火に近づける。ライターの火が奇跡のように赤い。見逃したくなくて、目を瞑るのが惜しい。
そして、確かな爆発音。刹那的な熱と光。そして痛みが……。
《危ねぇ……。おい、間に合わなかったらどうするつもりだったんだよ》
「は……?」
いつまでも襲ってこない痛みと衝撃に、改めて辺りを見回す。未だ燻る火や焦げた家具。しかし私は水のバリアに覆われていて、思わず手を潜らせると《危ない、近づくな》という文字とともに襟を引っ張られた。
正面には同じように水のバリアを張られた誘拐犯が。思わずレグルスを見ると《やり過ぎだ。殺す気か》との文字が浮かび上がった。
そしてレグルスは男に近づいた。そしてそのまま闇魔法の拘束魔法を使う。黒い鞭のようなものが男の全身を縛って、男の胸ポケットからボロボロになった何かの装置が飛び出たのを見た。
どうやら、ミッションは完遂したらしい。




