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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部2年
44/88

音が溢れるその前に

「ミラがいない⁉︎」

 舞台袖で飛び交う怒声。客席にも聞こえてしまいそうなものだが、観客は多種多様なざわめきが広がっていて、幸い袖の混乱は伝わっていないようだ。

 アルはこっそり観客を覗き、内容が聞こえていなかったことに安堵した。貴族令嬢の行方不明なんてパニックどころではない。

「それだけじゃないの!アジメクさんもいないの!」

 カペラが泣きそうな声で続けた。彼女はかなり声を抑えたものだけど、水を打ったように静まり返った舞台袖には隅々まで響いた。

「二人して、その、トイレとか……」

「そんなわけないでしょ!今が本番何分前だと思ってるの⁈」

 現実逃避のように言うリゲルにベガが鋭く返す。しかし僕もリゲルと同じ気持ちだった。信じたくない、何でもないことであって欲しい、と。

 この時僕たちの脳裏に浮かんだのは「誘拐」の二文字。王都を中心とした金髪少女連続誘拐事件は、たとえ閉鎖空間である学園内でも学外の街で、家族から、友達経由で密かに学内で広まっていた。

 もはや倒れそうなカペラ、泣き出しそうでも気丈に振る舞うベガ。

 パニック寸前の空気。そこに差し込まれる秩序が一つ。

「安心しろ」

 それは僕たちが共通して信頼している大人で。その圧も手伝って一瞬で静まりかえる。

「あいつらには私が防御魔法をかけている。例え策を弄して連れ去ることは可能でも、危害を加えるどころか指一本触れさせやしない」

 まるで空気を抜かれた風船のように緩む。その空気に先生は言った。

「ここで怖いのは二人を探しに行ったことによる二次被害だ。音楽祭は中止。教室に戻れ。教員や国の魔法士を動員して確実に見つけ出す」

 中止。その言葉に誰も不満はなかった。誰も彼も、優先順位がしっかりしていた。もちろん僕も。

 ただ、アジメクとミラは泣くだろうなと思った。


 そんな栓のないことを考えて、ダラダラと教室に戻っていた僕や皆んなは気づかなかった。

 クラスの群れから外れて駆け出す、一人の少女に。


ーーーーーー


 ドン、ドンドンドンっ。

 ノックというには重すぎる。というか普通に拳でドアを叩いているような音に、大魔法使いシリウスは顔を上げた。

 今日は休日。シリウスはこれ幸いとばかりに化学室でいつものように実験に励んでいたが、学生はおろか教師も今日は学内にいないはずだが。

 特に今日は初等部で音楽祭やっているということなので、教師は専らそっちの運営に人員が割かれているはず。

 ……もしやこの俺様に手伝いでも頼もうっていうんじゃないだろうな?

 そんな不快な、つまりは目の前の実験の中止を余儀なくされそうな予感に眉を顰めたが、それでもシリウスは雇われ教師。給料を他の教師同様かそれ以上もらっている身としては協力せねばならない。

 実はこの男、最近気づいたが貯金がほぼないのだ。というのも大事にとっておいたお金のほとんどがウン百年前のもの。現在はよくて使用不可、悪くて偽札扱いである。この前店でスッと出して警察を呼ばれかけた時は血が引いたものだ。

 まあそういうのを質屋に出せばプレミアがついたりすることをまだこの男は知らない。

 そういうわけだから、シリウスは比較的すぐにドアを開けた。むしろ休日手当という言葉に釣られて秒速だったと言っていい。こいつは段々と人間臭くなっていく。多分あの兄妹弟子のせい。

 そして彼はドアを開いた先で、勢いのままドアを蹴飛ばそうとしていた少女を見つけた。

 そこには小さな少女がいた。彼女はこちらを見ていた。

 そして小さな口を開いた。

「助けて、助けてよ。アンタならできるでしょ?アンタしかできないの!」

 ひどく印象的な声だ。三人同時話してもこの子の声だけ飛び抜けて聞こえるような声。聞いたら忘れられないような声。

「ミラが死んじゃう。ミラ、あの子このままいくと死んじゃうの。スバル先生の魔法なんて関係ない。そういう予定なんだから」

 死んじゃう。その悲しくも物騒な言葉に呑まれるうちに彼女は言った。

「助けてよ。助けて、ミラを助けて。それにあの子、アジメクも一緒に連れ去られてる」

 感情が昂ったように流れる涙。こちらを伺う大きな瞳と、聞こえた名前にハッとする。その名は俺が殺した少女と瓜二つの少女の名前で。

 色々聞きたいことはあった。しかしそれよりも優先されることがあった。彼女を俺の神様からのギフト、『サーチ・アイ』で視たが嘘はついていない。

 それならば行動は一つだろう。

 俺は手早くレグルスにメッセージを送ると、目の前の子猫みたいな少女を小脇に抱えて飛んだ。

 一刻も早く、拐われた少女たちの元へと。


「え、どうしてレグルスも呼んだんですか?」

 少女、ギナンと名乗ったその子は、煙に包まれて出てきたレグルスに驚いた様子でそう言った。確かにいきなり関係のない一学生を呼び寄せるのは、俺たちの関係を知らない人から見たら不自然ではあったが、それよりも隠密の最中叫ばれる方が問題だ。

《うるさい、だまれ》

 レグルスもそれには眉を顰めて、冷たく返した。え、本当に冷たいな。俺やスピカ、クラスメイトと話す時しか見たことがなかったから、他人にはこんな感じなんだなとシリウスは少し引いた。女の子には優しくしなさい。しかもこの子まだ八歳くらいでしょ?子供だぞ。

「おい、やめなさい。あとギナン、お前も声は抑えて」

 舌打ちしそうなふうにそっぽを向くレグルスと必死に頷くギナン。行動力のあるギナンとレグルスは相性いいかと思ったが、そんなことなかった。まあこんな非常事態にのんびり仲良くなっている暇はないため諦めるが。

 俺はその後、ギナンと抱えてひとっ飛び。スピカのいる方へと向かっていた。ちなみに別にスピカの居場所を常に把握しているわけではなく、彼女の魔力の気配を追ってきているだけなので。別に少女をストーカーしているわけではないので。

 そしてその近くまで来たところでより詳細な場所を、細かい魔法技術に長けたレグルスにやってもらっている。この子は師弟三人の中で一番そういうのに向いていたから。それは今も健在のようだ。


「ここ、か……?」

 そうしてしばらく歩いて、着いたのは意外にも普通の一軒家。立ち並ぶ住宅街の中でそう立派でも貧相でもない普通の二階建ての家だ。しかしこういう家こそアブナイ地下室があったり犯罪者が潜伏していたりするのだろうか。

《ここ。下に二人、上に二人。どっちも大人と子供二人ずつ》

「お前の妹はどっちだ?」

《……よく分からない。阻害されてるのか分かりにくい》

「魔力のある方は?」

《……上》

「じゃあ二人は下に行け。俺は上に行く」

《…………そいつも連れてくのか?》

 彼が示したのは怯えたように着いてくるギナン。それは俺も考えたが、ここに置いておくほうが危険だろう。軽く頷く。

《……じゃあ、その前に》

「は?」

 そういうと彼はツカツカとこちらに歩いてきた。こちら、というか正確には俺の後ろのギナンのところに。

 そして、その首を片手で掴んで持ち上げる。彼女の体はその軽さからか容易に持ち上がった。……いや、そうではなく!

「おい、レグルス……!」

《お前、なんで俺の名前知ってるんだ?》

「え?」

 首を絞められたギナンの顔が、苦痛に歪んだ。

《なんで教師よりも早く誘拐だって断定した?アジメクは『連れ去られた』でミラの方は『死んじゃう』なのはなんでだ?どうしてアジメクの命の心配は必要ないみたいな言い方だったんだ?》

「…………」

《お前は、何を知ってる……?》


ーーーーー


 時は少し遡り。

「ごめん、ごめんなさい……」

 ミラが、地面に額をつけるほど深く頭を下げた。こうして体を丸める彼女は本当に小さくて、なんだかスピカの方まで泣きたくなった。

 この子は本当はこんなに小さい子供なのに。

「…………うん」

 でも彼女は、心底責めてほしいんだろうなと分かったから、小さく肯定する。震えの止まらない背中に手を当てる。秋口の過ごしやすい気候だと言うのに、しっとりと汗で濡れていて、しかし私の手が凍ってしまうと錯覚するほど肌が冷たかった。

 ゆっくり、刺激しないように抱きしめる。震えは止まらず。また肩口に顔を寄せたことで、彼女の吐息のように繰り返される「ごめんなさい」も聞こえてきた。

 ごめんなさい、ごめんなさい、私が信じたから、私本当にバカで、ごめんなさい。

「………………」

 そうだね。そうだ、ミラからバレたってことは、ミラの信頼した人が裏切ったと言うことで、もしくは元々この目的のために近づいてきたのかもしれないということだった。

 ついに私はたまらなくなくなって、ぎゅうと力一杯抱きしめた。


 キィ……

 その時、上から何かが開く音がして、咄嗟にミラを背後に庇う。室内に差し込む光と大きな影。扉はないと思ったが、天井にあったらしい。しかし梯子もなければ私たちの身長からして届く高さではないので、気づいてもしかたがなかっただろう。

 その男が身軽に地面まで降りる。犯人の顔を拝んでやろうという気持ちで注視するけど、情報通り認識阻害がかかっていて見えない。

「そんなに見られると、照れるね」

 男は抜け駆けにそんなことを言った。顔は真顔だった。

「……」

 私は緊張と恐怖で、まるでそれに応える余裕がなかった。

「ふーん、答えてくれないんだ。……まあ、いい」

 彼は、そう言いながら、全くまあよくなさげな声色で私たちを見ていた。私は彼の威圧感やその得体の知れなさに恐怖し、動けそうになかった。

 そして彼はおもむろに私の背後を覗き込んでこう言った。


「情報提供ありがとう、ミラちゃん」

「⁈」

 思わず振り返るとそこにはこれまでの比でなく汗をかいたミラ。ああ、この人に情報を漏らしてしまったのだろう。

 それは少し、意外だった。てっきり学校関係者からかと思ったが、まさか部外者とは……通りで謝り続けるわけだ。

 しかしこの絶望を薄っぺらく顔全体に広がた彼女を見て、あぁ、この子はこの男に裏切られたのだと実感した。


「じゃ、君からね」

 男は屈んで私と目を合わせると、軽い口調でそう言う。目の前が歪む。転移魔法特有の感覚。

 ミラと離れることに気づいて抗おうとするも、そんな暇はなく、目が覚めたらすぐ、見たこともない室内にいた。


「…………え?」

 そこは眩いくらいに明るくて、暖かくて、綺麗で、普通の家のリビングみたいなところだった。まるで誘拐先とは不釣り合いな。

「どうしたの?突っ立って」

 不意に、声をかけられて肩を跳ね上げる。声の聞こえた方を向くと少し訝しげな顔をした、年配の女性。

「もう、寝ぼけてるの?早くご飯食べちゃいなさい」

 そこには、確かに暖かい「母親」がいた。

2024/08/18:矛盾点を見つけたので訂正しました。

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