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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部2年
42/88

金の髪を持つ少女

新章スタート。物語が動き出すーー。

「アジメク・ガクルックス、ミラ・シェリアク。以下二名は放課後教務室に来るように」

 スバル先生の言葉に指名された二名である私とミラは思わず顔を見合わせた。

「なんでしょうか」

「分かんないね」

 そして揃って首を傾げる。

 二学期が始まって最初の週のことである。


「なんかやらかしたの?いや、君はともかくミラはないか」

「アル?」

「ないわよ、ミラに失礼よ」

「ベガ???私は???」

「そうですね、ミラちゃんに限ってそんなこと」

「え、カペラちゃん……?」

 カペラちゃんのが一番心に来た。


 夏休みが終わった久々の登校日。初っ端から先生に呼ばれて少し気分が下がる。

 さて、通常通りの日常が始まったわけだが、今年も普通クラスAクラスの担任のスバル先生である。まあクラスメイトは一流貴族の卵なので発表時このことに関する感想は控えたが。

 そんなみんな大好き厳格先生に呼ばれた理由は何なのか。科学の進度別クラスで他クラスに行っているミラを待つ間に、いつも話すメンバーで呼ばれた理由を推測していた。


「それでアジメク、君はいったい何をしたんだ?」

「濡れ衣にもほどがある」

「今自白すれば罪は軽くなる。だから、な?」

「ねえアル、聞いてる?そしてそんな慈愛に満ちた顔をしないで」

「まあ待てアル、彼女にも黙秘権と弁護士を呼ぶ権利は保証されている」

「リゲル貴方今話題の『無実だ!』にハマってるでしょ」

「バレたか」

 リゲルがちらりと舌を出す。ハテナマークを頭から飛ばすカペラちゃんにベガが小説の内容を囁いた。

 ちなみに学生や学園の外で最近爆発的な人気を誇る小説シリーズ「無実だ!」は事件が起こるたびにその罪を被せられる無実の男とその隣の家に住む美人弁護士のドタバタ事件簿である。

 意外としっかり司法について書かれているところから司法に興味のある若者と弁護士の美人さにやられた少年を中心に非常に人気がある。リゲルがどっちなのかは聞かないでおこう。


「相変らず仲良いですわね」

「お、おかえり」

 軽口で暇を潰しているとミラがAクラスに帰ってきた。

「それにしても何かしら……。少し気が重いわ」

 ミラは憂鬱そうにため息を吐いた。そんな彼女にベガが肩を叩いて励ます。

「ま、大丈夫じゃない?二人ともそんなに共通点もないし。せいぜい個別に用があるだけでしょ。すぐ終わるって」


「そうかな」

 不思議に響く、少し低めの声。


「え?」

「私はそうは思わない」

 彼女、普通クラスAクラスのギナン・イマイという少女はその烏の濡れ羽色をした髪を指で弄んで言った。

「あるよね、共通点」

 私とミラはお互い顔を見合わせた。

 正確にはほとんど同じ色をしたお互いの金髪を。




「王都で金髪の少女が誘拐される事件が最近頻発している」

「!」

 誘拐。それこそ小説でしか聞かないような言葉に思わず声を失う。

「……誘拐?」

「そうだ」

 スバル先生は苦い顔で頷いた。他の教師を含め部外者にはあまり聞かれたくないと思われる、教員室横の応接室に案内されたために物音一つ聞こえない沈黙が耳に痛い。

(ギナンさんの予想が当たったな)

 ただし最悪な形でだが。

 髪色。目の色もだがこの国の地毛として一番多いのは黒髪だろう。次点で茶色。黒髪をベースにして赤緑青髪。稀に赤毛、白髪。そして一番少ないのが金髪だ。

 もちろん街を見渡せば金色は染髪の人気色の一つであることから金髪が目立つことはないし、子供に限って言っても「ベイビーブロンズ」と呼ばれるせいぜい大きくなっても六歳くらいまでの子供に見られる金髪は一定数いるが一生を通しての金髪は本当に少ない。というか本物の「アジメク」やアル、少しくすんではいるがカノープスのような王族やそれに準ずる血縁にしかいない。つまり多分クラスどころか学内での該当は私だけ。例外は。

「ミラは両親が海外の人なんだっけ」

「うん、両親とも外国人。音楽ツアーで世界中を巡ってる時にここの王様に気に入られて宮廷音楽家にならないかって誘われたの」

 そう言って撫でる髪は私のと少し違ってピンクがかった金色だ。国外との交流が盛んになった現代では王家の金色でないにしても金色に近い髪を持った子供が何人も見られるようになった。だから多分王都で誘拐されているのもそういった子供だろう。ただしそういった子は王族の金色と対照的に外の国出身ということで貴族でない確率が高い。ミラの両親は宮廷専属として爵位を賜ったが、彼女のような立場の生徒も学園中他にいない。

 つまり学園に限って言えば、次のターゲットは私かミラのどちらかだ。


「犯人の情報だ。帰ってきた被害者の証言を元に作っているから信頼度は高い。ただし見ての通り情報は少ないがな」

 見せられた資料には簡単な似顔絵と「背が高め、痩せ型」など本当に簡単な情報が書かれている。ただし肝心の似顔絵は幻覚魔法でも使われていたのか目元が暗く影のようなもので隠されている。というか。

「え……帰ってきてるんですか?」

「……希望を持たせるようなことは言いにくいが、誘拐された子供は昨日誘拐された娘を除いて全員帰ってきている。心身ともに無傷でな。ほとんど目隠しをされていて酷いこともされていないと。誘拐されている期間はバラバラで数時間の子もいれば数週間の子もいる。ただ解放時『お前じゃない』などと言われた子供が多くいることから誰かを探しているものと考えられる」

「それは……」

 言いにくそうなスバル先生の心のうちが手を取るようにわかる。

 多分犯人の目的は誰かを探しているのだろう。「金髪の幼い少女」。多分簡単な見た目では分からないが確かにこの特徴を持った人間を探しているのだろう。また現在に至るまでその少女は探し出されていない。

 そして、もしも誘拐された私たちが犯人の捜す少女であった場合を考えると、これまでのように素直に返されると考えるのはいささか能天気であるといえよう。同じことを考えているのか、隣のミラの顔も強張る。

 そして、それに加えて私はもう一つ踏み込んで考えなければならない。怯えなければならない。

 犯人の狙いがなんなのか、それを考えた時にまず思い浮かぶのは「犯人とその犯人の捜す少女に接点がある場合」だろう。多分それが一番わかりやすい。被害者側も自衛がしやすいし犯人逮捕を考えた時一番都合がいいだろう。

 ただし逆に厄介なのは「少女の親などに強い恨みを持っている場合」「少女を一方的に知っていて敵意もしくは愛情を抱いてしまった場合」、もしくは「少女とも親など関係者とも全く面識のない場合」。

 そんなことありえない、そう言ってしまえればよかったのだけれど、「金髪」というキーワードを使用する上でその可能性は少なくとも一つは浮かび上がる。

 外国との交流が盛んになり、金髪少女も珍しくなくなった中で、唯一の国特有の金髪、しかもその血縁には王族が必ずいるという金髪。

 つまり、私だ。

 もちろん可能性の一つでしかなく、全て妄想な可能性もあるけど、多分私の顔色は真っ青であるのだろう。怯えていたミラでさえも気遣わしげにこちらを見た。


「……この学園の警備なら、大丈夫なんですよね?」

 ミラが震えた声で問いかけた。私も期待を込めてスバル先生を見た。しかし先生は期待に反して首を横に振る。

「断言はできない。犯人はどうやら非常に高度な幻術魔法の使い手らしく、警備のついた隣国の大使の娘も攫っている。しかもその手口もまだわかっていない」

 これがつい昨日のことだ、と締める。隣にいるミラの顔色は悪い。

「実家から、護衛を呼びますわ」

 ミラが言った。当然の反応と言える。しかしスバル先生は予想に反して首を振った。

「それはできない」

「どうして⁉︎」

 ミラはもはや泣き出しそうだ。私はそっとその手を握った。

「この学園に部外者は入れられない。メイドを寮に滞在させる程度ならともかく学内に入れるようなことはできない」

「……!」

「ミラ……」

 痛いほど硬く握られた手を反対の手で撫でる。ミラは貴族としての矜持か、真っ直ぐに先生を見つめていた。

「抗議、させていただきますわ。シェリアク家の第一子として。不当に学園に危害に晒されているとして」

「不当ではないだろ。それにそれ(身分)は脅し文句に使うな、分かってるだろ?」

「……分かっていますわ!分かっていますけど。黙って誘拐されろと、本当にそう言いたいので?」

「そうは言っていない」

 そう言って、スバル先生は徐に片手をこちらに伸ばした。

「え……?」


 キーン

「⁉︎」

 耳に響くような金属音がして、思わず目を瞑る。そして開いた後に飛び込んできたのは……。


「いや、え?なんですか?」

 何もない。目を瞑る前と変わらぬ世界に戸惑い聞くと先生は黙って応接室の外に声をかけた。

「ハダル先生」

「はーい!」

「すみませんが、私の机にあるプリントを生徒に渡してもらえませんか」

「え?わかりました!」

 その声とともにハダル先生が室内に顔を出す。私たちは意味が分からず顔を見合わせる。

「これですか?スバル先生」

「ええ。二人に渡してもらえませんか?」

「……?はい」

 同じく不思議そうなハダル先生が一歩ずつ近づく。

 彼との距離が徐々に近づく。目算で大体三メートル、二メートル、一メートル……。

 三十センチで止まった。

 思わず手を伸ばすとハダル先生がちょうど阻まれたあたりにひんやりとした壁が広がっているのが触れて分かった。

「あ……?」


「あれ?あ、スバル先生のバリアですか?」

「ええ。そのようなものです、すみません実験みたいに使って。その資料は私に」

「別にいいですよ。じゃあ僕はこれで」

 そしてハダル先生がいなくなった途端にその壁が手のひらから消える。

「…………」


 ハダル先生が室内から完全にいなくなったところで、スバル先生は何やら魔法を打つ。

「キャッ」

 ガッ

「対、魔法と十二歳以上の人間を弾く壁。常時発動型にしてある」

 反射でスバル先生に向かう魔法を指で巻き取る。打ったのは色と性状からして火魔法の高度魔法、攻撃性の高いものだろう。

「魔法学の授業時は外す。だからガクルックスは魔法学の授業前は早めに来ること」

「は、はい」

 上擦った声で返事をする。こんなに精密な、弾く相手に条件をつけるなど並の結界師でも聞いたことがない。

「私の特別魔法だ。解除できる相手は私のみ、と言ってもとんでもない量の魔力と知識を持った存在が反則みたいな魔法使いには易々と破かれるだろうがな」

 まあ私は生まれてこの方一人しか会ったことがないが、と苦い顔で漏らす。それにミラは少し不安そうな顔をするが大魔法使いシリウスを除いて誰にも破かれないというのは十分強度は信頼できる。

「あとは例外としてどんな条件をつけても私と私の双子の弟はバリアが効かないが愚弟は現在地の果てにいるはずだから問題ない」

「えっと、はい」

 弟いたんだ、なんて場違いなことはもちろん口にしない。

「話は以上だ。他に質問は」

「あ、いや、大丈夫、です。ミラはなんかある?」

「ううん、えっと、何も」

「そうか、また何かあったら来い」

「は、はい」

 実はまだ情報が飲み込みきれていない所があったけど、ぎこちなく頷く。先生はそれに満足そうでも不満そうでもない顔をして頷いた。そして私たち二人の小さな頭に大きな手のひらを乗せた。


「大丈夫だ、必ず守る」

 私は、いや多分ミラも顔中の張り詰めた筋肉を緩めて目の前のこの大人に泣いて縋りたくなった。しないけど。しないけどさ。

「……はい!」

「はい…………」

 思ったよりも掠れた声が出た。誰も笑わなかった。




「私の、学園近くで住んでる友達もさ、金髪なんだ。歳も私たちくらい」

 いつ聞いても聞き慣れないような、不思議な響きを纏ったアルト。


 職員室を出てすぐの廊下でギナン・イマイに呼び止められて、その泣きそうな顔にただ事ではないと足を止める。

「どうか、私を貴方たちのそばに居させてほしいんだ。その、犯人が捕まるまで」

「そんな……巻き込むようなことできないよ」

 思わず答えたミュラの言葉を、優しさを押し込むように、彼女は嘆願した。

「責任、取らせてよ」

 その泣きそうな顔を不器用に取り繕って浮かべた笑顔に、ミュラと顔を見合わせた。





「最初の供物は?言えるか?」

《もちろん》


 学園内のとある研究室にて。

 シリウスはレグルスに問う。その姿は傍目から見ればなんてことない教師と生徒の学習の姿であったであろう。

 レグルスはとんでもなく古臭そうな本を開いて示した。


《次は純粋無垢な乙女の血。準備は万事順調だ。師匠》

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