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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部2年
41/88

夏だけど休んだ気にならない

【城の場合】


(暑いな……)

 避暑のための夏休み。しかし今年も王都在住のアルには関係がない。

(いやすごい暑いな)

 毎年のことだが、今年の夏はとにかく暑い気がする。しかも窓の少なく風通しの悪い自室がそれを余計に悪化させている。いたずらに開いた夏休みの課題が全く捗らない。適度に手で仰いだり水を飲んだりしているが焼け石に水といったところだ。

「あ…………」

 そうしているうちに飲み水の入った瓶が空になってしまった。

 使用人を呼ぶベルに手を伸ばそうとして……やめた。なんとなく、これくらい自分でできるし。そして何よりも例の少女が「お手伝い」と称して部屋に入ってくる可能性がある。

(それにしても部屋を出るのもなー……)

 それも結構憂鬱だ。何せこの王族の住空間には僕を除いて四人の人間が住んでいるのだけど、そのうちの三人との折り合いが悪いので。余った父親しか救いがない。なんなんだこの家。全然休めない。


 まあ大分迷いつつも、結局部屋を出る。水分補給には変えられぬ。干からびる。

 部屋を出るとしんと静まり帰った無人の廊下に出る。時刻は午後二時。一番暑い時間帯ではあるけど、なんだかひんやりとしている。まあ彼らの戦争もパッと見静かなものなのだ。

 冷戦というか、腹の探り合いというか、化かし合いというか。

 まあ背筋が冷たくなるような感じだ。うまくいけば涼も取れるかもしれない。

 ……そんな平和なものではないとあえて付け足しておく必要はないだろうが。


 廊下を出て、厨房に真っ直ぐ急いで向かう。上記のような面倒な争いに巻き込まれたくないのだ。目にすることさえ嫌。

 そう思ったのに。

「お、クー坊じゃん。こっちこいよ、にいちゃんの隣座んな」

「あらアルクトゥルフ。今お茶会をしているの。あなた学園から帰ってから全然顔を見せないんだから。こちらに来なさい」

「アルクトゥルフ様!お久しぶりですね。お茶会、ご一緒していただけませんか?私一人じゃお作法とか不安で。教えていただけませんか?」

(…………フルメンバーかよ)



 さて。

 権力に貪欲な後妻である母と王位継承第一位の腹違いのクズと存在感の薄い仕事第一の父。元々居心地の悪すぎる実家ではあったのだが、この前の春、そこに爆弾級の少女が放り込まれたために状況は悪化した。

 それがこのお茶会に参加している彼女だ。その名もミモザ。元平民なので苗字はない。

 ミルクティ色の柔らかそうな髪に、小動物のような体躯。綺麗というよりも可愛いという言葉が似合う容姿。人懐っこい仕草は学園になかなか居ないタイプだ。まあもちろん彼女が可愛らしいからここに置いているというわけではもちろんない。

 彼女は先のサダルスウド領の大規模の山火事の際、最上級の治癒魔法を使い、被災者述べ五百三十二人全員を救った英雄だ。しかもその魔力量も凄まじく、同規模の治癒魔法をあと四回は施行できるということで王家直々に保護した。

 ここで言う「保護」と言うのは、もちろん聞こえのいい囲い込みだ。多分普通の貴族だったら養子にするということになるだろう。ただし王家の場合はその手段を取れないため今の所彼女の立場は兄の婚約者だ。

 ちなみにこう言った手は政治的に使いやすいものであるので重婚を許されている王や王位継承第一位の人間は平均三人の妃がいるわけだが……まあここまで言えば分かるように平民の彼女は文句なしに側室の末席に連ねることになるだろう。

 こう言った考え方はもちろん平民のミモザ嬢には理解できないようでこの戦争は生まれた。

 内容としては「好きに恋をしたい、最低でも結婚した人には一途でいてほしいミモザ嬢」VS「身の程を弁えろと思っている貴族出身の母」とそれに加勢したり煽ったりしている「別にこんな面倒な女を嫁にしたくはないけど政治的に逃げられたら困る兄」である。

 地獄か。地獄である。

 ちなみにここでの僕の役割は「巻き込まれたくないけどなんかミモザ嬢から(許可なく)ファーストネームで呼ばれ折に触れてしなだれかかられる(間)男」である。

 地獄である。

(助けてくれよアジメク……)

 と言うわけなので思わず悪友に心の中で助けを求める状況なのである。


「何考えてるんですか?アルクトゥルフ様」

「いや……何も…………」

 甘ったるい声に胸を焼かれそうになる。思わずそっけなく返すとミモザ嬢は膨れて母は勝ち誇った。やめてくれ……僕を争いの種にしないで。クズはマジでそのニヤケ顔やめろ、庭に放ってる番犬に噛ませるぞ。

「アルクトゥルフ、あなた学校ではどうなの?普通の成績も随分いいけど、魔法クラスでも頑張っているの?」

「まあ……そこそこ、ですね」

「え!アルクトゥルフ様魔法も使えるんですか?私もなんです!一緒ですね!」

 ……上級貴族では人によるが王族はもちろん使える。ここでは唯一使えない母が青筋を立てているのでやめてくれよその言い方!あとクズは笑うな。そのニヤケ面に硫酸でもかけてやろうか。

「え、それなら私に教えてもらえませんか?王宮に来てからたくさん教えてもらっているんですけど、いまいち上達しなくて……」

「いや、人に教えるほどじゃないから……」

 まあ城専属の教育係によると今教えているのは初歩の初歩、空気中の魔力の変換らしいので教えられないことはないが。

 そう、魔力変換。ミモザ嬢は自分の豊富な魔力を使った治癒魔法が突出して使えるものの空気中の魔力を変換する作業を苦手としていて、些細な魔法でも自身の魔力を使ってしまう癖があるらしい。そんなものでいざという時に魔力切れなど起こされたら大変だ。自身の中にある魔力は使ったら一生回復できないのに。

 そんなことをぼうっと考えていたからキャンキャン騒ぐミモザ嬢を無視していたようで(まあ聞いていたとしても面倒すぎて聞き流してたと思うけど)いつの間にかぷくりと膨れた彼女と勝ち誇った母親が目の前にいた。

 僕のいないところで争ってくれ。あとクズはそのニヤケ顔を火傷しろ。


「それにしても、ミモザさんは少しでも早く魔法が『ちゃんと』使えるようになってもらえなければ困りますね」

 勝敗の喫した女性の戦いは、敗者への小言へシフトしたらしい。母は冷たく少女を睨め付けた。彼女は唇を噛んで俯く。

 まあ全くの意地悪で言っているのではない。同じ年頃の彼女には酷な話だとは思うが、そもそも彼女がここにいるのはいつかのための保険だ。例えば国の重鎮が倒れた時、死んだ時。「蘇生」と言う奇跡を起こした彼女は強制的に鳥籠に囚われるのと同時に一生遊んで暮らせることが決定している。

 それが些細なことで魔力を使って、もしもの時に「蘇生」ができるだけの魔力量を保有していなかったら?彼女は多分ポイと捨てられる。

 しかもその予想も割と現実的で、解析の結果蘇生に必要な魔力量は一回におおよそ百。この前の街一つ分の蘇生は約四百。彼女の現在の魔力量は四百八十。彼女はいまいち危機感がないが魔法教師を始めとした国の重鎮の頭痛の種であることは間違いない。


「すみません……分かってはいるんですけど今まで魔法は感覚で使っていたので中々理論立てて話されると分からなくてー」

 ヘラっと笑う彼女に母がイラッとしたのが分かる。まあそれは置いといて……。

 僕は密かに一年生の時の最初の魔法クラスの授業を思い出す。

(なるほど、この子は『バカタイプの魔法使い』なのか……)

 まあ言い方は悪いが、つまりは最初の授業でやった感覚先行型の魔法士である。それならば僕やこの国の魔法士のように計算型の魔法士とは相容れないだろう。

(それならばシリウス先生ならばよく導いてくれそうなものだけど)


「あ、それなら僕すごい魔法士知ってる。時々特別授業をしてくれる人なんだけど。母様も(くそ)兄貴も知ってるよな?」

「あー……」

「…………そうねぇ……」

 そう話をふると、二人して微妙な顔になった。なんなのだろう。

 思いついたのは、我らが暴君シリウス先生を招けないかと言うことだ。だいぶ彼女に相性が良さそうだし。彼も気難しい人だけど割と国の一大事なのだから頼めば暇な時にでも来てくれそうである。

「え、どういった方なんですか?」

 興味を惹かれたようにミモザ嬢が問いかける。僕はようこぞ聞いてくれたというかまあまあ尊敬している先生のことを自慢する気持ちで口を開く。

「すごい人だよ、大魔法使いシリウス。まあ性格は難ありだけど、魔法の技術は世界一だ」

「へぇ……。それならば是非、教えていただきたいです!」

 彼女の瞳が輝く。純粋に興味が湧いたようだ。それならば連絡しようかとまで考えていた僕の耳に入ってきたのは、鋭く冷ややかな声だった。


「それはできません」

 その声の主、まあ母なのだけど、その声に少し驚く。ここまでも嫌味な言い方で少女を威圧していたけどそれと一線を画していたからである。嫌がらせでもなんでもない言葉。思わず背筋が伸びる。

「えー、なんでですかー?」

 まあその違いは少女には伝わらなかったようで、甘えたように彼女は問いかける。それに答えたのは苦虫を噛み潰したような顔の母ではなく踏みつけたくなるようなニヤケ顔の兄だ。

「彼は王族が命令できない存在だからね。雇い入れるみたいのはできない決まりなんだ」

「へぇ」

 知らなかった。まあ兄の言い方的にこれだけではないような気がするけど。実際僕たちの幼少期には彼は城を出入りしていたわけだし。

 いやだからこそ、彼が城を出入りしていたつい五、六年前に何かがあったと推測される。ちょうど先王からの代替わりの時期に。

 まあこんなこと王家と何も関係がない小娘に話すわけにもいかないな。そして多分まだ子供な僕にも打ち明けられるか微妙なところだ。そんなわけでいまいち納得できていないミモザ嬢は微妙な顔をしている。

「えー。折角うまくいきそうな先生を見つけられると思ったのに!王宮って結構不便ですねー」

 悪気はないのだろう言葉に母がピキりと青筋を浮かべるのが見える。……やめてくれ。

「どちらにしてもそんな初歩の初歩の段階でかの大先生に教えを乞うことはできません。王家の恥になります」

「えー、お母様は魔法使えないからそんな簡単に言うんですよ!」

「使えずとも魔力変換が基礎の基礎であることは知っています。目上の人を侮辱するのもいい加減にしなさい」

(…………)

 少し放っておいたら再び女の戦いが始まってしまった。どうしようかと兄を見るが楽しそうに笑うのみ。もうあの顔面をテニスラケットでフルスイングしてやりたい。

 とりあえず止めに入るか。


「すみません、僕も軽率でした。そうでなくても彼は多忙でしょうに」

「ええ、そうね」

 僕の言葉に、母はふんと鼻を鳴らして少女はむくれた。今回は僕は母の味方だった。

 彼女の魔法の使い方から初回の授業を思い出したが、ミモザ嬢がつまずいているのは魔力変換。世の魔力のある子供が食前の挨拶を覚える時期に習得する術である。だからこそ、この年まで使えない彼女の奇異さは分かると言ったものだが、どう考えても役不足である。

 まあそんなもんで僕が少女にフォローも入れないものだから彼女は頬をわかりやすく膨らませて言った。


「それならば弟子入りしてきます!彼がどこにいるのか知ってますか?」

 あの大魔王に弟子入り。普通の少女が言うのならば一笑に付される夢物語であるけれど、冒頭にも言ったように彼女は救国(予定)の聖女。それによる驕りも見て取れるが願えば叶いそうな危うさもある。

 まあこの妄言は、ニヤケ顔の、否スッと無表情になった兄の言葉で封殺されるのだけど。


「彼は弟子を取らないよ。彼の弟子は世界が終わるその日まで、もうたった一人だけだ」

 兄の不思議な言い回しととうにぬるくなったジュースを飲み込んで、その日の茶会は終わった。



 まあ、女たちの戦争は夏休み中毎日のように続くことになるのだけどね。

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