のどかな夏休み
【第二の故郷の場合】
「ただいま」
そう、私が真の意味で言えるのはただ一つ、ここだけだ。
「お前は実家には帰らないのか?」
「…………ここが実家なんで」
「ガクルックス家は娘をこよなく愛していると噂だったが」
私は説明を求めるスバル先生の視線にはもちろん答えられない。とりあえず黙って目を背けるのみ。
「……噂は間違ってないです」
間違っているのは私の存在の方だ。ガクルックス家当主は自身の本物の娘、『アジメク』をこよなく愛している。必要に駆られて拾った孤児の『スピカ』ではなく。
ガクルックス家当主は娘をこよなく愛している。それこそ誰を犠牲にしても構わないほどに。
満を持しての帰郷。場所は去年の通りガクルックス本邸ではなく、そのお隣のサダルスウド領にある別邸。そして一緒に帰郷したスバル先生。
まず全くもって縁のゆかりのない土地への旅行を帰郷と表現するのもおかしいが、担任の先生と一緒に帰郷というのも大分おかしい気がする。
まあスバル先生とは実家が一緒なので仕方のないところがあるが。
……いやそもそも出会って一年の担任と実家を共にするってどういう状況なんだろうか。
まああまり深く考えるのはよそう。多分今一番優先すべきは目の前の光景。それを受け止めることだろう。
「大丈夫か?」
柔らかな声音。学園にいる時とは比べ物にならない。それは多分彼がプライベートだからという単純な理由だけではない。
「…………」
私は何も言えなかった。大丈夫と言うには強がりで、大丈夫じゃないと言えるほど冷静ではなかった。
森が、黒く焼けている。
色々な意味で歴史に残る、サダルスウド領全域を巻き込んだ森林火災。単純な人的被害は聖女の活躍によりになかったらしいのだけど、その奇跡を喜んだ後に残るのは途方に暮れる他ない物的被害。
「……ここの家もなくなってる」
「あぁ。……この街で商売はしばらくできないだろうな」
火はとっくに消えてるのに、どこか焦げ臭い街。収穫祭の時に見たカラフルは見る影もなくて、止めどなく溢れる感情を必死で飲み干した。
そんな私を見て先生はふと呟いた。
「なんで、来た」
その言葉は温かいままで私を突き放すための言葉だった。私は笑った。
「多分先生と同じですよ」
先生は笑わなかった。
そして二人で並んで、一つの家のドアを叩いた。その家はドアが黒く焦げていて、壁が壊れたのか修復の跡があった。
それでも、その家はそこにあった。
「ただいま」
だからその言葉が言えた。
「よ、久しぶり。秋以来だな」
朗らかに言うカフに心底安心する。正直、気落ちした顔の彼を直視できるような覚悟はなかった。
彼とは本当に会うのは久しぶりだった。特に私は身分を隠した状態なので気軽にこの地を訪れることもできず。郵便も機能が停止したので手紙も送れなかった。ただ彼らの生死ですら「死亡者ゼロ」という言葉からしかしれなかった。
「カフも。……みんな、元気?」
そう返すと彼は笑って答えた。
「まあな」
私はその笑顔の裏を図りかねて、スバル先生を見上げた。彼もカフの笑顔を真剣に見ていた。
「家は、だいぶ直ってきたな」
スバル先生がポツリと言った。彼は春休みに一度帰っていた。
「国の魔法士さんが来てくれてんだ。まあうちは元々外壁だけだったから後回しだったけど」
「前来た時は隙間風がすごかった」
「まあね。あ、お嬢。お嬢の布団めっちゃ役に立った」
「え、あー……それは良かった」
彼の言う「お嬢の布団」とは私の特別魔法の翼の羽を詰めて作った羽毛布団のことだ。一定量溜まるたびに送っていたから冬の頃には随分な量になっていただろう。
「羽毛の掛け布団が三枚ほどできた。枕と敷布団分も頼む」
「結構しっかり当てにするじゃん」
いいけどさ、どうせ捨てるだけだし。
「……なんの話をしてるんだ?」
あっ。
叱られた。めっちゃ叱られた。
「そんなもの軽々しく渡すな」
カフだから渡した、と言うのは最初に渡したのが去年の出会ってすぐであるので反論できない。
「特別魔法の塊なんて、髪だの爪だの通り越してお前自身の肉体みたいなもんだ。呪術なんかの材料にもってこい。こいつらはともかく、他の人間には渡すなよ」
「はい……」
「カフも。ないとは思うが他人に渡すなよ。これはこいつの血肉や魂と同義だからな。扱いには気をつけろ」
「はーい。……なぁ、にいちゃん。もしかしてつまり俺たちはお嬢の体で暖まってた?」
「嫌な言い方じゃん」
「嫌な言い方だがまあそうだ」
「そうなんだ……」
そうだった。私は自分の分身と化した布団を思い出す。……ま、まあいいけどさ。
「なんだったらにいちゃんも今日はお嬢の体で寝る?」
「嫌な言い方過ぎる。流石にわざとでしょ」
「遠慮しておく。暑いだろう流石に」
そういう問題ではない。明らかにそういう問題ではない。『現役教師、女子生徒の体で寝る』。そのままの見出しで報道されそうだ。
「それにしても、二人とも遅いね」
時間を持て余して呟いたのは私。それでも口に出すと気になってくる。時間はもう夕刻だ。カフの弟のルクバーくんは遅くなることもあるが、体の弱い母のシャダルさんはそろそろ帰って内職に切り替えている頃なのに。
私が不安げにそう言うと、カフは苦しそうに笑って「まぁね」と言った。
「ルクバーはすぐ帰ってくると思うよ」
「え…………?」
その笑顔にシャダルさんは?とは続けて聞けなくなった。
確かに、死者はゼロとは言ったけどそれは災害に関する死者がゼロなだけである。
つまりシャダルさんのような元々の病気の悪化によるものは換算されないし、そうでなくてもこんな環境で、体の弱い彼女が体調を崩さないわけがない。
私の頭に「入院」「死亡」などの単語が回る。
思わず顔色を失くす私に、スバル先生はその頭をガシリと掴んで冷静に言った。
「シャダルは聖女のおかげで健康になって、仕事を増やしただけだ。……まあ、所謂水商売だけどな」
なるほど。それは複雑。
シャダルさんは現在健康的な女性になっており、同時に夜の蝶の一つになっているらしい。とは言っても地元の人しか来ない小さなスナックで働いているだけなのだが、複雑なお年頃の兄弟は複雑な心境だ。
「まあ、本人は知っての通り世話焼き好きなところがあるから。ぐだぐだの酔っ払いとか迷い込んできた若い子とかを楽しそうに世話してるよ」
体は弱かったが気性は豪胆な人だ。意外と向いている仕事なのかもしれない。
「それにしても、元気なシャダルさんってあんまり想像できないかも」
失礼だとは思うが思わず呟くと、スバル先生も頷いた。
「俺も、あんなに元気なあいつを見るのは生まれて初めてだ。聞くところによると、生まれた時からの肺が弱いのも治ったらしい」
彼らは聞くに幼馴染だと言うので、スバル先生はものすごく嬉しそうだ。
「聖女ってそんなにすごいんですね」
「うん、同じ領に住んでるって言っても顔も見たことがない子だからどんな子かも分からない。いつかお礼がしたいけど」
「確か今九歳くらいだよね?どんな子なんだろう。いつか会えたらいいなー!」
自然と弾む声音に男二人もやわらかく笑った。
この後はルクバーくんも帰ってきて、シャダルさんも夜の仕事の前に顔を出してくれた。
そのまま皆んなでご飯を食べて、今日は面倒になったからカフの家で寝る。
明日は燃えた家々を直す手伝いをして、意外に町に残っていた数多くの知り合いとお話をして、またカフの家に帰る。
そうやって毎日のんびり過ごした。ほんの数ヶ月前に大災害があったなんて考えられないその町で。
あれもこれも全部、聖女様のおかげだ。光の魔法を使う聖女様の。
彼女のおかげで私は今日も、安心して「ただいま」と言えるのだ。
引き続き、行います。カサマシスペシャル。今回はカフの領の住人と先生たちについてかな。前回活動報告の紹介文重複していると言ったがあれは嘘だ。
隣の領→サダルスウド領。別名幸運に包まれた領地。この領の子孫はそれぞれ幸運を持って生まれる。ちなみに多様化の時代ということで一人一人持っている幸運の種類が違うという厨二病くさい設定を持っている。
マタル・サダルスウド(中等部1C・♧):サダルスウド領の息子。実は長男で、双子の弟妹がいる。とても生意気。実はこれまで名前しか登場していない。あのアイス争奪戦で毎回勝利を収める先輩が彼です。彼の持っている幸運は「雨の幸運」なので水系に強い。ただしサダルスウド領に海どころか川もないし雨もあんまり降らない。しかしアイス争奪戦では毎回勝てるくらいには幸運。好きな食べ物はビスケット。口の中の水分がなくなる感じが好き。
ホマン・サダルスウド:現当主。温厚な性格で、優秀ではあるもののいくら努力しても結局運でなんとかなってしまうので運だけで生きてきた。一番の幸運は今の妻と結婚できたこと。好きな食べ物は料理が好きでへたくそな妻の料理を回避して食べるコックの料理。夕食?コックの作るのであればなんでもいいよ。
カフ:少年。彼はちょっと年上です。スピカの八つ上くらい。つまりアルたちの五つ上。しかし一番少年でいてほしい。子供っぽくて危ないことが好き。なので好きな食べ物?はコーラ。
ルクバー:カフの弟。彼も年上、スピカの四つ上で、アルたちよりも一つ上。病弱でしっかりもの。家事はお任せあれ〜。普段は僕っていうけど彼女には俺っているタイプ。知らんけど。好きな食べ物はホイップマシマシのケーキ。牛乳は比較的安く譲ってもらえるので、誕生日に作ることが可能。というかそういった楽しい思い出と結びついているのかも。
シャダル:カフの母親。たおやかな感じの女性。実は仕事が好き。というか労働がお金という形で評価されるのがすごい好き。彼女は病弱で幼少期から何もしなくていい、何もしないでくれと言われて育ったので、評価されるのが好き。今は亡き旦那は息子たちに死ぬまで言う気はないが実は浮気を繰り返すクズだった。息子たちは憶えてないけど、実は旦那は女に刺されて死んだ。彼の遺したお金というのは貯金や慰謝料だけでなく浮気相手や夫の実家から搾り取った分もある。まあ一人で二人育てる上で何があるかわからないので頑張って取っておくつもりだけど。好きな食べ物は唐揚げ。周りに止められてきたので。
先生編。名前しか出てきてない人とかいます。多分これからいっぱい出るから、多分。
アルキオネ・スバル(1A・魔):担任兼魔法クラス担当。怒ると怖い。怒らなくてもちょっと怖い。プライベートでは優しいがプライベートで会う人はそういない。好きな食べ物はマシュマロ入りココア。コーヒーカップに入れてさもコーヒーのように難しい顔をして飲んでいるが彼はコーヒーが飲めない。
エルナト・ハダル(中等部・数学):猪突猛進型教師。スピカが入学した年に教師になった。ハダル家はめちゃくちゃ名家。というか国一の金持ち。王家より持ってる。何もしなくても金が生まれる特別魔法を各々が保有している(冗談)。数学教師で文章題でお使いの問題とかで時々とんでもなく高価なリンゴを登場させる。好きな食べ物はユーピテル(超高級ケーキ店)のザッハトルテ。あんまり変な料理を彼に出すと「毒ですか……?」と聞かれる。どつくぞ。
セクンダ・ヒアドゥム:厳格な歴史(国内史)教師。効率重視であると同時に情に熱く、なんか青春ドラマが始まると授業を止めがち。プリマ・ヒアドゥムという兄が同じく歴史(世界史)の教師をしている。うさぎとかクマさんとかのネクタイを好んで身につける。怒ってもネクタイで中和される。ちなみに兄のネクタイは普通に地味なので普通に怖い。好きな食べ物は熊肉。田舎のばあちゃんがよく鍋にして出してくれたっけな。
アイン:体育教師。ノリが良い。仕事柄飛んだり跳ねたりすることが多いが、三十代半ばにして体力の衰えは感じている。昨日なんてグラウンド三十周しかしてないのに疲れてしまったらしい。同い年のプリマ・ヒアドゥム先生に嫌な顔をされがち。でも二人は地元じゃ負け知らず、元ヤン。好きな食べ物はカツ。油っぽいものはとりあえず好き。プリマ先生をご飯に誘うことが多く、一緒にご飯に行くことも多いが、揚げ物で人気な定食屋に連れて行ったはずが隣の蕎麦屋に誘導されていたことが何度もある。
プリマ・ヒアドゥム:世界史教師。普通に厳格な先生。少し抜けたところのある弟や面倒な同級生兼同期な体育教師に頭痛が痛い。弟とは昔次期当主争いをしていたが、土壇場で結局二人とも教師になったので、そこらでやいのやいの言ってた従兄弟に任せた。従兄弟は色々喚いていたがなんとなく上手くやっているらしい。ちなみに従兄弟はからかいがいのあるタイプ。好きな食べ物は蕎麦。
チャムクイ:現代文を担当してる女性教師。古い家のお嬢様で貴族令嬢特有のお言葉を使う。ただし魂はヤンキーなのでお嬢様口調で煽る煽る。ダンスは殿方の脛を合法的に蹴れるスポーツだと思っている。好きな食べ物は激辛麻婆豆腐。食べてもよし女性を子を産む道具としか思っていない婚約者(元婚約者)に頭からかけてもよし(良い子は真似しないでください)。
アル・マーズ:生物学の女性教師。とても明るい先生で多分みんな彼女が好き。別に飛び抜けて美人というわけでもなく、ファンクラブができてキャーキャー言われるタイプではないが、男女色々な生徒に好かれる人間。好きな食べ物?は酒。酒ならなんでもいい。手取り早く酔うためにいろんなものを混ぜるタイプ。しかし次の日には一切残さないタイプ。
こんな感じです。「このキャラの詳しい話が聞きたい」とかあったら教えてください。




