トモダチ(?)
さて。大盛り上がりであった入学式を終え、次の日のことではありますが、
「アジメクさま、おはようございます!」
「おはよう、カペラさん」
お友達ができました!
「少しお待たせしてしました。申し訳ありません!」
「いいのよ、私も今来たばかりですし」
少し先から駆け寄ってきたのはカペラ・アダーラ、侯爵令嬢。彼女の家はとにかく歴史が古くて王家の次に古いと言われている。ちなみにそう言い伝えられている家は有名どころだけでも後二つはあるし、多分外には言ってないだけで「実はうちの家系が」みたいなのを子供に言い含めている家は多分もっといる。
まあ外にそう言っても「そんなわけないだろ」なんて切り捨てられないだけの歴史と他二つの家と言い争えるくらいの権力を持った名家であるという拍付けみたいなものとして機能しているから真実はもうどうでもいいのかもしれない。
まあそれは置いておいて。
とにかくそんないいところのお嬢さんと仲良くなれたのは少し緊張もするが嬉しい限りだ。なんかいい匂いするし。
彼女が声をかけてくれたのは昨日の放課後。私が寮までの道がわからなくなっていた時だ。正直今すぐUターンして殿下に泣きつきたい所存だったが意地を張ってあてもなく歩いていたところである。
そんな時、彼女が私に「一緒に帰りませんか?」と声をかけてくれたのである。私が迷子になっていたことを気がつかないふりをしてくれるという優しさに溢れた声かけだ。殿下にはぜひ真似をしてほしい。
まあそんなこんなで昨日色々な話をして、今日も一緒に寮から学校に行く約束をした。まあ寮から学校までは迷わなければ徒歩五分。寮でわざわざ待ち合わせって結構面倒だなとは思ったが、昨日迷子になった身としてはありがたい提案なので何も言えなかった。
「お鞄お持ちしましょうか?」
「え⁈い、いや遠慮しますわ」
思わずカバンを抱きしめる。今日は授業がないからカバンも軽いし、たとえ重くても自分よりも華奢な彼女に持たせる気はない。特に私は三ヶ月前まで孤児院で暮らしていたのだ。そこらの令嬢よりも力がある。
「そう遠慮せず!」
「い、いいのよ今日軽いし」
尚も腕を伸ばす手から逃れるようにより一層カバンを抱き込む。そうするとなぜかだいぶ悲しい顔になってしまったので急いで話題を変えた。
「そ、そう言えば今日は各授業のオリエンテーションと午後は実力テストよね。少しドキドキしますね」
「え、えぇ……。もしこれで全教科Fクラスにでもなったら、お父様に叱られてしまします……」
余計にしょぼんとさせてしまった。意外だ、勉強苦手なのだろうか。
私たちの通う王立学園は国中の貴族の子供のための国で唯一の教育機関である。そのため一流の教育を受けた王族から最近成り上がった男爵令嬢まで様々。そして学園に入るまでは各家庭で自己学習なので自然と教育レベルに差が出てしまうのだ。
そのレベルは大体爵位など育ちが就学前の家庭教師のレベルの差に直結するため大体の授業は爵位順というか権力順ではあるが、その中でも学習に差が出やすい数学や科学、外国語は一応厳密に学力テストを実施する。あと一応魔法学だがそれは貴族でも魔法を使える人間は少量なので置いておくとして。
「でも、こちらに来る前にたくさん勉強してきましたでしょう?大丈夫じゃないですか?」
ずいぶんと不安そうであるがそうは言っても彼女は名家の出である。そこらの子息もごちゃ混ぜのこの学園でそうそう下のクラスに行くことはないと思うが。と、三ヶ月前まで孤児院で勉学のべの字も知らなかった人間の意見である。私の方がよっぽど不安だ。
「ええ、その……私、外国語は得意なんですけど数学や科学は大の苦手で。もう家庭教師から匙を投げられたくらいなんです」
「まあ、得意不得意があるのは仕方ありませんよ」
「ええ、お母様もそう言ってくれているんですけどお父様はお考えが違うようで。特にその二つはクラス分けがあるから実力がはっきり周りがわかってしまいますでしょう?もし低いクラスにでもなったら、アダーラ家の娘としてなってないって、お父様に怒られてしまいます」
怒られる所を想像したのだろう。少し泣きそうになっている。
そういえば、彼女の家、アダーラ家現当主は筆頭文官だったか。わずか三ヶ月で教え込まれた貴族名鑑を必死に頭の中で捲る。
彼女の家、アダーラ家は前当主までは代々宰相を輩出してきた、名家中の名家である。まあ前当主までというのは現当主が今の宰相に押し負けたということであるが。一昔前は宰相といえばアダーラ家、アダーラ家といえば宰相だったのに急な采配に皆困惑したものだ。
そして当主もただでは起きない。宰相につけないと分かるとすぐさま文官に移動、史上最年少で筆頭へと躍り出た。まあその権威のおかげもあっただろうが文官は仕事ができなければ務まらない。見事プライドを守る形で表舞台へと返り咲いたのである。
そう言った事情もあるのでいくら本人が苦手と言ってもその身を守った知力をその娘にも持っていて欲しいのだろう。
「でも、とりあえず頑張ることしかできませんし。一生懸命頑張れば、認めてもらえますよ!」
薄っぺらいなとは思いつつ話す。でも本人の事情からも、そのような叱責も彼女の将来を憂いてのことなのだろう。きっと苦労してきたはずなので。
「そうですかね……」
「そうですよ!きっとカペラさんのことを思ってのことです!」
「特にアルビレオ家の子息には負けるなと言われているのですが」
「…………えっと、はい」
ちなみにアルビレオ家は現宰相の家である。ちなみに両当主の仲はめっちゃ悪い。というかアダーラ家当主が一方的に突っかかっている。
そんな話をしているうちに五分の道のりが終わり、教室に着くことになった。席は名前順(苗字順)ということなのでGの私とAのユリアさんだと少し離れてしまったが、ユリアさんは荷物を席に置くとしばし私の席近くでお話しすることになった。
「椅子、座られますか?」
「いえいえとんでもない、アジメク様がお座りになって」
華奢な令嬢が立ちっぱなしも辛いだろうと自分の椅子をすすめたが断られた。逆に促されて席に座る。
そこからはまだ始業まで二十分もあったのでしばし実のない話を続けた。兄弟の数だとか、好きな教科だとか。彼女は疎遠だが兄がいるらしい。私は前世の兄のことを話すか今世の(売られる前の)弟のことを話すか迷ったけど結局カペラさんが「アジメク様も一人っ子ですよね」という言葉に我に帰った。そうだ、『アジメク』は一人っ子だった。
それで十分くらい経ってからカペラさんが「ちょっとお手洗いに行きたくて。一緒に行きませんか?」と誘われた。私は別に催していないから普通に断ったけど。なぜだかずいぶん引き下がられて、教室を出る際もチラチラとこちらを見ていた。
なんだ?トイレまでの道も分からないと思われていたのだろうか。つまり親切だったのかも。でもトイレ教室のすぐそこだしな。
(…………???)
「ま、いっか」
しばらく考えても分からなかったので仕方ないと鞄の内容を机に入れて整理する。話すのに夢中で授業の準備ができなかった。
「いや、今のは一緒に行くやつだろ」
呆れたような声が聞こえて振り向く。すると半目でこちらを見るアルクトゥルフがいた。お前がブスじゃん。
「えっと、どういうことですか?」
戸惑って聞くとアルクトゥルフは少し心配げな顔をしていた。
「いや、女子は連れ立ってトイレ行くんだろ。って、デビュタントできなかったんだったか。じゃあ同年代の女子と仲良くなるの初めてか?女子は行くんだよ、二人以上でトイレ」
「え、なんでですか?そういう親交の深め方?それともトイレのドアが女子の力では開かないとか?今からでも追いかけた方がいいでしょうか」
「いや、そういうんじゃねえよ」
腰を浮かせて行こうとした私の襟足をしっかり掴んで止める。なんでよくそこを持つんだろう。猫じゃないんだから。絶対あの入学式の時にその癖ついただろ。
「ていうか、もう帰ってくるんじゃねえか」
まあもっともである。さっきも言った通りトイレはここから近いのでドアを一人で開けられればさっさと行ってさっさと帰って来れる。私は諦めて自席に座り直した。
「というか、おはようございます殿下」
「ああ、おはよう。昨日は無事帰れたか?」
「ああ、カペラさんが一緒に帰ってくれました」
「……まあ、よかったな迷子にならなくて」
「なりませんよ迷子なんか。そんな子供じゃないんですから」
「寝たら記憶無くすタイプか?」
昨日のその後が気になって声をかけてくれたらしい。さすが育ちのいいクソガキである。優しい。
軽口を叩いていれば、アルクトゥルフはなんだかくすぐったいような変な顔をしてこちらを見ていた。なんだなんだ。やっと私の可愛さに気がついたか?
「それで……その…………」
急にモゴモゴするじゃん。これは私が聞いてあげないといけないやつだな。しょうがない、前世の年齢を足せば私の方がお姉さんなのだし聞いてあげよう。
「どうかしたんですか?殿下」
「……タメ口でいい」
「え?」
「お前に敬意を示すというのはできなさそうだからな。無理に敬語を使わなくていい」
なんか内容の割に勇気を振り絞ったというか顔が赤いというか。よく分からないけどまあ、そういうことなら。
「了解、アル」
「適応早すぎんだろ。というかアルって。距離の詰め方自分でも間違ってると思わないか?」
「あ、ダメそう?」
「別にいい」
別にいいんだ。
「寛容ですこと」
「ああ、僕はお兄ちゃんだからな」
「…………?お兄ちゃん?」
「ああ。昨日のお前の迷子具合を見て抱いた感情を兄上に聞いたんだ。そしたら兄心ではないかと」
「???」
繰り返すが、私の方が精神年齢は高いのである。
「ううん。私の方がお姉ちゃん」
「いやなんでだよ。お兄ちゃん!」
「お姉ちゃん」
「全然譲らねえじゃん」
しかし真実は私の方がお姉ちゃんである。まあ今言っても仕方がない。埒が開かないのでさっきの話に戻る。
「しかし、なんで二人以上でお手洗いに行くの?やはりトイレでしか深められない友情があるのかな」
「知らねえよ」
「知らないんだ。でもそれが原因でカペラさんとあんまり仲良くなれなかったらどうしよう」
「大丈夫だろ」
「え?まあ確かに私たちの友情はそれぐらいで揺らがないかもしれないけど」
「いや、友達っていうより取り巻きだろ?深める仲も何もねえだろ」
「え」
(…………)
私は今日までのカペラさんとの出来事を思い出した。迷子寸前の私を寮に連れて行ってくれた彼女、私のカバンを持とうとした彼女、席を譲り私と立って話していた彼女。
「ち、違うから!」
(そうかも!!)
私はこう言ってはなんだが、前世では同年代の子との交流なんてなかったし、今世になって孤児院に入っていたがこの整った容姿で特に女の子からはいじめられることしかなかった。だから元々、私は女の子の友達というのに憧れていたのだ。
その後の授業は全く身に入らなかったのは言うまでもない。午前中のオリエンテーションはもちろん午後のテストも。でも三ヶ月叩き込まれた教育で無意識でも問題を解いていたが。
(結果帰ってきてほしくないな……)
多分無意識下でも全力をだして解いたのだと思うが、本物の「アジメク」はもっと完璧な才女である。それこそもし点数が低かったら……。想像だけでも恐ろしい。
とりあえず今日の共通のテストは終了である。しかし私はこれから魔法実技のテストを受けに行かなければいけない。
「カペラさん」
「あら、アジメク様。どうされましたか?」
そ、そういえば確かに友達に「様」つけはおかしいな。ちょっとショックを受けつつ要件だけを話す。
「私今から魔法実技のテストを受けなければいけないの。だから先に帰って大丈夫よ」
「あら、確かアジメク様は魔法が使えるんでしたね。頑張ってきてください。ただ私も少し残る用事ができましたので、こちらこそ何時になるか分かりませんから約束はできませんが、もしタイミングが合えば一緒に帰りましょうね」
「はい。それで用事ってどうかしたのかしら?あ、聞いて良ければだけれど」
「それなんですけど。私にもよく分からなくて。とりあえず職員室へと」
そう言うカペラさんは訝しげだ。確かに、二日目から用事があるようには思えないけどどうかしたのだろうか。
「まあ私も第二体育館で方向は同じですから、一緒に行きませんか?」
「え?いえいえ方向全然違いますよ」
「あれ?」
あれ、地図で見た時は近くだと思ったのだけど。懐から地図を取り出してくるくるしだす私にカペラさんは見かねたようにその地図をそっと握った。
「よろしければ途中まで一緒に行きますよ。私の方は時間の指定はなかったので」
「あ、ありがとうございます……」
方向が違うなら結構な距離だろうに。ここで断れればよかったのだけど、このテストはもちろん集合時間が決まっているのでその提案はとてもありがたい。そんな私にカペラさんは慈悲深い顔で笑って「いいんですよ」と言ってくれた。
私は随分嬉しくなって、こんな親切な友達をもてるなんてと最高な気分になった。そして同時に取り巻き疑惑が頭を巡る。私はつい確認したくなって隣を振り向いた。
「カペラさん本当にありがとう、こんな親切にしてくれるなんて優しいのね」
さすが私の友達だわ、そう繋げようとしたところでカペラさんが不思議そうに首を傾げているのに気がついた。
「別になんてことありません。お父様に言われているので親切にしているだけですもの」
「え?」
「お父様に言われているんです。アジメク様とお友達になって、たくさん親切にしなさいって」
「え??」
(カペラside)
「はい、ここが第二体育館ですね。どう致しましたかアジメク様」
「い、いえ、なんでもないわ」
なんだかヨボヨボしているアジメク様を無事第二体育館に送り届ける。なんだか乾燥のまま風に吹かれて飛んでいきそうだけれど大丈夫だろうか。
カペラ・アダーラはこんな表現だが精一杯彼女を心配しながらその場を離れた。今度は自分の用事を済ませるためである。
ちなみにアジメクはカペラの「お父様が言うから仲良くしていただけですわ」発言にショックを受けているが、これは致し方ないことである。
カペラは正真正銘九歳の女の子である。友人関係は母親が整えたお茶会などでそこそこ、兄弟は年の離れた兄が1人。しかしその兄ともまともな交流がない。そのため、というわけでもないが彼女は人間関係における建前だとかそういうのは全く解さない女の子なのである。
そもそも名家の令嬢、お友達というのはお父様の指定された人でというのが当たり前、それはお互い承知の上での交流であったし、誰々と仲良くしなさいってお父様がおっしゃる人は大体同じような育ちの令嬢だけだった。つまりその友人関係でうまくいっていたので反抗する機会などなかった。九歳というと反抗期はまだ先であるし。
そしてそれを相手に伝えるのに遠慮も配慮も隠し事も必要ない、そう言った判断であった。だからこそ彼女は特に罪悪感などはなくこうして鼻歌でも歌って校内を歩いているのだけど。
いや鼻歌を歌っている原因はもう一つあるか、科学のテストが自分が思っているよりもずっとできたのだ。数学は相変わらずだけど、3教科中2教科ボロボロなのと1教科ボロボロなのとでは全然違う。
これでお父様を悲しませないで済む。カペラはお父様が怒る姿が涙をこぼすくらい怖かったが、彼女を泣かした晩にお父様も私を泣かせたことをへこみお母様に慰められているのをしっかり目撃している。だからこそ今回の結果が嬉しかった。
そうして少しホクホクしながら呼ばれた通り職員室に入る。そこには幾人かの先生がいて、その中で少し暑苦しい感じの先生(確か普通のクラスの担任の先生だった気がする)が私の肩をむんずと掴んだ。カペラは不快感を感じつつも、心当たりのない先生の険しい顔に首を傾げた。
「カペラ、君を信じてたのに……!」
なんの話だろう、カペラはほとんど初対面の彼にいっそう首を傾げる角度を深くした。
「とぼけるんじゃない!しかし分かっているんだぞ、き、君が」
先生はその手に込める力を強くして、カペラは痛みを感じ始めてその眉に深い皺を寄せた。
「君が、カンニングをしたってことを!」