クロダン・コネクト
前回のあらすじ。
シルマくんが先輩の勧めで弟妹(計四人)と二年のオリダンを鑑賞中。
しかしハトダンのダンスの時間のはずなのに他の団の人たちも踊り出して……?どうなってるの〜!
◯◯◯
『君以外じゃだめだって気づいて』
始まる二年生全員でのダンス。あっという間に生徒が会場中に散らばる。その中で流れる音楽が、まるで聴いたことのない歌が会場中に流れた。
『君以外じゃだめだって気づいて
僕以外じゃだめだって言ってよ
意味わかんないくらいの、おもしろいをちょうだい!
君以外じゃだめだって気づいて
替えが効かない僕だけのピースで
僕たちのための全てを作り出そう』
「「「「「ハトダン!」」」」」」
呼ばれたハトダンを残して他の生徒が膝をつく。俺は密かにカジュアルな格好のクロダンはともかく、金のかかっていそうな衣装を着たダイダンやスペードの先輩が膝をつくのにうわって思った。
でもそんなことはもちろん誰も突っ込まず、残されたハトダンの彼女たちは先ほどよりも軽くなった体で舞ってみせた。
『「かわいい」とか「綺麗」とかそんなのもう聞き飽きちゃった
もっともっと、もっとちゃんと私に合うような、私のためだけの言葉が欲しくて
輝く髪も滑らかな肌も、別に君に触ってもらうためのものじゃない
私のために私はいる
でも少しくらいは、君のそばにいてあげてもいいけど
流行りに乗りたい時もある
誰かと同じって落ち着くし
でも本当は、君の視界から
私以外、追い出して欲しいんだ』
少しキュートで、愛らしくて、とんでもなく綺麗。例えるなら、上の妹が将来あれになると思ったら一晩泣きくらしてしまいたいくらいの。あ、考えるだけでちょっと泣きそう。
そのまま彼女たちは踊る踊る。彼女たちのダンスが、美しさは評価されるためのものではない。孤高の美しさ。
そのまま他の団の人も立ち上がって一緒に踊り出したけど、彼女たちの美しさは瞼の裏に鮮明に焼きついた。そんな俺たちを置いていくように一つ放送が響く。
『ハートの皆さんありがとうございました。次は、エントリーナンバー二番ダイアモンドの皆さんお願いします』
日常に戻すその放送。場違いなそれに、俺はその放送が「一つの団につき持ち時間以内に収めること」というルールを守るための放送だと気づいた。実際は生徒は待機列に並び直したわけでもないのだが。
割と適当な、ルールを守るためだけの区切りを経て生徒は叫ぶ。
「「「「ダイダン!」」」」」
さっと左右に分かれた他の団員の中央で、ダイダンは踊り出す。統率の取れたダイダン特有の動きは、まるで一つの動物みたいだ。
『チームワークに魅入られて、俺たちはスーパーかっこいい
でも時々不安になる。「俺じゃなくてもいいんじゃない?」
先輩に言ったらきっと笑われる。子供っぽいこれはカッコ悪い
でも俺たちはまだ子供だ。
カッコ悪い俺は見て欲しくないけど
右にならえが大の得意で
歯車にだってなってみせる
でも名無しがいいわけじゃなくて
透明になりたいわけがなくて』
少し重めの歌詞が続く。ハトダンとは対照的に怖いくらい揃ったダンス。ところどころ混ざる不協和音。
最後の最後でダンスがばらけて、全てを投げ出すようになんかもこもこの衣装を脱ぎ捨てた。
しかしそれを覆い隠すように二年全員が踊り出す。
『君以外じゃだめだって気づいて
僕以外じゃだめだって言ってよ
君の笑顔が見たいだけって、ちょっとキザっぽいか
君以外じゃだめだって気づいて
世界中のすべてより君がいい
理由は単純。だって君だから』
そこから続く間奏。派手なアクロバットが入る。めちゃくちゃ派手だけど、二人以上の連携が必要なやつとかを団を跨いで行っているところから、先輩たちはいつから団を跨いでのこの企画をしていたのかと遠い目をする。絶対一週間かそこらでできるやつではない。
下の子達を見ると歌詞の意味がよく分かっていなさそうなのもいるが、単純に百人余りの生徒が踊っているのが面白いのだろう、きゃっきゃと喜んでいる。メロディもキャッチーだ。
間奏が終わるのだろう。外側の生徒を中心に手拍子を求められる。うちの弟妹も素直にペチペチとした。
左手につけた黒いリストバンドが揺れる。クロダンの先輩だ。
多分順番的にも次は彼らの番なのだろう僕はひっそりと息を呑んだ。
『プツっ』
マイクが入る。流れるのはとても機械的な、形式的なセリフ。
『ダイアモンドの皆さん、ありがとうございました。次はエントリーナンバー三番、クローバーです。よろしくお願いします』
「「「「クロダン!」」」」
『明るく楽しく元気がよく、君のために僕たちは踊っている
疲れた時、苦しい時。そんな日も笑ってそれでも踊る
バカみたいって言うかな、バカみたいって笑うかな
でも笑ってくれるなら
安心して道化になろう
これが楽しいからやってるし
このキャラを気に入ってる
でもいつか一枚皮を剥がされて
光に照らされてしまったら』
(…………)
クロダンにしては少し悲しげな雰囲気を纏っていた。そしてその歌詞に俺は思わず俯いた。
「にぃ……?」
メイサがペチペチと俺の頬を叩く。ごめんね、心配かけて。
大丈夫、大丈夫だよ。ただなんというか、当然のことに気が付いたというか。
誰もが意識的に若しくは無意識にキャラを作って人と接している。それは外面も武器の一つである貴族であれば尚のこと。
当たり前だ、当たり前で、それを知った上でこれまで付き合って来たのに、俺はふと疑問に思ってしまった。
(……あの人たちは、どこまで本気で俺のことを可愛がってくれているのだろう)
なんて、本当に無駄な疑問だ。あの二人のことだから、ある程度は本気だろうから。
それ以上は流石に、分不相応だ。俺は腕の中の、無償の愛の象徴を抱きしめる。
(弁えろ、俺。俺は貧乏伯爵家、シルマ・ミンタカなんだから)
時間的にはまだクロダンの持ち時間のはずだが、曲のテンポを重視したのかそのまま入れ替わるようにスペードの団員が前に出てきた。
「「「「スペード!」」」」」
『誰にでも知られている。かけがえのない、俺は宝物
どこの家の、何人目の子供。……あれ、君俺の名前言える?
個性とかってあんまり要らない。地位や名誉に中身は要らない
それって生きてるのって
それでも生きたいのって』
手拍子は止んでいて、少し不穏なメロディに思わず弟たちと顔を見合わせる。
その観客のざわめきすら気にしない堂々としたダンス。そのセンターで踊るのは、遠目で見えずらいが、王族特有の金の短髪が光るので殿下だと思われる。
彼が重厚なダンスを踊る。堂々としたダンス。その堂々とした仕草に、彼がこの世界の主役だと言われれば納得するだろうなんて栓のないことを考える。
それでも歌詞には孤独と猛毒がたっぷり。ギャップに酔ってしまいそうだ。
『短い生涯で納得した
長い生涯を生きるために
でも夜一人ベッドの中
こう考えるんだ』
唐突にメロディが止む。一瞬おいて彼らが自身の衣装に手をかける。
その下は白いTシャツ、ジーパン、そして右手に黒のリストバンド。
流れるような長い金髪をウィッグの下からあらわにした、少女は笑う。
『例えば誰かと入れ替わったって、誰にも気づかれないんじゃないかって』
スペードのダンス、そのセンターにいたのは。
紛れもなく俺のシスター、アジメク先輩だった。
(やりやがった……!)
全然気づかなかった。俺は座りながら腰を抜かしたように、出来るものならそのまま後ろに倒れ込みたい気分になった。
とんでもないような騒ぎの中で彼らのダンスは進む。
多分、全員が全員入れ替わっていたわけじゃない。観客に近い、顔が見えやすい生徒は普通に入れ替わりのない生徒だった。遠目で見えにくい先輩は多分無意識にその背格好に近い先輩だと思い込んでいた。
うちの団には異性用制服を着るために背を高くするくらいの技術は存分に磨かれているのに。特にあの二人は親戚ということもありそこそこ顔が似ているのに。
俺たちは、リストバンドと豪奢な衣装という見やすい目印に踊らされていたというのか。
そこでぷつりと放送部のマイクが入る。
『クローバーの皆さん、ありがとうございました。次は最後の発表です。エントリーナンバー四番、スペードの皆さんお願いします』
お願いなんてされなくても。
彼らは放送が終わるや否や、最後のフィナーレへの助走を始めていた。
『君以外じゃだめだって気づいて
僕以外じゃだめだって言ってよ
同じ空気を吸って吐ける。それだけで良かったのに
君以外じゃだめだって気づいて
つまんないこんな世界の中から
僕を連れ出して。……なんてね』
そうして彼らは崩れるようには座りこむ。
ぐちゃぐちゃ。そんな言葉が彼らによく似合った。まあ、彼らは途中踊っていない時間はあれど約十分間演技をしている。そんな中でパワフルなままでいるところを見るに、先輩が前に学校で暮らしていれば体力がつくというのはあながち間違いではないらしい。
『まあそんなことを言ったて
別に全部が嫌いなわけじゃない』
メゾピアノから入ったメロディは団から出た一人がソロで踊るらしかった。最初はクロダンのヘゼ先輩だ。
『この世界って結構綺麗だし
大事な人もいる』
次はハトダンの先輩っぽい。ハトダンにしかこの時期日焼けのない人はいないので。
『責任を放棄する出来るほど子供じゃない
うまく逃げ出せるほど大人じゃない』
そしてあのプライドの高そうなの彼はスペード。間違いない。
『明日がそんなに憎いわけじゃないんだ
ただちょっと、ちょっとだけでいいから』
消去法だけど彼はダイダンだろう。
そして全員が立ち上がる。なんとなく、この歌を歌っているのはこの四人な気がした。
『僕のために僕を見つけて』
数秒後、僕の視界は再びカラフルに彩られる。
今度は、色とりどりの絵の具がグラウンド内を飛び散ることによって。
『君にしか出来ないって思って
僕にしか出来ないって思った
僕の価値なんて、初めは自分で決めるしかないのさ
君以外じゃだめだって気づいて
この愛おしくて憎らしい世界で
僕を、愛していたい』
各々の手に持った絵の具入りバケツによって白いTシャツが染まる染まる。
人によってはハケやローラー、絵の具を塗したボールなんてのもあった。
そうして出来上がっていく。一人一人、別物のTシャツが。
『君以外じゃだめだって気づいて
僕以外じゃだめだって言ってよ
意味わかんないくらいの、おもしろいをちょうだい!
君以外じゃだめだって気づいて
替えが効かない僕だけのピースで
全て、作りだそう』
『僕たちだけの、未来のために』
決めポーズで曲が終わる。各団の時間全てを使っての全員でのダンスなんて聞いたことがない。前代未聞だ。
まばらな拍手。粛々と撤収を始める彼ら。
俺は何もする気にもなれず、先輩の発表に歓声も上げずにぼうっとしていた。
そして視界に飛び込む横断幕。そこに並ぶハトダンのスローガン「圧倒的な美」。そしてクロダンの「繋ぐ」。
ダイダンのスローガン「一つになるという芸術」、スペードのスローガン「上に立つものの責任」。
つまり彼らは圧倒的なまでに美しさを見せつけて、各団を繋いで二年生全体で一つになり芸術的な演技をした。
そして逃げ出すことを仄めかしながらも(今考えると結構ギリギリな歌詞だな)貴族として上に立つものの責任を示した。
あーあ。
(これ、俺たち来年やるの……?)
シルマはこの場の全てに浸りたいような、何も考えたくないような気持ちになった。
取り残されたのは放心状態の観客と、色とりどりの絵の具が飛び散ったグラウンド。
でももう大丈夫。こんなバカをする先輩たちが、俺は大好きなんだ。




