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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部2年
37/88

クロダン・パニック

 早朝。目が痛くなるほどの晴天。待ちに待った体育祭の日。

「アジメク先輩」

 シルマくんに呼び止められて、私はのんびり振り返った。少し緊張したような顔、その後の質問に、私は少し笑ってしまった。

「なんで、頑張ってたこと隠すんですか?先輩たちすごいって言われたいです。サボってるみたいなの、言われたくないって。先輩は思わないんですか?」

 私は黙って、彼の目を見た。去年は私たちは自分たちで思っても先輩に直訴することはなかった。でも今年はいつにもまして縦での繋がりが濃い。いまだに遠慮しがちなシルマくんでさえ言い出すのだから、他のチームでも同じような会話をしているだろう。

 そして妙な確信があった。多分他のチームでも、同じことを答えるんじゃないかって。

「それはね、シルマくん」

 勝手に顔が笑った。楽しい。楽しくてしょうがなかった。


「「「「「きっと分かるよ、本番を体験しちゃったら」」」」」」



 クロダン。

 スペードが規則を厳守し、ダイダンが団則に遵守し、ハトダンが美学を固守するならば、クロダンは楽しいことを死守している。そんなどこもかしこもヘンテコな団。



「ソワソワしすぎじゃない」

 オリダンの最終確認でクロダンブースに来ていたあるが私たちを見て呆れた。

 眼下では、グラウンドに並ぶ一年生。次は一年の全員リレーだ。そういった点数が取れそうな競技は団内でカケラも練習していない。あの子達は大丈夫だろうかと心配でいっぱいだ。

「ごめんアル。ドキドキしちゃって」

「自分の競技でもないのに?」

「だって……あんなに大きくなって……」

「……聞いたことなかったけど、団内に幼馴染でも入った?」

「いや、団内の全体練習で初めて会ったんだけど。でも彼は私が産んだと言っても過言ではないから」

「よく知らないけど確実に過言でしょ」

 アルはとても話を進めたそうに私を見るが、正直私はシルマくんが完走するまで集中ができなさそうだ。ごめん、呼びつけておいて。

「つまり応援してる後輩がいるの?」

 柔らかく問いかけるのはカペラちゃん改めシスターカペラ。ハトダンは本当に調教されており、先ほどから近くを通りかかるハトダン団員は学年問わずカペラちゃんに必ず一礼して行く。正直ひく。アルも「それっ……えっ。い、いやなんでもない……」と言っていた。

「うん。同じエニチーの後輩なんだけど。あ、あのカッコいい子」

「私はね!シトゥチーの子で、次の次に走るおさげ髪の子!一緒に応援して!」

 ベガがカペラちゃんの肩に手を回す。ちなみにリゲルのところのお姫様(リゲルとアンタレス先輩談)は次の次の次に走るので、リゲルは十分前から神に祈っている。

 つまり外交官三人の中でアルたちの相手をする人が一人もいないと。

 なので代表して私は言った。今にも走り出しそうなシルマくんから目を離さず。

「ごめん、うちの子が走り終わるまでちょっと待って」

 アルは頭を抱えて言った。

「…………色々言いたい文句はあるけど。まず、えにちー、しとぅちーって何?」

 この後いっぱい無視した。面倒だったので。


 さて。毎年の大まかなプログラムは変わっていない。一年生のデビュー戦とも言える全員リレーは、シルマくんが堂々たる鈍足を発揮したくらいで、無事に誰も怪我がなく終わった。彼らがクロダンブースに帰ってきた時には、不覚にも涙が出てしまったけど、そんな生徒は私たちの周りに幾人かいたため目立たなかった。アルにはドン引きされた気もするけど。

 シルマくんは顔を真っ赤にして怒ってた。恥ずかしいらしい。可愛いかよ。

 その後、二年生の徒競走、一年生の玉入れ、三年生の騎馬戦と進んでいき、ついに一年生の伝統ダンスの時間が近づいていった。

「やばい、やばい。もう始まる?え、始まるのって三百年後くらいじゃなかったっけ?心の準備できてないよ」

「どうしよう……どうしようヘゼちゃん……!あ、これバーナードか」

「急に力一杯鼻を引っ張られるから何かと思った。え、いつもこれヘゼにしてるの?」

「あ、あ、あ、あ……」

「落ち着いてリゲル、君の天使ちゃんは君よりも落ち着いてるよ」

「え、もしかして一定のリズムで呼吸できて細い二本しかない足で直立できてるうちの子って世界一だったりする?」

「お前の子なんなの?人間一年生?」

「様つけろよお前。こっちは世界一だぞ」

「幻覚なんよそれ」

「始まる始まる。総員待機しろ!落ち着け!」

「カイ座れ。見えねぇ」

「すまん!」

 気の狂った人間しかおらんのかここは。さっき後輩を「ぶちかましてこい!」なんて言って見送ったかっこいい先輩はどこに。

 私は黙って一年生を見ていた。彼らはこっちのパニックが聞こえているのか赤面しつつ待機していた。ごめんマジで。

 その中でも、シルマくんは私のことをまっすぐ見ていた。その顔は緊張しているようで、真剣で、ドキドキワクワクしているようで、逃げ出したそうで、楽しそうだった。

 ああ、言葉はいらないね。

 私は、ゆっくり拳を顔の前まで上げた。シルマくんも同様に、右手を。

 黒いリストバンドを合わせるように。

 シルマくんは他の人に声をかけて、顔面を覆う人の肩を叩く。私は隣の人に声をかけて、何もないところに一心に祈っていた人は頬を叩かれていた。

 二年生と一年生。グラウンドと生徒席という少しの距離を超えて、お揃いの、黒いリストバンドを合わせる。

「俺たちはエンターテイナーだ」

 リストバンドを渡す時、そう言ったのは副団長、カイだ。

「『面白い』を届けよう。『面白い』だけを」

 一年生のダンスが、始まった。


「泣きすぎじゃない?」

「なんてことを言うんだ」

「え、今の見て泣かないの?もしかして血が赤くないタイプの生命体?」

「この人でなし!」

「そこまで言う?」

 この人でなしはアル。散々言われるのをカペラちゃんが苦笑している。彼女は心の中で思っていても口に出さないタイプなので、いつも責められるのはアルだけだ。

 まあ、口ではこう言いながらもアルの言いたいこともわかるのだ。現在昼食直後。一年生のダンスが終了してからゆうに二時間は経っている。そろそろ泣き止まなければ。そう思うのになかなか涙が止まらない。何かきっかけがあれば。多分急にアンモニアを嗅がされたり校庭で爆発が起きたりしたらびっくりして泣き止むと思うんだけど。

 まあ、そんなこと滅多に起きないんだけどさ。起きても困るって言うか……。

「午後の部始まるから早く泣き止め。チーン。ほら、次は応援合戦だから早く……あれ、泣き止んだな」

 応援合戦についての記述は控える。



『二年生の皆さん準備をお願いします』

 見上げると一年生と三年生がこちらを心配そうに見ている。これはクロダンに限らず他の団も。今年に限り、オリジナルダンスについての情報一切を秘匿にしているのだ。団によっては先生に偽の情報を流しているところもあるくらいだ。

 四団、保護者や教師たち観客席に向けて横に並ぶ。私たちの右手首には黒いリストバンド。服装は白Tシャツにジーパンとシンプル。神話のような豪奢な衣装に身を包んだスペード、多少動きやすく作っているみたいだが、そのまま夜会でもで向けてしまいそうなハート、なんか全体的にもこもこしてるダイアモンドと比べて一見地味である。

 まあいい、結局一番大事なの装飾は一年生とお揃いのリストバンドと、二年生でお揃いにした左足首のミサンガだけなのだから。

『プログラム十番。二年生によるオリジナルダンスです。演技、構成、衣装に至るまで自分たちで決めたダンス。どうぞ、お楽しみください』

 グラウンドに響く放送部の声。彼女には苦労をかける。

『それではエントリーナンバー・一番。ハートの皆さんお願いします』

 ナントカせんぱーい!シスター!などど黄色い声が後ろから聞こえる。その緊張の満ちた静寂。

 そのハトダンの演技のための静寂を破ったのは、我らが副団長、カイだった。


「Are you ready?」

「「「「「「「「Let's go! 」」」」」」」

 グラウンドを揺らすほどの大声。

 応えたのは、団関係なく、二年生全員の声だった。


◯◯◯◯◯


「な、なに……?」

 一年生のシルマ・ミンタカはグラウンドを見下ろして呆気に取られていた。

「にぃ、大丈夫?」

 頬を叩くのは抱き上げていた末っ子の妹であるメイサ。俺は今両親や弟妹たちのいる保護者席にクロダンの一年生は先生からの説教に巻き込まれる可能性があるからと、二年生から保護者席の方に逃がされていたのだ。

「あ、あぁ。大丈夫だよ。にいちゃんちょっとびっくりしちゃっただけだから」


 ハトダンのダンスの時間に叫んだクロダン副団長。会場はざわめいたが、曲が始まりハトダンが踊り出すと、会場は戸惑いながらも落ち着きを取り戻し出す。

「綺麗……」

 上の妹のアルニラムがそうこぼす。彼女の目は輝いていて、明日から「学園に入学したらハトダンに入りたい!」と騒ぐことだろう。やだなこいつが先輩のこと「シスター」とか「マザー」とか呼び始めるの。すごい目に浮かぶけど。

 ハトダンは優雅に踊り出す。今年のハトダンのテーマは「圧倒的な美」らしい。

 実はルールにはないものの、オリダンの審査基準には各団のテーマに沿っているかという項目がある。だからこそ彼女は今年は「媚びない美しさ」をテーマに、誰も寄せ付けない圧倒的な美で、無骨なはずのグラウンドを彩っていた。

 バックで流れる曲は有名なクラシック。夜会でもよく使われる曲で俺でも知っていたくらいだ。アルニラムは体を揺らして楽しんでいた。

 いや、だからこそ気づいたと言うべきか。


(なんか音、外れてないか?)

「なんか、違くない?」

 隣で大人しく本を読んでいた(見ろよ)下の弟、タビトが囁いた。俺も頷く。上の弟、アルニタクが「音響トラブル?」と呟いた。

 ところどころ自分の知っているその曲と違う。その音はその音として曲に馴染み、そう言う曲と言われれば分からないのだけど、元の曲を知っている貴族の面々はその違いは明白。

(音響ミス?誤った音源を使っている?いや、俺でも気づいたんだ、ハトダンのメンバーが気づかないわけがない)

 その疑問は、数秒後ヘゼ先輩がクロダンの待機列から一人出てきたことで霧散する。

 会場がざわつく。当たり前だ、他の団の演技に乱入など前代未聞。気でも狂ったか、何か間違いを……。

(いや……)

 普段気弱なヘゼ先輩の、至極楽しそうな笑みを見て察した。

「……こういう演出か!」


 くるくる、くるくる。貴婦人の装いをしたハトダンの生徒が回る。

 その中でTシャツジーパンという軽装で動き回るヘゼ先輩は随分場違いだった。

 他のクロダンの団員を見ると、誰も彼もなにもなかったというふうに真正面を向いて黙っている。他の団の団員もだ。

 しかし至極楽しそうに彼女は歩く。例えば晴れた休日、海辺の街を目的もなく練り歩くような。

「あのお姉さん、綺麗……」

 俺は、いや観客全てが彼女に釘付けだった。色とりどりのドレスの合間、一番明度の高い白Tシャツが輝く。ここで初めて黄色や淡いピンクなどのドレスが一着もないことに気づいた。

「ハハっ」

 もう、ここまで計算されていたら笑うしかない。バックで流れるこの曲は二から三分の曲だったはず。もうすぐ終わるだろう。

「もうすぐ、終わるね」

 本能のように、何かが始まることを予感してタビトが呟く。ああ、そうだね。

 もうすぐ始まる。


 パン!

 音が止む一拍前、ヘゼ先輩が一つ打った手拍子が奇妙なほど響く。遅れてその音が彼女の手の中からではなく音楽プレイヤーから響いたものだと気づいた。

 そして訪れる静寂。人形のように固まったドレスの群れの中、ヘゼ先輩は踊り出す。

 次に流れたのは軽快な音楽だった。ヘゼ先輩は愉快なほどに周りの視線を独り占めして、時に大きな動きで、時には情感こもった繊細な表現で会場を魅了した。俺はこの頃にはなぜ彼女がこんな大役を任されているのか分かった。彼女は特別ダンスが上手いわけではないし、度胸があるわけでもない。

 ただ、目を引く。その表情、細くて長い手足が振り回されている時、彼女は輝いて、目を離せない。まさに適任であった。

 そう。目を引いた。彼女はまさに手品師の開いた右手のように俺たちの目を引いた。

 その左手でなにをしているのかなんて考えさせなかった。

 イントロが終わり、歌が入るまで。


『君以外じゃだめだって気づいて』


 その声が聞こえた途端、視界がカラフルに染まった。

 いや、正確にはハトダンのドレスを全員が一気に脱いで空に投げたのだ。その中に着込んでいたのは、白Tシャツにジーパン。クロダンの服装と同じ。

 つまり、二つの団が入り混じって、団の人間がよく分からなくなっていた。かろうじて鉢巻やリストバンドで分かるくらいかもしれない。しかしパッと見は完全に誰が誰かさえ分からない。


 ハトダンどころではなく、二年生全員が踊り出すなんて、前代未聞の出来事が起きれば余計に。


「いや、これ……。は?」


 シルマ・ミンタカ、九歳。いくら大人びていようと(また、大人であろうと)、目の前の現実をそう易々と受け入れるこちができなかった。

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