手遅れ
「先輩方!ご卒業!」
「「「「おめでとうございます!!!!」」」」
そしてまた春がくる。
シータ副団長、いや団長か。彼の掛け声と共に一、二年生がクロダンの卒業生に叫ぶ。まあ敷地内のすぐ隣に中等部の校舎はあるので、三年生も大抵笑顔だ。
その筆頭である元団長のナオス先輩が後輩に一人ずつ握手したり肩を叩いたりして通り過ぎる。次は私の番かと身構えると、ガバッと抱きしめられる。
「わっ、せんぱ----」
「あーあ。……さよなら、私の楽園……」
耳元の声が泣きそうに掠れる。でもその触れ合いも一瞬で、身を離した彼女は綺麗な笑顔だった。
そして最後にシータ新団長とカイ・カリーナェ新副団長の肩に片手ずつ手をかけて言った。
「任せた!」
カラッとした笑顔で。
「へえ、次の副団長はその子になったんだ。えっと、確かBクラスの大柄の男子だよな」
「は?新副団長への悪口か?極刑じゃん」
「まだなんも言ってないし罪が重すぎるだろ。王族すら死刑にできる罪ってなんだよ」
「…………あ、うん」
「今僕が王族なの忘れてたな?」
冗談冗談。流石にジョーク。
いやこういうジョークが死亡率を高めるのかもしれない。今後の人生的にも処刑される可能性が高まった身としては気をつけなければ。
いやマジでこういう危機感の無さだとは思うけど。
「それでカイ、君?」
「うん。あの声の大きくて力も強い天然な男子」
「いや性格までは知らないよ話したことないし。どんなやつ?俺もスペードの副リーダーになったからこれから関わってくのかな」
「話す前から面白いし話してからも面白い男だよ。さすが副団長って感じ」
「どんなだよ。何?クロダンの団長はお笑いセンスで決めんの?」
「いや、単純に腕相撲で」
「いやそれもなんでだよ」
公務だのなんだので忙しくしていた彼が学校に通常通り登校できるようになったのは随分と久しぶりなことだった。ちなみに久しぶりの登校の時にはもちろん「こいつ誰だっけ」ドッキリはした。
マジで私こういうところで細かく寿命を縮めている気がする。まあアルがオウジサマなくせに弄りやすくて適度にママみたいな面倒見の良さを見せるのが悪い。今のジョークも「こら」と痛くもないチョップを入れられて終わりだ。
「ママじゃん」
「お前同級生男子に母性を感じるの結構やばいぞ」
「うるせー」
「口調」
「騒がしいでございます」
「赤ちゃんからやり直せ」
「赤ん坊から育ててくれるってこと?」
「…………」
無視された。
「ま、なんだかんだ許してやるよ。お誕生日様だし」
「…………」
そう、今日は私の本当の誕生日。とは言っても「アジメク」の誕生日はもっと前だし孤児院時代の私の誕生日は不明。公的な書類にも孤児院に放り込まれた月日を書かれているらしい。まあ祝われていないのでいつだかも知らんが。
だからこの誕生日は生まれ変わった私にしてみればよその全く知らない他人の誕生日になるわけだ。
……これは少し自虐っぽいか?
「どーも」
少し気まずく目を逸らす私の頭の後ろにアルは手を回し引き寄せた。
「誕生日おめでとう。生まれてきてくれたこと、ここまで大きくなってくれたことに最大の感謝を」
チュッ。
「………………」
「お前、結構ちゃんと化粧してるんだな。……どうした?」
「いや、さ……」
焼けこげそうな額を思わず押さえる。
(王族怖……)
「マジでどうした?顔赤いぞ?」
「…………………………ま、ママじゃんと思っただけ!」
「は?!?!」
乱暴に鞄を掴んで立ち上がる。魔法学の授業も終わり教室には私たち二人だけ。もう放課後。
私の「二つ目の」誕生日に関しては複雑な事情かと察してくれたのか二人きりの時を狙って言われた。いや、二人きりと言ってもそういう理由なので変な意味じゃないのだが。
全然違うのだが!
勢い逃げるように教室を出た私はその顔をさらに発火させた。
「お、お前今日誕生日なんだなー。おめでとー」
現代の暴君、人呼んで魔王、歩く災害シリウス先生に聞かれるなんて聞いてない!
「んで教室は乳繰り合うとこじゃねーぞー。青春なのは結構だけどなー」
「全然違いますから!!!」
思い切り振り回した鞄が先生の顔面にクリティカルヒットしたが特に反省はしていない。
(多少二回目分の誤差はあれど)十歳の子供に何言ってんだあんた。
(あいつもそんな歳かよ……)
少女が去った廊下。大魔法使いシリウスは一人苦いものを噛み締めていた。
正直娘のように思っている彼女の恋愛事情なんて目撃したくなかった。
(これレグルスが見たら発狂するな)
背中に冷たいものを感じながら殴られた顔をさする。彼女はすでに視界の端にもいなかった。彼女にははるか昔に身体強化魔法を教えたこともあったな……。いや……。
(思い込みは危険だ。それはあまりにも自分に都合が良すぎるから)
スピードから察するに昨日教えた火魔法を用いた爆破によるターボを使ったかもしれない。……決めたじゃないか、そう決め込んで突き進んで、そして俺様が「目」まで使って明かした事実ならもしも違っても真実になってしまう。
その時に傷つくのは彼女とレグルスだ。
「よっ!」
「わ!……なんでいるんですか」
「ご挨拶だなー。さっき授業したろ」
「終わったじゃないですか」
次いで教室から出てきたアルを揶揄う。あまり表にはしないが彼とは割と親交がある。具体的にいうとこいつが赤ちゃんの時まではよく護衛につけられていた。あの頃は可愛かったのに。時の流れは残酷だ。
「つめてーなー、オウジサマは。俺様はお前のじいちゃんのじいちゃんが受精卵だった時から知ってるんだぜ」
「僕は僕の祖父の祖父とは面識ないのでちょっと」
「先祖は敬えよ。化けて出るぞ」
「先祖はもちろん敬いますがシリウス先生はちょっと」
「ハキハキ言うな。俺も化けてやろうか?」
「王族の私室への不法侵入……いや、先生ならできそうですね」
「やるんだったら光魔法と水魔法の複合か……まあ幻覚じゃなくても本当に侵入して外見偽る方が楽かもしれんが」
「面白そうなので今度どっちも教えてください」
「お、今度の授業これにすっか」
「スバル先生に怒られてもいいならどうぞ」
「……」
「それで、誕生日なのか?」
「聞いてたんですか?」
一層嫌そうに顔を歪める少年に笑いそうになる。これは他の生徒にも言えることだが、学園というのは不思議なところで。入学前は気を張っていた高位貴族の子息が気がついたら気を抜いて教師や他の生徒と話している。
これは単純に「上に立つ者としての矜持」とかなんとかご家庭での教育理念が形式的なものでも「教師」という格上の存在に気を抜かしていると思われるが。まあこれはおいておいてもこいつはずいぶんと。
「邪気が抜けたな」
「……は?」
頭を叩くと目玉が落ちそうなくらい目を見開く。そして嫌そうな顔。俺様実はこの国の魔法使いの合計の何倍くらい強いんだけどなー。割とその分偉いんだけどなー。
まあそんなことは心底どうでもいいので。
「誕生日か、早生まれなんだなあいつ。まあそんな感じするが」
「えーと、はい……」
「ん?」
煮え切らない態度に首を傾げる。快活な物言いが多い彼には珍しい反応だ。
まあ別にどうでもいいか。彼女、今回の彼女の誕生日も今日なんだなと少し意外に思った。記憶の有り無しに関わらず類似点というのは、しかもそれが誕生日となるとなお一番弟子の可能性を頭にちらつかせる。まあ、おいておこう。あまり考えない様にしなくては。
それよりも今日の食事会について考えた方がもっと有意義かもしれない。食事会というが別に色気もなく、例によって相手はレグルスだ。彼とはスピカの誕生日に食事を食べる約束をしていた。別にケーキを買うわけではないけど、美味しいものを。去年も同様に食事をしたが、この日限りは俺が一等高い店で一番高いコースと酒を頼んでも文句を言わない。(逆に命日にそれをやると実力差などもろともせずに殺されかける)
考えるのが難しいことは後で考えよう。とりあえず、今あることを今すぐに精一杯。長生きのコツだ。
なんとなくアルを揶揄いながらなんとなく玄関まで送る。彼は話が変わったことに安心したように、不安そうにこちらを盗み見ていたけど何も言わないので俺からも何も言えない。
「今日なんの授業やったんだ?」
「ルード語です。先生できますか?」
「古代のなら分かる。教えてやろうか?」
「えーと、古代語の授業もありますのでそっちで教えてください」
「やだよあの授業だいたい百年前の最近の言葉ばっか教えんじゃん」
「……」
「お?なんだよ」
軽口を叩き学校を出る直前、アルがこちらを見上げる。
「……」
「…………」
「……」
「……おい、何……」
堪え切れずに問いかけると、アルが言いにくそうに、囁く様に言った。
「誕生日、今日祝ってって言われただけです。今日では、ないです」
「は?」
「先生その、彼女について何か『視えた』こととかはありませんか?その……どういう意味か知ってますか?」
「…………」
その後、どうやってアルと別れたのか全く記憶にない。
気づいたら職員室にいて、自分のデスクから彼女に関する書類を探していた。
こんなことなら普段から整理整頓しておけばよかった、なんて。妙に冷静に頭の中で自分が言った。
「あ、あった……」
やっと見つけた『アジメク・ガクルックス』の書類。その中の文字。生年月日……『九月十八日』…………見覚えのない数字にヘナヘナと崩れ落ちるようにしゃがみ込む。
どういうことだ、どういうことなんだ。
彼女は、スピカだ。俺様の大事な一番弟子。レグルスの可愛い妹。
でも俺を見ても反応しなかった。この反応は間違いない。「目」で見たから間違いない。だから記憶がないものと思っていたのに!
考えられるのは三つ。一つ目、誕生日も全くの偶然。なんとなく言ってみただけ。二つ、第六感的な何かでなんとなく今日が誕生日な気がした。もしくは……。
「記憶が……途中までしかない……?」
物心がついてから俺に会うまで。その間の記憶で止まっているとしたら。
(レグルスのことは覚えているかもしれない……!)
もう、もういいだろう。これでもかなり軽率な方だ。それで大事な弟子を失った。だから慎重になった。ならざる負えなかった。
でも、もういいだろう。ハッピーエンドにしたって。
推測混じりだ。ただ確証がない以上本人に直接聞いてみるのは難しい。お互い立場のある男女だ。彼女はもう寮に帰っただろう。男子禁制の園に乗り込むことは俺様が一昔前に作った結界に阻まれて難しい。
でももういいだろう。レグルスに可能性だけ話して、それで彼を巻き込んで調査していく。それでいいのではないだろうか。
もうこれ以上最悪な結果にはならないはずだから。
「な、なんだよ、それ……」
俺の優秀な「目」は見た。そして古臭い知識から現代のものまで頭に入っている優秀な脳は尋ねる前にとっくに答えを導き出していた。
「なんだよ……なんだよ……!それ!!!」
思わず手でレグルスの胸部を探る。透過するでもなくワイシャツが胸に異常に沈む。穴の空いたそこにーー心臓を無くした胸に簡単に行き着く。
「なんっ……!」
《分かんだろ、言わなくても》
「……っ」
《悪い。でも、分かんだろ》
同じ言葉を繰り返すレグルス。でもそれでシリウスには十分伝わった。でも。
(そっちじゃないだろ!)
そんな、そんな。そんなことになるなんて……。
止められなかった。ちゃんと見ていたつもりだったのに。まだ猶予があると思っていた。こんなことになるなんて思わなかった。
(……そうじゃ、ねえだろ……)
せめて、俺が手伝ってればなんとかなったのに。
もう言っても仕方がない。これ以上のハッピーエンドは望めない。最悪にならないための最善を尽くせ。
《そんで……師匠》
「なんだ?」
その呼び方、ずいぶん久しぶりだ。
俺は彼が安心する様に笑った。なぜならレグルスがよく見ると死にそうな顔をしていたからだ。それは胸にぽっかり空いた穴によるものではないと分かっていた。
大丈夫だと笑って、彼の言葉を促した。なぜなら彼の次の言葉がなんとなく分かっていたから。
《…………俺と、スピカのために死んでくれ》
「光栄だ」
その代わり、手伝わせろ。
どうかこの少年がこれ以上傷つきませんように。それだけを願って即答すると、小さな男の子は泣き出しそうに笑った。
これで30話、そして初等部一年は終了になります。いかがだったでしょうか。私は楽しかったですけど。
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また三日後、二年生編を開始します。初々しかった一年生編を超えるはちゃめちゃでワクワクな学園生活が、再び幕を開けます!




