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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部1年
3/88

入学

 私はその美少年を観察する。その容姿は何度も見た、第二王子、アルクトゥルフ・ヘリオスで間違いないだろう。何よりもデビュタント前の私が交流があるのは彼くらいのものなので。

「な、なんだよ……。見てんじゃねえよ」

 うん、喋れば喋るほどクソガキだな。メイドからは才色兼備で心優しき王子様って聞いてたんだけど。私の使える魔法の種類然り、貴族間の評判って嘘ばっかなのかな。

 しかしながら、延々放置するわけにも行かない。この王子、いやこんなやつ呼び捨てでいいか、アルクトゥルフはこんなクソガキだが権力をふんだんに有したクソガキである。私は最大限の笑みを浮かべて彼に向き直った。


「殿下、お久しぶりですね」

 見よ!精一杯の可愛い笑顔!この三ヶ月で私が磨きに磨いたやつ!

「は?なに媚び売ってんだよ。どんなに言われたってお前なんかと婚約しないからな」

(ックッソガキ!!!)

 そうだ、確か今彼とは婚約協議中なのだった。理由は私が彼に一目惚れしたとかで。一年位前から話は出ていて、血は近いもののガクルックス家の当主直々に少し強引に進めていたらしい。

 まあ三ヶ月前の予言からそれどころではなくなったので話も一旦ストップしていたらしいが。

 確か、この婚約は家としてはあってもなくてもいい。しかしこの死ぬか生きるかの時に変に王家と距離を縮めて身辺調査でもされたらたまらない、距離を置く一択である。しかしながら、急に態度が変わるのってめっちゃ怪しまれそうだな。

(しばらくは媚び売っとくか)

 まあ、クソガキはクソガキなりに権力もあるし、適当に仲良くしておいて損はないかもしれない。まだ九歳だしな、この子。転がすなんて余裕余裕。


「ま、まあ殿下、それは置いておいて。とにかく式場に向かいませんか。入学式が始まりますよ」

「ふん。お前、僕以外に知り合いいないもんな」

 そりゃあ入学前にあるはずだったデビュタントも予言による入れ替わりと私の教育で流れたからね!

「そうなんですよ……なので一緒に、ダメですか?」

「はぁ。しょうがないな。でも離れて歩けよ。お前と一緒にいるところ見られて誤解されでもしたら厄介だからな」

「はーい」

 とは言っても行く場所同じなんだから離れてもなにもないだろ。とりあえず色々言いたいことはあったが表面上でも従っておく。面倒だし。口うるさいし。

 アルクトゥルフと二人で若干距離を空けながら進む。大きな桜の木の横を通り抜け、校舎へ。式場は校舎に一番近い第一体育館らしい。さすが大きい学校なだけある。体育館すら何個もあるみたいだ。

 つまりはめっちゃ広いし建物も多い。迷わないようにしないと。


「おい。おい!」

「え?」

「どこ向かおうとしてんだ」

「第一体育館ですが」

 襟首をむんずと掴まれて思わず訝しげな表情になる。猫じゃないんだから。咄嗟に掴むところじゃないだろ。

 そんな不満が顔から出ていたのか無愛想なアルクトゥルフの顔がより一層険しくなる。

「方向反対だろ」

「????」

 あれ。地図通りに進んでいたはずだが?両手に持っていた地図をぐるぐる回して確認していると程々のところ(多分正解の向き)でガシッと止めて指を刺す。

「今、僕たちがいるのがここ!そんで体育館はここ!」

 なるほど。

「あれ、ちょっと違う方向に歩いてきてません?」

 校門がこっちだったから……と純粋に疑問を抱くと、殿下は頭を抱えた。

「くっそ。つい合ってるかと付いてきちまった。お前も道分かんないならもっと不安げに歩けよ」

「いえ、自信を持ってこの方向に歩いてきました」

「自信を持って言うなよ!」

 おかしいな。まあこのバカ広い学園が悪い。きっとそう。

「どうりで。徒歩五分って言ってたからもう着くはずだったのに。全然違うところに来るはずだ」

「まあ、今更言ってもしょうがないですよ。こっから戻ればいいじゃないですか」

「お前が言うな!」

 私からのフォローはお気に召さなかったらしい。残念。

 再び、今度は少し距離を縮めて並んで歩く。本当にUターンしてきた道を戻る。どうやら少し道を間違えたとか曲がる角を間違えたのではなく方向から間違えていたみたいだ。うっかりうっかり。私はしっかりと地図を握りしめた。

「そういえば、お前侍女は?」

 アルクトゥルフが訝しげに聞いた。まあ確かに。本物の、つまり彼が知っているアジメクならば確実に連れてきただろう。そのためあまり突っ込まれたくはなかったが聞かれてしまったら仕方がない。そっけなく元々考えていた言い訳を口にした。

「もう私、お姉さんなので。一人で平気ですわ」

「平気ではなくないか?」

 地図を指さすアルクトゥルフに目を逸らす。へ、平気だもん。

「もうすぐ十歳になるんですもの、自立は必要不可欠でしょう。学園自体に使用人は多くいますし。身の回りのことくらいは自分でできますわ」

 そう言ってやると彼は少し驚いたように笑って「まあ、それが当たり前だからな」と宣った。うるさいな。まあ孤児院出身の私は全面同意だけど三ヶ月令嬢やっていた私としては全力で抗議したい発言である。

 ヘアセットもメイクも簡単にだけどやるんだぞこの歳でも女子は。幸い私は割と器用な部類だったから可能だけど毎日メイドなりなんなりに整えられてきた女子は無理だと思うぞ!

「ま、今も自立できてないけどな」

 そんなことを考えているうちに再び襟首を捕まえられた。

 その後私に二度と地図を任されることはなかった。


「はぁ……やっとついた」

「もう疲れたんですか?殿下意外と体力ないですね」

 その後そこそこ色々あって式場に着いたのは私がアルクトゥルフに軽口をいうことができるくらい馴染んだ頃だった。

「途中お前をおぶったからな。重かったな」

「あれは殿下が途中で手を引っ張るから転んだんじゃないですか。それに私は重くないです!殿下が貧弱なんじゃないですか」

「あれはそもそもお前が二回道を間違えて猫に気を取られてはぐれそうになったから時間がギリギリになったのが原因だっただろ」

「だってあの猫可愛かったじゃないですか」

「残念だったな。僕は犬派だ」

 ちなみに入学式には遅刻した。式場にはギリギリ間に合ったのだが、私の膝の治療をする必要があったので。

 一応手を引いて転ばせたという罪の意識か、アルクトゥルフも一緒に保健室に付き添ってくれたので一緒に遅刻だ。


(まあ、私自分で魔法で直せたけど)

 これ多分殿下にあとでしれたらめっちゃ怒られそうだ。現在普通に使いこなせる光魔法。学校生活の中でまだ使えない設定である光と水を少しずつ使える演技をしろという命令だが、たった今光魔法については今すぐには使えるようにはならないことが決定した。


「とまあこのように、皆さんも充実した三年間を送れますよう、教員一同でサポートしていきます」

 そうしてコソコソしているうちに初等部長の言葉が終わった。私たちは遅れてきたので一番後ろ、内緒話も無駄話もし放題なのである。

「続きまして、誓いの言葉です」

 誓いの言葉?なにを誓うんだろうか。プログラムを見て納得する。あ、これ新入生の挨拶か。こう言うのって誰がやらされるんだろう。成績順?

「新入生代表、アルクトゥルフ・ヘリオスくん」

 あ、権力順か。まあ一番明確でわかりやすいけどさ。

 その……この学校は生徒平等を掲げてはいるが子女の侍女同伴が黙認されているなど権力がモノを言わせているところもある。まあ私はその権力の頂点に近いところにいるのでぶっちゃけ関係ないったらないが。今後初等部だけの三年間でも胸糞のようなことは多いだろう。今から憂鬱だ。


 さて。隣で私とのんびりしていた王子様は今や完璧好青年(少年)の顔をして壇上である。

「本日はーー、ー。ーー三年間の学びをーー」

 アルクトゥルフには悪いがまじで興味ないからところどころしか聞き取れない。まあいいだろう。多分他の生徒の反応を見るに面白いことは言ってない。

 やがてアルクトゥルフは手元の紙束を全て捲り切ると、一歩下がった。終わりの合図だ。

「宣誓。入学生は起立してください」

 ん?宣誓って今やらなかった?

「全入学生、右手を前に」

 ああ。宣誓って、血の宣誓か。

 全入学生が右手を前に掲げその時を待つ。初等部長が厳かに黄金の器を取り出した。

 血の宣誓。これは私がアジメクとの入れ替わりを問題の起きると言われている高等部ではなく初等部の今から行う理由である。

 そして王立学園に全貴族の子息を入学させている理由である。

「宣誓」

 初等部長がなにやら呪文を唱える。とは言っても手元の魔法陣が光っているので本人が魔法を使えるのかと言えばきっと違うのだろうけど。そしてその光に導かれるように各々の掌、私の掌からも水滴くらいの大きさの血液が飛び出し器に飛び込んだ。その光景は厳かで神秘的だった。痛みもないのでその場にいる生徒、つまり九歳の子供たちはなにも考えずに人によっては初めて見ることになる魔法に目を輝かせた。

 この儀式が貴族として自分を国に縛ることになるとも知らないで。

 この儀式は全貴族の集められる王立学園の入学式で行われる。つまりこの儀式によって全貴族は血液が国に登録され、そしてそれは戸籍にもなるし行動を縛りつけるための楔にもなる。さすがにこの血液越しに相手を傷つけることは難しいが、王都に近づけない、ここの国から出さないなどは行うことが可能だし実際行った歴史もある。

 しかしその歴史を習うのは中等部、ここにいる無垢な子供が知る由もない。そして国家へ歯向かう意思がないならただの戸籍だ。大人たちも表立ってこの儀式を中止しようとは動けない。

 つまり私は、私たちはこの国にまんまと縛られたわけだ。まあもちろん戸籍があるのはいいことなのだが。

 私は少し暗い気持ちになった。孤児院を出ても、ガクルックス家を出ても、私の「自由」にはどうせ限界があるのだと。

 分かっていたことだけど。

 そんな時、アルクトゥルフが再びマイクを握った。あれ、まだ話終わってなかったっけ?

「そして私は宣言する」

 私の席は式場のずいぶん後ろの方。でも、その目の強さは十分に分かった。

「私はこの学園で、自分の人生を変えにきた」

 衣擦れの音すら聞こえぬ静寂、後、少しのざわめき。

「学園生活、高等部まで入れれば九年間。大学に行ったらもう数年だが、きっと高等部までの人も多いだろう。だからとりあえず九年間。かけがえのないものとしよう」

 アルクトゥルフは、王子は笑った。

「よろしく、学友よ。最高な学園生活にしようじゃないか」

 そうだ、前の人生はもちろん学校なんていけなくて、今回の人生も本当ならいけなかった。

 面倒なことも、心配なことも、気がかりなことも。たくさんある、たくさんあるけど、全て飲み込んで楽しめたら、いいなぁ。

 まるで『アジメク・ガクルックス』みたいに。


 少しのざわめきを残した入学式も終わり、私はアルクトゥルフと再び並んで歩いていた。

「で、いつまでついて来るんだ?」

「え?殿下忘れたんですか私の迷子癖を」

「そんなもん癖にするな。でもいつまでも一緒って訳にはいかねえだろ」

 なんでだ。最後までついていってくれよ。私は今日の2回ほどの道間違いですっかり自信をなくしているんだ。

「え、寮まで一緒に行ってくださいよ。どうせ殿下も寮に帰るんでしょ?」

 そう言うと殿下ははぁ、と一つため息。

「ばーか。僕は男子寮!お前は女子寮!」

「あ」

(…………)

「それ殿下が女子寮まで一緒に来てくれるわけには……」

「は?無理だが?!」

 顔を真っ赤にして叫ぶアルクトゥルフ。一体なにを想像したのか。

「えー。大丈夫ですって。ちょっとだけ!途中まで!」

「途中もなにも、女子寮はその周辺から男子禁制だ」

 そう言って入学式で配られたパンフレットを示す。ほんとだ。さすが貴族の学校。徹底されている。

「女装しますか?」

「ふざけるな」

 似合うと思うんだけどな。

 そんな不躾な視線に嫌な予感がしたのか少し慌て気味にアルクトゥルフは紙を渡してきた。

「はあ、これ簡単にだが地図だ。この建物が今通ったこれ。だから方向はこう。間違えるなよ」

 指でサッと指し示す。地図によればいつの間にか男子禁制エリアギリギリまで一緒に来てくれていたらしい。本当、何から何まで。




『親愛なるパパへ

 今日は校門をくぐった途端、とんでもなく顔のいいクソガキに出会いました。でもそいつは意外と面倒見がよく、ママみたいなクソガキでした。そういえばその子との婚約は今後どうなりますか?』


 報告用の媒体は専用の紙片で行う。魔力を込めると任意の場所に移動する魔法の紙片だ。少し小さめのレターセットほどなので書くスペースはあまりない。

 原理はよくわからないけどエイヤと魔力を込めてグッてするとガッと主人の元へと飛ばされるらしい。盗み見のリスクはほぼゼロだとか。そして送信の速さは込めた魔力量に比例する。

 つまり三秒後に返信が来たということは主人がめちゃくちゃグッてやったに違いない。


『それもしかして殿下か⁈失礼のないように!あと婚約の話は無しになった』


 私はその返信を見るとそのままベッドにダイブした。

 パリパリした制服も、入学式も、同年代の男の子に優しくされることも、そして文通も。全部、全部初めてだ。


「ぽかぽかする……」


 心地いいような居心地悪いようなそんな胸を抱えて、私は冴えた瞳を無理やり閉じた。

 ここは現実で、間違いなく嫌な世界。でもちょっとだけ、期待しても、いいかな。

今更ですが、小説の賞に応募した際登場人物のネーミングセンスをボロクソ言われたので変更しています。めっちゃ考えたものではありますがもう何が良さげな名前で何がセンスないのかよく分からないです。今後人の親になる時には名付け親を設けることにします。

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