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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部1年
29/88

運命の一年後

今から約一年前(1話目参照)、本物の公爵令嬢アジメクは予言した。「一年後、隣領で大災害が起きる」と。

これはもちろん数多くあるガクルックス領の地続きの領地にとって凶報であったし、その生活を脅かす予言であった。

そして何も関係のないはずのスピカにとって、十七歳時の処刑を決定付けるか否かの指標であった。

『アジメクの予言通り隣の領、サダルスウドで大災害が起きた。そちらへの援助も計画しているためしばらく忙しくなる。しばらく連絡入らない。これに対する返信もいらないしこのカードも確実に処分してくれ』

 サダルスウド。力なく瞼を閉じれば緑の濃いあの山々と、秋に会ったばかりのみんなの顔が浮かんだ。

 いつもの当主様への連絡をしようとした途端に送られてきたカード。私はすぐに灰にすると力なくベットに座り込んだ。





 そんなわけが、ない。

 第二王子・アルは信じられない思いで馬を駆けさせていた。突然飛び込んできたサダルスウド領地での大災害の知らせ。領地の大部分を覆う森林での森林火災。

 狩猟・採集で生計を立てている領民はもちろん延焼による民家、田畑への被害も凄まじいと聞いた。幸い日中の火災であり診療所や領主の家の方まで火はまわらなかったが怪我人多数。

 信じられない。信じられない。信頼なる家臣からその詳細を聞いてもアルは信じられずそれでも馬に飛び乗った。陛下・后共に不在の現在、勝手な行動を取ってはいけないことは分かっている。それでも。


 アルは信じていなかった。それはサダルスウド領に友人がいるとかそういう感情的な「信じられない……!」ではなく、なんというか冷めた「んなわけあるか」ではあったが。




「はあ。ま、そんなに言うなら行ってこい」

「は……?」


 それは確か、夏季休暇のある日。アルはサダルスウドという貴族の納める地域に来ていた。旅行ではない、公務だ。この領は農業や狩猟・収集を主な収入源とした長閑な地方なのだが、先日アルが王宮で経理をならっている時に見せてもらったこの領の財政報告書に不審な点があった。それでこの領地訪問が実現したというのだ。

 まあ、この説明も大分はしょっている。王宮の授業で実際に領地の財政報告書を閲覧させてもらうのにも色々と偶然があったし、その不審な点を報告するも父上や経理担当に「あ、この領は大丈夫」「そんなに気になるなら自分で見てきなさい」としか言われず自分で見に行くしかなくなったりと。まあとにかく色々あった。

 二人の態度に若干の不信感を覚えながらアルはこの地に赴き、結構早くに現当主との面談が叶った。

 そして、拍子を抜かした。


 この領は収入源が多数あるため現金での税収となっているが、農作物は収穫量の報告義務を持つ。今回見つけた不審な点とは、その報告される収穫物の量であった。これがなぜかあまり変動がないのである。周りの領が不作であったと報告し収穫物が少なくなっても、台風の被害が全国的に出た年も、この領だけは例年通り。その代わり豊作の年はここも一緒に豊作である。これは流石に不審に思う。そしてそれだけではない。その数字も異常だ。

 まあ、そういった財政を報告させる理由というのは、そこから領へと課す税金を決めるためである。これはいくら以上いくら未満の人は何パーセント、といった形をとっているのだが、そこの上限にぴったりなのだ。どの年も。

 多い時も少ない時も、なんだかんだその基準の収入量にピッタリとハマる形で、いくら未満のいくらに重なる数字を出すのである。つまり一番得をしていることになる。流石におかしい。

 しかし本人に事情を聞くと。

「まあ、運がいいんですよ。うちの家系は」

 当主はニコニコそう言ったのみだった。もちろん疑い、調査や当主と同行して領地を歩いたが、結局は「これは確かに……」と思ってしまったのである。


 そういう魔法かと思ったくらいである。基本的にサダルスウドの家族みんなそうだが、特に領主が顕著。一歩外を歩けばおばあちゃんにお菓子をもらい(領主好物の羊羹)、お店に入れば〇〇人目のお客様記念でプレゼント。珍しく不幸にも障害物が行く道を塞ぎ、遠回りしようと話していたところ、顔色を変えた従者が調べると通ろうとしていた道で地面の陥没が突如として起こりそのまま通っていたら落下していたところだったり。

 正直一日で十分だった。感想としては「そんなことあるんだ……」だが「あるんです」と従者に力強く頷かれてしまうと何も言えない。

 仕込みの可能性すら疑ったが、領主は王都で行われた狩猟大会(貴族向けのもの。適当な動物を王都管理の森に放つ)に招待した際には開始十秒で目玉のヒグマを捕まえてしまった。ちなみに同伴者に聞くとこちらに襲い掛かろうとしたヒグマが切り株に躓いて転び、そのまま別の切り株に頭を打ちつけて気絶したらしい。そんなことあるんだ……。

 というわけで今回の一報をアルはカケラも信じていなかった。多分そんなわけない。多分誤報だし多分違う領。そんなふうに考えながらそれでも万が一を考えて馬を走らせ、そして……。


 黒く焦げた森を見た。


「…………」

「なんてこと……!」

 同じように馬で来ていた王家の従者の一人が呟く。サダルスウド領と隣のガクルックス領は大きな川で区切られている。ガクルックスとサダルスウドの間の橋こそ燃えていたが途中で焼き崩れたのだろう、半分ほどは黒く残っていた。だからガクルックスの方には被害が一切ない。

「先に行く」

 ここから先は橋がないので馬では行けない。一緒に来た愛馬は大人しく肝の据わった性格なのでここにいろと言えば逃げない。アルは持ってきていた箒に乗り移って川を飛んで超えた。老執事は止めようとするが、構わず従者の三人を連れて飛んだ。


「……」

 上空から見た森も黒い。日光に照らされ隅々まで見えるが見渡す限り焦げ切っていた。焼けた木に近づいて飛ぶが煙などは出ておらず燃え尽きて鎮火しているのだろうと少し安心する。しかし近づいたことで強まる焦げた匂い。動物や……人間の肉の焦げた匂いがするかもしれないと覚悟していたが単純に木の焦げた匂いが強すぎて気にならない。

 空を飛ぶ四人に会話はない。しばらくそうして飛んで、民家の残る集落を見つけそこに降りる。

 そこそこの広さの村。弓のように村を取り囲むように森があるため森側の畑、小屋は焼け焦げている。あれは当分使い物にならないだろう。

 民家も延焼を恐れて崩されて鎮火した形跡もあるがパッと見全体の七割くらいが黒く焦げている。外壁だけな可能性もなくはないが少なくてもそのままでは住めないだろう。

 従者の一人に指示を出してある特級魔道具を作動させる。これは身の身着のまま飛び出そうとした僕にクズ(兄)が投げ渡したものの一つだ。他は身分を隠す用の外套と今一緒に飛んでついてきてくれた従者や書記官。

 その魔道具の効用は人間の探知。避難し損ねた人間を探すものだ。探知の範囲は生きている死んでいるも指定できる優れものだ。王家魔法使いの至高の一品で貸し出しには相応の手順がいるのだがクズが投げ渡してくれたので気にしないでおく。

「生体……いません。死体も探りますか」

「…………頼む」

「殿下……」

「頼む」

 咎めるように声をかける従者に重ねて頼むと黙って起動してくれた。

 この魔道具は効果範囲が馬鹿でかく、この決して小さくはない町を覆うほどではあるがその分魔力を使う。そして探知に引っかかる人間が多ければ多いほど魔力を消費するためこのような死者の数が莫大であると予想される現場では生体のみの探知が定石であった。

 本来は少しでも消費エネルギーを少なくした方がいいのは百も承知だがどうしても使いたかった。もし魔力量が切れたら一生後悔する、そんな気はするのに。

 なぜだか「こうした方がいい」と思った。


「死体、ゼロです……!」

「ゼロ?」

「はい」

 信じられない気持ちで聞き返すと頷いて返された。


 それならばもう用はない。書記官が被害を記録し終わるのを待って次の街に向かう。森を沿って隣の街へと。森から遠い中心部は被害が少ないためだ。

 そこからも捜索も奇妙の一言だった。物的被害に対して圧倒的に人的被害が少ない。町を巡れば怪我人や……死者もいるのだが一つの町に十にも満たない程度。そして避難もほとんど完了していて、残っている人間も避難が難しい老人や怪我人がほとんど。

 怪我人、怪我のない避難者、死者の順に魔法で避難所や診療所のある中心部へ送っているが、元々の探知人数が少ないためか魔道具の燃料も消費が少ないまま順調に探索が進んでいた。

「どうなってるんでしょう……?」

 すっかり困惑して書記官が呟く。アルも全面的に同意だった。

「サダルスウド領の『幸運』か?」

「ありえますけど……どう考えても幸運にも物を焼いた火が人間だけを避けて回るとは考えられないんですけど」

 アルは黙ってイメージする。炎に包まれた家から軽傷の人間が出てくるところが。いくら避難が早くても山間部は老人も多いと聞く。その全員が速やかに火から避けられるというのも不自然だ。


 捜索は続く。魔道具による探知、痛みや大事な人との別離を泣き叫ぶ人間を落ち着かせつつ運搬、そして移動し次の町へ。ようやく地図上での終わりが見えてきたところでやっと疲労を自覚する。

「あと少しです」

 声をかけられ言葉少なに頷く。今更のような子供扱い。

 しかし逃げる訳にも誰かに任す訳にはいかない。自分が率先して城を飛び出したのだし、何より今人を探している特級魔道具とは直系の王族のものがいるところでしか使用できないので。

 両親は今頃帰路を急いでいるはずだし、留守中の財政の最終的な権限を任されているクズは金銭や支援の面からこの領の回復に向けて書類と怒声を飛ばし続けていることだろう。

 僕だけお荷物だ。何もできることはない。だからできるだけ軽い荷物になって、権力や名前といった使える物を最大限使う。それが僕にできることの最大限。


 最後の町は人口が多かったのだろう、最悪なことに家と家が密着していて延焼がすごかった。そして変わらず人的被害は少ない。怪我人を送り、避難者を送る。死者はウジがわく前に炭になるまで焼かなければならない。感染症対策でもあるためいち早く。そのため生きているものとは違いだだっ広い空き地に運ぶ。その手配のために死者も浮かして運ぶようの布に並べていると、その死者の一人に男がしがみついていた。


「や、やめてくれよ!やめろ!」

「お、お兄さん……」

 こういったことを想定していなかったわけではない。そのために生きている人は先に避難所に送っていたのに。疲労からか最後の町であるという油断か、見落としてしまった。余裕のない僕たちは心の中で舌打ちをする。

「やめろ、やめろ連れてかないでくれ……!頼むよ」

「……」

 重い沈黙が降りる。半狂乱になって叫ぶ男は離さないようにと死者を抱きしめる。

「去年、結婚したばかりなんだ。腹にガキもいて、やっと、やっと幸せになれるところなんだ」

「……その…………」

 涙をこぼしこちらを睨みつける彼にかける言葉がない。脳の隅で人生経験豊富な老執事を領の外においてきてしまったのは下策だったと思った。

「精霊様が、精霊様が助けてくれる」

 神に祈るかの如く呟く彼を見ていられなくて、思わず僕は目の前に膝をついた。そして外套を外す。「でん……」後ろからの声を無視して額を地面につける。

「助けが遅れて、申し訳ない。ただ、その分私たちにできることをしたい。償いにもならないが彼女は丁重に扱うことを約束しよう。……どうか、協力してくれないだろうか」

 彼は目の前で頭を下げる少年にやっと焦点を合わせて「子供……?」と呟いた。しかし次の瞬間には再びブツブツと呟く。

「で、でも精霊様が。ここで待っていれば精霊様が助けてくださる。他の人もそうだった。こいつのところまではぎりぎり届かなかったけど、またその光が来れば助けてくれる」

「光……?」

 アルは聞こえてきた言葉に引っ掛かりを覚えるが、もうすぐ日も暮れる。強行的な手段に出ようと魔法に長けた従者が男の体に触れようとしたところで「それ」は起こった。


「な、なんだ?」

 最初は、太陽がもう一つ出てきたのかと思った。そのくらい強い光だった。

 そしてそれが近づいてくる。広がっている、に近いが。男は歓喜し彼女を掴みなおしてその光に飛び込んでいった。アルも咄嗟にこの町の死者を乗せた布をその光に飛ばす。咄嗟のことで力の入らなかった従者たちもそれに続き、意味も分からないまま死者と男を魔法で運ぶ。

 この町の一番端の家屋にぶつかるかぶつからないかのところで、その光は止まった。そして数秒後には消えてしまったが、死者と男は余裕でそのベールの範囲内にいた。


 そして、信じられないことが起こる。次の瞬間、布の上の死者と男の妻が息を吹き返したのである。

 別に無傷の体になったわけでも飛び起きれるほど元気になったわけではないが、確かに咳き込み、呼吸をしている。男の歓喜を叫ぶ声が聞こえる。

「ま、マジで……精霊……?」

「と、とりあえず怪我人を運ぶぞ!空き地に運んだ死者も息を吹き返した可能性が高い!そっちもだ」

 一人の号令で他も動く。僕も例外ではなく運ぶ手伝いに加わろうとしたが、従者に制された。

「殿下は術者の特定を。これは……王国としてとんでもないことになると思われます」

 僕は黙って頷いた。


 術者。これは確かに人外じみているが多分発したのは人間だ。

 光の魔法、治癒効果もあるがそれはせいぜい切り傷を治す程度のこと。だから物的被害の割に人的被害が少なくとも、光の魔法の存在など考えもしなかった。

 そもそも死者蘇生など聞いたことがない。しかもあの莫大な範囲で。そして男の話を信じるならば二回目連続で術を放ったことになる。

 あの光のベールはほとんど半円を描いて広がっていた。ならば術者はその中心にいるはず。地図を見て目星をつけた方向に飛ぶ。そこは領主家に最も近くにある避難所だった。


 ドアを少々乱暴に開け放つ。術者はすぐに分かった。魔力切れか、光の魔法を浴びてピンピンしている面々のその中心でぶっ倒れている少女。

 あの魔力の使用量は空気中にある物を変換しただけでは足りない。彼女自身の魔力も使ったのだろう。ではどのくらい魔力が残っているのか、彼女は貴族か否か、その血縁はあるのか。……王家での囲い込みは可能か。


 そんなことを考えている間に部屋の奥から一人の男が現れた。

 なるほど、いるだろうとは思った。隣の領だもんな。様子も見にくる。

 そして彼の目的は僕と同じはずだ。


 ガクルックス当主、プロキオン・ガクルックスと僕は、一瞬視線を絡めた。

 直系の王族と筆頭公爵家当主の真ん中で寝そべる才溢れる少女。どうしたって貴族の争いの中心になることが決定した彼女に、僕はまるで他人事のように心底同情した。

誤字報告いただきまして修正しました!ありがとうございます!(2024/08/19)

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