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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部1年
27/88

君に見せたいものがあるんだ

 その日から、忙しい日々が続いた。

 三日目のご飯を食べ終えてからも筋を取って洗い物を洗って使った場所の片付けをして……。学園はもちろん孤児院にいた時でさえもこんなに働くことがなかったから疲れ切った。特に最後の方は包丁を握らせてもらってひたすら人参を乱切りにするという業務を任され、怪我をしないかという緊張で身も心もへとへとだった。

 そしてそれが終わったら家に帰って家のご飯の支度をしたり洗濯を取り込んだり。ルクバー君は「休んでていいよ」と言ってくれたが自分も夕飯はご相伴にあずかるのだしルクバー君も顔には出さないけど疲れ果てているのがわかったから手伝わせてもらった。

 そして夕食をこれまたへとへとで帰ってきたカフと一緒に食べて、流れでシャダルさんと一緒にお風呂に入って、その流れで着ていた服を一緒に洗濯してもらって、そのままカフとルクバー君に家まで送ってもらって泥のように眠る。

 そして朝、(これ……おかしくないか?カフの家の子になっちゃう)と思いながら起きる。そしてまたカフの家に朝食を食べに行く。

 ……おかしくないか?

 まあ疲れて脳死した状態の私は起きた時に思っていたことなど祭りの準備に追われるうちに忘れてしまうのだが。今の所寝ぼけながらだが「帰る」と主張しているが多分来年にはカフの家に泊まるようになりそうだし気づいたらカフの末っ子になっていそうだ。

 まあそんな限界のような日々を過ごして、あっという間。四日目の綻びの日、五日目の満開の日を経て、六日目の花散る日の夕方。最終日ということでいつもよりも軽い業務を終えた私に同じく早めに狩りを切り上げたカフは言った。

「お嬢、君に見せたいものがあるんだ」

 夕焼けが肌を焼きそうなほど真っ赤に私たちを照らした。




「こっち」

 手招かれて黙ってついていく。どこに行くの、とか何、とかは聞かない。なんとなく心当たりがあった。

 到着したのはほとんど予想通り。食料の保管庫のもっと先、大きな倉庫だった。

 倉庫と言っても食糧庫とは比べ物にならないような簡易的なものだった。石やレンガではなく木材で作られた、吹けば飛ぶような倉庫。でも広さだけはあるような。

 カフはその扉を慎重に開けた。叫び声のような音が扉を動かすたびに響いた。少しの隙間に入って手招くので、私もその後を追う。閉めようと扉に手をかけると「閉めないで!開かなくなるかもだから!」と鋭い声が聞こえて慌てて手を引く。見た目通り本当にボロいみたいだ。

 そして、振り返る。振り返って言葉を失う。


 そこには、夥しいほどの数の魔物の骨があった。


「あ、わり。怖がらせたか?」

「……ううん」

 私はかぶりを振る。多分急に死体を見せられたのなら悲鳴をあげていたのかもしれないが、その骨は標本のように綺麗に洗われていたし、その白を倉庫の高いところにある窓からの光が赤く染めて綺麗だとさえ思った。

「……これ、カフが狩ったのはどこからどこまで?」

 私が聞くと彼は得意げに笑った。

「全部!」

「は⁉︎」

「全部!全部だ。この倉庫は俺用に貸してもらってる」

「は……」

 口が塞がらない私を彼は笑った。

「言ったろ、絶対、この前の獲物と比べ物にならないの獲ってくるって」



「結構量はいるが、見つけるのは簡単だった」

 彼によると、夏に魔物と戦った洞窟、あそこの主を倒したことで魔力渦巻くパワースポットと化したらしい。そのため魔物が沸く沸く。これは私も責任を感じて黙り込むと彼は私の心情を知ってか知らずか「まあ夏のあいつよりも強いのはいなかったけどな」と軽く言った。

「でも弱いなりに群れるやつや知能の発達した奴もいた。毎日のようにそいつらと戦って、地道に強くなった」

 二人で落ち着いて話すことがなかったから気づかなかった。彼はずいぶん逞しくなった。夏よりもついた筋肉と日焼けが目立つ。

「実践って一番鍛えるのに向いてると思う。夏までみたいに大人達に転がしてもらって、時々サボって、森の中を無駄に散策してなんて生活じゃあ一生強くなれなかった」

「…………」

「それでこれ」

 最後に彼は奥のものに引っかかっていた布を取り払った。そこには見上げるほどの大きな骨の標本。

「隣の村を襲ってた魔物。あっちですごい被害が出ててその退治を引き受けた。じいちゃんには死ぬほど怒られたけど、誰よりも早く、一人で倒したんだ」

「……そっか」

 多分危険な目にも目一杯あったみたいだから一概に「良かったね」とは言えない。まあ彼の瞳の輝きを見れば諌めることなどできないのだけど。

 かろうじて絞り出した「すごいね」との言葉に彼の瞳が一層輝いて私は気まずく思った。



 その後私たちは骨の前で並んで座って、彼の冒険譚をきいた。

 彼の話は面白くて、私は(多分カフも)時間を忘れて聞き入った。

 地道に実力を挙げていったカフ。特に剣技は村一と言われるまでになったという。いくら弓を中心に狩りをする村でもあるが、齢十五の彼には快挙であるだろう。

「すごい!」

 今度は素直に声をかけると、彼は照れくさそうに、しかしかなり嬉しそうに手元の剣を握り直した。その剣は父親のものだったか。傷だらけでもどこか誇らしげに輝いていた。

「父さんもすごい強かったって聞いたんだ」

「……そっか」

 私も嬉しくなってしまうような綺麗な笑みを浮かべた彼を、なんだか微笑ましく思ってしまう。そんな視線に気がついたのか髪の毛をかき混ぜられた。

 そうして彼は実力を認められて、その後もいろんな魔物と戦った。

 彼は意外なほどに自分の倒した魔物のことを覚えていて、骨を見るだけで様々な魔物とその倒し方を教えてくれた。私は魔物の骨博士にでもなりそうだった。

 そして。


 そしてついに、倉庫の奥にある大きな骨の山について語り出した。

「猿の、魔物だ」

 その骨山に近づく。猿、と言ったか。魔物は大体自然発生型の魔物と動物の魔物化による魔物がいる。

 後者の場合無理やり体を作り変えられた形になるので、凶暴性は段違いだ。特に霊長類は知能も発達するため退治の難易度は跳ね上がる。先ほどは少し適当に絞り出した「すごいね」だったが、これ以上言うことはないのかもしれない。

「すごい、ね」

 私はもう一度言った。その頭蓋骨だけでも私の腕一抱えある骨の前で、カフは嬉しそうに笑った。

 そしてイタズラっぽく笑って言った。

「それでお嬢さんは?」

「え?」

「俺は随分成長したのだけど。お嬢さんはどんな日々を過ごしてきたのかな?」

「…………」

 なるほど。そういう約束だったな。何を言おう。まあ分かりやすいのはあるけど、すでに布団にして送ってるんだよな。


 私はするりと上着を脱いで肩甲骨を露出させた。

 バサッ。

 自分が手を広げた姿よりも二回りは大きい翼が、窓からの光を遮ってカフに影をおとした。



 もうそろそろ話が尽きて、ポツリポツリとお互い呟くのみになった頃、流石に日も落ちて倉庫の中も月明かりが照らすのみになった。


「ねえ、」

「あのさ」

 私は少し眠くて、「もう帰ろう」と言おうとした。まあそれだけなので思いっきり被った私は「どうぞ」と促した。

 彼はその暗闇の中でもうっすらとわかるくらいに照れていた。なんだか私も緊張した。

「その、他意はないんだけどさ。同じ年頃の女の子ってなかなかいないし。それに何よりも今年の狩猟賞を獲れたのはお嬢さんのおかげだし」

「え?」

「明日の祭、夕方から夜の狩猟賞発表前までの時間に男女で組んでダンスを踊る時間があるんだ。俺はいつもは不参加なんだけど、今年は狩猟賞取ってるし注目されてるから、おっさんたちにも誰か誘って絶対踊れって…………」

「……えっと」

「あー、カッコ悪ぃな。その……俺の女神様になってくんない?」



 さて。

 豊穣の週最終日、「豊穣の日」を明日に備えた子供達の内緒話はこのくらいにしよう。子供はもう眠る時間だしね。私も翼を出しっぱなしにしたことでめちゃくちゃ眠い。

 そして、次の日はここまでの六日間を詰め込んでも足りないくらい賑やかな一日だった。

 私はめちゃくちゃ眠いそのままカフの家に転がり込んで、あんなにここ数日頑張っていたのに誘惑に負けてそのままカフの家で眠ってしまった。そんな私に待っていたのは、とんでもないサプライズであった。

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