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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部1年
26/88

やってきました狩猟祭

懐かしの彼に会いに行く

『おめでとう』

 その一言と共に送られてきたのは青空をそのまま切り取ったような青い薔薇。非常に綺麗なそれは綺麗なそのままコサージュになって送られてきた。

 それは豊穣の週の初日のこと。これまではちょっと食事が豪華になって町が多少彩られる日という認識だったけど、家族に贈り物をする日でもあったみたいだ。

 着ていた黒いワンピースに合わせると、目が覚めるような存在感。思わず笑ってしまった。


 豊穣の週。一日目の「平和の日」を先頭に「豊穣の日」まで七日間。学園を始めとした様々な行政機関が休暇をとり、国中でお祭りのような雰囲気に包まれる。

 この催しは結構最近、五、六年前にできたものだと言う。「平和の日」とは一年間天災の起こらなかったことへの感謝を示すもの。ほとんどの国民が黒を基調とした服装を身にまとい午前中にかけて平和を祈り、食事も質素なものを心がけるなど静かに過ごす。そして二日目からその反動のように町中がカラフルになってゆく。

 こういった風習は他の国と比べてもかなり珍しいものらしく、去年封印から解かれたばかりのシリウス先生なんかは「平和の日」に知り合いをかなり豪華なフルコースに招待しようとしたところ半殺しにされたとか。まあ半殺しは些か過剰だがなんとなく国中で自粛の雰囲気が漂う。

 そんな最中に送られてきた贈り物は一日モノトーンに囲まれていた私の目に眩しく飛び込んできた。


 私は鏡を見てもう一度クスリと笑って、大事に大事にベッドサイドのチェストにしまった。

 自粛の明けた明日にはガクルックス家に帰省する手筈になっている。準備は終わらせたからバタバタはしないが同じく帰省する予定のカペラちゃんたちと出発前に宿題等の休暇明けの持ち物を確認することになっている。

 だから早く寝なきゃ。

 ゆっくりと下ろした瞼の中で、夏の日の少年が笑っていた。


 ガクルックス家、と言うか滞在するのはそのまま隣の領の別荘である。あの、夏の日に行った隣の村だ。最近知ったのだがあそこは隣の領であるサダルスウド領内に入るらしい。ちなみにサダルスウド領はクロダン所属のマタル・サダルスウド先輩の家が代々治めている。

 まあそれは置いておいて。

 私は実家(正しくは「アジメク」の実家だ)に帰ると適当に身だしなみを整える。そのまま少し座って休んでいるとノックが鳴った。

「旦那様がお呼びです」

「ええ。分かった」

 顔を見せた執事長に気取って答えると平民の小娘にと思われたのか顔を顰められた。くっそ、適当な返事をすると「下賤なものが……」みたいな顔するくせに……!

「こちらです」

「……案内はいりません」

 辛気臭い顔を見たくなくて断ると微妙な顔をして引き下がった。正直自由に出歩かせたくはないのだろうけど。彼には悪いが今の私は偽物ながらこの家の娘であるので、誰かの居住空間を除きほとんどの場所は出入り可能である。ザマアミロ。

(…………)

 確実に私、学園にいる時よりも性格悪くなってるな。


 コンコンコン。ノックを三つ。

「はい」

 扉越しでも威圧されているような声音。怯える心を誤魔化すように肩をすくめて扉を開けた。

「パパ。ご機嫌よう」

 能天気な声を出して顔を覗かせると、当主様は相変わらず書類から視線もあげずに「ああ」と気のない返事。

「一人か?」

 それでも足音でも聞こえるのか咎めるような言葉。「早くパパに会いたくて置いてきちゃった」と用意していた答え。

 ガリガリ。ぺら。ガリガリ。

 硬いペンと机が紙越しに擦り合う音。ページを捲る音。私は仕事中に突入した自覚もあるので大人しく待つ。たっぷり三十数えたところで彼は顔を上げた。

「……そのコサージュ、つけたんだな」

 私は自分の胸もとを見下ろして頷いた。「一生大事にするね!」一番かわいい笑顔を作ると満足したのか否かよく分からない顔で当主様も頷いた。いや、なんの頷きよそれ。

「私も何か贈りたいな。なんか欲しいものある?」

 今日、「平和の日」は貴族間では家族に贈り物をする日らしい。特にカペラちゃんに確認したわけじゃないけど、彼女も家族から新しいスーツケースが送られて来ていた。

 だからこそ私からも何か贈った方がいいのかと思ったが、対する彼はなんだか渋い顔。なんだなんだ、前から思っていたが彼はポーカーフェイスが向かなすぎる。顔に出過ぎで当主の仕事に支障はないのだろうか。

「………………いい」

 彼は言葉少なに拒否をした。なんなんだよその渋い顔は。

「……そうですか」

 取り繕いきれない笑みは当主が顔を上げない限りは問題ない。まあ言葉も全然取り繕えてないけど。

 ……まあ、贈り物をと言ってもその費用はこの当主からもらったものになるのであちらも微妙な気持ちになるのかもしれない。

(なんとまあ心の狭いことで)


「じゃあ、私はこれで」

「ああ。……これからの予定は」

「それはもちろん、予定通りに」

「そうか。ゆっくりするといい」

「……はい」

 私はもちろんあちらもさっさと出発して欲しいのだろう。執事長から提案された出発時間はこの後すぐ。これは嫌味だろうか。

 まあまだ夕方だし、別荘までは馬車で一時間ほどなのでいいけど。

 顔も上げないことを利用して顔芸でも披露してやろうと思ったが、その寸前に扉の外からノックが聞こえたのでやめる。

「コンコン!」と従業員にしてはやかましいノックにおやと眉を顰めるが、それに続く「パパ!私よ!」との声に納得だ。噂に聞くアグレッシブなお嬢様らしい。


「少し待ってろ」

 さてどうするか。扉の外に声をかける当主の柔らかい声音を聞きながら私は少し焦る。

 実は本物の「アジメク」とのエンカウントはこれが初めてだ。多分置いてきた執事長が普段そこら辺の調節をしているのだろう。あとは彼女のおてんばも一因か。

 まあ短い時期とはいえ同じ屋敷に出入りしている時点でこの可能性も十分考えられたものだったのだが。というか現に予想範囲内だったのか当主に大きな動揺は見られなかった。

 彼は突っ立っている私に背をむけ奥の棚にノックをした。そのままノックをした場所に直径五十センチくらいの魔法陣が浮かび上がる。

「トリマン」

「はいよ」

 ぬっと顔を出した男性に悲鳴をあげそうになる。慌てて飲み込むと顔を出した男に「いいこ」と頭を撫でられる。「トリマン」ともう一度今度は鋭く声がかかった。

「あーはいはい。というか呼び出しといてなんなんすかー?」

「緊急事態だ。頼んだ」

「はいはい」

 当主様が顎で示した、示された私は「お願いします」と彼の前に立つ。彼は慣れたように私の額に人差し指を立てるとそのままゆるりと下ろした。

「っ!」

 鳥肌が立つ。夏にもお願いした以来だがその感覚は慣れない。そのままつま先まで約十秒。

「もういいな」

「はい」

 そのまま扉横の鏡に自分の姿を映す。

「一応夏の時と同じ姿にしましたよ」

 夏以来の別人の姿になんだかくすぐったい気持ちがして頬を掻くと鏡の他人も頬を掻く。

 彼、トリマンは対象の姿形を変える特別魔法を持っている。別に同じようなことは光魔法もしくは闇魔法の応用魔法、幻術魔法で可能ではあるのだが、彼の魔法は体の内側から変える。つまり彼がもう一度元の姿になるように魔法を変えない限りは戻らないし、触っても見たそのままの姿で手に触れる。

「じゃあ、私はこれで」

「ああ」と当主の肯定を待って扉を開けるとその目の前に本物の「アジメク」がいた。

 慌てて頭を下げる。彼女は私に「あら、ごめんなさい」と上から声がかかった。自分と似た姿形。流石に鏡のようにとは言えないが使用人を騙せるくらいによく似た顔。

 まあ、あちらの方が二歳も年上なので身長も高いし大人びているのだが。

 彼女の「ねえパパ聞いて!」なんて自然で楽しげな声が聞こえる。私は逃げるように部屋を出た。

 それにしても。

「………………」

(なんか、)



 なんか、普通だったな。







 馬車に乗って、ガタンゴトンとおおよそ一時間。

 大きめの森を二つほど向けた先にその別荘はあった。

 先に手紙を出していたので、別荘に荷物だけ置いて身の着のまま彼の家を訪ねる。ドアを叩いて十数える前に扉が開く。

「おかえり!」

 その言葉にやっと私は気を抜いて笑った。

「ただいま」


 豊穣の週。二日目「芽生えの日」。私は当主にも言った通りカートレット家の別荘に身を寄せていた。

 夏の約一ヶ月半をその地で過ごしたものだから、実はカートレット本家よりもずっと馴染んでいる。

「お嬢さんご飯どれぐらい食べる?」

「いっぱい!」

「いっぱいね。はい、てんこ盛り。美味しい?」

 私はほっぺに詰め込んだままこくりと頷いた。

 お行儀なんて美味しくないものは気にせず美味しい物を食べたいだけ詰める。ほっぺに飛んだソースをナプキンが滑るように拭い去って、その手の先を見れば呆れた顔をした少年がいた。

「……何?」

「がっつきすぎ。『お嬢様』なんじゃねーの?」

 その呆れ顔に笑みも浮かべた少年の足をテーブルの下で素知らぬ顔で蹴ってやる。

「あ、おい!」

「なにご飯時に騒いでんの!カフ兄お行儀悪いでしょ!」

「いや、こいつが……!って、イテッ。っにすんだよルクバー!」

 頭に盛大に拳骨を落とされた少年、カフ。

 そう、私は夏季休暇中散々遊んだ少年の元を訪ねていた。


「ごめんね、騒がしくて」

 騒がしい兄弟を横目に、私の隣に座っているカフの母親が私に囁いた。

 カフの母親、シャダルさんは言ってはアレだがただの美人というより消えてしまいそうな美人という表現がぴったりな女性だ。縁起の悪いことを言うと佳人薄命。元々喘息持ちで肺が弱く、それに加えて数年前から心臓を患い倒れてから一気に病弱になったらしい。その状態でしている仕事の給料で食い繋いでいるらしいが、医療費と食べ盛りの息子二人の食費ですぐに消えてしまうらしい。ルクバー君が生まれてすぐに亡くなった旦那さんの遺産もあるにはあるが決して余裕のある生活はできていない。

 こう言った経緯から食事をこの家でお世話になる時は食費は払わせていただいているのだけどまあそれは置いておいて。

 目の前の兄弟喧嘩は私たちがのほほんと会話している間にもヒートアップしていく。

「このやろ!殴ることねえだろ」

「年下の女の子に難癖つけるからでしょ。情けない、黙って食べれないの?」

「いやだからそれは……!」


「いえ、あの、楽しいです。美味しいですし、ルクバー君のご飯」

「ね、本当!あの子も料理が本当に上手になって。お父さんに似たのかしら」

 お母さんはコロコロ笑い、私は発端が自分なだけに少し冷や汗をかき、兄弟喧嘩はご飯が冷める前には終わった。

 まるで本当の家族みたいだなって、ちょっと思った。ちょっとだけ。



「ごめんねお嬢さん。手伝ってもらっちゃって」

「いえいえ!お祭りの準備も楽しいですよ。頑張ります」

 私が軽く力瘤を作るとルクバー君が私の頭を撫でる。十四歳のお兄さんカフと違って彼は十歳でまだ私と同じで子供のはずなのにやたらとお兄さんヅラされるのは何故だろう。

 今日は豊穣の週三日目「成長の日」。この日は植物の成長とかけ人間の成長も祝う日でもある。大規模連休の中日であるということもあり、裕福な家では子供の成長を祝って教会にお祈りや奉納をしたり、誕生日を個別に祝えない地域や施設ではここで誕生を祝ったりする。それこそ私の元いた孤児院もこの日に子供の誕生祝いをしていた。まあとにかくそういうお祝い事を盛んに行う日である。

 まあ今日ルクバー君に連れてこられたのはそう言った事情ではない。


「お嬢ちゃん、こっちで筋取り手伝って!」

「はい!ただいま!」

「お嬢さんとうもろこしの皮剥いて!」

「は、はい!」

「お嬢さんこっちでお皿洗って!」

「はい!」


 女の修羅場。祭りの料理作りである。

 ちなみに慣れない私はひたすら右往左往しているが他の奥様方の目はマジである。ちなみに私を連れてきたルクバー君はすごい勢いで野菜を切り皮を剥いている。その目は歴戦の戦士だ。時節光る包丁も相まってなにを切っているのか分からなくなるな。

「お嬢さん!こっち手伝って!」

「はいただいま!」

 まあ私も他を気にする余裕がないくらい忙殺されてしまったが。


「はい!きゅーけー!」

「休憩?やっと?」

「疲れたー!」

 朝ごはんを食べてから参加したとはいえ、そこから走り回って休憩の声が聞こえたのは太陽がだいぶ高いところに来てからだった。私は疲れ果ててその言葉を合図によろよろと椅子に崩れ落ちる。

(つ、つかれた〜)

 腕も足もガクガクである。普段お行儀よく座っているだけのお嬢様を舐めないでほしい。明日は確実に筋肉痛。まあ、今日くらいはいいかな。明日は何もないからゆっくりあいてよう……。

 虚を見つめてぼうっとしていると鼻をくすぐるいい匂い。連動して「ぐう」とお腹の虫の鳴き声が響いた。

「ふふっ」

 結構近くから知り合いの笑う声が聞こえて緩慢に頭を上げる。

「お疲れ様。よく頑張ったね」

 そして頭をひと撫で。ルクバー君である。そしてその手には匂いのもとと思われるお皿を持っていた。


「ろくに説明もしないでごめんね。こき使われて大変だったでしょ」

 黙って首を振る。多分説明されてても疲労困憊だったと思う。ルクバー君は「そっか」と笑って頬を指でなぞった。

「ん?」

 頬を膨らませたまま首を傾げると彼は笑って「髪食べてる」と笑った。恥ずかしい……。

 そのまま流れるように頭に向かおうとする手を咄嗟に掴む。食べてんだけど。彼は「ごめん」と言いながら顔は笑っていた。ルクバー君はカフがいないとお兄ちゃんヅラしてきてちょっとうざい。しかも構い方が兄を参考にしているのかカフとそっくり。特に必要以上に構ってくるところなんて輪にかけてそっくり。

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末さま」

 食べ終わって多少は回復した。食べ終わったお皿を片付けると他の奥様方ものんびりとおしゃべりに興じていた。休憩と言っていたけどこの後もまだ仕事はあるのだろうか。というか。

「お母さんとかカフのご飯大丈夫?」

 時計などが周りにないが少なくとも昼食の準備をする時間は過ぎている。ルクバー君に聞くと「ああ、うん」と頷いた。

「お嬢ちゃんには説明してなかったね。今やってるのが収穫祭の準備って言うのは言ったよね」

「うん」

 それはここにくる時に聞いた。豊穣の週の最終日、『豊穣の日』は大規模なお祭りがある。これは村のみんなだけでなく観光客もやってくる結構大きなお祭りだ。

 だからこそその四日前の今から素材の仕込みだけでも行っているのだ。

「うん。各家庭から料理できる人はこの台所に、そんで狩りができる人は山に召集される。今頃カフは山でおじさん達と最後の食糧確保を頑張ってると思う」

「最後?」

 思わず聞き返したのは今が秋の終わりと言ってもまだ落ち葉が落ち出したばかりでまだまだ狩りができなくなる季節ではないと思ったからだ。ルクバー君は真剣に頷いた。

「まあまだ雪の季節は当分先だけどね。山の幸は神様からの恵みだから、祭りで感謝をした後は収穫しない。そもそも豊穣の日ができたのは最近だけどお祭り自体は昔からこの時期からやってて、どの家もその祭り以降から山桜が散る時にする桜祭りを行うまで山で食べ物を取らないって決まりがあるんだ」

「へえ。……結構長くない?」

「まあその間は普通に畑をやったり織物をしたりでなんとかやってるよ。こればかりは山を休めるって意味合いもあるから皆んな守ってる」

「そうなんだ……」

 話が逸れた。彼は「えーっと」と軌道修正した。

「だから、とりあえずカフはあっちで用意したものを食べるから大丈夫。お母さんも自分の分くらいは用意出来るし」

「あ、そうなんだね。シャダルさん自分は料理できないって言ってたけど大丈夫なの?」

「まあね。確かに僕に比べれば下手だけど自分で用意してくれなきゃ。一日二日じゃないし」

「へ?」

 一日二日じゃない?え?

 ……もしかして。

「……これ、今日だけじゃないの?」

「え、そりゃああるよ。村中の人と観光客のための料理を一日で作り終わるのは無理無理。収穫祭の日前日まで毎日あるよ」

 昨日もあったし。彼によると夕方に訪ねたそれより前にあったらしい、気づかなかった。

「まあ朝から夕方というか三時くらいまでだから。明日からも頑張ろうね」

 ルクバー君は再び私の頭を撫でる。

 私は絶望に天を仰いだ。

2024/06/17 時系列に矛盾が生じていたため修正しました。内容に大きな変更はありません。誤字も修正しました。

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