騒ごう、踊ろう、美味しいものを食べよう
「……そう」
ゼータからの報告を受け、アジメクとアルは、ため息をついた。
さて、どうやってみんなを納得させようか。
意気消沈。優勝クラスにはありえない雰囲気。そこで誰かが言った。
焼き肉しようぜ、って。
焼肉。まあ肉を焼いただけの代物。育ちのいいお嬢様には多分一番馴染みのない食べ方であるだろうし、普通にステーキ屋でも行ったほうが美味しい。でもきっと、今日はみんな人に見せられる顔をしていないので、内々で食べられるものがいいと思ったのだ。
会場は第三棟の中庭。そう、偶然だがクロダンの団室への道があるところである。そこにバーベキューセットを持ってきて、野外焼肉だ。バーベキューでもいいけど、みんな椅子に座ったりとかなんだかんだお行儀がいいので。
と言うわけで、音楽祭の打ち上げが静かに開催されようとしていた。
持ち寄ったのは高級な肉いっぱいとわずかな野菜、チーズフォンジュ用のカップに入ったチーズ、チョコ、マシュマロ。お子様メニューである。リゲルの乾杯の挨拶直後、やはり皆お腹は空いていたのだろう、一目散に肉を分け合った。人類皆肉の前では平等である。
最初はぎこちなく、空元気というのが相応しかった面々も、段々と笑顔も増え、騒ぎ出す。肉と甘いものは正義だ。
やがて、ヴァイオリンの得意なクラスメイトの一人がおもむろに曲を流す。
曲は「双つの悪魔」ではなく、普通のクラシック。発表会で弾く様なものよりもだいぶ砕けた、演奏そのものを楽しむような音色に各々が体を揺らし出す。
曲が一区切りしたところで今回のクラスで楽器隊を担当した面々が演奏に加わり出す。参加しないものもいたが、各々好き勝手に出したい音を出したり時折目を合わせてハーモニーを奏たりと見事だ。他の生徒も聞くだけではなく貴族らしいく踊り出す。庶民の様な焼肉パーティーが一瞬にして舞踏会になるのだからさすが小さくても貴族だ。
私たちは弱っても貴族だから。弱っているところなんてずっとは見せてはいけないのだ。
そんな中、ぼんやりと一人で空を見上げるメンバーがいた。ミラである。その隣に付き添うようにアルレシャが座っている。私とアルは目配せをすると、するりと二人の両脇に座った。目をパチクリとする彼女たちに、話をした。
大事な話を。
音楽祭の後、恥を承知でゼータに頼んだのだ。
教師各々がつけた点数、その内訳を聞いてきてくれないか、と。
もちろん、私たちは教師に釘を刺して回ったが、それで全ての先生が従ったわけではないとはわかっていた。それでもその半数くらいはこの話を思い出してくれやしないかと願ったくらいだ。そしてその賭けに負けた。だから今回のことで、もし誰か悪い人を決めると言うのなら、実力不足の私たちが先ずあがるだろう。しかしそれはともかく、ふと気になったのだ。全ての教師がAからGまで順番に点数を入れていくのならば話は簡単だ。しかし今回のように説得をすれば、少しくらいと考える若手の教師も出てくるだろうと。先の娘殺しはずっと前。教えなければわからないし、そんな不祥事好んで教えているのかというとノーになるだろう。
そこで私は考えた。そう言った時、誰か点数を操作する人間が必要であると。一人ではなくてもいい、二人、三人いれば確実だ。その時点での合計得点を見て、点数を順番通りに並べるために操作して自分の評価を提出する人間。
だからゼータに頼んだ。別に大切なのは点数ではない。それが誰であるか、そして来年、そのデータから番狂せを起こせるかという確認である。
そして、少し前に結果は出た。そのメンバーは予想通り三人。教頭、初等部長、そして歴史のセクンダ先生。調べてみると彼は例のアラドファル家の令嬢の担任教師だった。
私とアルは、この結果を悩んで悩んで、結局ミラに報告した。ミラは、アラドファル家事件のことすら知らなかった。
「……先生たちは、私たちを守ってくれてるって、そう言いたいのかしら?」
ミラは少し苛立ったように言った。そう、とも違う、とも言い切れない。
「前例から、心配してるってのはあると思う」
アルの無難な返し。ミラは更に苛立った。
「でも、そんなの!そんなのって……!」
「ミラ」
私は言った。悪魔みたいな提案をした。何の解決にもならない方法を、さも名案かのように思考能力の著しく低下しているミラに言った。
「次は、次こそは勝とうね」
私はミラの手を握りしめた。ミラは不思議そうに眉を顰めた。
「今度こそ実力で勝って、勝ち続けよう。全校生徒が、先生たちが私たちが権力やシステムで優勝してるってことを忘れさせるくらい圧倒的な実力で勝とうよ。それしかない」
ミラは大きく目を見開いた。そして判断がつかないとでも言うように近くにいたアルレシャを見て、アルを見て、私を見た。
そして私が頷いたのに合わせて、と言うか釣られたように頷いた。
その後の話。
その後Aクラスの青空演奏会にはアルレシャが参加し、声真似?で見事なパーカッションを演出したことで場を混乱の渦に巻き込んだ。
いや、その後アルレシャの弾きだすリズムに合わせてリゲルがバク転などを取り入れた豪快なダンスを踊ったりあまり社交ダンスなどを知らないベガが体育祭の一年生の伝統ダンスを踊り始めたあたりが原因かもしれないが。
その後主張の強い少年少女は曲を演奏し踊った。女の子二人でタンゴを踊るその隣でサンバ軍団が出来上がっていたり。アルレシャは勝手にテンポを早めたり、ミラが実に抑揚をつけ校歌を歌ったり。カノープスがカペラちゃんを踊りに誘われたそうにチラ見しているのをカペラちゃんは気づかないふりをしてフルートのビブラートをどこまでつけられるかと他の人と勝負をしたり。それを見てカノープスは遠くからうんうんと満足げに笑っていたり(ちょっと気味悪かった)。
みんな、笑っていた。
「そうは言ってもな。多分、来年こそ諦めるクラスしかいないだろうな」
「まあね」
二人でマシュマロを焼きながら、アルが言った。
「今回諦めてたクラスはもちろんだけど、Dクラスも。多分、無理だろこんなことになって」
「…………」
身分差の、苦い思い出。多分ここにいるほとんどの人間が、貴族数ヶ月目の私でさえ体験したことのある気まずさと後ろめたさ。そのモヤモヤを吹き飛ばすように今は肉を食べ騒いでいるが、夜に思い出して眠れなくなりそうだ。
そして逆に言えばDクラス。あんな音楽の才能を潰してしまうなんて。そんなつもりじゃなかったのに。そう言ってしまいたくなる。例えば知らず知らずのうちに虫を靴底で潰してしまっていた時のような。
「あーあ。うまくいかねー」
アルがずいぶんガラを悪く呟いた。
「まあね」
私も言葉少なに同意した。
「…………」
「……」
「……」
「……なんか、他の賞とか作る?」
「は?」
沈黙が苦になった私が呟く。アルは興味を持ったようにこちらを見た。
「いや、音楽の先生のみでの評価とか。とにかく本来の大きいやつとは違うもの」
「うーん……多分それも上の人重視になるそう」
「それでも生徒が決めるって言うのはなんか違うしな……」
「生徒の投票?」
「それもそれで媚び売りの機会にしか思われなさそうだけどね」
そんなことをつらつら話しながら膨らんだマシュマロを口に含む。やけどしそうだ。
野外焼肉も終盤に入って、満腹のお子様が出揃った。そうすればさっさと片付けである。片付けまでやることが焼き台や網の貸代の条件なのでみんなで協力して行う。
「あーあ」
「やだなー!」
「はぁー」
みんな一様にため息を吐く。これでも上級貴族、感情コントロールも切り替えもお手のもののはずだが誰一人その気分は晴れない。
その時、微かに歌声が聞こえた。
「!」
「え、ミラ⁈」
結構後ろの方にいたミラが荷物を全部放り投げて走り出す。
一人走ればみんなつられる。荷物は放り投げて道を作る。前の人を避けて、押して、我先にと走り出す。
少し先の校舎まで、少し走ると、屋上を茫然と見上げるミラ。
「ーーーー!」
そして、天にも届くような歌声で歌うメイサ。
彼女は、こちらを向いていない。多分地上の私たちに気がついていない。
彼女の歌っている曲はメジャーな民謡で、孤児院の時の私ですら知っていた。
豊作を願うものだったはずだ。農家の女が口ずさみながら稲を干すような。ただの民謡で、しかし明日への希望を歌うもの。彼女の声にかかれば随分立派なものに聞こえる。
黄金色の小麦が揺れる。太陽が眩しい。
その彼女をみるミラの目から、涙が出ていた。しかし彼女はそれに気がついているのかも怪しい。ぬぐいもせず、瞬きもほとんどせずに見上げている。
そしてその後、多分Dクラスの子か、親しげな様子の子に呼ばれて、彼女は私たちの視界から消えた。
私たちは、その最後の瞬間まで見ていた。むしろ彼女の姿が消えてしばらくしてからも。
どうか、どうか彼女の歌を聞くのがこれが最後じゃないように、そう願って。
私は寮に帰って、それで疲れ果ててベットにダイブする。視界の端に見つけた魔法のメッセージカードを風魔法で呼び寄せる。
『親愛なる
今日は音楽祭がありました』
(…………面倒だな。こんなもんでいいか)
そのままスッと意識が遠のく。カードを送った光の粒子が閉じ切る瞼の隙間に見える。
そのまま私は返信も気にせず眠りについた。
『お疲れ様。ゆっくりおやすみ』
「ヒッ、ク……。……ふ、ぁ……う……」
情けないほどに、涙が止まらなかった。
校舎の裏手にある街路樹の影。校門からも寮からも遠いその場所は当然のように誰もいなくて、ミラはやっと声を上げて泣くことができた。
いくら格好をつけても彼女はまだ十歳になったばかり。大きな絶望を目の当たりにして涙を我慢するなんてできなかった。クラスメイトの前ではお姉さんぶっても本来の彼女は何かあればすぐに祖母のところに手紙を送るおばあちゃん子でメイドに何もかもを任す生粋のお嬢様なのだ。
彼女は口を手で覆って、それでも漏れ出る声を恥じながら涙をこぼしていた。そんな彼女の上から覆い被さるような影が一つ。
「Aクラスの子、だよね」
ミラが見上げるとそこには針金のような体躯をした男が一人。みっともなく涙を流す彼女を無遠慮に見下ろしていて、ミラは咄嗟に後ずさる。箱入り娘である彼女は「知らない人を見たら誘拐を疑え」と大人から言われているので当然の反応だろう。こっそり後ろ手に緊急連絡用の魔法具を握った。
「そう、ですけど。何か?」
警戒心を剥き出しにした彼女に一つ苦笑して彼は言った。
「いや、さっきの発表すごかったなって思って。伝えに来たんだ」
「…………」
すごいのは私たちのクラスじゃない。咄嗟にそう思う。言っても仕方がないけど。再び泣きそうになる彼女の思考に被せるように男が言った。
「でも正直、Dクラスの方がすごかったよね。君もそうおも−−」
「はい!そうですの!」
男の真意は分からない。意地悪のつもりだったのかもしれない。しかしミラは食いついた。その反応に男は気押されたように「う、うん……」と呟いた。
彼女は瞳に溜まった水滴が滑り落ちるのも構わず男に詰めた。
「そう、そうなのです。私たちよりもDクラスの方がずっとすごくて!それなのになんで……」
語り始めた少女は中々止まらず男を圧倒し続けた。男は不幸なことに相槌がうまかったものだから話は延々と止まらない。
結局濡れた頬が乾くまで語り尽くし、彼女と謎の男は連絡先を交換した。




