歌姫の失踪
歌姫、そう聞いて皆さんは何を思い浮かべるだろうか。
それはもちろん、歌がべらぼうに上手い人。姫とつくのでその美貌を期待する人もいるかもしれない。
ちなみに私の想定する歌姫とは、歌が上手くて、カリスマがあって、そして少し強気なところのある少女だ。若干ミラさんが影響しているのかもしれない。
それなのに、こんなことになるなんて……。
(あ、あたしじゃむりよう……)
「そんな事ないよ。大丈夫だよ」
号泣の彼女。これ私が泣かせたみたいにならないだろうか。
ことの発端は、お昼休憩明けにゼータが私たちAクラスに駆け込んできたことである。
シュパーン、ガン、ゴト。
(ゴト?)
ゼータがドアを開け放つ音はその教室にとても響き、練習中のみんなの手を止めさせた。一部ドアを開けるのにふさわしくない音がしたからっていうのもある。
(ゴトってなんの音だ?)
近づいて確認して確認してみれば、ドア枠からドアが外れた音だった。
まあそんなことは気にせずにゼータは話した。
「大変なんだ!歌姫、見てない⁈」
話を聞くと、歌姫がいなくなったというのはお昼休憩後。彼女は一人でご飯を食べることが多いのでお昼休憩が明けて初めてどこにもいないことに気がついたのだと言う。それで少しでも探す人員を増やそうと、この教室に訪ねて来たらしい。正確には歌姫のことを話したことのある私とアルを、だ。
「いや、そうは言っても私たち彼女の容姿も知らないし」
「じゃあ、探さなくても歌姫を見た人がいないか聞いてもらえない?」
「いやだからみんな歌姫を見たことがないんだって」
「歌姫なのに?」
「???えっと、社交界でも有名な子なの?あ、それともこれまででなんか目立つことしとか?」
「え、いいえそんなことはないですけど。まあ、それでもあんなオーラのある生徒、わかるでしょう?」
「すごい自信だな。そしてわからないよ」
割と彼は歌姫を過信している。だからこそ逃げられたのでは?
「とにかく!早く彼女を見つけなければ!どこかで不安で泣いているかも、誘拐されているかも……考え出したらキリがない!」
「同い年なんだよね???」
「そこで二人には、探すの手伝ってもらおうと思って」
「「え」」
突然の訪問も驚いたが、それ以上。だからその歌姫を知らないって言ってんじゃん。もちろん断ったが、なおもゼータは食いつく。
「どうか、今は人員を増やして捜索したいの!どこかで泣いているかもしれないし!」
「いやだからいくつなのよその子は」
「どうか、この通り!」
ゼータは深々と頭を下げた。流石にたじろいで目の前にいた面々は後ろずさる。まあ、こんなに風に頭を下げるくらいピンチなのは十分わかった。しかしこちらも練習がある。もう一度きちんと断ろう。そう思い口を開くと、ダメ押しのようにもう一度ライが頭を下げた。
そして勢い余ってお尻で後ろのドアをどぉん!さっきゴトって外れたドアがゆっくり倒れてきて、結局ゼータの頭にガン!そしてゼータがバタン。一瞬の出来事だった。
「キャー!」
そして叫び声、と思ったら外にいたのは他クラスの生徒、多分Dクラスの人なんだろう。そのうちの一人が、倒れている彼の体を起こしてこちらを睨んだ。彼が倒れているのは私たちのせいだとでもいいたげである。心配しないでほしい、彼の自業自得だ。
Dクラスの人は私たちを責めるように言った。
「今はただでさえ姫を探すのに人がいるのに……こんなところでゼータが倒れるなんて……今からでも追加の人員があればいいのに。あればいいのになー」
こっち見て言うな。
そう言う経緯があっての捜索隊加入である。
そして結構すぐに歌姫は見つかった。確かに、言われてみればオーラがあるし。確認はしなくてもオーラのある迷子の少女っていう特別すぎる二つの要素を組み合わせた人間はそういないだろう。
まあ泣いていたけど。
ヒック、ヒックってところか。擬音をつけるなら。しかしながら彼女は無音で泣いていた。それが多分彼女の発見を遅らせたのかもしれない。
彼女は床の隅に座っているからわかりにくいがかなり小柄な体型。艶のある黒髪が可愛らしい。そして喉を守るためなのか、大きめの黒いマスクをしていた。
とにかく保護だ。私は柔らかく声をかけた。
「えっと、大丈夫?Dクラスの子だよね、クラスの子が探してたよ」
「…………」
「どうして泣いちゃったの?どっか痛い?」
「……」
「……」
しかし見つけたからといって終わりではなく、事態は更に膠着状態である。私は小動物に対するみたいに下からハンカチを近づけると、彼女は一度はビクッとしてから大人しく受け取った。
「…………」
「……」
どうしようか。更に距離を縮めて隣に座ると、ビクッとしながらも彼女は逃げるだとかそういう動作はしなかった。私はだんだん小動物を手懐けるような気分になっていた。
「で、どうしたの?教室、帰れなさそう?」
「…………」
どうしたものか。少しぼーっと遠くを見ていると、声が聞こえた。聞こえた?正確には聞こえてはないけど。
(こんにちは、私は今、テレパシーで話しかけています)
テレパシーで話しかけられた!
(私はちょっと話すのに向いていないので、テレパシーで話しかけています。聞こえますか?)
脳内に直接響く声に圧倒されるがとりあえず頷いておく。歌姫は嬉しそうに笑って、引き続き話し?続けた。
(私の名前はメイサ。テレパシーを得意としますが、私からしか話しかけられません。そちらからの返答は口に出してお願いします)
あ、そうなんだ……微妙に不便だ。私は「わかりました」と声に出した。
(それでは、ここまでのテンプレート文書を修了します。ここからは辿々しくなると思いますが、頑張って聞き取ってください)
「テンプレートとかあるんだ……了解です」
もう一度了承すると、彼女は笑った。そして宣言通り、やがて辿々しい文章が脳内に入ってきた。
(にげてきたの。みんなが、ぜったいかてるっていうのがいやで)
やがて話してくれた言葉は、想像通り、というか。その小さな両肩に期待が重かったのだろう、そう思えるほどに苦しげな声だった。
「……まあ、そんなに重荷に思う必要はないと思うよ。確かにあなたが歌が上手くても、そんなに過度な期待を負わさられてるなんて思わないで。大丈夫」
(…………そう……)
しばらく説得を試みるが、完全に息消沈である。私は必死になって慰めた。
「大丈夫だよ。私たちAクラスもダンスや歌なんてほとんど初心者が頑張ってやってるだけなんだもん。歌姫とか、色々言われてるんだろうけどさ、それはメイサさんの歌がそれだけすごいって意味であって責任もなんでも丸投げしようってことをするクラスメイトじゃないでしょう?」
(…………)
「メイサさん、大丈夫だよ。メイサさん一人でそんなに変わらないって。みんな頑張ってるんだから、きっと。一緒に頑張ろう?」
(………………ちがう)
「え?」
(ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう)
「え?え?」
メイサさんは気が狂ったように頭をかき乱して、そして次にマスクを外して私に向かって立ち上がった。
(あなたはいいひと。とりこにならないでね)
そして、歌った。
まずは、桜の花。そして次に海、波。秋は紅葉、夕陽。冬はいっぱいの雪景色。彼女の歌った歌は四季折々の美しさを讃える歌。その季節の中で、何度も季節特有の景色が目の前をよぎり、情景に沿ったものが、桜の花びらや波の水などが、浮かんでは消えていく。
まるで、魔法のように。
一息に歌い上げるころには彼女も随分と疲れるらしく、肩で息をしていた。あっけに取られる私を見て彼女が言った。
「うちの家系はものを言うたび、私の思考そのままの幻想が現れる能力を持つ人が現れる」
その間にも私と彼女の間ではいくつもの花が咲き、猫が戯れた。
「私がそう。そしてもう一つ、私たちはこの能力を使っている時、聞いている人を虜にしてしまう」
ああ、身をもって知った。なんだか頭がくらくらしてきた。
「私が歌姫なのは間違いない。クラスの持ち時間なんて歌ったら、その間に虜になった人たちは私のクラスに票を入れる。これって公平っていうの?だから私、音楽祭に出るのいやなんだ。私が会場のみんなに好かれる可能性があるから」
大した自信である。しかし真実なのだろう。当たり前とでもいうように話す彼女。
「私たち、絶対優勝だと思う。絶対に。でもきっとその優勝を喜べない。どうしたらいいの?こんな魔法をなければよかったのに!」
どうか、魔法抜きで勝ちたい。身分抜きで勝とうとする私たちと重なる。私は思わずその手を握った。
そして彼女の手をとってDクラスを素通り、私たちのクラスを見せにいくことにした。
ミラに事情を話すと、彼女は微笑んでメイサの見学を自由にされていた。そして帰宅時には仲良くなっており、帰宅して道を別れる時には喧嘩していた。
「私たちのクラスが一番よ!」
(はい?そんなことないでしょ!わたしたちがいちばん!)
「はぁ?じゃあ音楽祭で決着つけて差し上げますか⁈」
(のぞむところ!って、あ、いや……)
彼女、若干引き気味である。そんな彼女の手を、ミラは掴んだ。
「じゃ、お互い魔法をなしで行いましょう。これ、魔法抑制用のものよ。手首をちょっと失礼」
(え、はい……)
そう答える彼女は戸惑い気味だ。そうして彼女は手首を見つめる。多分あれ高いやつ。魔力調節器を応用使用だ。
「私たちは大人の圧力を跳ね除け正当な評価をさせる。そしてあなたは魔法を封じて正当な評価を受ける。そうすればいいのでしょう?いいことづくめではありませんか!」
(で、でも……)
「正当に、堂々と戦いましょう、メイサさん。私たちが勝ちますけれど、何かあってダメかもって思っても、もう少しだけ頑張りましょう。私たちはそれができる、貴族なんですから」
少し前まで喧嘩をしていた二人は、いたずらっ子のように笑いあうと、今度こそメイサは自分のクラスに帰っていった。メイサの背中をミラが押す。メイサは最後に、悔しそうに笑って走り去って行った。
「ライバル誕生?」
ずっと空気を読んで黙っていた私がミラに声をかける。ミラは振り返って笑った。
「まさか。戦友よ」




