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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部1年
20/88

アジメクの誕生日

 なんか最近、みんなの様子がおかしい。

 なんだかソワソワしているし、何やら盛り上がっていると思えば私の顔を見て話を急にやめたりもする。普通に感じが悪い。

 原因は分からない。ただみんなに限って悪意のある行動をとるはずがないと知っているので、きっと私のためなのかなと何も言わないでおいている。

 まあつまりは信頼しているのだ。


「誕生日、おめでとう!」

 放課後、空き教室の一つに連れて来られてクラッカーと共に出迎えられる。教室の机には綺麗にテーブルクロスがかかっていて、その上にはケーキ。教室内にも飾りつけ。

 私は目の前に光景と掛けられた言葉を思い出し、吟味して気がつく。

 あ、今日は九月十八日。「アジメク」の誕生日だ、と。

「ありがとう!」

 準備してくれたのはアル、カペラちゃん、ベガ、リゲル。後教室の使用許可とかは先生にか。私は今世でこんなふうに誕生日を祝われたことがない。だから感動もしたし嬉しくもなった。

(でも………………ううん、せっかく準備してくれたんだから。楽しまないと)

「…………」

 そんな私をアルは見ていた。


「まあ、夕ご飯にも微妙な時間帯なので、ケーキだけでも一緒に食べたくて」

 ケーキは五人分と言うので少し大きめ。切り分ける係に任命された(じゃんけん)リゲルは見事にバラバラの大きさに切り分けたので一悶着起こしながら各々舌鼓を打った。

「おいしいね。これどこの?」

 学校近くのケーキ屋だろうか。王都にあるものは割高だが品のいいものが多いので。今度自分用に買いに行こう。

「ああ、ユーピテルから取り寄せた」

「ソッカ……」

 庶民にも知っている高級洋菓子店の名前を出された。購入したのはアルだったようで、そりゃあそうなる。大口でケーキを口に含んでいたリゲルの頭をベガが容赦無く叩いた。

「あ!」

「え、どうしたのリゲル」

 頭を叩かれておかしくなったのか、リゲルが急に大声を出すので驚く。聞くと彼は手元の袋からロウソクを取り出した。

「刺してない!」

「今言う?」

 もうすでに切り分け、主役の私に関して言えば手元のケーキは自分の分を半分ほど食べた状態である。

「まあまあいいじゃん。刺すぞ?」

「えー、はい」

 まあこう言うのは気持ちだろう。素直に差し出すと遠慮なく蝋燭でケーキに穴を開けていく。

(あぁ……ユーピテル…………)

 少し、だいぶ景観が損なわれたケーキを前にげんなりしそうになる。

「あ、やべ、もう刺すところない」

「……いやうん、まあそうだろうね」

「今年十歳になるのに六本しか立ってないぞ」

「あー……」

 ある意味めちゃくちゃ正解だ。私は本来彼らの三つ下の年齢であり、今年は誕生日を迎えてもやっと七歳になるのにまだ迎えていないので。

「まあ、これでいいよ」

「そうか?じゃあ余った蝋燭はお皿に添えておくな」

「マジでいらないからやめて」

「はーい」

 出すのを忘れていただけで準備はしていたのだろう、すぐに火をつけ息を吹きかせるように促された。

 実はこの儀式、今世初めてだ。なにしろ孤児院はたくさん子供がいるので、一人一人の誕生日を祝ったりはしない。

 でも知識はあるので。とりあえず一つ息を吸って彼に向かって息を吐くが、弱かったのか火が消えない。でも変に力を入れてもロウソクを押し倒す可能性があったので頑張ってフーフーするは消えない。見かねたアルが隣から一緒に吹いてくれてやっと消せた。

 呆れたようにリゲルに揶揄われるけど、仕方がないだろう。今世はもちろん、前世でも借金地獄だったのでこう言うお誕生日会を行うことというのはできなかったのだ。だからほとんどそう言ったことは行ったことがない。


「じゃじゃーん!私からは、お揃いの髪飾り!ベガちゃんと三人でお揃い!よかったら今度つけて学校行こう!」

「可愛い!ありがとう!」

「私までいいの?ありがとう」

 プレゼントの時間。カペラちゃんからのプレゼントはハートやリボンなどがふんだんに使われた髪を結ぶゴムである。ベガは嬉しそうに顔の脇に掲げて、それからそっとカバンにしまった。

「僕からはこれ。勉強しろよ」

 アルはペン各種やメモ帳。これは私があまりの授業の進度の遅さにかまけて一学期全く勉強しなかったことがバレていると思われる。シンプルな品で、一目でいいものだとわかる。

「私はこれ。ゆっくりリラックスできるものがいいかなって」

 ベガはアルゲニブ印のタオルセット(有名、ふわふわ)と温泉百選と書かれた入浴剤。これは確かに、疲れが取れそう。

「つまり?アルからの勉強セットを使って疲れた体をこれで癒すってこと?」

「つまりこの入浴剤で休んで、僕の勉強セットでバリバリ勉強ってことだな」

 逆のこというじゃん……。アルとは考えが根本的に合わない。

「俺はこれ!ハンドクリームと練り香水!まあそんなに手が荒れることもないだろうけど、いい匂いがすると結構テンション上がると思うよ」

「可愛い……女子力高…………」

 花柄のパッケージやそのいい匂いのする香水にテンションが上がる。

「ね!可愛いー!」

「カペラちゃんのも可愛いよ!お揃い!」

「うん!これで学校行ったり遊びに行ったりしようね!」

「……う、うん…………」

 二人が可愛らしく盛り上がっているのを見ていると、こそこそとアルとリゲルに呼ばれた。

「どうしたの?」

「……あとこれ」

 アルがひとつの包みを取り出した。

「えっと、二人からってこと?」

「いや……カノープスから」

 促されるままに包みを開けると中からは手袋が。少し季節外れな品に思えるが少し薄手できっと防寒用ではなくファッションとしての手袋なのだろう。カノープスというとカペラちゃんを溺愛し冷たい態度をとっている婚約者だが。……何か嫌な予感がする。

「その、言いにくいんだがな……。『この前カピーに近づいてそのお髪を触った時は丸焼きにしてやろうかと思ったが、よく考えてみれば俺があげた手袋をしてカピーに触ればもう俺が触ったも同然ってことになると分かったので送る』らしい」

「きっも」

「悪い……でも手袋自体はいいものだから……気にせず使えるなら使ってくれ。そして無理そうなら普通に返してもいいと思う」

 無理矢理渡されたのだろう。二人とも疲労困憊だ。

「………………まあ、手袋に罪はないから……」

 気持ち悪くはあったが、もらえるもんは貰っといた。多分カペラちゃんの前ではしないと思う。


 一通りプレゼントの話で盛り上がった後、カペラちゃんがそっと私の手を取った。

「アジメクちゃん。あのね、私アジメクちゃんと友達になって、こうやって友達が増えて、初めて本当の友達ってこういうことなんだなって分かったの」

「本当の友達?」

「うん。その子の父親が王宮勤めから離れても、たとえ没落したってそばにいたい友達。初めてだった。アジメクちゃん、大好きだよ。生まれてきてくれてありがとう」

「カペラちゃん……」

『生まれてきてくれてありがとう』ふとその言葉が、前世の兄に重なって……。

「あ、アジメクちゃん⁈だ、大丈夫?」

「え?あ……」

 鼻がツンとしたと思えば、堪える間もなく泣いてしまった。

 カペラちゃんからのハンカチをありがたく受け取って涙を堪える。次から次へと涙が流れて、止めたいのに止められない。

 みんなは、嬉し涙だと思ったのか各自背中を撫でたりそっとしておいてくれたり。それに甘えて涙を流し続けた。


 そんな私の顔を、アルは持ち上げて言った。

「何で泣いてんだ、お前」

「……!」

「え、ちょ、アル⁈」

 慌てて止めるリゲルを振り切って、まっすぐな目をしてアルは聞いた。

「ただ嬉しさ余ってならいいけど、お前さ、最初おめでとうって言われた時、後ろめたそうな顔してたぞ」

「!」

 祝ってくれたこと、ケーキ、プレゼント。全部嬉しい。嬉しい、けど。

 やだな。こんなこと最近はなかったのに。

 私、羨ましいんだ。

 羨ましい、妬ましい、……申し訳ない。私が、私が本当にアジメクだったらよかったのに。本当にアジメクで、本当に誕生日で。

 私はそもそもみんなよりも二歳下だし、いいところの令嬢ではない、ただの薄汚れた孤児が綺麗な格好をしているに過ぎない。

 騙してるに過ぎないなんて。

「おい、お誕生日様。なんかあるか?」

「え?」

「泣くほど嫌なことがあるんだろ?取っ払ってやるから言ってみろ。お前はどうしたい?」

「…………」


 まっすぐな瞳に射抜かれて、私は考えた。どうしたい?どうして欲しい?

 私はアジメクになりたい。でも私は前世のお兄ちゃんの妹であれた自分を結構好きだ。私は私として彼らと一緒にいたい。

「……た、誕生日」

 小さな、もしくは大きな願いを私は口にした。

「誕生日、今日は祝わないで欲しい……」

 カペラちゃんの息を呑む音が聞こえた。そりゃあそうだ。今更言うな、だ。私は慌てて訂正しようとして、その前にアルが言った。

「分かった。いつなら祝ってもいい?」

「……三月の五日。べ、別にプレゼントとかをもう一回欲しいとかそう言うんじゃなくて。言葉だけ、その日にお願いしたい、です」

「分かった」

 アルが、意味の分からないであろうお願いを二つ返事で答える。私はその快諾に少し不安になるけど、アルはみんなに確認を取ると教室内の「誕生日おめでとう」の飾りだけ魔法でさっと片付けた。

「い、いいの?」

 私がみんなに聞くと、一様に頷かれる。い、いいんだ……。

「じゃあアジメク、今日は何もないが、パーティーを楽しもうか」

 アルは本当に何も聞かずに、そう言って笑った。




『親愛なるお父上

 今日はアジメクの誕生日でしたね。友達がたくさんお祝いをしてくれました』

 返信は三十分ほど経ってから。今日は遅いな。

『そうだね』


「そ、」

 そっけなーい!少し驚いた。ただ、私はその感想とは裏腹にそのカードを丁寧に持ち上げた。

(…………)

 私は『おめでとう』の字がないその文章を指でなぞって、……少しホッとして、大切に引き出しの中にしまった。

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