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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部1年
2/88

アジメク・ガクルックス②

 朝起きたら、何もかも上手くいっている。

 そんな夢を見たことがこれまで何度もあった。前の人生でも、今の人生でも。

 ある日起きたらお母さんがご飯を作ってて、お兄ちゃんが隣で手伝ってる。ゆっくり起きてきた私の寝癖をお母さんが撫でて治して、お兄ちゃんが早く手伝えって手招きしてる。何度も夢見た。何度も、何度も。そんなことないって、分かっているのに。


 その朝は、まるで何もかも上手くいったようだった。

 メイドのノックで目が覚めた。ふかふかのベッド。ふわふわの寝具からふわふわの部屋着のドレスに着替え、温かい朝食を食む。それが終わったら小さい体躯にピッタリ沿った上品な制服に着替える。

「行ってきます」

 馬車に乗る直前振り返ると、入れ替わりを知らない老メイドは涙を堪えて「こんなに大きくなって……」と言った。後ろにいる執事長は気まずそうに顔を俯かせた。ちなみに二人は夫婦であるらしい。ザマアミロ、いつか真実を知らされて気まずくなれ。

「じゃあ、また次の休みには帰るから」

 そう笑って、そして寂しそうに言うとメイドはさらに顔を歪ませる。そう、王立学園は全寮制。私としては屋敷でもこの演技を続けなければいけないのは勘弁なので万々歳だが、アジメクは九歳。寂しげな演技をしておいて損はない。

「アジメク様」

 執事長が馬車に乗り込もうとする私を引き止める。どうしたのかと見上げると、その後ろから人影が見えた。

「パパ……」

 朝食の席にいないから、もう出発まで会わない気がしていた。

「アジメク」

「……!」

 この家の主人はまるで私を実の娘のように、実の娘の出立のように頬を緩め、膝を曲げて視線を合わせた。そして腕を持ち上げて、おろした先は私の頭。

「ぱ、パパ……。髪!髪、崩れちゃうよ」

 驚きを誤魔化すように文句を言うと、主人は更に笑って、今度は髪をすくように撫でた。私は段々どこかくすぐったいような気持ちになって顔が熱くて仕方がなかった。

「行ってらっしゃい、アジメク」

「うん。バイバイ、パパ」

 そう言ってやっと馬車に乗り込んで、その分少し視線が近くなる。

 微笑みを浮かべる主人、こちらを真摯に見つめる執事長、眩しそうに目を細める老メイド。

 夢みたいなふわふわした幸せで恵まれた光景。私はその時精一杯浮かれた。そして、


「頑張ってきなさい」

 少し申し訳なさそうに、悲惨に顔を歪めた主人に、一気に冷や水を被せられた気分になった。

 ここは間違いなく現実だから、ここは間違いなく嫌な世界だ。


 私が今から行く学校は先にも言った通り王国に登録されている全貴族の全子息が通う大学校である。

 まあ全子息と言っても婚外子や病、出家など様々な理由で入学ができない場合があるが、そういったよっぽどのことがない限りは入学を強制される。経済的にも援助が受けられる。つまりは入学していない子息はよっぽどのことがあったということ、その後貴族として生きていくのに支障が出まくると思っていい。


 私が主人より申しつけられた指令は二つ。

 一つ目。私が、『アジメク・ガクルックス』に相応しい地位を築くこと。相応しい友人、相応しい成績、相応しい生活。こうやっていうと息苦しくてたまらない内容であるが、要は「優しい友達作ってお勉強もして、楽しく生活しましょうね」だ。本当は違うかもだけど、詳しく言われなかったし。多分そう。

 二つ目。毎晩ガクルックス家に向けてその日何があったか報告すること。『アジメク』が復学した時用と私の監視用だろう。学園は王族も通うこともあって外部からの干渉を受けない(万が一外の者が潜んでいた場合は処罰される)ため学内の監視がつけられないからだ。そのため嘘発見器を紙片に取り付け騙したらすぐ分かるからなって言われた。

 つまりは力一杯学校を楽しんで、それを毎晩教えてねってこと。なんて過保護なパパだ。


 少女はとりあえず呑気にそう思った。

 呑気に思わなければ、何もかも投げ捨てて逃げ出してしまいそうだった。



「お嬢様、お嬢様」

「は、はい!」

 外から御者の声が聞こえて少しぼーっとしていたところで慌てて返事をする。情けない。気を引き締めなければ。

「お休みでしたか?」

「ううん、大丈夫。どうしたの?」

「いえ、もう着くようなのでご報告をと」

「あ……」

 ぼんやりしていただけではなくもしかしたら眠ってしまっていたらしい。カーテンを捲って外を見れば、緑の残る領地とは正反対、煉瓦の敷き詰められたカラフルな街が現れた。

「…………!」

 王の治める直轄地、政治と経済とトレンドの中心地。

 王都だ。


 そこから十分もしないうちに校門を潜ることとなり、私は自身の身なりを軽く整える。メイドはいない。ここはどんな身分だとしても一学生として、入学許可証をもらった生徒以外の学園や寮への出入りを禁じているので。

 まあ破っている(そして黙認されている)令嬢は星の数ほどいるし、主人も当然連れて行かせる気満々だったが、私自身必要性を感じずその規則を盾に一人で来させてもらった。

 間も無く停車すると言うので軽い手荷物だけ持って準備する。

 御者が校門の衛兵と話しているのが聞こえる。いよいよ、いよいよだ。


 少しの不安と、そして心を躍らせながら馬車を降りる。王立学園、当然のように豪奢な建物に圧倒されるため顔を上げた。

 上げた、ら。


「おい、ブス。今日は使用人はいねえのか?」


 …………⁈


 顔を上げた先は、城と見紛うほどの規模の学園とそのシンボルである大きな桜の木。そしてその木の下にいる美少年。

 の、口から出る「ブス」との言葉。


「は?無視してんじゃねえよ。ブスのくせに」


 少女はその時、今日の報告の出だしを決めた。

『親愛なるパパへ。今日は校門をくぐった途端、とんでもなく顔もいいクソガキに出会いました』

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