クロダンとの出会い
「この前来たシリウス先生、これからも何回か来てくれるらしい」
「ふーん、まああの先生の授業わかりやすいからね。いいんじゃない?」
言動は粗雑だが知識量と魔法技術は立派な特別講師を思い出す。なぜかよく目が合うことを除けばいい先生だったと思う。何よりも授業がさっさと進むのが高ポイント。
現在、四月の入学から少し経って五月半ばである。だがしかし、授業の方は遅々として進んでいない。
そもそも一年生のカリキュラムというのはかなり少ないのだ。まだ私たちの属している普通のクラス、一年A組はまだ高位貴族が多く家庭教師にそれまで勉学を見てもらっていたためなんてことないが、下のクラスに行けば行くほどものを習うことすら始めてという生徒すら現れる。そのため五十分の授業時間に耐えられない生徒が多くなるのだ。
そう入ったクラスは大体授業の合間に休憩を入れたり授業の楽しくなるようなイラストの多い教材を使った勉強など、とにかく進度が遅くなる。しかし一年生全体の進度は合わせなくてはいけない。なので自然と上のクラスは待たされることが多くなるのだ。
その待たされ方も先生によって様々。歴史のセクンダ先生はさっさと進めており、テストの範囲が終わったらテストまでは自習の方式にすると最初の授業で言っていた。ただこれはかなり特殊で、ほとんどの先生は同じ授業内容を他クラスにするのにどこまで教えたか自分でわかりやすいよう、授業前か授業後に無駄話か教科書外の内容を教えるなどで尺を稼ぐ。
ちなみにこれはテストにて分かれた数学や外国語なども同様である。そして結局数学のみDクラスに振り分けられたカペラちゃんによると「とても動物園みたいで。私って座ってるだけで偉いの」らしい。本人は授業後は少しげっそりしているけど、その分先生と仲良く話すようになり、分からないところはすぐに聞けるのだと嬉しそうにしていたのでまあいいのだろう。
とまあ、私自身授業を受けていてこんな風でいいのかと不安にはなったが、兄姉がいるクラスメイトによると初等部は総じてこんなもんというのでそういうものなのだろう。逆に「中等部言ったらガツンってくるらしいで!」と言っていたので周りと一緒に戦慄したものだがそれは入学三年前から心配することではないだろう。多分。
そんなこんなで入学時に反してゆるい学校生活を送っていた私たちに、大きな行事がやってきた。
「それでお前、なんだった?」
さりげなくを装って、気になるのがバレバレである。私は主語のないアルの問いに対して手元のカードをピラっと開けてみせた。
「クローバー。そっちは?」
「……スペード。お前大丈夫かよ、転ぶなよ」
「転ばないよ!」
確かに入学したときは二回ほど転んでたけど!焦らなければ転ばないよ!
「全員引き終わったな」
クラス担任のスバル先生が全体を見渡す。私たちは普段は紳士淑女、しかしまだたったの九歳!はしゃぐ気持ちを必死に抑え、次の言葉を待った。
「では、各自グループの集合場所に移動しろ。これより、体育祭の準備期間に入る」
「「「はーい!!」」」
王立学園。全国の貴族の子息を一つの学園で教育している。一学年百人を超え、初等部だけで三学年で約三五〇人。その学生全員と教師が一丸となって盛り上げていく体育祭は圧巻の一言。
体育祭ではスペード、ハート、クローバー、ダイアモンドの四つのチームに分けられる。そのチーム分けはクラス、学年、身分差全てを無視して完全なる運!そしてそれが三年間持続されると言うのだから、その縦割りでの絆はより深いことになる。
各々がチーム優勝という目標に対して結束し、多学年、他身分と交流していくチャンスでもある。ちなみに中等部、高等部になるとこれが政治や将来の仕事に関わってくるのだがそれは私たち十歳前後のお子ちゃまには関係ない。
つまり言いたいことは一つ!
なにも考えずに楽しめ!!!!
「と、言うわけでぇ、クローバー団のテーマは、楽しむこと!です!」
(緩いな)
そんな号令をあげる団長の言葉に一年は総じて気が抜けた。
団長、ナオス・トゥレイス先輩は三年生の中でも一番小さく、(まあ私よりもずっと大きいが)ふわふわとした可愛らしい先輩だ。逆に上の学年に混じっても違和感のない体格をした副団長の二年のシータ・アクィラェ先輩が隣にいるとでこぼこに見える。
体育祭準備期間はなんと大掛かりに二週間。その内訳は三年生の組体操や二年生のオリジナルの創作ダンス、一年生の伝統のダンスの練習である。それに加えて点数の稼げる綱引きやリレーなどの競技、学年問わず有志を集めた応援団、団のシンボルとなる旗作りなど、つまりはかなりやることが多く、時間は足りないくらいなのだが。
「まずはみんなで、目標を作りましょうかぁ。それがなければ始まらないわ!」
「え?団長、でももう練習に取り掛かるべきでは?」
「まあまあでもこっちの方がきっと楽しくなるわよ。ねえ、何かある人いますかー?」
でも団長がめっちゃ緩い人なのだけど。
それでも団長と同学年の三年生を中心に手が上がる。
「笑顔!」
「声を出す!」
「応援し合う!」
「やっぱりダンスもクオリティないと楽しめないっしょ!」
「観客も笑わす!」
「えーと、写真いっぱい撮る?」
ひとしきり黒板に書き込んだあと団長はにっこり笑った。
「いいね!それじゃあとりあえず午前は近くの人との交流会にしよっか。ご飯食べたら練習にするね」
時刻はまだ十時過ぎ。二時間も交流時間がある。緩いなー。
近くの人と言ったって……。
アルとはもちろんその後カペラちゃんとも離れた私はただのボッチである。ちなみにカペラちゃんはハートだった。可愛い、似合うね。
不安げに周りを見渡すとすぐ隣の子がその隣の子と話していて、ちょうど私と目が合った。ばちん!と切れ長の大きな瞳とかち合って、思わずにへらと笑いかけると私をその会話に入れてくれた。
「普通のクラス一緒なのに話すの初めてだよね。私ベガ・ポルックス。ベガでいいよ。よろしくね」
「俺はリゲル・メンカル。俺もリゲルでいいよ。よろしく」
「アジメク・ガクルックス。えっと、アジメクでいいよ」
自然に握手を求められたので反射的に握り返すと、どちらも剣を持つ人特有の手の硬さだった。聞いてみるとベガもリゲルも騎士の家系で日々練習の毎日だとか。そのため二人は騎士の父親を持っている関係でそのパーティーだとかで顔を合わせたことはあったみたいだ。しかし全くの初対面である私にも気さくに接してくれる。いい人だ。絶対いい人だ。
「それにしても、なんていうか想像と全然違ったかも。もっとすぐに練習漬けの毎日になるのかもと思ってたから」
私がそう言うと二人は一様に気まずいような表情になった。
「私たちは兄貴がいるから知ってたけど、有名らしいよ、クロダンの緩さ」
「え?」
貴族というのは妾さんも側室さんもい放題だから兄弟の多い学生が多い。やっぱりそういうところは元々のコネクションがあるのは素直に羨ましい。私クローバー団がクロダンって呼ばれてるのすら初めて知った。
「そもそも練習量少ないらしいよ。団旗のクオリティは高いんだけど、一年の伝統ダンスは他の団と共通だけど二年のオリジナルダンスは結構ウケ狙いだし応援団のダンスも一応決まってるけど団ごとだからそれも結構そう。一般競技もいつも割と点数も低いしね、団の総合優勝は諦めた方がいいよ」
……不安だ。
そんな第一インパクト。今では遥か昔のことのように思える。
最初に決めた目標、それがフラグだったとは。
「クロダンはいつでもー?」
「「「えがおーー!!」」」
「声ちっちゃーい!私たちはー?」
「「「プリティ・キューティー・クロダン!!!」」」
まず一つ目、練習量少ないというのは嘘だ。正解は外周に行っているだけである。
外周、流石に学校の敷地外には行けないものの敷地内の山中をひたすら走っている。一応早朝・夕方と涼しい時間帯でのランニングだが、普通にしんどい。日頃運動しているアリスやリアムはまだ余裕そうだが私は情けないことにぐだぐだである。ランニング中に大声出させるな、笑顔にさせるな。
「つ、つかれた……」
「ほら、止まらなーい。ちょっと歩くよぉ」
終了後その場にへたり込みそうになるのを背中を押され、思わず背後を睨む。
「あ、す、すみません!」
「いいよぉ。疲れたよねぇ。でも今日はアイスあるからね、第三体育館近づいたら今はダイダンが練習してるからシャッとしようねぇ」
団長にそう言って渡された制汗剤を遠慮なく使う。これは団の費用で購入したものらしいので。
二つ目、楽だというのも嘘だ。他の団に対応する時だけ楽だと装っているだけだ。こうやってクロダンだけの時は言われないが他の団と出くわすときは上級生はいかにもなんてことない顔をするし汗ダラダラな一年生にはこっそり制汗剤を渡す。
まあ上下関係としては緩いのは本当だが。なにしろ究極まで絞られるのでこちらも気を使っている暇がない。だからこそ頑張れる。
ただなんでそんな回りくどいことをするのかわからないけど。
「汗ひいたー?写真撮ろ!」
先輩の一人がカメラを構えるので咄嗟に可愛い顔を作る。最初はこれも疲れすぎて引き攣っていたが、その度に頬をムニムニされるので今では満面の笑みだ。
「じゃあ次!学年別練ね!」
団長の号令で練習は進む。団ごとに一応顧問の先生が設定されているが、これまで私は彼もしくは彼女を見たことがない。
団長は会ったことがあるらしいけど副団長以下は誰かも知らないらしい。いやなんでだよ。まあ正式な人事なのでそういう類の書類を探せばもちろん誰だか分かるけど、クロダン七不思議の一つでもあるので暴いた人はいないらしい。いやなんでだよ。
まあそんなわけだから練習は生徒主体、OB・OGに助言を求めてはいるようだが練習内容もほとんど生徒が決めている。そして一年生の伝統ダンスも教えるのは二年生だ。
いやなんでだよ。
一年生の伝統ダンス。その歴史はまあまあ深く、元々は全団共通の振りを教師が決めていたが、二十年くらい前に毎回振りを決めるのが面倒だからと言って前年度の振りをそのまま使ったのが発端だ。
そしてそれが先生たちの間で伝統となり、多少の改良をしつつも伝統となったらしい。
そして今の一年生伝統ダンスとは、手本があり正解もあるものとして、それにどれだけ寄せられるか、完成度を競うダンスである。
「ま、そこに一捻り加えたくなるのが我らであーる!」
私たちが練習に慣れてきて、一通り伝統ダンスもこなせてきたあたりで2年の副団長、シータ先輩が言い出した。ちなみに副団長は
「ヨッ、団長で個性が霞む担当!」
「団長いないからって調子乗るなよ!」
「そのインテリメガネ似合ってねえぞ!」
「そこ!私語は慎め!」
まあ、こういう人である。
「伝統ダンスは完成度を競うものである。しかし!そこに個性を出したくなるのがクロダンだ。これまで何人もの先輩方がダンスの振りを変え格好を変え、減点されてきた」
いやなんでだよ。あまりのエンタメ精神に目が遠くなる。
「そのうち我らは気がついた。規定と違った行いをして目立っても、それは法を破って有名になる行為と同じく虚しいものであると」
えっと……うん。
「なので法の穴をつくことにした!」
(((そんな結論でいいのか⁈)))
多分一年生の心の声が一致した瞬間である。ちなみに一緒に話を聞いている二年生は遠い目だ。多分去年の自分たちを思い出したのだろう。
「まずは男子諸君!ダンス中の掛け声、いくつかあるな?」
掛け声、まあ「はい!はい!」とか「クローバー!」とかそういう感じの。割とある。
「あれ、全部高い声を意識しろ。女子くらいまで上げろ」
え?
「まあほとんどは声変わり前のボーイソプラノが多いからな。そんなに意識しなくてもいいと思うが」
まあみんな大体九歳だからね。それはそうか。
「あの、俺もう声変わり来てるんですけど……」
後ろにいた男子生徒の一人が手を挙げた。彼は確かに他に比べて頭一つ背が高い。
「裏声でいけ。中等部からはそうしてる」
「中等部でもあるんですかこの伝統⁈」
先輩方の目は死んでる。……あるんだ。
副団長はそれを気にせず話を続けた。
「そしてもう一つ。伝統ダンスは制服でと決まっているが」
そう言って各々配れた制服に目が点になる。
「男女の制服を入れ替えて着用すること。今配った制服はこれまで使用していた男子用の女子の着れる制服、女子用の男子の着れる制服だ。ちゃんと着れるし踊れるし、何より女子制服は校則通り膝下10センチになるようにしてるからな」
これは最近気がついたことだが、私たち一年生は割と仲がいいみたいだ。特に先輩の無茶振りに対する時、私たちの心は一つになる。
私たちは穏やかな顔を見合わせ、一斉に叫んだ。
「「「そういう問題じゃないんですが!!!」」」
二年生が弾けるように爆笑した。おい、何笑ってんだ。
「うちの団、おかしくないか?」
体育祭練習も終盤。本番3日前、私たち一年生は教室の一室に集まっていた。
本日は三年生は外部のテストがあり、二年生も午後まで自分のオリジナルダンスを仕上げるというので、珍しく一年生だけで練習することになった。
もちろん最初は真面目に外周しダンスも練習していたが、まあ先輩の目がないので段々だらけてくる。長めの休憩を取ることになった。
「練習、いつ再開する?」
「しばらくいいー」
「おい」
「……二十分」
「はい」
それでもお互い正式にタイマーをかければ自由の身だ。トイレや水を買いに行ったものを除いてなんとな一塊になって座る。
「で、おかしいって?どれが?」
「全部!」
話し出したのはお調子者のアンカーである。魔法クラスでも親交がある。火魔法が得意な男の子だ。
「いや伝統ダンスの話の時もおかしいとは思ったけどさ、外周の掛け声からしておかしくない?」
「『プリティ・キューティー・クロダン』?」
真面目な顔をしてそらんじる大柄なカイに何人かが吹き出した。声変わりして必死に裏声で声を出しているのは彼である。
「いや不思議そうな顔すんなよ!クロダンに染まりすぎなぁ?なんだよプリティ、なんだよキューティーって思わなきゃ!」
「プリティ・キューティ……『可愛い』だろう」
「それがクロダンだよ⁈」
「じゃあ俺たちが可愛いんだろう」
そこにいるほとんどが追加で吹き出した。
「で、それで?あとは?」
唯一生きていたベガが続きを促す。さすがです。アネゴって呼ぶね。
「凝りすぎな団旗!」
「確かになぁ……」
それは言い返せない。あの団旗は団によっては外に干していたりするので分かるが、普通はあの布地の旗に絵の具などで字や絵を描くだけだ。しかしなんとうちの旗は飛び出る。お姉様方の刺繍の腕が光ったが、あの旗を持って応援団の応援合戦の時に副団長が走り回るのだと覚えている人はどれだけいたのだろうか。
「二年生のオリダン!」
「シンプル!」
オリダン、オリジナルダンスはまあ、まあいいだろう。詳細は長くなるので省くがフィナーレではカツラが飛ぶ。
「三年生の組体操が逆に地味に見える!」
「言い返せない……」
あれがどこの団も目玉になるはずなのに。
「応援合戦以下略!」
「せやな」
せやな。
「あと一般競技練習しなさすぎじゃない?」
「…………」
確かに未だバトン渡す練習しかしていない。まあ一般競技といってもリレーと徒競走と綱引きと玉入れしかないので。……いや結構あるな。大丈夫か練習しなくて。
そんなツッコミどころしかない団の愚痴を思いっきり吐き出せて満足したのか、アンカーはだらんと後ろ向きに倒れた。後ろにいたカイを巻き込んで。
「でも、本当にそうなの」
そこに細い声が聞こえて、みんなはついその子を一斉に注目した。
その子、ヘゼちゃんはそれには気づかず、手元のズボンをギュッと握った。
「変なの。頑張ってるのを隠すの。そのせいで他の団から『サボってる』とか『お前のところはいいな』とか言われて……悔しいの」
思わずシン……として、全員が多かれ少なかれ経験したことに気まずげに俯いた。
「それに何より、あんなにすごい先輩たちが馬鹿にされるの。悔しくて仕方ないの」
「…………」
私たちは知ってる。他の団は先生とかガッツリ入って指導してくれてること。先生がいない分、雑事から他の団の先生との交渉まで団長が駆けずり回っていること。2年のオリダンは面白いし余裕そうに笑顔で踊るけど本当はすごくハードなこと。団旗は先輩たちが夜なべして作って、あまりの重さに副団長がこっそり一人練習に筋トレを追加したこと。
先輩がかっこいいってこと、私たちは知ってる。でも、私たちしか知らない。
「て、今頃思ってる頃だよねぇ」
外部でのテストを受験後、三年生は今放置中の後輩たちに思いを馳せていた。
「ま、あるあるだよね」
「去年はスミスちゃんが言いにきたよね、『納得できません!』って」
「あの子も今や副団長かー。染まったなー」
「染まったねぇ」
ちなみにまだ去年はあの似合わない黒縁メガネではなく神経質そうな薄いフレームを使っていた。似合わなかったけど。
「まあ、こればかりは仕方ないね」
「仕方ないよぉ」
「「「本番を体験しないと」」」
三日後。体育祭当日。




