7話:朝食にて
「アリシア、起きてるか?」
翌朝、朝食が出来たと聞いてアリシアを起こしに来たが返事がない。
「アリシアー?おーい?」
何度か声を掛けると、中からドタバタと物音がして扉がゆっくり開けられ、やや髪のボサついたアリシアが顔を覗かせた。
「お、おはようございます……」
「ぐっすり眠れたみたいだな。飯出来てるってよ」
「わかりました……」
「部屋を出て右に真っ直ぐ行けば進めばいいから。先に行くけど、急いでないからゆっくり準備しててくれ」
「す、すぐに行きます!」
強く扉を閉められる。
さては昨日のあれで興奮して眠れなかったな?この分だとライト達の事ももう気にしてないんじゃねぇの……?
そんな事を考えながら食堂へ向かう。
食堂と言ってもそもそも宿泊客が俺達だけしかいないから、普段ハンクさん達が生活している居住スペースで一緒に食べる事になっている。
席に着くと、レイナさんはパンを食べていて、ジールはスープを飲みながら寝ていてリィルに口を拭かれていた。ハンクさんはもう食べたのか既にいなかった。
「おはよう。アリシアちゃんはまだ寝ているのかしら?」
「さっき起こしたからすぐに来ると思うよ」
「そう、早く会ってみたいわ。何度か見かけた事はあるけど、話した事はないもの」
そういえばハンクさんもレイナさんも当時は俺以外の新人はあんまり関わってなかったな。
2人ともライズに昔から定住していたが、クエストに出ている事が多かったし、そうでなくても2人で出掛けているか知り合いとつるんていた。
「お、おはようございます!」
「おはよう。よく眠れたようで良かったわ」
勢いよく入ってきたアリシアがピシリと固まる。
「んぅ……あ、聖女様だ〜」
「あーもー溢れてるってば!」
「突っ立ってないで座ったらどうだ?」
「え、あ、はい」
唯一空いていたレイナさんの向かいの席に座る。
「い、いただきます」
カクカクとロボットみたいな動きでサラダに手をつける。
もそもそと口を動かしつつも、レイナさんの方に何度も目をやる。
「あの、何か……?」
「ふふ、なんでもないわ。気にしないで」
食事を終えたレイナさんが机に肘を着いてアリシアをジッと見つめていて、堪らずアリシアが俺に助けを求めてきた。
「緊張しちゃってるから、あんまり見つめてやらないでくれ」
「そうなの?」
「……」
アリシアが聞かれるがもうすっかり緊張しきってしまっていて、パンを両手で持って少しづつ食べながら俯いてしまった。
「ほら」
「あ、あら?」
席を立ってレイナさんの近くに言って耳に口を寄せる。
「レイナさんに憧れてたから緊張してるんだよ」
「私に?」
「ああ」
そう伝えると嬉しそうに笑う。
「ねぇ、アリシアさん。あなたとお話したいだけだったの。緊張させてしまったならごめんなさいね?」
「い、いえ、そんな……」
「冒険者だった頃の私を慕ってくれるのは嬉しいけれど、今の私はただの一般人。普通に接して欲しいの。ダメかしら?」
ただの一般人が今なお魔法の研鑽を続けて、そこらの物よりも遥かに質の良い魔法石が作れるのはおかしいと思うけど。
いや、黙っておこう。
「……が、頑張りますっ!」
思い切り顔を上げるが、レイナさんと目が合うと目があっちこっちに動いてまた縮こまった。
「可愛い子ねぇ」
わかる……!!
声を大にして言いたいが、パーティを組んだばかりであまりこういう事は言わない方がいいかと思って口を噤んだ。
「良い子とパーティ組んだわね」
「俺もそう思う」
食事を終えてギルドへと向かう最中、昨日聞けなかった事を思い出した。
「なぁ、変声魔法なんてどこで覚えたんだ?」
正直言って、変声魔法の使い道は対人戦で連携を崩す時に使える程度だろう。
しかし、ギルドもそう言ったクエストをライト達に回していないみたいだし、何に使うのか……。
「……笑わないでくださいね?」
「もちろんだ」
「……猫と、仲良くなりたくて」
「猫と」
「はい」
「仲良く」
「はいぃ……」
口角が上がらないように我慢するが、それでもピクピクと痙攣するように動いてしまう。
「笑わないって言ったじゃないですかー!?」
「い、いや、笑ってない。笑ってないぞ。これは……微笑んだんだ」
「結局笑ってますよね!?」
唸りながら不満そうにジトッと見つめられる。
「こほん……それであんなに猫の声真似が上手かったんだな」
変声魔法は人の声ならまだしも、別の動物の鳴き声を真似できるものではない。
その動物の鳴き声を注意深く聞いて、観察して、何度も練習して出来るようになるものだ。
「ウルさんに手伝ってもらいましたから」
「ああ、なるほど」
ウルは猫の獣人だからか、猫に懐かれやすく、猫と意思疎通をとる事ができる。
猫の鳴き声から感情やどんな事を伝えたいのかを教えて貰って、自分でも猫の言葉で表せるようにしたのか。
「すごいな」
素直に口から出た。
地味な作業な上に結果は猫とある程度の意思疎通が出来るようになって仲良くなれるだけ。いや、猫が好きな人からすれば充分なんだろうが。
ただ、少なくとも俺じゃ絶対にやろうとしないだろうし、出来ないだろう。
「そ、そうですか?」
「ああ、本当にすごいと思うぞ」
「じゃあ良かったらアルさんも……」
「いやぁ、俺にはちょっと出来そうにないかな」
「猫、嫌いですか?」
「猫は好きだけど……」
見つけたらちょっと近くに行って触れるかどうか試すくらいには。ただいつも逃げられてしまう。
「ちょっとだけですから、ね?」
「うぅん……」
昨日もそうだったが、結構押しが強いな。
断るばかりじゃ悪いから少し想像してみる。
変声魔法を使って猫の声真似をする自分……とてつもなく気持ち悪い。ああいうのは可愛い女の子がやるから良いのであって決して俺みたいなのがやるものではない……!!
「ごめん。やっぱりやめておく」
「残念です……」
「ただ、次に練習する時には俺も付き合わせてくれ」
そう言えば、ぱっと顔を上げた。
「一緒に来てくれるんですか?」
「何かおかしかったか……?」
「そんな事はありませんけど、ライトさんとリゼさんは犬派だったのであんまり付き合ってくれなくて……ウルさんも魔法の特訓もあって忙しそうでしたから」
「あいつら犬派だったのか」
今明かされたどうでもいい新事実を知った。
そうして歩いているとようやくギルドが見えてきた。