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第10話 王都に蒔かれたもの

 王都で何の戦いがあったわけでもない。争い事さえ、民は気付かなかった。


 しかし人々は漠然とした不安に飲み込まれていた。


 公爵家の公邸も私邸も国軍が占拠しているのが見えている。固く門を閉ざし、働いている平民達ですら一切中に入れてもらえない。


 シュメルガー、スコット家の騎士団員が贔屓にしていた店は軒並み閑古鳥だ。


 王宮も限られた納入業者だけが国軍の厳戒態勢の監視下において、最低限の荷物を納めているだけ。


 他の貴族家も、似たようなものだ。


 まさに異常事態だった。


 しかも高札も立たなければ、騎士団からの告知も何もない。だから人々は自然とウワサに頼ろうとした。


 どこかしらの貴族の家で働いている者辺りから、多少なりとも噂が漏れてくるのだ。


 しかし、そのどれもが考えられない異常を伝えている。

 

 王国の良心とも言うべき公爵家が反乱を起こしただとか。王家が分裂しただとか、あまつさえ、王子の一人が王を弑逆しようと計っただとか。


 王宮に勤める者が、王の身に何かが起きたことを感じ取り、それがまたウワサとなっている。


 わけの分からない状態だ。だが、しかし、確実に「何か悪いことが起きている」という空気だけが王都を支配していた。


 ある朝、人々は大通りに、沢山の「紙」が貼ってあることに気が付いた。王都の主な大商人の家には、なんらかのカタチで直接、届けられてもいる。



 【英雄、来る!】          

 若き英雄が立つ!          

 王都の混乱を治めるであろう    

 悪は誰か?          

           

          

 そんな紙だ。


 恐るべきことに、極めて上質な紙に、全く同じ文章が書かれていたことに、わかるものは戦慄した。


 こんなことはありえない。紙も同じ、文字も同じ。大店の才ある者は「もう一枚」を手に入れると、重ねて透かして見るものが続出した。


「全く同一だ! ありえない!」


 書かれている内容も内容だ。詳しいことが書かれてないだけに、人々の想像を掻き立てることになった。

 

 人々は、王都のあらゆるところで、この紙をウワサし合った。そして、本当にごく、ごく、ごく、一部の者だけが「高品質で、同一の紙」のことを知っていたのである。


 我が子が、ちょうど王立学園に通っていた、ごく一部の店主達。そのもの達にとって「名誉勲章」と、今回の紙を結びつけるのは必然ですらあったのだ。


 そこがまた、囁かれるウワサに「信頼」を上乗せしていった。


 出所がわからないウワサではあっても、ただ「紙」に書いてある、と言うことが人々に「信じたい」という期待を加速させてのであった。


 そして翌朝、またも「紙」が置かれていた。




 【英雄、立つ!】          

  王都のそばにて立つ!          

  不忠モノをこらしめん        

  弱き悪は近寄れない          

                  

                  

 いったい、これは何なのか?


 その時、酒場の端で、あるいは路地裏で「王都のすぐそばのヨクという場所に、英雄が現れたらしい」というウワサが、囁かれ始めたのだ。


 確かめる間もなく、次の朝、3回目の紙が王都に現れたのだ。



                                 

 【英雄、ヨクより望む】         

  正義が勝つには時間がかかる     

  しかし、必ず勝つものである     

  悪は怯えて手出しなどできない    

         

         

 こと、ここに至って、王都の民達は「どうにも、王宮で何か悪いことがあったらしい」「王を謀る悪い奴が王都にいるらしい」「英雄が、悪を懲らしめようとしている」というウワサが「ほぼ確実な情報だよ」と流れ始めたのだ。


 一度、流れ始めたウワサは、広がるのは速かった。


 そして、そのウワサを聞きつけた、王宮に巣くう者達は、それを許す気にはなれなかった。


 なぜなら……


 王宮の城門に、またしても「紙」が貼られていたからだ。よりもよって城門に貼られてしまうと言う屈辱だ。

         

         

 【英雄は城門に挑戦状を貼った】   

  正義はたとえ多勢に無勢でも     

  必ず勝つものだ         

  弱き悪は王宮で怯えているしかない  

  勝利した者こそが正義である    

          ヨクで待つ!     

         

 

 あからさまな挑発である。


 だが、ゲール王太子は我慢などできなかった。


 しかも、二つの公爵家は当主を人質にして動けぬようにし、ガーネット家はアマンダ王国に手を取られている。


 これで自分たちに逆らうとしたら、まさしく「伯爵家の手勢」どまりに違いない。あるいはガーネット家が加勢するにしても、どのみち力は限られている。


 カーマイン家の本領に攻め込まずとも、この厄介な「ニセ英雄」が王都から5日の場所にいることは、既にわかっていた。近衛騎士団を使って偵察したところ、味方の三分の一にも満たないとある。


「ここで、ウルサいヤツを叩きつぶしておくのも悪くない。例のガキもいるらしいし、ヤツの死体でも義父の前でザクザクに切り刻んでやれば、少しは物忘れも治るかもしれないな」


 公爵家の当主を、さすがに拷問するのは外聞が悪すぎたのだ。だから、両家の秘密の部分を探ることもできてない。


 しかし、頼りにしているはずの「義理の息子」の死体を見せつけ、切り刻んでやれば心を折ることができるかもしれない。


「それに、ガーネット家も早めに叩きつぶしておくべきだからな」


 一人笑うと、ジャンは「できれば、我が領の騎士団が到着するのをお待ちいただいた方が」と低姿勢ながらも抵抗して見せた。


「ふん、生ぬるいな。そもそも、こちらは圧倒的に有利なんだぞ! 敵は遠い道のりを来た分、補給もままならぬはずだ。一気に叩きつぶしてしまうのが最上であろう!」

「しかし……」


 ジャンも、いろいろと「やらかし」はするが、五大侯爵家の当主の一人ではある。その経験から生まれる何かが、今回の一連のウワサに、何かの罠のニオイを感じ取る程度には働いてくれている。


 しかし、ハッキリと、それを指摘できないのがもどかしい。煮え切らない「伯父」であり、協力者でもあるジャンの態度を見て、ゲールは席を立った。


「そちが、そのような態度と言うのなら、よかろう。この程度の相手、私だけでも十分だ。王都に残って、予の活躍を見ておれ!」


 そう言い残したゲール()()()は、さっそうとマントをひらめかせて近衛騎士団の隊舎へと向かったのであった。


 

もちろん、王都でウワサをばら撒いているんも影のお仕事です。

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