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第9話 消えたい


 なんだ? 一体何が起きているんだ?


 それが、オレを含めたオレンジ家の人間達の素直な感想だろう。


 サスティナブル王国で、何の断りも無しに「御三家」と言えば、公爵家であるシュメルガー・スコット・ガーネットの3つの家門を指す。


 その当主3人が一堂に会するのは、王の御前会議か、国家の緊急事態だけだと言われている。


 それは、お互いに嫌っているわけではなくて(たぶんだけど)、国家の安全保障の問題になるからだ。


 それぞれが宰相(財政も担当してる)、法と外務、軍の最上位を握っていて、万が一のことがあれば、互いの職をカバーし合うのが国の定め。だから同時にテロ攻撃を受ければ、あるいは火事などの災害にでも遭ってしまうと国家機能が麻痺する危険性があるってことだ。


 普段、政治的な調整を行うときは、それぞれの担当者を派遣し合うらしい。


 つまり、王の御前でもないのに三人集まるのは、国家の緊急事態を意味しているんだよ。


 その()()()()が、恐ろしいことにリアルタイムで我が家の庭に出現中。


 シュメルガー家のメイド軍団が最初に現れてテントをセッティングした。ほら、運動会なんかで校長先生達がいるみたいな、あんな感じのテントだ。


 今は、そのテントの中で()()が丸いテーブルを囲んでる。


 スコット家のメイド軍団が淹れた紅茶を優雅な姿で飲みながら、()()は楽しそうに談笑中。え? 一人はどうしたって?


 一介の役無し伯爵が、公爵に囲まれて何を喋れと。


 気の小さい父上は、ただひたすら存在を「無」にしようとしてるのは、ここからでもありありとわかる。


 だけど、にこやかな雰囲気のまま三人から何かと話を振られるらしくて、もう顔色は青を通り越して、真っ白だ。


 どうやら公爵同士で話が付いているらしく、テントの中の「接待」はスコット家のメイド達が担当しているらしい。


 さっきまで甲斐甲斐しくセッティングしていたシュメルガー家のメイド達は、テントの横でずらっと「待ち」の姿勢だ。いくらコートを着ているとは言え、この寒さの中を立っているのって、大変そうだ。


 テントの横に並んだ炊事道具でお茶が供されて、テーブルの上には10月限定商品で好評だった「贅沢モンブラン」が並んでいる。あ、可哀想に。他の三人がパクパクとケーキと紅茶を楽しんでいるのに、父上は、ティーカップに手すら伸ばせない。


 一見すると和やかに見える三人だけど、ふと交わされる視線に火花が散っている気がするんだよね。


 そもそも、最初に到着したのはシュメルガー家のノーマン様だ。短く刈り込んだ金髪のイケ親父が家門入りのマントに包まれている。近くには、見るからに「達人」風の護衛が二人。


 次に到着したのはスコット家のリンデロン様。栗色の髪を前に垂らして、そのアメジストの瞳を見せないようにしているから顔色が読めない。ウワサをそのまま信じるわけでもないけど、話を十分の一にしたとしても、明日、我が家を「犯罪者一家」に仕立て上げることくらい、簡単にしてしまいそうな雰囲気をまとっている。


 真っ黒なマントに身を包み、後ろには幽鬼のようにフワッとした雰囲気で立つ護衛。男性か女性かもわからせない衣装は、ちょっとだけ前世の「忍者」を思い起こさせる感じだ。


 最後に到着したのがエルメス様だ。今日のいでたちは、赤い髪を短く後ろで縛って、革の甲冑を着けていた。紫色のマントを羽織っているけど、これは軍の最高責任者(近衛騎士団の副団長を兼務)としての国紋入りではなくて、ガーネット家の「羽を広げた大鷲」の紋章がデカデカと刺繍されている、ド派手なものだ。


 本人が一番強そうなので、果たして護衛と言えるのかわからないけど、ふたりの若い騎士が付き従っていた。


 3人が着けている甲冑には、ふんだんな装飾が施されている。このまま福岡の成人式に登場しても、十分に話題となりそうなほどに目を奪われる姿だ。


 そして、オレは、父上とは全く別の理由で、存在を「無」にしたくてできないでいた。


「はい、ショウ様、大切な(いくさ)の前には、想い人からのハンカチを懐に入れるものだと伺いましたわ」


 そんな風に言いながら、俺の肩に身体をくっつけるようにしたメリッサ様は、革鎧の胸当てに「(家紋)」を刺繍したハンカチを差し込んでくる。


「メリッサ様ほど上手ではございませんけど、私も心を込めてお作りしました」


 反対側から、同じようにして剣に巻き付く蛇を刺繍したハンカチを差し入れてくるのがメロディー様。


 二人とも「家紋を刺繍したハンカチ」を渡す意味を、まさか知らないのかな?


 まさかだよね?


 それとも、オレが聞かされた常識マナーが違うの?


 それは「家を出てもあなたと一緒にいたい」という告白ってことになるはずだけだど、いくらなんでも伯爵家に対して、それはない。後で母上に確認しないと。


『それにしても、これヤバい。女の子ってこんなに良い匂いが』


 ヘンタイじゃないからね!


 二人から薫るフルーツとスズランの香りで包まれるから、フラつきそうなんだよ。


 お腹の下の方からドキドキしちゃうって言うかさ。


 しかも、だ。二人の動きがヤバい。


 革鎧を着けるため、うちの騎士がふたりがかりで縛った分、女性の力でねじ込むのは大変みたいで、ギュッギュッと差し入れようとすると、必然的に身体は密着してしまうわけで……


 ね? 淑女って、男性にくっついちゃいけ無いんじゃないの? 二の腕へのボディタッチもそうだけど、確実に、ふたりの胸が、あの、その、えっと……


 巨大でやわらかな物体AとBが肩に当たるたびに、さりげなく身体を逃がそうとしてるんだけど、ねじ込むのに苦労しているのか、それぞれのお嬢様が身体をさらに密着させてきて、逃げようが無いんだよ。


 ヤバッ。


 お、オレ、悪くないよね?


「ひどいお怪我だけはなさらないでくださいね」

「医師団は連れて参りましたが、看病なら、ぜひ私めが」


 メリッサ様とメロディー様の言葉は優しいけれども、オレが負けるのが前提になってるよね? 


「ね、そろそろいいかな!」


 尖った声は、少し甲高い。


 オレの前に立っている面当て付のカブトからは、燃えるような赤髪がこぼれている。


「ボク、勝負の前に女とデレデレするような軟弱な奴は大嫌いだよ。お父さまに言われた通り、徹底的にたたきのめしてあげるから」


 もうね、お前は少年週刊誌の新規連載かよってな、典型的な戦闘狂が、憎しみの目を燃やして立っているんだ。


 これだと「負けでも良いので、勘弁してください」と言っても許してくれそうにない。


 そして、オレとアテナ様を見渡す位置にいるのは、なぜか、シュメルガー家騎士団の団長であるトヴェルク。


 カイゼル髭を蓄えた長身は「では、ふたりとも、開始線へ」と静かに言った。


 三家の当主と家臣団およそ100。そして、そこかしこの物陰に隠れて見守るウチの家臣団の視線を受け止めながら、木剣を持って立ち上がったんだ。




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