第4話 おうきゅう そち
文中の「G」はドイツ花文字で書かれていますが、なろうは、環境依存文字として試用できないため表記をアルファベットに変えております。
文化祭で残った布と中学の時に使いかけて捨てたアクリル絵の具を出してみた。
文化祭の片付けなんて一気にやったじゃん? 多少使えそうなモノがあっても、残りはバンバン捨てまくった。今から思えば黒歴史かもしれないけど、お化け屋敷を作るのに、ネットで黒布を買ったつもりが間違って「白い布」が届いちゃったんだよね。もう、マッハで隠して、そのまま最終日に捨てたw
でも、さ、今となったら、これ「ウチらの旗」を作るのにちょうど良いじゃんって思ったんだ。
しかし肝心の「絵心」が無いことに気が付いた。いや、何が苦手って、オレって絵だけは描けないんだよ。
じゃあ、純粋に幾何学的な模様ならって考えたら「日の丸」が真っ先に浮かぶのは日本人。でも、さすがにちょっとためらったのと、じゃあ、赤い○の代わりに★の形って思ったら、それじゃ中国になっちゃうしな~って思って打つ手なし。
じゃあ、もう、Gの文字でいーやと思ったけど、普通に書いただけだと物足りない。どうせ、こっちじゃ、誰も読めない「古代文字」だけど、線がシンプルだからね。
それならいっそ、ドイツ花文字だよ! これなら、きっと、変わったマークくらいに思うでしょ。
名案!
「G(フラクトゥールによる「G」)」で行く!
ちなみに「ドイツ花文字」っていうのは、フラクトゥールって言って、ドイツ伝統の書体だ。「亀の甲文字」だとか「ひげ文字」だとか呼ばれている。今でも学生服のエンブレムなんかに使われているヤツを見たことあるだろ? あれだよ。読めそうで読めない、ヘンな線がいっぱい付いてるアルファベット。
歴史ヲタの中学生なら、ドイツ花文字くらいは誰でも一度は通る道。中学の英語の試験で、ついつい、この文字を小テストで使って0点を食らったのは厨二病にありがちなネタだよ!
何色も塗るのは面倒だし、赤一色。ヘタに、茶とか黒で塗ると、カサカサカサカサって音がしそうだもんね……
あ、念のために言っておくと、この世界にはハエはいるけど、アレはいないからね。良かった~ ってことは置いといて。「G」って書いても誰も読めない。単なる模様。「ゴールズ」の頭文字だぜってオレだけがわかる、限り無い自己満。
陥穽…… 違った 完成! 我々の旗だ。
大学時代に一人暮らしで使ったステンレスの物干し竿を出して、くっつけた。
見よ、我らがゴールズを!
旗を掲げて堂々の行進だよ。ゼックスが旗を持ちたがったから、渡したら喜んでくれた。やっぱ目立つのが好きみたい。
何しろ、西の大国の王都・グラだ。徐々に家並みが増えてきて、やがて大通り。こういう時は、堂々としていると、案外と誰も何にも言わないんだよ。オレも驚いたんだけど、グラの中心部に入るまで、ただの一度も誰何されなかった。
それどころか、あっちこっちで、オレ達を見て、次に旗を見たお年寄りが拝むんだ。そこまで「ゴールズ」って名前が売れてる? 年寄り限定? 中身が「宿敵サスティナブル王国の貴族でーす」って言ったら、どんな反応なのかちょっと聞いてみたいね。
それにしても若い人はほとんど見かけない街って不気味だ。
よくわからないけど、ま、いーか。
「あれが、王宮か」
見えてきたよ。
あれ? 誰も茶化さないし、ジョークもないの? なんか、みんな緊張してる? 周辺警戒は怠ってないみたいだけど、あれ? マンチェスターまでソワソワしている。みんなの緊張が馬たちにも伝わってるってこと?
どうしようかなと思っていたら、並んでいる男装のアテナが声をかけてきた。
「安心して。後でご褒美のキスが待ってますからね」
ゾクッとする色気を見せるのが最近のアテナだ。でも、そのウィンクで気が付いた。
なぁ~んだ、オレ自身が緊張していたか。
「ありがと」
「ふふふ」
最近、キスが上手くなったアテナは平常心らしいけど、美少年にしか見えない美少女から「ご褒美のキス」だって、さ。
むふふ。
その気遣いがとっても嬉しい。他人が聞いたら「美少年からご褒美のキス?」って誤解されるかもって思ったら、さらにニヤニヤしてしまった。だって、ボクっ子の甘い声って最高だからさ。もちろん、ご褒美のキスだって、そのままで終わるわけがないよ。そのままベッドへ……
あ、ヤバい、妄想が! このところ野宿続きで、しばらく無かったからさ。切り替え、切り替え。
「アテナは落ち着いているんだね」
「だって、所有者様のことだけを考えているからソワソワする要素なんてないですよ。いつもと同じ。何があっても守りますから」
うん、いー子や~。ずっと連戦で、ベッドで可愛がって上げられなかったけど、これが終わったら……
ヤバッ、もうちょっとでフラグを立てるところだった。
でもさ、国に帰ったら、バネッサにパフパフしてもらって、メリッサに甘やかしてもらって、メロディーに…… やばい ヤバい やばい!
だからフラグは禁止。
さて、王城だ。気持ちを切り替えるよ!
「我々は、独立部隊・ゴールズ。所用があってまかり越した!」
門番に堂々と宣言。
「貴兄らが、あのゴールズ ちょ、ちょっと待ちたまえ」
あ~ 確かに手薄っぽい。門番が慌てて引っ込んじゃったもん。男爵家あたりならともかく、王宮に門番が一人なんてありえない。
『マジで、門番まで補給にかり出されているってわけか』
この間、助けたオジさんも、普段は門番をやってるっていってたし。
このまま押し入ることもできたけど、できる限りトラブルは少なくしたいから、黙って待ったよ、
「とりあえず、馬をつなぎたいんで、中に入れていただいて良いですか? ここだといろいろと邪魔になっちゃうし」
いくらすっからかんの王宮だって、真っ昼間に人の出入りが無いわけが無いっていうか、オレ達の騒ぎを物珍しそうに見ている人が増えてきたよ。
「わかった。とにかく、中に入っていただこう。代表の者はこちらに」
「あ~ そういうの、いいんで。じゃあ、入りますよぉ。こっちかな?」
「こ、こら! 待て! そんな勝手な!」
ギャアギャア騒ぐオッサンを無視して、全員で中に入る。
通せんぼをしたいところだろうけど、馬の前に立つのはけっこう勇気が必要なんだ。しかも、こっちは50頭からの騎馬隊だ。普通の人には無理。
初めから敵だとわかっていれば違う対応も取れる。それにベストの王宮なら、たちまち腕利きの衛兵が飛びかかってきたはずだ。
けれども、人手不足が明らかな王宮に、なまじこっちが名乗って「上から目線の訪問」の体をとっているからね。しかも「今評判のゴールズ」というウワサを明らかに門番は知っていた。
手薄な上に、薄氷を踏む思いで補給線を保たせようとしているところだ。「これ以上、何も起きないでくれ」という恒常性バイアスが加わっているから、これでいきなり、オレ達に「無礼者!」ってな感じで切りつけてくるのは無理。
この場合、日本人的なへりくだった対応は逆効果。できるかぎり貴族的な態度で相手を見下して、堂々としていればしているほど、相手にとっては「どうしよう」が高まることになる。
かくして、オレ達は、王宮に乗り込んだんだ。
異世界モノのアニメなんかだと、お城の門をくぐって、すぐ王宮内に入れるだろ? だけど、普通の城で「城門がひとつだけ」なんてありえないんだよ。外壁を越されても、内壁、宮殿本体と防御できるように、最低でも3つの関門を作って当然だ。
まして王城だよ。
二の門、三の門と騎馬で通過した。あいからず、オッサンが横からギャアギャア騒いでるけど、かえって好都合。
だって、横についたオッサンがわめいているってことは「何か無礼があるけど、敵ではない」って判断できちゃうからだ。案の定、緊急で門を閉めようなんてことを考えている人はいなかった。
この辺りは、人間の心理というヤツだよ。
四の門を通過すると、もはや「城内」だ。目の前に、まさに宮殿の建物が見えている。
サスティナブル王国人において、使者以外で入った最奥記録じゃないかな?
さすがに、オッサンも、このまま宮殿に入れたら、本気で不味いと思ったらしい、
「衛兵!」
と叫ぶのを無視して、宮殿の入り口に立つと、迎え撃つように衛兵が出てきた。
「え? こんなちょっとしか来ないの?」
並んだのは十数人。鈎付き槍を構えているけど、ちょっとへっぴり腰かなぁ。
ゆっくり近づいてから、上から目線。
「そこな下郎! 我の道を塞ぐとはなんたる狼藉!」
あ~ 戸惑ってるw
そりゃねぇ、衛兵が呼ばれて立ち塞がってみたら、相手は立ち向かってくるどころか上から目線で怒鳴りつけてくるんだもん。
しかもこちらは槍を構えようともしてない。鎧も着けてない。これじゃあ「戦闘モード」とはとても言えない姿だ。
お互い顔を見合わせてるよ。そりゃ、本来は「敵」がこんなところに来ているわけがないって言うのが彼らの常識だ。
これで、頭を切り替えて「敵認定」ができたら、ある意味尊敬ものだね。
「すぐさま、お呼びしろ。我らはここで待つ」
彼らの職務からしたら、黙って槍を突いてくるのが正しいんだよ? でもさ、相手は50頭以上もいる騎馬隊だ。絶対に勝てない。しかも、相手は攻撃をしてくるんじゃなくて「(誰かを)呼んでこい」って言ってるわけだ。
これで死ぬ気でかかって行かれるヤツは、本当の意味での忠臣か、頭のネジが何本か飛んでいるヤツだけだと思うよ。
三分ごとに「早くしろ」「遅い!」と怒鳴り付けてたら、二度目からは「申し訳ありません。しばらくお待ちください」って、尊敬語になった。
なんか、勝ったw
そして、三回目の「何をやっている」と怒鳴ったところで「あいや、待たせた」と偉い感じの人が出てきた。
下っ端っぽい人が「国教務様が?」って口走っちゃった。あら~ こういう時に、先にバラしちゃダメだよ? 暗殺者だったらどうするの?
ってことはおくびにも出さず、ハンドサイン。
バッと、全員が下馬した瞬間、動きに反応して衛兵達が槍を構え直した。
そこには目もくれず、傍らのツェーンに槍を渡すと貴族式の礼をするオレ。
「国教務大臣様とお見受けいたします」
一転してジェントルマン。
明らかに相手は戸惑ってる。
何しろ、今までと違って、本日のいでたちは「ダメージジーンズにくたびれたワークシャツ姿」だもん。このまま高尾山くらい登れる感じ。
こっちの感覚だと「山賊の親方」みたいな品のない形をした男が、礼儀知らずにも王宮に馬で乗り付け、さっきまで横柄に叫んでいたかと思うと、貴族式の礼法。
これで、相手の正体を見破れるなら、この人エスパーだよ。
「その方らか、ゴールズとか名乗っているのは……」
言葉を切った国教務大臣は、オレの後ろに目を剥いてる。
チラッと確認すると、今朝でっち上げたばかりの「G」の旗。え? やっぱカッコイイ?
「その旗は、いかにした?」
「王宮を訪問するに当たり、今朝、ひらめいて私が作りました」
えっへん。
幼稚園以来、絵が褒められたことなんて全くなかったからね。褒めてくれて良いよ~
ちなみに、幼稚園の先生に褒めてもらった絵のタイトルは「雪」。画用紙一杯に、白いクレヨンを丸々一本使って塗りまくった労作だ。先生は、ちょっとだけ間を開けてから「頑張ったね」って褒めてくれたよ。アレが後にも先にも人生で唯一褒められた絵だい!
オレの苦心の作品を見つめていた国教務大臣は、目を見開いて見つめた後、慌てて向き直った。
「作った…… そんな、まさか。いや、そんなことは、まさか…… ま、待っておれ、いや、待っていてください! お願いします、少しだけお待ちください!」
なんか、こっちの返事も聞かずにダッシュで奥に消えていった。衛兵達もぽかーんと口を開けてる。
どーすんだよ、この時間。
衛兵と目が合って、スゲー気まずい。
気まずいのは、後ろの仲間達からの圧力も同じ事。
あまりにも予定と違っているせいか「どーすんの?」って感じだ。
だってさ、さすがに予想外だったんだよ、この展開は。
本来なら、せっかく出てきてくれた国教務大臣を人質にとって、国王の間まで侵入ってストーリーを考えてたんだ。ホントに、ついさっきまで全員が、いつ槍を振り回そうかとか、室内用に剣に切り替えるタイミングはとか、考えていたんだぜ?
オレは見てないけど、ノインの指示で倒す衛兵の分担をハンドサインで決めてたはずなんだよ。
それなのに、突然発生した「待ち」の時間って何? この間に、戦力を揃えてくるってなハッタリだったら、そりゃ役者として褒めるけど、どうにも、そんな感じがしないんだ。
5分ほどで、ギャアギャアいう声が奥から近づいてきた。
「とにかく、ごらんください」
不機嫌の絶頂という顔の三人のデブが連れ出されてきた。
こっちを無視して、衛兵達が一斉に跪いたところを見ると、オレ達は既に「敵認定」ではないらしいのがちょっと笑える。
古今東西、宗教的に偉そうな人って服装が「偉そう」な感じで派手になるか、シンプルな極致に行くかの二択だよね。
そして、コイツらはやたらとジャラジャラしたモノを身につけた方向性だった。
アマンダ王国で動き回っている間に見かけた司教さん達の多くは痩せて、シンプルだったから好感を持っていたんだけどな。
現代日本ならいざ知らず、食べ物が少ないこの世界で、ここまで太れるってのは、もう、それだけで「ダメ」って思っちゃうよ。
「お前達は、なぜ跪かぬ!」
ヒステリックにわめくオッサン。
「えっと、アンタ、誰?」
ワザと指を指して、ぞんざいに聞いてあげる。ま、王宮にいて、国教務大臣が引っ張り出してきたんだから、予想はしているけど、まずは怒らせないとね。
「あ、あ、あ、あんただと?」
「誰だかわからぬ人に跪けとか、ありえないでしょ? アンタ、バカなの?」
「バ、バカとは!」
「で、何の用なの?」
本来は、向こうが出すべき言葉だけど、このシチュなら、先に言っちゃった方が勝ちだよね。
「国教務大臣様におかれましては、このような者達に、何をさせようとなさっておいででしょうか?」
今度は涼やかに喋って見せたから、さらに激オコ。そりゃ、自分が差別されることになれてる感じじゃないものね。
国教務大臣様は、激昂して言葉を喪ったデブに「猊下、それよりもあれを」とオレ達の旗を指してみせる
そして、オレの方に顔を向けると、こちらの方々はと、紹介してくれた。
「こちらがアレキサンダル2世猊下。あちらにおられるのがヤブレジャージ4世猊下と、グレゴリラ6世猊下だ」
「となると、その三人が中央司祭様だと?」
「そう、申しておる」
「その証拠は、どこにありますか」
「はぁ?」
今度は国教務大臣さんの声が裏返った。
「中央司祭様は、この国の、いや、世界全てのグレーヌ教の誇りとなるべきお方のはず。なぜ、そのように醜く太っている方なのですか? 怠惰な証拠のその身体。ローディングの民は、そのように醜い身体をした民が一人でもおりましょうか?」
「ぐぬぬぬぬ」
ははは。顔真っ赤だよ?
「と、ともかく、この方々が本物の中央司祭様であることは、国教務大臣であるこのシュターテンが保証する。こちらが尋ねたいのはその旗だ。なぜ、グレーヌの旗を用いる? そもそも、その文字の本来の形は教典にも載せてない。一般の教典にあるのは簡略化したものだ。この形は我々のようなごく一部しか知らないはずなのだ。先ほど、そなたが作った旗だと言ったな? なぜ、その文字が書けたのかを知りたい」
「あー えっと、思いついちゃったので」
「思いついただと?」
「はい。突然、ひらめいちゃったので。ってことは、これは神の思し召しかも知れませんね」
「う、ウソを申すな、ウソを!」
アキレサンダル君がわめいてきたw
あっちこっちの物陰から見てる人が増えたし、ここは見せなきゃだよね。
ツカツカツカ
大股で歩み寄って、アキレ君を投げ飛ばす。
「えええええ」
今や完全に見物人と化した衛兵がびっくりして叫んでる。
オイ、衛兵、オレは面倒がなくて助かるけど、仕事しなくていいのか?
クソ重い身体が地上に伸びた瞬間、ヤツの豪華な衣装を切り裂いた。
「みなの者! 見よ! ローディングに参加もせず、ブクブクと肥え太った腹をグレーヌの神はお認めになるのかどうか? 真実の目で見極めよ!」
「お、おのれ! こやつを引っ捕らえろ!」
次の瞬間、ノインがザクッと一刺し。問答無用だよ。
それを合図に、二人のデブをフュンフとツェーンが槍で一撃。
「こうしている間も、ローディングに参加した民の命が危ないのだ! 我の使命は彼らの命を救うこと! 諸君の友人、家族、親も子も、命の危機だ。それを知っていよう? この者達は、何をなしたのだ? 何もしてこなかった! 我らだけが彼らを救える!」
誰一人、動けなかった。
いや~ この状況で下手に動けないよね。仮に衛兵が我を取り戻したとして、刃を向けてないけど国教務大臣は無防備なことに、オレ達のど真ん中だ。しかも「ローディングの民を救うこと」は誰もが願っていること。
出る杭は打たれるけど、出過ぎた杭を打てるヤツって少ないんだよ。
「国教務大臣よ、我は望む。ローディングの民を救うことを。国王陛下の元へ、お通し願おう」
その時、シュターテン国教務大臣が何を考えたのかはわからない。
しかし、ゆっくりと呼吸を3回した後「わかった」と静かに答えたんだ。
通常、王宮の警備がこのようになることはありえないし、王都を警備する兵士がいないこともありえません。しかし、ローディングに参加するために兵士が多数抜けた上に、補給体制に人員を搾り取られた結果として、王宮のことがお留守になっていました。
その話は、前回「門番だった」オジさんが話してくれました。
当然ながらハッタリだけで交渉できるはずもなく、ショウ君が狙うのは「砲艦外交」です。