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第52話 お忍び旅行 2


 出会いは、確かに緊迫した形だった。


 けれども、父上よりも遙かに年上に見えるブロック男爵は、さすがに西部という厳しい地域で生きてきただけはある。あっと言う間に和やかな空気に変えてくれた。


 これが「場持ちをする」というのだろうか、まさに年の功ってやつだ。


 年齢が離れていても共通の話題なんていくらでもあるよ。ブロック男爵も貴族の一員として、かつては王立学園で学んだことがあるんだからね。それにシュメルガー家の老公の話なんてのも出てきて興味深かった。


 どうやら、老公の若いときに指揮する戦場に参加したことがあるらしい。


 すげぇなぁ。どう見ても、初老のにこやかなオッサンが戦場経験者なんだもんね。


 まあ、そういう和やかな場には「甘いもの」が有効だよね。


 スキを見て、ドーナツを呼び寄せた。サッとメイドが食器とシルバーを用意したのを見て「スゲぇ、優秀じゃん」と思ってしまった。


 西部の貴族邸で雇われるというのは基本的に「憧れの就職先」だ。特に女性において現実的な選択肢の中では大出世扱いだ。それだけに人数は少なくても、少数精鋭というワケなのだろう。


 出したドーナツを当然のようにメイドが毒味をしたあとで、ブロック男爵も食べる。


 そして、予定通りの満面の笑みである。


「あ、そうだ、持って来過ぎちゃったんだ。どのみち今日中に食べなきゃなので、良かったら、こっちをみなさんで召し上がれ」


 そう言って、毒味役のメイドに、5個入りの紙箱ごと渡す。


 一瞬、ブロック男爵が微妙な表情をしたけど「男爵様とご家族には、このように」とさらに紙箱2つを渡すと満面の笑みだ。


 へへへ。


 冷静に考えたら「お前の背嚢は、どんだけドーナツが入っているんだよ」と突っ込むところだろうけど「甘味」が差し出されてしまえば、大部分は割引される…… と信じよう。


 ともかく、いつのまにか第一夫人や第二夫人、息子達(ウチの父上と同じくらいの年だよ)、そして孫達が取り巻いていた。


 その数、全部で20人。ヤバッと思って「実は、ご家族のみなさま用は別に用意してありまして」と追加のドーナツを5箱だよ。


 明らかに背嚢リュックの容量を超えているんだけど、それは誰も突っ込まない。唯一、リーゼと同じくらいの子が、不思議そうにリュックを見つめていたよ。


 なんでだろーねー


 きっと、彼女が生涯、悩むに違いない。リュックを開けるとドーナツが一つ、もう一回開けるとドーナツが五つってね。


 あ、替え歌じゃないからね、韻も踏んでないし、音数も違うんで。ヘンな連想をしないようにねw てへっ。


 そして「ドーナッツ効果」とも言うべきか、それとも「西部に近い公爵様からの紹介状」の威力なのか、ぜひ泊まっていくように勧められたんだ。


 しかも、男爵はいきなり「売り込みモード」だよ。


「これが孫娘でしてね。来年、王都へと出してやろうと思ってます。できれば、ショウ子爵殿から、王都の話などを聞かせてやっていただけ無いだろうか」


 キタ━(・∀・)━!!!!


「いえ、私なんて、全然王都のことなんてわからなくて」


 マジなんだよ。学園生活とみんなとのイチャラブで忙しくて、街で遊んでいる時間なんてほとんどなかったんだよ。


 ガーネット領に出発する前は、王宮にほぼ監禁されてたしね。


「若き子爵様の才が素晴らしきものであったと、栄誉勲章の話とともに、お噂はこの辺境にまで届いておりますぞ」

「辺境だなんて」

「いやいや。この界隈だと生まれも育ちもずっと西部のまま。生涯王都を知らない人間がザラにいますからな。なぁに、かくいう私と妻も、息子達に任せっきりで、もはやいつ行ったのか覚えてないほどです」


 まあ、貴族の馬車だと騎馬の三倍はかかる。往復数ヶ月かかるんじゃ、時間も金も回せないよね。


「王国にとって西部は重要ですからね。それに、私の妻の一人はハーバルの娘です」

「そうだったのですね。いかがですか? 王都にはお綺麗なお身内が大勢いらっしゃるそうですが、だからこそ旅先ではご不自由でしょう。なあに、田舎貴族ですから、こちらでの思い出の一夜とでもお思いいただいて」


 ニコニコ。


 さすがにそれ以上露骨になれば、貴族の「ソフィスティケート」を超えた表現になってしまう。


 男爵がハハハと笑うと、息子達も笑顔で家長の意見に同意してますと無言のメッセージだ。


 ここは悩みどころだ。


 オレがガーネット家とのつながりがある以上、ブロック男爵にとってのメリットは計り知れないんだよ。たとえ、二度と会わない「ご落胤」を残すだけでも、この後十数年にわたって「ガーネット家の娘を我が物とした、王国きっての成り上がり子爵」とのつながりができるんだ。


 向こうからしたら、逃す「手」なんて絶対に考えないよね。


 おそらく、客間に現れるまでに、オレの値踏みがされていたはず。だからこそ、こうして囲む家族はあからさまな笑顔を見せているし、オレのすぐ隣に着飾って座らされているお孫ちゃんの顔が赤いんだ。


 いや、この子クリスよりも年下っぽいんだけど?


 確かに身体は大きいし、ついでに言っちゃえば、貴族によくあるように遺伝なのかとっても綺麗な子だ。


 おそらく、胸のサイズを除けば細身のメリッサ達と遜色ない体格だけど……


「来年、入学かい?」


 笑顔で、さりげなく年齢を……


「来年、王都に行かせていただけることになっています。子爵様!」


 俺に話しかけられて嬉しいのか、ふわっと花が咲いたような笑顔を見せてくれたのは、一番年長のお孫さんであるアーシュライラちゃんだ。


 えっと、入学が12歳で、遠隔地の貴族は入学の前の年に王都入りするわけで……


 今、10歳かよ! さすがに、それはちょっと。


 いや「産める身体」なのかもしれないけど、さすがに、それはヤバい。前世の記憶がストップをかけてくるよ。


 一方で、こういうケースで断れば角が立つのだと信号を出しているのは、こちらの世界で生まれ育ってきた「ショウ・・ライアン=カーマイン」としての感覚だ。


 正直困った。


 いや、単純に言えば、男の子だもん、嬉しいよ? でも、あとからメリッサに喋るときのことを考えると、ちょとっとね。


 さて、どうやって断ろうか。


 持病のしゃくが、じゃ通じないだろうしなぁ~ 


 その時だった。


 ドアの向こうで何かの叫び声が上がったんだ。


 半鐘が打ち鳴らされている。


 ん? なんだ? 火事かなんか? 


 瞬時に息子達が立ち上がり、男爵は「申し訳ないが、中座させていただきたく存じます。お許しいただけますか、子爵様」と詫びてきた。


 一応、オレの方が上位だから、そういう感じになるんだよ。


「構いませんが、何が起きてます?」


 一礼をして息子達があたふたと飛び出していった後、ブロック男爵は、ため息をつくように言った。


「せっかくご訪問いただいたのに申し訳ございません。北の連中が、襲撃してきたようです」

「情勢は?」

「この半鐘の鳴り方だと、おそらくは通常規模。50程度とだと思われます」


 徹底的な戦闘種族でもある「北方の騎馬民族」は、独自の文明的な産出を極端に抑えている代わりに、徹底して「奪う」ことで生活を成り立たせているんだ。


 彼らが狙うのは生活必需品に、鉄製品。そして…… 人質だった。


 人質が女であれば、いろいろとご利用になることもある。特に見た目が良く、若い女は引っ張りだこらしい。


 だが、それ以外の人質も「身代金」を奪うためには最高の得物だと知っているんだ。


 ヤツらはそうやって現金収入を得た後、ごく限られた行商人から塩や穀物を手に入れているって話だ。


 そして、騎馬同士の戦いにおいて、サスティナブル王国の騎士を倍以上を揃えても勝てないというのが常識だった。


 だからこそ、こうして「逃げ込むべき城」を作っているんだろう。


 即座に立ち上がって「私も参ります」と部屋を一緒に出る。もちろん、ブロック男爵は、止めようとしたが、断固として撥ね付ければ、儀礼上オレを留めることなんてできないのが貴族の掟だ。


 城門の前に出ると、三羽ガラスが既に待機していた。


「こちらの戦力は?」


 ツェーンが「騎馬が上を見ても20、城壁を守れるのが侍従っぽい男達も入れて50ってところですね」と、スラスラと答えてくれる。


「配置はこうなってます」

 

 フュンフが、地面の土に、棒で簡単に説明してくれる。


「襲撃は、今年初めてらしいです。まだ、東の村からの避難が終わってないとかで、見捨てるかどうしようかという話になってます。おそらく間に合わないかと」


 と、誰かから情報を仕入れてきたゼックスだ。


 う~ん、倍でも敵わない相手に、騎馬隊がヤツらの半分以下かよ。


 さて、どうしようかな。


「連中が来たぞ!」

「避難してくるヤツらが見えた!」


 わ~ 野球なら同時はセーフだけど、逃げ込むときに同時はアウトなんだよ。だって、門を閉じきる前に敵が一騎でも入って来たら、閉じきれなくなるのが目に見えているからね。


「早く! 早く来るんだ!」

 

 壁に登ったオッサン達が、目一杯叫んでる。


「会敵までの余裕は?」

「上を見ても5分」

「そんだけあれば、何とかなるかな。ゼックス、守備隊の隊長さんを呼んで。うん、子爵権限でも、ガーネット騎士団の権威でも何でも使って良いから」


 ツベコベ意見を言わせる時間なんて無いんだよ。


 見てられなくなった何騎かが無謀を承知で飛び出した。親から渡された子どもだけ両手で抱え上げて、ターンだ。


 上手い。これは助かる。


「じゃ、用意は良い?」


 最初、この領地に着いたオレを「出迎えて」くれたのは、ブロック男爵の守備隊長でもあるルへさんだった。


 まだ完全に納得は行ってないみたいだけど、これが貴族というモノのやむを得ないところ。有無を言わせずに命令を聞いてもらわないとね。


「準備は良い?」

「怠りなく!」

「よし、ツェーン、カウントダウンだ!」


 タイミング的には逃げ込んだ人と一緒に、敵の最初の数騎がなだれ込んでくる。


 城門前の緊張がピークになった時、避難民が駆け込んできた。


 おそらくは5家族30人もいないのだろう。


 途中で荷物を全て振り捨てて、ドドドドっと必死になって逃げ込んでくる。最後に入って来た人達を追いこすように、敵の騎馬3騎。

 

 壁の上から矢を放ってるけど、そんなの牽制にもなってない。


「おぉおほっほー」

 

 勝ちを確信しての叫び声は、門を通った瞬間に「ぎゃっ」というヒキガエルを潰したような声三発に変わった。


 城門の両サイドに隠れていた守備隊がちょうど首の高さに張ったテグスに引っかかったんだ。


 透明な糸は、そのつもりになって見ない限りは不可視の糸だよ。いくら優れた乗り手でも、いきなり首を引っ掛けられたら、逃げようがないよね。


 もんどり打って馬から転げ落ちてくる三人。


 転げ落ちた敵は、よってたかってなぶり殺し。馬から下りれば、槍で突き刺し放題だもんね。大成功。


 しかし、テグスのテンションだと、二度目は無理。


 次の5騎が一気になだれ込んでこようとする。門を閉じる時間は無い。


「次、さん、にぃー 今!」


 城門の上からブルーシートをバッと垂らして視界奪う。もちろん、そんなモノで騎馬民族が止まるわけがない。走りながら槍で切り裂こうとしたときだった。


 轟音とともに、今度は馬ごと5騎が吹っ飛ばされた。


 へへへ~


 上から視界を奪ったのは、おとりさ。ヤツらの注意を引きつける役割。いわばミスディレクションだ。


 本命は足下40センチに張った有刺鉄線の三重張り。昔、空き地にあった「破れ果てた有刺鉄線」を見ておいて良かった~


 もちろんオレの背嚢から取り出したよ! すごいね。ドーナツだけじゃなくて有刺鉄線もテグスも、ブルーシートまで入ってるw


 さっきのリーゼみたいな年の子は、きっと中を見たくてムズムズしてるだろうなぁ~


 ってのを考えるのは、瞬時。


 閉もーん!


 閉じろ、モンだ、門を閉じろ! 


 一斉に門を押して閉じると、カンヌキをかける。


 うぉおおおお!


 守備隊のみなさんが大歓声だ。


 一方で、先乗りの8騎がやられたのが見えてたのだろう。


 あちらは、閉じる門をみすみす見送っていた本隊の連中だ。


 やりぃいいい!


 中ですっころんだ連中は、ただでさえ虫の息。次の瞬間「ムシのように」叩きつぶされて、終了だよ。あ~あ、憎しみの的になったせいか、それぞれが「ウニ」みたいになっちゃってるよ。あ、トゲじゃなくて、槍やら矢が刺さっているんだけどさ。


 ふう~ これじゃあ、人質に使えないなぁ。


 壁の外から睨んでくる約40騎。


 忌々しそうだ。


 そこにやってきたのは、守備隊長のルへさんだ。


「さすが、子爵様。お見事な策でございました!」


 なんか掌返し? 手放しに褒めてくれる。これ、油断すると抱きついてきそうだよね。


 あ、守備隊のみんなが感謝の気持ちで頭を下げてくれてる。


 いーの、いーの。貴族の役目なんで。


「さきほどの作戦。さすがでございますな」


 ブロック男爵が、深々と頭を下げて、オレの指揮ぶりまで褒め始めてくれようとしたら、慌てて遮ったよ。


「まだ、戦は終わってませんよ」

「え? しかし、こちらに逃げ込んでしまえば、連中は手出しができませんので、もう、安心かと」

「いや、あと10騎くらいは痛い思いをしてもらいましょうか。ま、そこで懲りてくれないでしょうけど」

「しかし、連中の数では、ここにいる全員が死兵となって立ち向かっても無理が」

「あ~ 大丈夫です。守備的な攻撃ってやつですよ。このまま、任せていただいても?」

「しかし」

「味方になるべく損害を与えないようにしますから」

「本当に、被害は出ないのでしょうな?」

「作戦に絶対はないですけど、ま、やってみても損はないと思います」


 にこやかに目を見つめると、ブロック男爵は、目を逸らした。


 勝った……


「ま、悪いようにはしませんから。いっちょう、殺戮に励みましょーかー!」


 オレの笑顔を、困った顔で見つめるブロック男爵は、なんだか情けないオッサンの顔になっていた。




 



 





 

 


 



馬の習性を知っていると、この世界の馬は明らかに弱いモノがあるんです。元々繊細な生き物ですからね。近代に入って軍用に使われた馬は、そういう「弱点」を克服するために、たいへんなトレーニングが必要だったそうです。



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