第98話 ワナ、わな、罠!
時間を少々遡って、6月20日
ここは、旧ガバイヤ王国との境にあった自由国境地帯。別名「隘路交錯地域」である。
「ガッキーン」
「ガンッ」
「バキンッ」
「うぉおおお!」
「ぐおぅ!」
曲がりくねった隘路を作り出す山々に、金属のぶつかる音、兵の上げる雄叫び、怒号がこだましていた。
この前線は、隘路の幅がほんの50メートルほどしかない。そこに両軍が投入した兵力は、双方共に200ほど。予備隊を併せても500人ほどである。
一度に戦える兵は60人ほどなので「順番待ち」状態だが、大事なのは隘路を押し切ることである。
その先にある空間に「攻勢」で押し込めば、一気に勝利なのだ。
この戦場において、さっきから下がり続けているのはサスティナブル帝国軍である。
あまりのことに見かねたのか、伯爵位を持つアンスバッハ司令が、自ら前線に現れたのが先ほど。
兵を直接指揮し、鼓舞していた。
「よーし。もう少しだ。もう少し持ちこたえろよ」
サスティナブル帝国の弱兵は、大陸では有名だった。かつての強国、ガバイヤ王国兵は言うに及ばず、サウザンド連合王国兵からも「サスティナブル軍の半分なら、こっちに勝ち目がある」とまで言われてきたほどだ。
まして、狭い場所で戦うと、兵の質の差がモロに出る。
兵力の大量投入によって戦力差を埋める作戦がとれないサスティナブル帝国軍に、シーランダー王国の兵は押しまくっていた。
これまでシーランダー王国軍は「侵略してきた敵を誘い込み、用意した罠で削る」という作戦をとっていた。
そうなると、サスティナブル帝国軍が攻勢一方に見えてしまう。しかも、サスティナブル帝国軍指揮官、アンスバッハは慎重に軍を進めてきた。
せっかく仕掛けた罠は、手堅い用兵術や徹底した奇襲防止戦術で無効化されてしまう。シーランダー王国側は、用意虚しく、ジリジリと受身一方だったのだ。
これでは「削る」どころではない。しかも、相手を誘い込む必要があるから、形としては「負けっぱなし」だ。
腕に自信があるシーランダーの兵としては「あんな弱い連中を相手にするなら、本気でやらせてくれ。必ず勝ってみせるから」と鬱憤がたまり続けて爆発寸前だ。
シーランダー王国軍大本営は、クルシュナ王の帰還を知って、方針を変えた。一つには、兵の不満を恐れた前線指揮官の意見が重く見たからだという。
「攻勢に転じ、戦線を押し戻すべし」
ニュートーキョーから「進軍を許可する」という指令を受け、各戦線で進軍を開始したのが昨日である。
今までの鬱憤を一気に晴らすべく、昨日から、押しまくっていた。
あと一息!
誰もがそう思って目の色を変えている。
しかし、敵は司令官のアンスバッハが前戦に出てきただけはある。シーランダー王国軍が「あとちょっとで崩せる」と思った瞬間、必ず指示が飛ぶのである。
「右ぃ! 予備隊を20出せ。そうだ。何とか支えろ! 左、無理するな。予備隊とそっくり入れ替われ」
ギリギリで持ち直してしまうのだ。
崩せそうで崩せない。普通なら一気に崩れるところだが、一人ずつに目配りする司令の指揮が冴え渡っているとしか思えなかった。
逆に、シーランダー王国軍の方面指揮官は、さっきから歯がみするばかり。
「くそっ。やっと攻勢の許可が出たのに。この程度も崩せんとは、なんたる失態!」
とは言え、朝から100メートル以上も戦線を押し込んでいる。早くも、本日二つ目の隘路――谷を抜けるための細道――を通過しようとしていた。
「あと少し!」
指揮官は、すかさず「おせ! おせ! おせ!」と叫んだ。この狭い場所さえ抜ければ、この勢いで一気に包囲殲滅戦に持ち込める。
指揮官の声で、シーランダー王国軍の兵たちにも、敵兵の背後に空間の広がりが見えたのだろう。
戦っている兵にとっても「あそこまで」と思えば、槍を振るう手にも力が入ろうというもの。
勢いが加速した。
「へへへ。今度こそ、今度こそだ!」
「うらぁ!」
「これでもくらえ、うぉおおお!」
「今までのうっぷん。食らいやがれ!」
「おらぁ! どうだ!」
サスティナブル帝国軍が下がり続け、ついに、後ろ側が隘路をはみ出てしまった時だった。
「ひけぇええ! 命の限り逃げよ!」
アンスバッハが真っ先に、身を翻して走ったのだ。
見事な逃げっぷりだ、などと感想を持つ者は一人もいない。
司令官を追い抜かさんとばかりに逃げるサスティナブル兵を、一気に追いかけた。
「この野郎! まてぇえ!」
何人か、引き倒せたヤツを殺しているヒマなどない。踏んづけて、ガンガン追いかける。
「よし、その先で、一気に包囲せよ!」
シーランダー王国軍の指揮官は、ここぞとばかりに予備隊を全て投入した。
手元に残るは数名の副官と当番兵だけの状態だ。
しかも、自らも兵の後を追って走った。
『あれは、確かに敵司令官だ。これを捕まえれば、大戦果。オレは出世間違い無しだ!』
前方で兵たちが隘路を抜けたのが見えた瞬間だった。
声なき怒声が山々から降ってくる錯覚だ。
土砂が崩れる音。
「え? え? え?」
ありえない。
頭の高さほどにあった山肌の茂みが次々と崩れ落ちていく。
崩れ落ちた空間には敵兵が満ちていた。
「マイセン、ここにあり! 者ども、敵は袋の鼠よ! いけぇええ!」
驚愕しつつも、シーランダー軍の指揮官はとっさに敵の「弱点」を見つけた。
「ふん、奇襲のつもりか? 鎧を着込んで、そんな高さから飛び降りられるわけが――な、なんで飛び降りてくるんだよ!」
この世界のフルプレートは三十キロを超える。そんなものを着たまま、あの高さから飛び降りれば、普通は即座に足が折れるはずだ。折れないまでも、倒れれば起き上がれないだろう。
それが常識だ。しかるに、平気で飛び降りるとは……
「あれは、軽いのか? 普通の鎧と光沢が多少違うが、まさかそんなに軽い?」
司令官のとっさの判断は半分正解であった。
マイセンたちはチェインメイルを着込んだ上に、超々ジュラルミン製の鎧を着込んでいたのだ。
これこそが、この作戦に投入された新兵器である。
フル装備に近い防御力で、重さは従来の三分の一ほどしかない。
したがって、1メートルくらい飛び降りてもどうということはないのだ。
「罠だと……」
自分たちが仕掛けた時に、サスティナブル帝国は罠にかからず、いざ、自分達が攻めれば、こんな罠を仕掛けてくるなんて……
シーランダー王国軍は、その日、隘路交錯地域と呼ばれる各戦線で、奇襲に次ぐ奇襲をしかけられ、這々の体で逃げ出すしかなかったのである。
超々ジュラルミンというのは、ちょっと前の少年野球用のバットに使われています。鉄の三分の一以下の重さで、飛行機の材料にも使える強度を誇ります。かな~り前に、ショウ君がオレンジ領で出していましたね!




