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第24話 格式

この作品はカクヨム様で先行公開中です

 本日は難物中の難物であるフォルテッシモ家だ。


 なにしろ、当主が王宮に来ないことで有名って……


 なんじゃそりゃ?


「フォルテッシモ家の当主のアーサー・フレデリック=アルバートは、ずっと王都に住んでいる。領都であるパウラにも豪壮な宮殿まがいの邸を持っているが、そちらには全く顔を見せない。妻、側室全員が王都だ。社交の場以外で、王宮に姿を見せるのは私達(公爵)だけの時であるか、王との対面が前提の時だけ。他は全て息子のドルドに任せているみたいだね。私達も、事実上、ドルド氏と話をすることの方が多いくらいだよ」

「領地のことは家令と政務官に任せていて、貴族としての務めは全て息子に任せている。実質的な領主は事実上ドルド氏が務めている」


 この二つが、両公爵様から出た共通のネタだ。


 

「何しろフォルテッシモ家は歴史だけが自慢の領だ。通常、領都は王都の命名に習って2文字にすることが普通なのに、あそこだけは「パウラ」、つまり3文字になってる。実際、王都ができる前からあそこに街があったのは事実でね。そういう歴史を持っていることは、フォルテッシモ家にとってはプライドなんだよ。だからなのか、ヤツ(アーサー)の頭にあるのは常に損得よりも貴族らしさってやつでね。貴族としてどう振る舞えば美意識にかなうのかってことだけがヤツの判断基準だ。正直に言えば私だけではなくリンデロンもヤツとの交渉をする時には手を焼いている。交渉事なら、息子のドルドの方がやりやすいだろう」

 

 ノーマン様は珍しく渋い顔をして、そんな風に仰ったんだ。


「アーサーは、ある意味で扱いやすい。押すべき場所さえ間違わなければ確実に反応してくれるのでな。ただし、押すべき場所を常人が探り当てるのは困難だ。普通の人間が彼と交渉しようと思えば、押すべき場所がいったいどこに存在するのかわからないという点で、苦痛と腹立ち、そして不可解だけが残る」


 リンデロン様は、サラリと断定してから「本人をいかに避けるかが、フォルテッシモ家との交渉のポイントだよ」とアドバイスしてくださった。


 ところが、だ……


「ドルド氏は自領に戻られたばかりのようです」


 へクストンは「誠に残念ながら」と一礼してきた。


「しかたない。当たって砕けろだよ! 偉そうにしているオッサン向けの、とっておきの作戦を使うよ」


 ということで、やってきました、フォルテッシモ家の王都邸だ。


 ノーマン様のおススメに従ってミィルは連れてきてない。


「彼には困った趣味があってな、連れて行ったこちらの侍女が気に入ると欲しがるときがあるのだ。しかも、そういう時に限って、こっちのお気に入りなので実に困る。もちろん、それを断ると、交渉どころではなくなる」


 ヤバッ。


 あって良かった事前情報。


 でも、貴族としての振るまいとして、土産を自分の手で持っていくことも気に入らないはず。


 へクストンに頼んで、うちの最年長のメイド二人に、それぞれ箱を持ってもらったよ。


 事前に丁寧なやりとりと「王家への献上品と同じだけのガラスビン」をプレゼントしておいた効果だろう。思ったよりも待たされずにすんだよ。


 たかだか子爵が侯爵閣下と会うまでに、たった2時間待たされただけだからね。


 執事達が一斉に並んで荘重なお辞儀をしている中を、進み出てきたのは50代なかばの脂ギッシュな冴えないオッサンだった。中身はともかく服に、やたらと金が掛かっているのがわかる。


 成金とは違って、キンキンキラキラとしてないところは、さすがだよね。 さて、どうなることやら。案内された応接室の設えは趣味が良かった。洗練された美があるよ。


 そのあたりは、さすがだ。


 案内されたのは落ち着いた、けれどもメチャ金を掛けている設えだと、ありありと伝わってくる応接室だ。


 香気溢れる上質の紅茶を間に挟んで、早速「挨拶」に取りかかったんだ。


「歴史あるフォルテッシモ家の総帥にお目にかかれて光栄です。侯爵閣下」

「ふむ。君の噂は耳にしておる。カーマイン子爵殿」

「初めまして。ガルフ・ライアン=カーマイン伯爵が息子、ショウ・ライアン=カーマインにございます。本日は、かくも荘重なご邸宅にお招きいただき誠に光栄の極まり。ときに、入り口にあったあの彫刻は2百年前に没した孤高の天才彫刻家の……」


 頑張りました。


 リンデロン様とノーマン様、それにうちのお館様を動員して考えてきた「挨拶文」は、1時間キッチリ掛かるだけの長文だ。落語で言えば「文七元()」レベルだろ? これを二日がかりで暗記できたんだから、誰かオレを褒めて欲しいね。


 なにしろ、この挨拶が長いほど、相手は「自分が重きを置かれている」と感じるのが貴族だから、ここで手間を惜しめないよ。


「……というかくも伝統のあるお屋敷に忍ばせていただけた今日の日を思うと、感謝に堪えません」


 と一礼。ふぅ~ どうだ! ベストバウトだぜ!


「ふむ。思ったよりも簡単ではあったが」


 え? マジっすかw


「なかなか、要所を押さえたよきご挨拶、いたみいる。そもそも、カーマイン家は……」


 すげぇ、そこからはオッサンの無双タイムが始まった。立て板に水って感じで、スラスラとウチを褒めてくれてるけど、聞いているウチに気が付いた。


『この人、無茶苦茶頭が良いじゃん。それを90度、違う方向に全力投球しているだけなんだ』


 恐るべきことに、我が家の先々代様が収拾して、孫のオレが見たこともない美術品をちゃんと知っているんだよ。もちろん、侯爵家の「影」を使って調べ尽くしてるんだよね。


 なんたる、能力の無駄遣い。


 と言いつつも、少しも油断できない。なにしろ、ウチの避暑用の別荘の執務室に()()()()()()()()()()のことまで褒めているんだ。


 それはすなわち「執務室の内側を見ることができるレベル」の調査能力を持っていると言う意味に他ならない。さすが侯爵家の影だよ。


「さて、挨拶は簡単に済ませるとして、今日は、良き話が聞けると聞いたのだが?」

「はい。実はおもしろいものを手に入れまして。テーブルに置かせていただいても?」


 軽く、目線だけで「よろしい」と答えるあたりは、大貴族の当主の風格十分だ。


「開けさせていただきますが、この者達を下がらせていただくご許可をお願いしたいのですが」

「ふむ? 構わんが、ウチのものは良いのかね?」

「はい。侍女達は下がらせますが、侯爵閣下の()()殿()であれば、問題はありません」


 脂ギッシュなオッサン顔が、わずかに歪んだ。オレの言っている意味に気が付いたのだ。

 

 つまり「女性を下がらせる」という意味だ。


 古今東西、それで出てくるものはスケベなものだ。中世ヨーロッパで、やたらと宗教画が流行っだけど、あれは体よく女性の裸体の絵を見たいという欲望がメインだ。


 快く許可をいただいて、侍女達を下がらせると、早速箱を開いた。


 そこには額装をした「絵」が10枚ほど入っている。


「こ、これは、なんだ? なんという精密な絵だ。まるで、そのままではないか!」


 侯爵閣下が両手で握りしめるようにして見入っているのは、週刊誌のグラビアページを切りとって、それなりの額縁に入れ込んだものだ。


「しかも、使っている絵の具が見当もつかんぞ」


 絵の具がとか言っちゃってるけど、目が逝っちゃってるよ、オッサンw


 しかし、グラビアそのものは大したことは無いんだよ。水着がメインだし、あくまでも「週刊誌」レベルの露出だからね。それに、この程度の女の子なら、こっちの世界にはゴロゴロいるんだ。


 この世界では「本物の美女」なんて侯爵が望めばいくらでも手に入るけど、こうやって「手元に、そのままの煽情的な姿」の絵で自分の手元に置いておくことなんてできない。


 ま、その気になれば、すぐに「本物」を呼んで、同じポーズはさせられるんだろうけど、それとこれとは別腹なんだよ!


 後ろからチラ見している執事達も顔を赤くしている。


『よぉし! 古来、エラそーにしている嫌なヤツほど実はスケベ系に弱い法則!」は成功だ』


 すっかり鼻の下を伸ばしたオッサンは「ふむ。お若いのに、卿はなかなかもののわかっている御仁であったか」と満足げ。


「さて、いかにもお若い、そなたが誠意を見せている以上、年長者は相応に答えてやるのがソフィスティケートたるふるまいであろう」

「ありがとうございます。できれば、閣下の領地で余った食料をおわけいただければと、ただ、それのみ…… いえ、あと一つございます」

「ほぉ。長年美術は愛好しておるが、その私でも見たことのないものを見せてくれた。これだけのものを用意したからには、余った食料を売ることでは見返りにならんことくらいは、このワシでもわかるぞ。それなりの褒美を叶えてつかわそうぞ」

「ありがたき」


 貴族式の一礼をしてから「お願いとは、子ども達にございます」と申し出たんだ。


 要するに、孤児達がいたら、それを全部、ウチで引き取りたい、ついでに、仕事にあぶれた者がいたら、ウチの領に行く許可を出してほしいということだ。


 あと一つ、と言いながら二つおねだりしてる件。


 メインは、もちろん子ども達だよ。10年経てば、ちゃんと大人になるし、今から大事に教育していけば、将来はすごく大事な「人材」になってくれるはずだ。


「ふむ。そちは妙な趣味を持っているのだな。その部分について深くは追求せぬが、跡取りだけは作ることを勧めておくぞ」


 あちゃ~ 違う! そっちの趣味じゃないから!


「いえ。めっそうもない。もちろん、女の子も同じだけほしいですが、やはりメインは男の子にございます。年頃の男の子達が()()()()()()()、たいそう美味しゅうございますから」


 そうだよ。男の子が成人になれば、働き手としても、兵士や騎士にするにしても、本当に使い勝手がいいんだ。


 こういう世界だと、やっぱり男だよね、男の子が良い…… あっ!


 気が付くと、侯爵閣下は、少しばかり気の毒そうな顔をしてオレを覗き込んでいたんだ。


「その年で、そちらか。そちには妻が二人既にいるそうなので、大人としてはツベコベ言わぬが、趣味はほどほどにしておくのだぞ、カーマイン卿よ」


 違~う!!!!!


 全力で否定したい。かといって「善意でアドバイスを送ってくれる」侯爵のご機嫌を損ねないようにと考えれば、もはや、オレには抗うすべが無いことに気が付いたんだ。


「ご忠言、ありがたく」

「ふむ。とはいえ、そんなことで良いのであれば、息子には伝えておこう。委細は、そっちでやると良い。本日のそちの貢ぎ物は実に褒めてつかわそうぞ。大義(大儀)であった」


 つまりは、これで帰れということ。ともかく、狙いは達成できたということだ。侯爵閣下からも一筆いただいたし、これをつけておねだりすれば、余った芋も麦も根こそぎいただけるはず。


 輸送手段は、いつものようにブロンクス君に丸投げで良いはず。まあフォルテッシモ家とは、ライン川の支流でつながっているから、大部分で船輸送が使えるはずだ。何とかなるはずだ。


 これで片目が開いた感じだね。


 ホッとしたよ。


 そしてオレは、上機嫌の侯爵閣下の笑顔と喪った尊厳が土産になっちゃったけど、ともかく気を取り直してバネッサとクリスに抱きしめてもらうのを楽しみに帰宅したんだ。

 

「それにしても、あの誤解は無いよなぁ。確かに子ども達は要求したけどさ。違うんだぜ? オレは女の子が好きなの! それも、同い年の子くらいの子!」


 馬車の中で、一人、こぼしてみたんだよ。


 ……ん?


 あれ? あれ? あれれ?


 ウチの妻達って、みんな、前世だとタイーホ案件な件w


 なんか、すみません。



 


日本では、出版系に対する猥褻物の規制は実に細かいのですが

規制の範囲内なら、ありふれた存在であるという点で、世界でも特異的みたいです。

アメリカは、成人対象であれば一切の規制がありませんが(一部、麻薬系と男女平等に関する表現規制があるらしいですが)、コンビニレベルで、青少年が手を出せる出版物は、無茶苦茶規制が厳しいです。コミケで取り引きされている「高校生でも堂々と買える本」のレベルが、入管で逮捕につながるレベルだそうです。

日本の週刊誌のグラビアページは、実は世界最強という説があります。


※文七元結……江戸自体に成立した古典落語。語るのに約1時間かかります。人情話の中に笑わせる要素を入れ込んであるため、大変難しいネタとされています。雷山亭遊海の弟子で、息子でもある法痴が得意ネタにしていますが、深く追求しないようにお願いします。




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