第93話 押し付け合い
シーランダー王国・大本営は沸き返ると同時に、全員が青ざめるという器用な姿を見せていた。
「クルシュナ王ご帰還!」
水路と早馬を駆使して5日で駆けてきた伝令である。馬は2回潰れた。ついでに、伝令も倒れたのだが、こればかりは「休む」というわけにもいかない。途中の街で貴族の館から提供された馬に身体を縛り付けるようにして走らせた。気の利く供も5騎付けてくれた。
たまたま倒れた街が元アルバトロス王族にゆかりの領主だったので、厚遇してくれたのだ。
伝令が届けたのはイヴープ大将とロキソ大将の連名の報告書。イグナツ家の当主からの手紙も別にあった。
クルシュナ王は、長い潜伏生活の疲れで一時期不調だったが、回復。両大将の軍勢も集結。
「万全の体制で王の安全は確保できた」とある。
長らくの不在であっただけに、歓喜、歓喜、歓喜。
メデタシメデタシ……
『まてまてまて!』
沸き立つ会議室で、最初に我に返ったのはサンタである。
『軍勢が王の安全を確保するのは当然として、指示した作戦はコフの防衛戦だぞ? 敵の撃滅はどうなっている?』
一行も触れてない。
敵との会戦を経てロキソ大将がイグナツ家の城館に到着と報告されている。
会戦は行われたのは確かだ。
だが、結果はどうだ?
敵が陣形変更の隙を見せたタイミングで、ロキソ大将は敵の左翼、すなわち東側を全軍で突破したとある。
その後、見事に追撃を振り切って、イグナツ城館に到着したとの報告だ。城館を攻囲していた皇帝率いる本隊は数千程度。
『敵は戦力差を見て、囲みを解いた……』
会戦中の敵を突破し、王の包囲を解かせたロキソ大将の大手柄だ。
『ここまではわかる』
会戦相手を逃した敵は、コフの中央部を北上し、西に逃げた皇帝本隊と合流した。
『皇帝が率いる本隊の方が少数っていうのも、まあ、妙なことだが作戦としてはあるのかも知れないが、なぜ西に行く?』
西では、ボルタが「野戦築城された城を持つ敵と激戦中」という報告を既に受けている。
『相対的な少数であるボルタ軍を狙うのは、わからなくはない。だが、そもそも、敵はなぜ城を作ったのだ?』
この場合、考えられる作戦は確かにある。
作った「城」は、最初から囮。そこに敵を引きつけ、大軍を持って挟むことで撃滅に持っていく作戦だ。
しかし、ここで謎ができてしまったのだ。
そこでサンタは、沸き返る会議室を鎮めた後で、一同に問うた。
「敵は囲みを“なぜ今”解いた?」
「それはロキソ大将軍が北上したから、挟み撃ちになるのを恐れたのでは?」
「しかし、会戦をすり抜けて、とあった。なぜ敵は追撃してこない?」
シーンとなる。
変だ……
因果関係が、全ておかしい。何かが違う。
恐らく現場では気付かない違和感が発生しているに違いない。
「大至急、現地に軍監を派遣せよ。早くしないと、とんでもないことが起きるかもしれない」
誰も、恐ろし過ぎて口に出せない言葉があった。いや、頭ではわかっていても、大本営で言葉にした瞬間、事実であろうとなかろうと大問題なことである。
【ボルタが敵と密通?】
参謀達が蒼ざめるのも当然であった。
・・・・・・・・・
同時刻・コフ南部
「ふふふ。まさかもぬけの空とは思うまい」
「さすがボルタ将軍です」
「お見事です! 計略を見抜きましたな」
「なんというお知恵」
斥候からの報告を受けた副官が近づいてきた。
「予想通り、敵の追撃はありません」
副官の目も確信に満ちている。
「よし。やっぱり、やつらはエサだったか。道理で妙な攻撃ばかりであった」
「そもそもの城攻めでも、敵は妙なモノを使いました」
「今思えば、アレも作戦の一部であったのだろうよ。こしゃくなマネをしてくれる」
重い礫をぶつけてきた。無限に回収できるのは強みだが、その分、矢に比べれば攻撃力が劣る。
気遣うように副官が言った。
「まあ、おかげでケガ人は大勢出ましたが骨折程度です。死者は騎兵と歩兵を合わせても二ケタ止まりでしょう」
一万規模の城攻めとしては異例の少なさだ。
「騎馬も妙なモノを使っていましたな」
「確かに、馬術は巧みだったが、そのわりにぶつかってこない」
変わった動きをする馬術や騎馬隊の運用は確かに見事だった。派手にパーンと音を立てる兵器も持ちだした。
しかし、最初は驚いたが馬さえ制御できれば殺傷能力はないのはすぐにわかった。
むしろ、驚いた馬をコントロールできなくなることだけが問題だった。
「連中は、援軍の到着によって包囲殲滅戦に持ちこもうとしていたわけだ」
「閣下のおっしゃる通り。古来、城攻めの最中に大軍で挟み込まれると、危ういことになる。さすがでございます」
いち早く囲みを解いて、大王の下にはせ参じるのは、戦術的に間違ってない。その結果、生意気な伯爵家--この場合はバルタ家--が占領されるかもしれない。
しかし、こちらの戦力が大王の下で統一的に運用できれば、充分にお釣りがある。
「バルタ家のあたりで、敵が時間を使えば、今度は逆にこちらが挟み込めます」
「その通りだ。せいぜい、伯爵さんには、生きの良いエサになっていてもらおうか」
ボルタは、青空の下で破顔したのである。
・・・・・・・・・
「はいはーい。土一つで、同じ重さのイモをもらえるからね」
身なりはわりと良いのに、どこから来たのか誰も答えられなかった。だが、愛想だけは妙に良い。
見かけぬ商人が信じられない珍妙な「商売」を始めた。
「この川を埋めて橋を作りたいんだ。ハコネ山の土を、ここまで運んだら、同じ重さのイモと交換するゾ」
信じられない話だ。
土がイモに変わる?
最初は信じなかった。しかし、商人が指定する場所は山から数百メートルに過ぎない。
試しに、力自慢の男が俵一杯の土を運んでみた。
「おぉ、ごくろうさん。ほら、約束だ」
そこにいた人の良さそうな商人の手下は、無造作に「ホイ」っとイモをくれた。
遠くからそれを見ていた人々は、狂喜というより、どこか戦慄すら帯びた歓声を一斉に上げた。
土がイモに変わるのだ。
人々は熱狂した。ウワサにウワサを呼び、その日の夕方には近隣の老いも若きも、男も女も、行列して土を運んだ。
「あわてるな。イモはたんと用意したぞ。ただし、戦が始まるまでだ。おっかねぇ兵隊がやってきたら、すぐに終了だからな」
その言葉を人々は「時間がない」と受け止めた。終いには、寝ずに運んで倒れる者まで出る始末だが、とにかく「土さえ運べばイモになる」という奇跡は人々の熱中を熱狂へと昇華させたのだ。
気が付けば、10日でハコネ山の高さは明らかに低くなっていた。
もちろん起伏に富んだ土地ゆえに「その程度のこと」を気にする領民など、一人もいなかったのである。
・・・・・・・・・
「いや~ どっちみち、持って帰るのは無理だったからね。なかなか人の悪い作戦、すばらしいじゃん」
どこかしら根に持っている皇帝である。
「領民達はまた税として巻き上げられるでしょう。正直、恨むに違いないです」
ニヤリ。
「どうせ敵の穀倉にあったやつですし、ボルタも良い具合に入れ物を置いていってくれました。農民に渡すときは、その“箱”を利用させてもらってます」
挟み撃ちを警戒したボルタ軍は、食料をできる限り運んでいった。当然のこと。しかし、空になった軍用の食料入れは置き捨てていった。それも当たり前のことだ。
しかし、土を運んだ多くの民は目撃する。
サスティナブル帝国の商人や軍人とおぼしき人間が、シーランダー王国の箱からイモをくれたシーンをだ。
これがどういう意味を持つのかと言えば……
「ボルタは、不足しているはずの食糧を大量に置いていった。しかも城として使った山を、サスティナブル帝国は自ら崩すようなマネをした……か。いや~ 敵さんも、分析するのは大変だろうね~」
皇帝を挟んだベイクとミュート。
三人は、お互いに「いやあ、敵いませんなぁ」と笑い合ったのであった。
ちなみに、ワリと身なりのいい商人のボスは、貧乏男爵家として苦労人であるジム(サムのパパ・第一中隊の副隊長)やアールとシースが務めました。ハンスは、貴族ぽすぎて、不許可となり、影でふてくされました。




