第92話 お人が悪い
コフ北部 侵攻作戦本部陣幕内
ベイクは開口一番「正直、選択の問題でしたデス」
敵が移動する予測経路を書き記した地図には、明確に戦力の細部まで記されている。
これだけの情報をまとめるのに、いったい何人が死に物狂いで働いたのか。チラッと思いを馳せたが、ベイクの言葉で、容赦なく現実に引き戻された。
「王を救うか、敵との決戦を優先するか。正直、悩みようがない二択ですデス」
最近、こいつの語尾につく「です」が「Death」って聞こえてしょうがないんだよなぁ。
「東は、必死に突破しようとしてくる敵を受け流した形です」
カクナールが「形勢を立て直す」と見せかけて、会戦中の左側に隙を作ったのはさすが。
『それにしても、また負けたフリをさせちゃったか。最近は「磨き抜かれた負けテクをご覧あれ」なんて自虐ネタまで使うようになっちゃったもんなぁ』
先日も、作戦会議中「エレファント隊の負けっぷりは、正直、芸術的なレベルです!」ってベイクが言ってしまい、後からオレが慰めたほど。
しかし、今回は、ホース隊やライオン隊までをも操ってコフの東縁を相手が北上しやすいように仕向けたのは、華麗なる技といえるだろう。
「当然、相手を取り逃がしたカクナール殿が目指すのは皇帝との合流だ、というのは、敵も読みます」
事実として、コフの中央部という一番移動しやすいルートを北上できている。
「同時に、敵の援軍の知らせを聞いた西の攻囲軍も、自軍の最大戦力と合流を急ぐ。それは当たり前の戦術です」
敵からは、我々の移動が「クルシュナ王を攻めきれなかったための敗走」と見えるように仕掛けてある。
「我々が戦力を集中して、なおかつ西寄りに動く。これは、恐らく我々よりも通信能力の劣る敵からすると、ボルタ軍を挟み撃ちにしに来たと受け止めると予測しました」
ハコネ山は3日間、落ちてない。外壁すら壊されてない。百グラムの重りを使った「ルアーつぶて作戦」が堅調に活躍してくれた。
シータの騎馬隊が縦横無尽に活躍したのもあって「塀の中と外の拮抗」という理想的な形勢を保ってくれた。
「ボルタ将軍は、正直、優秀です。我々が負けたふりをしてすり寄ってきたと見抜くはずなのです」
ここが作戦のキモだった。
誰よりもボルタが「自分を挟み撃ちに来た」と捉えないと、クルシュナ王の囲みを解いたことが不自然に思われるに決まってる。
「ボルタには『王よりもシーランダー王国の最大戦力を叩きに来た』と見えるはずです」
ミュートまで、悪い笑みを浮かべてる。
「気付いたボルタはいち早く南に下がり、既に東へと転進しております。このあたり、敵は優秀です」
ミュートは地図上にボルタ軍を現すお馬さんのコマを東へと移動させてる。現在は、コフ盆地のど真ん中よりやや下だ。
『二十三区で言えば中央区に当たる場所か。あのあたりなら、確かに近いな』
「敵は戦力の集中をしてくれるわけだね」
「はい。敵の兵糧の半分は焼けていて、正直、イグナツ領まで持ってくる道のりも困難だと学習させておりますデス」
なんだか嬉しそうだな~
「集中しちゃった10万を養うには、伯爵家の備蓄に頼るしかなくなるわけだね」
です、とベイクが肯くと、ミュートまでもが「計画通り」と言葉を得た。
納得したところへ、ベイクが声を上げた。
「そこで、提案があるです」
「え? 何?」
ミュートと目を合わせた所を見ると、二人で計算済みのことらしい。
「このタイミングであることと、我々は『たまたま全軍が集合した』というチャンスを利用して、ボルタ軍を追走するふりをします」
ミュートの説明は冷静だけど、一種の熱さがある。作戦家特有の「これなら上手く行く」が頭にあるんだろうな。
「それで?」
「孤立したバルタ伯爵の領館を一気に襲ってはいかがかと」
「あぁ、なるほど。ボルタ軍の現在地と領館は直線で八キロほどかぁ」
「矛先を変える奇襲は充分に通じる計算ができます」
ミュートは、試算した襲撃地点まで示してきた。
『何から何まで、計算済みね』
まあ、そうでもなきゃ、この二人が作戦として奏上するはずもないか。
「ボルタでバレたらバルタ家へ、です」
まるで歌うような口調に、これ、どこかのオッサンの悪影響じゃね? と、思ってしまった。
そんなことでガックリなんてしてられない。何しろ、ミュートまでもが「今なら、イグナツへ差し出した援軍のせいで、敵は戦力不足です」と身を乗り出してきた。
直ちに「ダメ」と言い渡した。
「なぜです?」
「理由を伺っても?」
オレは肩をすくめてみせる。
「それをしちゃうと、ボルタとウチが、まともにぶつかる可能性があるだろ?」
「「あっ!」」
二人は優秀だ。
ここまでに「敵を減らしすぎない」と同時に、後からオレがぶち込んだ「ボルタへの偏見を育てる」という意味を作戦計画に見事に組み入れた。
勝ちすぎないようにボルタ軍には「慣れない攻城戦」をやらせたのも、そこから来ている。
攻城中に襲ってくるシータ達は「陽動役」だと、ボルタはわかっている。だから、騎馬同士がガチにぶつからなくても、戦場にいた人間は不審に思わない。
しかし、結果だけを見れば「再三再四、千規模の騎馬隊が攻城中に背後から襲撃してきたのに、なぜか妙〜に死亡者が少ない」って形が見えてしまうんだもんね。
しかも城壁の防衛にメインで使った「ルアーつぶて作戦」は、骨折レベルは出るワリに、致命傷は少ないと言う特徴がある。
『あちらさんにも、頭の回るヤツがいるよね? ボルタ軍の負った傷を調べたら……』
死者が少ない上に、こう思うだろう。
「なんで城攻めなのに矢傷を負った者が少ないんだ?」
こんなセリフを誰かが口にすれば、その瞬間から効いてくる。
『いや、効き目はわりと早くでるかもね』
そう思いながら、トドメのように「今、ボルタ軍とガチ・バトルをすると不味いのはわかってくれるだろ?」と、告げた。
あれ? 二人が見事にショボンとした。
さすが。どうやら、説明不要らしい。
「浅かったです」
「浅学、お詫びいたします」
「いやいやいや。ほら、こう言うのって性格の悪さが必要だからさ」
「まさに。我々は陛下のお人の悪さには、正直、遠く及ばないのです」
「人の悪い作戦にかけては、我々の計画など、児戯に等しいとは…… 誠にお恥ずかしい」
ベイクもミュートも、頻りに頭を下げてくれるんだけど、自分で言っておいて、アレだけど「人が悪いってばっかりいうない!」と心の中で思ってしまった。
「ともかく、それも頭に入れて、あと1ヶ月で撤退するよ。今年はね」
「はっ。根本的計画の変更はなしですね。正直、そっちは万全です」
そこで、ミュートがバッと顔を上げた。
「いや、ついでに、ボルタ様への疑惑も足してあげる形も作れるかもしれません?」
「え? どうやるの?」
ミュートは「少しは私も、人が悪くなれたようで」と笑顔。
提案は、ひどく単純、かつ十分すぎるほどに効果を出しそうだった。
「じゃ、誰にやらせる?」
ミュートは即答した。
「トヴェルクがウズウズしているかと」
どうやら、全てのイメージは出来ているらしい。
「ちょっとお待ちくださいデス」
「ん? どうしたの?」
「トヴェルクの気持ちも大事ですが、正直、最大の効果を上げるなら……」
そこから説明してくれたベイクの作戦を了承した。
才能豊かな二人が、後は考えてくれるに違いない。
「よし! オレよりももっと人の悪い君たちに後は丸投げだよ!」
その時のオレ、ぜったい勝ち誇った顔してたと思う。
ショウ君の最後の笑顔の爽やかなこと、爽やかなこと……




