第91話 完璧な布陣……どっちが?
激戦のあった翌日 コフ・西部
朝焼けと共に、ハコネ山に向けて布陣されていく。
騎馬隊を下げ、歩兵を主体にしたからだろう。本日のボルタは極めて穏やかな表情で、歩兵の移動を見守っていた。
「ボルタ様、本日はじっくりと」
「必ず、すりつぶしてご覧に入れます」
「布陣は完璧にて」
幕僚達は口々に「自分が配備した」と言わんばかりだが、敵は上を見ても千かそこいらだろう。
できて当たり前、出来ねば無能
その程度のことに過ぎない。誰が何をしたかなど、ボルタにとっては無用の話だ。
だから、手柄を競うように、自分がこう命令した、自分はアレを指示したと「報告」してくる幕僚たちに肯きつつも聞いてはいない。
ボルタの目は、南をしばし睨むと、次第に鋭くなっていく。
『何かがある』
そこに、長きにわたって仕えてきた副官が耳打ちしてきた。
「昨日から、騎馬隊が見えませんな。あるいは、追撃してくると思いましたが」
「ふむ。馬一匹見えぬな。となると?」
「はい。出し惜しみ、あるいは、とっておきにするつもりかと」
「ふむ、手の内を隠す余裕を与えてしまったのだな」
苦笑いするボルタには余裕があるのだろう。しかし、一ミリの隙も無い眼光で南に数キロ離れた丘で上がる狼煙を発見した。
「発見したか」
満足げに肯くボルタだ。
夜明け前に送り出した斥候が上げた「敵発見」の狼煙。
もちろん、狼煙を上げた斥候は、大急ぎで離れねばならない。敵の斥候が、そこにいるとわかれば、なぶり殺しに来るはずだ。
のどかに見える、あの煙のあたりでは「命懸けの鬼ごっこ」が始まっているはずだ。捕まれば死である。
しかし、ボルタは「それが、斥候の役目である」と、少しも心に来ない。
むしろ喜びが勝っている。
「予測通り来た!」
勝利のための作戦は指示してある。この瞬間、ボルタは敵の作戦を確信したからこそ、副官に確認する慎重さがある。
「基地に取り付いたところを後ろから一撃離脱という所か?」
副官は、目だけで「お分かりになっているなら、これ以上は何も言いません」と伝えて一歩下がった。
よし、十分だ。
「伝令!」
「「「「「はっ」」」」」
「各騎馬中隊に伝達。予定通り迎撃せよ、だ。敵は南にあり!」
一斉に馬を走らせる伝令係。
騎馬隊の扱いなら、お手の物だ。中隊ごとにあらかじめ役割を割り当てている。敵に騎馬がいるにしても、圧倒的に少数だということはわかっている。
「である以上、常に倍の数で追いかけていけばよい」
敵は逃げざるを得ないだろう。
いささか消極的だと思わざるを得ないが、西に派遣したことで、既に手勢の2割を喪っている。
『これ以上、戦力を失うと、この後の戦いに差し支えてしまう』
派遣した者達が食料を持って帰ってくるまで、あと一週間はかかるだろう。
圧倒的多数の騎馬隊を率いて、被害を出すのは業腹だったのだ。
ボルタの命を受け、騎馬中隊が南へと移動し始めた。
その数分後だった。
山裾に広がる草地が、ふいにざわついた。
「……風向きが変だな」
誰かの呟きが終わらぬうちに、地面そのものが震え始めた。
ドドドドドド――!
南の丘を回り込んで、騎馬の集団が飛び出した。
陽光を背に受け、銀色の馬上槍が一斉に傾き、ボルタ軍側へ突っ込んできた。
「左翼に騎馬! 数……二百!!」
伝令の声が届いた時には、すでに突進の先頭が砂煙を引いて目の前にいた。
そして、さらに。
「右翼にも来ます! 二百! いえ、後方にも!!」
「なんだと?」
ボルタが眉をひそめた瞬間、三方向から 三つの突風 が吹き荒れた。
二百ほどの集団が、三つ…… いや四つだ。
もつれ合い、一つになったかと思うと分かれ、あろうことか交錯すらして、こちらにルートを読ませない。
まるで別々に動く“燕”のような高速の機動だ。一方、こちらの騎馬隊は明らかに出遅れている。
そもそも、騎馬隊というものは、動き始めが一番弱い。
集団で走り出してこその騎馬攻撃なのであって、作戦行動が遅れると、陣形を作り出すまでに、さらに苦労が重なる。
モタモタしているこちらを嘲笑うように、かすめるように、刺し、すぐに離脱していった。
左翼、そして右翼。
「くそっ……あんなの追いつけんだろ!」
「あいつら、こっちの出鼻を狙いやがった、いや、速すぎるだろう?」
ボルタたちは知らないが、西部小領主地帯から連れてきた馬は、北方馬の血を引いている。
馬力では多少劣るが、草原を疾駆するスピードと走れる距離は、南方馬の比ではない。これまで、動きの劣る大陸中央の馬しか相手にしたことがないボルタの計算違いだった。
いや、これこそが、サスティナブル帝国側の「隠された手」だったのだ。
「出ろ! 出るんだ! 予定通り追撃せよ!」
各中隊長は口々に叱咤し、出撃したが、間に合わない。
こちらは、それぞれ倍で追いかけるとは言え「敵の後塵を拝する」形だ。
追撃に出たボルタ軍の騎馬中隊は、届きそうで届かない。
視界の端を駆け抜けていく敵影を追っては空を切り、追っては裏をかかれ続けた。
その4隊の先頭を走りながら、指示をし、変幻自在に陣形を変えてみせる指揮官がいた。
ボルタ軍は、誰ひとり、その名を知らなかった。
・・・・・・・・・
サスティナブル帝国・武具製作所が作った軽鎧はアルミニウム製である。
指揮官だけは、銀に磨き上げられたまま。
陽光を反射するその青年は、にやりと笑う。
「やっぱ、こっちの馬、遅いよなぁ。ほらほら、もうちょい速く追ってきてくんないと、“ショウ皇帝の華麗なる攪乱戦”にならないんだけど?」
奔流のような追撃戦の最中、馬上で軽口を叩くその青年こそ――
シータ・タック=ニルベンガーである。
「はねっかえり」と家中でも悪名が高い、パール伯爵の次男である。
「シータ様! これ以上近づくと――」
「わかってるって。焦らすのが楽しいんじゃんか」
まるで遊ぶように敵の騎馬をかわし続け、一撃してはハコネ山のそばから引きはがし、また別の隊に命じて横を突かせる。
二百、二百、二百、二百――まるで打ち寄せる波。
どれも単独で接触しては離脱し、ボルタの騎馬隊の“注意”を全面から奪い取っていく。
「左翼中隊、追撃! ……右翼中隊もか!? ば、馬鹿な! 隊列が崩れていくぞ!」
幕僚の叫びに、ボルタは舌打ちした。鍛え上げたはずの「我が騎馬隊」がいいようにかく乱されていた。
「狙いは……我が騎馬を山から引きはがすことか。やられたな」
その通りだった。
ハコネ山の近傍は、みるみる騎馬の影が薄くなっていく。
追いかけていった者たちは、敵の“燕のような群れ”に惑わされ、散り散りに引き離されていた。
――そして。
「ボルタ様! 東後方! 新たな騎馬影、二百!」
最後の狼煙が、ハコネ山から上がった。
おそらくは、パールが上げさせたもの。
その瞬間、新たな騎馬隊の槍先が一斉に上がった。
さきほどとは違う。
離脱する様子はない。
速度も、構えも、完全なる“突撃”のそれだ。
シータが先頭で馬を立ち上がらせ、叫んだ。
「よし、ここが本番だ! “ショウ皇帝式・後背ぶっ刺し包囲戦”――決めるぞ、おめぇら!」
最後の二百騎が、歩兵隊の背へと電光石火で突っ込んでくる――!
あ~ やっぱりこうなった。
くれぐれも、モブ参謀は「完璧だ」と口にしてはダメですよね。
なお、200騎しかいないので、歩兵隊の壊滅を目指しているわけではないです。




