第88話 点描4(籠城)
同刻 コフ西部
二十三区で言えば新宿あたりの位置だが、風景はのんびりした農村地帯だ。その真ん中に、ぽつんと高さ五十メートルほどの山がある。
自然の山ではない。
ヨーゼフ家の祖が南西部へ大規模な“切り通し”を造った際、その残土を積み上げて作られた人工の山だ。
サスティナブル王国のリゾート地と同名の「ハコネ山」と呼ばれているのは……まあ、先祖の趣味らしい。
だが、今の箱根山に詰める人々は、名前の由来に思いを馳せている余裕など一切なかった。
見渡せば、敵、敵、敵……
事前の情報通り「ボルタ将軍は騎馬主体」である。
「思い出すものだのぉ」
「ハッ!」
最近、意図的とも思えるほどに口調をノンビリさせてきたパール隊長に、反射的に返事をしたギーガスである。
しかし、いったい何を思い出すというのか?
「もうずいぶん、昔のように感じるものだ。ほら、あれだよ。あの時は無理だと思ったがな」
ピーンと来た。
まだ王国だったとき、ギーガスは、ここにいるパールと共に北方騎馬民族と戦った。あの時の総指揮はショウ閣下であった。
よーく憶えている。兵達も、恐らく、あの時のことを思いだしているのだろう。壁を崩しに来る大軍に、少しも慌てていなかった。
「あの時は、アテナイエー様に、恐れ多くも『(ショウ様を)つれて逃げる』役を仰せつかりましたね。あの時は勝ち目があるなんて少しも思いませんでした」
しみじみとしているが、現在、置かれている状況は、あの時よりもさらに悪いのだ。
守るのはターゲット歩兵一千。率いるはパール伯爵。
攻めるはボルタ将軍率いる騎馬四万。
「不思議なものだな。私は、少しも負ける気がせんよ」
「これはしたり。私もでございます」
箱根山は三日で要塞化したとはいえ、堀を掘る暇はなかった。
人工の山に造ったにわか仕立ての城を「四万」で取り囲まれるという、悪夢のような状況である。
視界の三百六十度すべてが敵で埋め尽くされ、その包囲の厚さは百五十メートルに及ぶ。
いくら騎馬が城攻めを苦手とするとはいえ、これでは分が悪すぎると、普通なら考えるものだろう。
「ふむ。だんだん面白くなってきたのぉ」
パールが笑うと、ギーガスがさすがに眉をひそめた。
「本気で面白いと?」
「当たり前だのぉ。四万相手に千で勝つ。こんなに楽しい『土俵』は滅多にない。陛下と共に戦ったあの日のように、今度も勝ちしか見えぬよ」
ギーガスは呆れもしたが、反面、あの時を思い出すと、確かに自分も勝ち姿しか想像が出来ないことに気付いた。
城壁越しに、矢を打ち、ルアー攻撃を仕掛ける兵を見ながら二人は会話を続けた。
「ギーガス? ショウ陛下は、我らに『これで頼む』と仰った。つまり、この人数できちんと勝てると考えていらっしゃるのだよ」
「そうですね。ショウ閣下は、これでやれると思ったのです。これで、勝てるのか、などと疑問に思うのは……」
「そうだのぉ。不敬というものだぞ」
城壁を挟んでの戦闘は始まっている。定石通り、敵は城壁をはがしに来るが、もちろんビクともしない。
とりあえず、勝利は数日、この城を保たせることである。敵を殲滅することでも、領地を奪うことでもない。
ただ、この地を退かぬことが勝利条件なのだ。
そして、まず、今日である。
騎馬が城攻めでは、夜襲など考えられない。
となると……
「ギーガス、まだまだ余裕だな? あと一刻ほどであろう」
「承知しております。まあ、普通は無理ですと言うところです」
大きな身体で、肩をすくめてみせる姿はユーモラスですらある。
「普通? ワシも、ヌシもそんなガラではあるまい?」
「ふう。わかってはおりますが」
巨躯をなぜか縮めるようにするギーガスである。
「命令」
「ハッ!」
「城壁を維持。兵にあと一刻、耐えさせよ!」
「城壁を死守させます。何日でも」
ギーガスはニヤリと復命すると、巨体を揺らして部下に向き直った。
「オラァァ! ファ○ン野郎どもにファッ○食らうかァ! #$%&#$%ッ!? 耳かっぽじって聞けやコラァ!! 一歩も引くなぁぁ!!」
「「「「「「おぉおおおお!!」」」」」」
パールは、兵達の気迫に満ちた叫びを聞いて、満足げに頷いた。
「うむ、お主もよく通る声だのぉ。私も見習うべきか?」
「ご冗談を。隊長が、あれでは、示しがつきません」
そんな漫才を山頂で繰り広げつつも、戦場は容赦なく動く。
兵たちは余裕の表情を浮かべつつも、必死になって城壁上から次々と飛び道具を放っている。
以前、ショウが北方騎馬民族撃退に用いた「ルアー作戦」だ。
短縮した二メートル竿に、本物のリールを装備。百グラムの鉛は初速百四十キロ近い速度に達し、十馬身以内の敵には高確率で命中する。
鎧がなければ即死、あっても骨が折れる。
しかも、だ。
ぶつけた重りは糸で回収され、何度でも再利用できる。
弓の矢切れを待つ戦術が通じないのである。
・・・・・・・・・
「柵を壊せ! 馬で引けぇ!」
「ダメです! 壊れません!」
兵が悲鳴を上げた。
通常の簡易柵なら、鈎縄をかけて数頭の馬で引けば壊れる。
だが、箱根山の城壁は——びくともしなかった。
彼らは知らぬが、これは工事現場で使う足場だ。鉄製の足場は、お互いに金属クランプで締めている。近代の金属加工技術で全周が一体化された「壁」なのだ。
馬力で抜けるわけがない。
「な、なんだこの壁は……」
「引いてもビクともしません!」
「これじゃ、逆に壁に繋がれてるみてぇなもんだ!」
「ち、近づくな! また重りが飛んでくるぞ!!」
「うわぁああ!」
「ぎゃぁああ~」
馬が停まれば、すぐに狙われる。
次々と落馬していった。
兵の悲鳴が次々と伝播する。
シーランダー軍には弓騎兵がいない。上から一方的に狙撃され、反撃手段がなかった。
それに対して、城壁の上から飛んでくる礫は脅威度が高すぎた。
「ウアァッ! 腕がっ!」
「鉄の塊だぞ!? なんでそんなもん投げてくるんだよ!」
地面に転がる重り。
わずかな隙をついて、また城壁の上から糸がスルスルと引かれ、速やかに回収される。
「……無限だと? 無限に撃てるのか……?」
ボルタ将軍は、遠くから見るだけでも分かる“異様な光景”に、思わず奥歯を噛みしめた。
まるで、兵士たちが“高所の釣り人”に狙われているようだった。
「このままでは……士気が持たぬ」
副官が蒼白になって言う。
「矢を射られているわけでもないのに、近づくたび骨を折られる……」
ボルタは苦悩を押し殺し、短く命じた。
「……歩兵を出せ。馬では近づけん」
副官ははっと顔を上げた。
「はっ。歩兵隊、前へ!」
だが、ボルタ自身は知っていた。
歩兵を出したところで、この異常な飛び道具には分が悪い。
すでに太陽は西に傾き始めていた。
——時間切れが近い。
少数の敵が籠もる城は、無理な力攻めよりも、搦め手……すなわち補給を断つなり、水を断つなりするのですが「数日保てば良い」という籠城は、攻め手からするとすごく厄介です。なお、ボルタ軍が投入している「騎馬」は4千で、残りは本部や予備隊の歩兵です(騎馬の千は山を越えた西辺境地に派遣中)
なお、新宿区に「箱根山」は実在します。




