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スキル「ゴミ」いや、マジで (書籍化決定)  作者: 新川さとし
第7章 南部編

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第87話 点描3(勝たぬが勝ち) 

同刻・コフ盆地東部(23区で言えば江戸川区の端。広く畑が広がる場所)


「敵さんは、畑での会戦は嫌がっていたのだがね」

「背に腹は代えられないということでしょう」


 ホース大隊長トヴェルクの言葉に、エレファント大隊長カクナールはうなずきながら、ボソッとつぶやいた。


「この戦場に来るまで十数回戦ったが……いまだに慣れんものだな」


 それは、王立学園の元教師でありながら今回の総指揮官という立場に立つ男の本音だった。


『なかなか荷が重いものだ』


 だがゴールズの一員として引き受けた以上、顔には出せない。


「合わせて二万の戦場になる平地だ。コフの中でも、ここしかない」


 敵は、物資の集積場から大きめの川を幾つも超えなければいけない場所を会戦場とした。否。会戦場とするように誘導されてきたのだ。

 

 順調すぎるほどに順調だった。


 トヴェルクは、鶴翼に構える敵に目をやって言った。


「今まで散々いじめましたからね」

「連携は最高に機能したな」

「はい。もはやエレファント隊の『釣り』は芸術品です」

「ウチはいつも負けるフリでホース隊とライオン隊に救ってもらう形ばかりだ。何とも複雑なもんだよ」


 苦笑いをするカクナールである。


「いえいえ。損害をほとんど出さずに、釣りエサ役ができる練度はすさまじいです。さすがとしか言えませんな」

「いやいや。まだまだかなと」


 カクナールは面映ゆい。


 なにしろ、このトヴェルクは栄えあるシュメルガー公爵家の騎士団長という格上の存在だった。


『本来は私が頭を下げる側。それなのに自分が上官になるとはな』


 居心地の悪さは言わずも知れたが、ゴールズという組織の中での立ち位置も、ちゃんとわきまえているだけに、顔に出すことはなかった。


「盆地とは言え、よく手入れをされてきた土地だ。敵は一万以上。こちらも8千と少々。会戦場所にするなら、このあたりの畑を犠牲にするしかありません」


 敵からすればたまったものではない。食糧が足りないのに国内のことで収奪できず。しかも収奪できないまま、その畑を戦場として実りをダメにする。


 敵兵達の思いには忸怩たるものが込められているはずだ。


「想定通りだな。ちゃんと敵は警戒してくれているのも上出来だ」

「さんざん、いじめてきた甲斐があるというものですね」


 トヴェルクの言っているのは、この戦場に来るまでのこと。


 エレファント隊・ライオン隊・ホース隊は、コフ東側で存分に暴れてきた。


 すなわち「釣り出しからの奇襲」を幾度も繰り返したのだ。もともと盆地の中は起伏に富み、待ち伏せに適しているおかげだ。


 基本は100人規模の部隊を有機的に動かした。敵の老将ロキソは、可能な限り敵の倍の戦力を投入してくる。 


 それは戦術の教科書通り。手堅い戦いを好むロキソ大将らしいやり方だ。


 万難を排し、常に倍以上の兵力を投入する。しかし、それはサスティナブル側にとって計算済みの行動だった。


 コフ内の収奪と敵の翻弄は分担されていた。敵が対応してきそうな場所はエレファント隊が、後背地の収奪は国軍歩兵なのである。


 エレファント隊は、常に数で勝る敵に押された形である。


 しかし、敵からすると「なぜか押しこんだ先には隘路がある」ことが多かった。あるいは「丘を回り込むように追いかける形」がしばしば起きる。


 敵からしたらたまったものではない。相手を押し込んだと思った瞬間、背後から蹄音が轟く――気付いた時には馬上槍が列後方に襲いかかってくるのだ。


 ある意味で「よし、勝てる」と思った途端に敗勢となるのは、普通に負けるよりも心に来るものだ。


 隘路の出口や丘からの騎馬による横撃は、敵にとって厄介極まるものだったろう。


 何度も煮え湯を飲まされてきたという気持ちが強いに違いない。さすがに、十数度繰り返せば、敵も仕掛けにくくなるのだ。


 ここ数回は、誘っても追いかけてこなくなっていた。


 敵のロキソ大将は老獪にサスティナブル側の戦術を読み取ったに違いない。

 

 幕僚との会議で、厳かにこう説明したはずだ。


「我々の戦力を分散させた上で、高機動の騎馬隊で削る戦いを仕掛けるつもりだ」


 おそらく、部隊に「深追い禁止」を命じた上で、数の優勢を活かすべく「会戦」を模索してきたはずだ。 


 そこに「クルシュナ王現る」の報せの元、全軍で動くことになったのだから、会戦に持ちこむチャンスだとロキソ大将は狂喜せざるを得ない。


 これに対して、サスティナブル帝国側も「会戦、望むべし」と受けて立つ形だ。


 場所は必然的に決まってくる。


 両軍併せて2万超の戦いとなるには、それなりの広さが必要だからだ。


 ショウがこの場所を見たら「あぁ、ちょうど、新宿区くらいか」と感想を漏らしたかもしれない。そんな広さである。 


 こうして会戦場に臨んだカクナールは思う。


「やるな。じいさん」


 敵の老将・ロキソの構えは鉄壁であるように見えた。

 

「右に厚い鶴翼か」

「そうですね。でも、あちらから仕掛けてこられるかどうかですが、難しいと思います」


 本来『鶴翼』とは敵を包み込んで包囲撃滅線を狙う攻撃的な陣形である。


 しかし、こちらがどこかに罠を仕掛けているはずだと気にするに決まっている。


「確かに、今まで、釣り出してはワナを仕掛けてきたのだからな」

「えぇ。うっかり突っかかって、またハメられるのを警戒していますね」


 トヴェルクが看破したとおり、老将は騎馬によるワナを恐れ、部下達に軽挙妄動を慎み、確実な戦を求めていた。


「大軍に、奇策無しという言葉を言った人がいたな」


 それを言ったのは、デビュタントを終えたばかりの皇帝陛下であった。あどけなさを残した顔だったなとカクナールは思い出す。


 戦略演習で、伯爵家の息子=現皇帝陛下にボロ負けした。あの時は三日眠れなかった。


 そこから恥を忍んで「生徒に弟子入り」した。


 思えば、そこから遠くへ来たものだと感慨深い。


「それは、理屈としては、なかなかにいやな言葉ですね」


 トヴェルクの言葉はもっともだ。大軍が少しずつ、正しく軍を進めれば、理論上、少数派には勝ち目がないのである。


「だが鶴翼で対峙しても仕掛けてこない。教育の成果というものは実に大きい」

「おっしゃる通りです」

 

 満足げなカクナールと頷き合うトヴェルクである。


 敵は仕掛けてこないのではない。「仕掛けられない」のだ。


 なにしろ、罠を警戒している。しかも相手に警戒させるためにライオン隊が巧みに仕掛けもしていた。


 複数の中隊が一体化しての突撃、あるいは分散突撃の形を取って横撃の構えだ。


 その度に相手は手堅く陣形を変えて迎撃してくるため「突撃は届かずに撤退」の形が繰り返されるのだ。


 しかも、ライオン隊の動きに合わせて、こちらの本隊も『前進』を仕掛けている。


 もちろん、本隊同士の決戦となれば、敵の陣形も対応せざるを得ない。キレイに陣を整え直し、会戦に応じる隙の無い構えに戻る。


 罠を警戒する老将の手堅い動きだ。


 少数が陣構えの終わった多数の軍にぶつかっていくのは愚かな行為だ。


 サスティナブル軍は、その度にジリジリと下がり、間隔を元に戻すのであった。


 そして、陣が落ち着くかどうかのタイミングで、またライオン大隊が姿を見せる……


 老練なロキソの指揮のおかげだろう。敵は微塵の怠りもなく、毎回丁寧に対応してきた。


 その陣形変化は敵ながらお見事と言えるほど。


 しかし、ロキソ大将は気付いていなかった。陣構えを変更する度に、時間を空費してしまうことを。


 こちらの狙ったとおりである。


「よしっと。南で派手な煙も見えているし、敵も散らばってない。最高と言うべきだな」

「間もなく夕方。騎馬隊による攻撃許可を」


 トヴェルクは笑顔だ。ライオン隊との連携で翻弄するつもりなのだ。


「許可する。ただし、お分かりだと思うが、くれぐれも?」

「はい。こちらの本来の狙い通りに攻撃いたします」


 それは「攻撃の姿勢を見せる」という意味の攻撃だ。


 こちらの本来の狙いとは「勝ちすぎないこと」であり、この戦場に敵一万を釘付けにしておくことなのだから。


 なにしろ、この会戦場にいる兵だけでも1万。敵が物資の集積場にしているところから補給物資を運ぶための1万近くを合わせれば総勢で2万はいる軍勢だ。


「あの煙から見て、ピーコックはやってくれたに違いないんだ。なるべく、口を減らさないように」

「もちろんわかっております」


 2万人の食糧と言えば1日に40トン、燃料も同じほど。荷馬車で言えば200台()も必要になるのだ。それを幾筋もの川越えで輸送してきたはずだ。


 今は、輸送してくるべき補給物資も焼かれた大軍がどうするか?


『もはや、自国内でも収奪せねば、飢えるな?』


 カクナールは、ふと出発前にベイクに念を押されている言葉を思い出してしまった。


「敵さんは、生かさず殺さずデス」


 あの妙は響きのベイク語が耳に響いた気がした。


『しまった。嫌なものを思い出してしまった』


 慌てて、頭を振り払う指揮官を、付近の兵は不思議な目で見つめていたのである。


 ロキソ大将は、しっかりと役目を果たしたのだろう。


 その日、一日。次の日も、次の日も。


 鶴翼の陣を見せ、敵に圧迫を与えつつ、けっして本隊の侵攻を許さなかったのであった。


 その強気の姿勢と、微塵も隙を見せない指揮ぶりに、ベテラン兵達も尊敬の気持ちで仰いだという。


「熟練の指揮により、隙のない陣構えであった。敵の騎馬隊の襲撃に一歩も引くことなく、兵卒の信頼は絶大なものとなった」


 記録には、そう記された。


 しかし、もっともっと後に、サスティナブル帝国学園の教科書には、このように説明されていた。


「コフ内の戦いにおいてロキソ大将は勝利を得た形となった。しかし、形だけの勝利こそが王国崩壊の始まりだったのだ」と。



※200台分:サスティナブル帝国の舗装路と、新型の荷馬車なら100台程度ですが、道も舗装されず、旧式の重い馬車のため、倍近くも必要になります。

兵数を多くすると、補給の負担がかかります

普通は侵攻軍が食糧補給に困りますが、唯一の例外が「実りのシーズン」です。取り放題ですものね。しかも相手への痛烈な嫌がらせになります。

逆に、自国の民から収奪するのはタブーとまではいきませんが、ヘイトを残します。


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