第86話 点描2(後方勤務は安全だって?)
同時刻 コフ南東補給部隊
中間集積所・トヨス基地
「大丈夫だよな?」
「あぁ、今日も大丈夫に決まってる」
二人の兵士は、そんな言葉を交わしながら倉庫の裏に続く山道を決められた通りの道で歩いていた。
濃い緑に覆われた山だが、視界が開けるたびに、遥か下に巨大な倉庫群がのぞく。
あれだけの施設を建設し、ここに食糧を集積できた──それは、この基地で働く誰もが誇りにしていた。
ここで輸送船から小型船へと積み替える。だが、時折、上流から流されてくる丸太に船を破壊されることもしばしばとなった。
今では、トヨスに輸送してくるのも一苦労。蓄えはまだ十分ではないが──背に腹は代えられない。
今あるものをいかに有効に使うのか。イヴープ大将や参謀スタッフは苦労に苦労を重ねながら、補給の任に当たっている。
ますます大事になったトヨス基地を守るには、山の中の警戒は欠かせない。
「まったくよ……戦が初めてのオレたち新兵に歩哨なんてやらせるなってんだ」
「しかたねぇさ。輸送だって精一杯だし。ウチの軍はただでさえ徴兵されたやつらばっかだしよ」
二人とも、歩哨として歩くのもおっかなびっくりである。
絶えずキョロキョロと見回しているのも、警備に慣れていないからであった。
お互いに絶えず喋っていた。
「大丈夫だよな?」
「あぁ。これだけ下流なんだ。ヤツらもここまでは来ねぇよ」
「そ、そうだよな。うん、こんなところまで来るわけがねぇ」
ほぼ同じセリフをループし続けている。
人間は、怯えたとき、誰かを頼りたくなるものだ。だから、お互いがお互いを頼るために、声を出さずにいられなかったのだ。
歩哨の仕事は怖い。本来は敵を見つけたら笛を鳴らし、真っ先に戦う役目だ。しかしイヴープ軍の中で、既にウワサになっているのだ。
『サスティナブルには幽霊がいる。夜の歩哨に立つと、いつの間にか殺されて誰もいなくなる』
そんな噂を誰もが口にした。
「二人で歩哨とかマジ無理」
「敵を見つけたって、殺されちまうだけだろ」
本来、歩哨は「二人一組」が原則。だが、嫌がる兵が続出し、最終的に一小隊三十人で巡回という前代未聞の編成になった。
「全員で任務に当たりたいそうです」
──中隊長がそう“翻訳”したおかげで、規律に厳しいイヴープ大将も見逃したらしい。
だから、この二人の前には二人組が10メートル間隔で5組。後ろには9組いる。
1小隊の30人が、まるごとで一回の歩哨を務めるようになったのは最近のこと。その分、役目が回ってくる回数は増えるが仕方ないのだ。
誰もが「たった二人で歩哨なんて無理」と思っていた。
一方、実はイヴープ大将にとっても歩哨や警備の任務中に被る人的損害に目をつぶっていられなくなったという差し迫った問題もあったのだ。
このあたり、中隊長の忖度なのか、イヴープ大将の現場を優先させたという能率性の問題なのかはわからない。
ともかく、コフ盆地から流れ出る川筋に沿って、大型の輸送船から小型船に積み替える集積地である、ここトヨス基地は「最後の砦」と言われていた。
なにしろ、輸送任務は狙われる。だから、今では輸送役一個小隊の警備に一ダース以上の小隊を貼り付ける(400人ほど)ようになっていた。
輸送効率が甚だしく落ちているだけに、トヨス基地の役割は重要だ。
さすがに、ここだけは攻撃されないよう、1万人規模で防衛線を作った。すくなくとも、それを越えないと川に沿った下流には来られない。
ここは防衛線の内側なのであるから、歩哨任務も念のためだと言われていた。だが、誰もそんなのは信じてない。「敵は来ない」と誰もが祈る気持ちで、今日も巡回警備をしているのだった。
二人のおしゃべりは続いている。
「大王様がコフに到着なさったらしいな」
「あぁ、今まで御自ら敵地潜入していらっしゃったらしいぞ」
「さすが、大王様だよな」
「ああ。これでオレら時代が来るぞ」
何がどうすれば「オレらの時代」になるのかはわからないが「大王様が来れば大丈夫」が兵卒達の合い言葉になっているのは事実だ。
「あぁ、こんなショボイ仕事は、きっと終わりだ」
守ってばかりのこの仕事。戦場に出るのは怖いが、かと言って、芋を積んだ箱を守る毎日で終わるというのも、兵士らしいとは言えない。
戦場なんておっかないが、かと言って、子どもの頃に観たお芝居の「英雄」に憧れるのが男の子というものなのだ。
故郷に帰って「おいらは、ここでこうして暴れてきたんだ」と言えないのは、ちょっと寂しいものだとさえ思ってしまう。
その時、相棒が言った。
「おっと、チト離れすぎたか? もうちょっと急ぐか」
道が細かく曲がっているのだろう。前の組が見えなくなった。お互いに助け合うためには、前のグループと離れるのはマズい。
「あぁ。ちょっとだけ離れたか? 急ぐか」
山道は狭い。足を速めるために前後となる。相変わらず、会話は続く。
「それにしても、おれらは、毎日、山歩きだけじゃなぁ。自慢にもなりやしねぇ」
「そうだな。こんなんしてたんじゃ、ベタ惚れしてるリンに自慢できないんだろ?」
「リンに会いてぇなぁ」
「戻ったら結婚か?」
「うん。戻ったら、すぐ求婚するつもりだ。上手くいったら、おめぇも、結婚式には来てくれよな」
そう言った時、木が揺れた気がした。
あれ?
相棒の返事がない?
「どうした?」
振り返った兵士が最後に見たのは、草をまとった「何か」だった。
それは、森そのものが人の形を取ったような“怪物”だった。
叫ぼうとした。叫んだはずだったのだ。絶叫しようとした。
『バケモノ!』
だが喉から出たのは空気だけ。手で口を塞がれ……
死んでいった兵士が、最後に何を思ったのかは誰にもわからない。
ただ、全身に草を生やしたように擬装した男達は「処理した歩哨」のことなど一切注意を払うことはなかった。
通常なら死体を物陰に引っ込めて発見を遅らせるところだが、今回は「一斉大規模攻撃」である。そのために、山を越え、崖をロープ降下してやってきた。
歩哨を始末したのはライスバーガー隊の仕事である。
コンビを組んだタックルダックル隊は仲間の仕事を信じて、ひたすら倉庫に直進する役目だ。
男達は中隊長の下に集合すると、ひと言も発することなく「次の歩哨隊」を処理するために向かったのである。
その日、コフへの補給品を積み替える基地に、やっと集積できた3千トンの食糧を積み上げた倉庫は、全て火がかけられたのである。
ようやく火が消えたのは翌朝のこと。その時、使える食糧は半分以下だった。
トヨス基地は「大丈夫」では無かったのである。
イヴープ大将は、その夕方、トヨス基地の防衛士官を公開鞭打ち30回の刑だと宣言したと記録されている。
しかし「鞭打ち」というのは詭弁のようなもの。実際には樫の木の丸太で目一杯殴りつける処罰である。
防衛士官の息は23回目で途絶えた。
だがイヴープは言った。
「処罰は鞭打ち30回である」
死体への七発は、黙々と加えられた。
ホントは「ツキジ」にしたかったんですけど、変わっちまいましたよね。以前は「場外」に美味しい食べ物屋さんがたくさんあったけど、今はどうなったんだろう?
それにしても、戦場では、絶対に結婚話はしちゃダメですよね。




