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第59話 第2次アラモ砦攻防戦 中

 司令官の「逃げろ」命令により、クルシュナの馬酔草作戦は、見事に空ぶる結果に終わりました。反対側の壁からの奇襲も予測済み。

 そして、崖上のクルシュナは、火がついて間もなく逃げ出したわけです。

 果たして、斬殺できたのかどうかがポイントですね。


 残念ながらというべきか、関係者の努力の結果なのかはわからないが、馬酔草(まよいそう)は現在絶滅しまっている。そのため文献にもないし、まして実験をしようもないが、一つだけ分かるコトがある。


 植物が蓄える毒を燃やすことで拡散する場合、濃度が問題になるという初級学校レベルの話だ。


 アロマキャンドルの匂いは部屋に広がる。かなり広い部屋でも匂いは感じるだろう。だが、その「成分」が身体に影響を及ぼすのはどのくらい必要なの? と言うのは別問題。


 夏の夜にやってくる蚊も、ベッドでプーンと羽音を立てている程度なら殺虫剤をシュッとすれば大人しくなる。だが、夏の河川敷を歩くときに、シュッだけでは、次の瞬間、別の蚊に刺されてしまうだろう。


 河川敷全体に殺虫剤を撒くしかない。まあ、それはそれで厄介なことが起きそうなのは考えものではある。


 ともあれ、空間に撒いた「薬」が効くかどうかということは、撒いている量と広がり方との相関が常に問題だ。


 第2次アラモ砦攻防戦では、煙にどの程度の成分があり、どの程度の効果があったのかという話になる。

 

 そして、気体には重さという物があることが重要だ。


 二酸化炭素は空気よりも重い。よって低い場所に止まりやすいというのは、われわれ誰もが初級学校で学ぶこと。しかし、この当時の教育レベルは、サスティナブル王国に比べて、周辺諸国は低かった。


 特にクルシュナ王は小国の王子出身だけに、高度な教育を受けられなかったのだろう。他のシーランダーの将軍達も「気体の重さ」のことを知らなかったのではないかとしか思えない。


図1

崖 |

崖 |

崖 |空間   空間  空間 

崖 |  煙  |壁|

崖 |  煙  |壁|

崖 |  煙  |壁|  陣営地


大雑把だが、火を付けた段階では、こうなる。


 煙が空気より軽ければ、そのまま上空へ逃げていくだけになる。ただし「猟師が穴の中に籠もる動物に使った」という証言があるので、恐らく空気よりも重いはずだ。

 この場合、壁の外が一杯にならないと、壁の内側には入ってこないことになる。 


図2

崖 |

崖 |

崖 |空間  溢れた煙 空間  空間 

崖 |煙煙煙煙煙|壁| 煙

崖 |煙煙煙煙煙|壁| 煙 煙

崖 |煙煙煙煙煙|壁|  陣営地


 実際の進行も、そうなったらしい。


 逃げろ、という命令が壁の内と外で同時に聞こえたが、結果は極端に分かれた。


 仕掛けた側は急峻な斜面をよじ登ることは難しかった。崖に沿って逃げた者もいるが、風上に逃げた少数の人間だけが逃げおおせた。大半は馬酔草にやられた。


 薬物に汚染された人間は理性的な判断はできなくなる。煙を吸い込んで「パーマン」なった者達は、壁をよじ登ろうとした。


 空を飛べるわけもなく、ほとんどの者は途中で落下し身動きできなくなった。だが、時に薬物は人間の「火事場のバカ力」を引き出すこともあるのか、陣内に3人が侵入できたのだ。


 一方で守備側はどうなっていたか。


「ただちに逃げ出せ」


 という、およそ防衛司令官(実際は「アラモ砦構築司令官」)らしからぬ命令は確実に守られたと言いたいところだが、実は命令違反があった。


 恐らく「命を賭しても守るべきものはある」と頑固さと正義感を見せた下級指揮官と、不幸な部下達なのであろう。


 司令官の命令を聞かなかった者達である。いわば「抗命罪」も適用される大罪者であり、名前は残っていない。


 けれども、彼らが役立ったのもまた、事実なのであった。


 少数の頑固者達を除けば、守備兵はきちんと「逃げた」のである。


 陣地から組織的に脱出した者が半数。残った半数うち、千人ほどが反対側の城壁の上に避難し、残りは2階建ての建物の上の階に立てこもったことになっている。


 陣地殿ど真ん中に立てこもったのは、司令官をはじめとする参謀達だ。万一の場合、危機管理上の要請から最高指揮権を国軍の隊長に委譲する予備命令書も軍の資料の中から発見されている。


 つまり、ノーチラスは自分が死ぬことも想定しつつ、敵の新兵器を迎え撃つことに決めたのだ。


 なお、この立てこもった場所というのは、特別な場所ではない。


 サスティナブル帝国の陣には物見の役をする塔が建てられるのが普通である。この本陣にもちゃんとあった。それも皇帝から贈られた太い鋼鉄の柱によって支えられた高さ30メートルもの塔だ。

 

 これは基地全体を見渡せるようにできている防衛指揮所でもあり、作戦本部になることが想定されている。


 ここに司令官以下の参謀スタッフが詰めていたのだろう。異例なことであるが、この時伝令役の兵士もほとんどいなかったらしい。


 と言うのは、彼らが敵兵を発見したときのことである。


「浮かれるような足取りで、素っ裸であった」


 と記録されている。


「指令、あれはワナでしょうか?」

 

 発見した参謀スタッフは、首を捻った。


 裸の男がフラフラと踊るように歩いているのだ。


 しかし、近くのかがり火を使ったのだろう。建物に火を付けようとした。

 

 なんらかの罠を疑うのは、ほとんど職業病であろうが、放火されるのを黙って見過ごすことはできない。


 最初にノーチラス自らがヤリを手に塔を降りようとしたらしい。もちろん、部下達は停めた。


 ふらふら男に後れを取る可能性はなくても「下にはガスが」と思えば、停めるとは当然だった。


 そこに現れたのが、件の命令違反組である。


 それなりの葛藤はあったに違いないが、背に腹は代えられない。


「おーい、そいつらを何とかしてくれ!」


 そんな風に叫んだのだろう。ゾロゾロと出てきた守備兵は、手を振り返すと「はーい!」と元気に手を振り返した、と書いてあった。


 ギョッとしただろう。


 陣地内の守備兵が、指揮所からの声に「はーい!」はありえない。


 笑顔が見えるかのような返事であったとある。


 その後の細かい描写は避けるが、十数名の兵士達は鎧兜を脱ぎ捨てながら「おともだーち」と叫んで、今しも放火しようとしている敵兵に次々と抱きついていったという。


 その兵士達は塀の上辺まで達したガスを吸い込んでいたのであろうと、まるで慰めるかの筆致で書かれていたのは、見てしまった側が気の毒になるほどであった。


 私も、おジョーヒンにモノ書きを続けているつもりはないが、この後に目撃された、あまりにもな男達の行動は、ここに記すのは忍びない。


 ただ、言えるのは、ガスが致死性のものではなかったにせよ、理性を麻痺させることは確かだったということだ。


 見る側が気の毒になる「地獄のサバト」は延々1時間以上続き、男達は疲れ果てて眠ったようだという記録が最後である。


 というのは、既に男達が放火をする余力が無くなっていることがわかって興味を無くしたこともあるだろう。(見たくもないであろうし)


 しかし、ちょうどその時、反対側に真の奇襲攻撃を仕掛けてきたタイミングでもあったのだ。


 ここにきて、第2次アラモ砦攻防戦は、後半へとうつるのである。


 なお、この兵士達の抗命罪は不問に付されたが、放火を防いだと言う功績によるものではなく「あまりにも気の毒すぎる姿で朝を迎えたから」と参謀の一人が記していることを付け加えておこう。


 ともかく、ここから後半であるのだが、同時に「第2次アラモ砦攻防戦においてクルシュナ王を斬殺した」という伝説についても検証したい。




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