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第55話 人の嫌がることを率先してやりなさい

「さすがだとしか言いようがないな」


 ノーチラスは、感激した顔を隠さずにムスフス達の行動をほめた。


 激務である遊撃戦の()()なのに、わざわざ基地まで戻って警告した後、また出撃していったらしい。


『本当は、ひと言くらい欲しかったな。一応、私が司令官なんだし』


 自分が文官であるという強い自覚がある。だから軍事に関してはなるべく口を挟まないことを意識している。なまじなことを自分が言えば、部下が振り回されると危惧してだ。


 特に帝国唯一の軍師であるミュートが赴任して以来、言われるがままにしてきた。


『ショウ様が見こんだ才能だ。私があれこれ考えるよりも、任せた方が結果は良いに決まっている』


 実際、ミュートが出す指示、献策は常に的確で、現場の実情に合ったものばかり。


『私はミュートの言うことを実現することさえ考えれば良いんだ』


 当然、司令官の姿勢を各部隊長は敏感に察する。指揮系統は乱さないものの、報告をミュートに持っていく者が増えてきたし、指示を欲しがる。


 少なくとも元からいた国軍南部方面隊の各隊長達や、騎士団達はミュートに報告を持っていくし、指図を受けることを好むという現象が起きていた。


 皮肉なことに、最大の戦力であり、しかも元ミュートの同僚でもあるピーコック隊など、客将格のゴールズの方がノーチラスを敬う形を取ってくれていた。


『ミュートの才能は素晴らしいわけだから、彼を使うのは指令官として当然の判断だ。私が優秀な部下の能力を使って命令している。だから問題はない。だが、ちと寂しいのはあるなぁ』


 報告が自分では無くミュート経由になることが多いのだ。


 分家とは言え御三家の一員であるとの自覚があるため、ミュートに嫉妬などない。ただし、人間としての「寂しい」という感情は抜きにできないのも自然なのだ。


 ノーチラスは居並ぶ隊長達を見回して、何の力みもなく言った。


「諸君の忌憚なき意見を述べてくれたまえ」


 忌憚なき意見を言えと言われても、全員の手元には完璧な「防衛要領」が渡されている。敵の予想と部隊の配置、注意しておくべき点、果ては持ち場に準備するべき薬品や水・食料と言った細部にわたるまで書かれている。


 完璧なのだ。


 一瞬、お互いの様子をうかがったが、手を挙げる者はいなかった。


「今のうちだぞ。いつもの通り、会議の場での発言に遠慮は無用だ」


 会議が終われば、指示に命を懸け、また懸けさせるのが隊長達の役目だ。だから、会議においては、上下の隔てなくどんな発言も許すという、きわめて文官的な会議運営をしてきたノーチラスである。


 オズオズと南部方面軍の隊長が発言を求めた。


「ピーコック隊の報告を疑うわけでもなく、軍師殿の作戦に不満があるわけではないのですが、そもそも敵の意図をどのようにお考えでしょうか?」


 防衛要領には、目的として防ぐべき事態も優先順位を付けて書かれている。防ぐための技術的な注意点も、ケースごとに記載されている。


 完璧なマニュアルだろう。


 だが「予想される敵の意図」だけはひと言も書かれていなかった。


 防衛側からすればなすべきことは難しくない。今回は撃退する必要すらないのだ。半日持ちこたえれば、十分な援軍が砦本隊から来て挟み撃ちにできる。


 予想される敵軍の規模なら壊滅すら可能なはずだ。普通なら、そんな攻撃を仕掛けてくるはずがないというのは誰でも考えること。


 何か意図があるはずだ。


「さすがに砦が落とされれば困りますが、既に司令官殿のおかげで完成状態です。兵も十分に入れてある以上、いきなり落とされる可能性はありません」


 防衛要領にも砦が落ちる事態は予想してない。


「今回の要領には本営を左右から奇襲してくるとあります。本営は両側を崖に挟まれる地形です。大軍が仕掛けられないのは当然ですし、事実、予想の数字は5千と言うことですよね? 敵はなぜ、こんな無謀な攻撃を?」


 隊長が言うのはもっともなのである。


 ノーチラスの卓越した指示によって砦は一気に完成状態となった。ここには国軍・1万5千が配置されている。


 砦攻め5倍の法則を持ち出すまでもなく、本気で落とすなら10万規模の動員が必要となる。


 もちろん、サスティナブル帝国側も偵察は怠りないので、それほどの大軍が近づくのを見落とすわけがない。


 現時点の砦が落ちる心配など不要なのだ。


 となると、後背地にある本営に大軍を持ってくるのはさらに難しい。砦に連なる山々は険しく、大軍の通過は不可能だとされていた。崖から大軍が駆け下りてくるわけもなく、上から矢を射ても届かない程度には距離を取ってある。


 これで大軍が押し寄せてくるはずがないのだ。


 事実、防衛要領にも敵は最大で5千と書いてある。軍師が見せてきたこれまでの才覚には信頼が置かれ、居並ぶ者達は誰も、この「最大数」を疑ってない。


 だからこその疑問だった。


「本営にいる戦闘員だけでも2万はおります。少数の戦力で完成した砦を、しかも撤退困難を承知で襲撃する作戦など聞いたこともありません」


 全員が疑問だったことを、聞いてくれたというホッとした気持ちと、ズバリズバリと作戦指揮を行ってきた軍師様がどう答えるのかという期待が、ホンノリと漂った。


 確かにノーチラス自身も、それは疑問に思ったのだ。しかし、司令官自らが、作戦の根幹とも言うべき「敵の意図」について尋ねるわけにもいかなかった。


『戦闘部隊の指揮官なら分かると思ったんだが、誤解だったか』


 分からないのは文官である自分の落ち度なのかと思ったノーチラスは、ここまで聞けなかったことでもある。


『軍師殿の考えに期待しよう』


 しかし、ミュートはしれっと「小職には分かりかねます」と平然と断言したのだ。


「え?」


 期待に満ちた一同の空気は、むしろ「軍師様が分からないと発言するなんて!」と言う驚きに変わった。


 しかし、ミュートは平然と言葉を足した。


「しかしながら、司令官殿であれば、想像できるのではありませんか? ぜひとも、浅学な部下めに、ご見解を教えていただきたく存じます」


 刀と矢が乱れ飛ぶ戦場なら別だが、文官であるノーチラスにとって「会議という戦場」では驚いた顔など見せるはずが無い。


 しかしながら、内心は別だ。


『この裏切り者めぇえええええ!』


 大絶叫である。


『文官である()()が、こんなところでみっともない意見をだせるわけがないだろう。見当違いなことを言えば、もっと失望されるんだぞ!』


 着任以来、最も人を憎んだ瞬間かもしれない。


 しかしながら、ノーチラスは「英才揃いのシュメルガー」の一員である。能吏となるべく鍛えられてきただけに、会議の場で感情を乱すことがどれほどマイナスになるかを知り抜いている。


 ゴクリとつばを飲み込みながら「いやぁ、これは軍師殿にずいぶんと信頼していただいたようだ」と笑顔で答えつつ、素早く頭を回している。


「司令官殿? 今までのご経験を活かしていただいて、ぜひとも叡智をお授けいただきたいのです。なにしろ、着任早々、この砦を救った実績をお持ちですから」


 以前、テムジン達に頼んで急行軍の着任のことをいっているんだろう。


 その時のことにひとわたり触れ始めるミュートだ。


 会議の発言に関してなら、ノウハウは人一倍持っている。ノーチラスは素早くミュートの発言意図を理解した。


『これは考える時間を作っているわけだ。ということは、本気で私に答えを求めていると言うことになる…… 考えろ、考えるんだ。相手が無謀にしか見えないことをする時、敵は何をしたがっている?』


 ふっと思い出した。


『そう言えば、私は教わった。「人の嫌がることを率先してやりなさい」という名言を』


 かつて大先輩であり、一族の当主でもあったノーブルの言葉を、その厳粛な表情と共に明確に思いだした。


「相手が嫌がることだと思えば、どれほど無謀な意見であってもどんどん出すべきだ。そこに答えているうちにスキが見えてくるモノだからね」


 まだ幼かったノーチラスは恐れ知らずに、そこに質問をしたものだ。

 

「でも、無謀な意見を言うと馬鹿にされませんか?」

「そうだね。確かにマイナスはある。だが、時としてマイナスを補うほどのプラスがあるのだよ。時間稼ぎだけでも成果になる場合もある。あるいは相手が隠したがる真の目的を見つけるとか、はたまた、手持ちの『切り札』がどのくらい効果がありそうか予想する手段にもなるのだ」


 厳粛な当主は、まだ年少のノーチラスにそうやって丁寧に教えてくれた。後で聞いたら、周りの大人はヒヤヒヤしたらしい。知っていて当然の質問をすれば怒鳴られるに決まっているのにと。


 その時のノーブルは、質問をしたのが幼い子どもだったということで、別に「知っていて当然」とは思わなかっただけなのだろう。


 しかし、幼い頃、唯一の「ご当主様から受けた教育」は鮮やかに心に残っていた。


 そのご当主様の思ってもみない優しい顔ととともに、ノーチラスは「あっ」と思ったのだ。


 気付けば、ミュートがこちらを見つめていた。


 切り札……


「私は諸君と違って、戦場経験が極めて少ないが、一つ言えることがある」


 当たり障りのない前振りを喋っている間に、この後に発言する内容をチェックするのは会議慣れしている人間特有のやり方だ。


「マイナスしかないように思える攻撃をする人間には、必ず、意図がある」


 ここまで喋った段階で、もはや覚悟を決めている。迷いはない。


「おそらく新兵器ではないか?」


 それが切り札だ。


 全員が「え?」という表情で見つめて来た。


 とっさに「間違ったか!」と焦ったが、ここまで来て引き返すわけにはいかない。


「それでここを突破できると思っているのか、それともこの戦場で実験する価値があると思っているのかまでは分からないが、それなりに自信があるのだろう」


 ミュートは、そこで「この戦場で実験する価値とは?」と追撃を止めてくれない。しかし、この手の攻撃、すなわち発言意図を正すのは会議の常道だ。当然、答えは用意してある。



「詳細は分からないが、砦本体ではなくてこちらを攻めてくるということは、無理をしてでもこちらに使う価値を見いだす、あるいは条件が合うということではないか」

「条件が合うとおっしゃるのは?」


 ノータイムの追撃だが、ここは簡単だ。


「たとえば、砦攻めは高低差が常にある。あるいは本営の方が広いといったところだろうか? すまないが、私が言えるのはその程度だ」


 全員が、シーンとなっているのを見て、ノーチラスは自分が部下を失望させたのかと焦った。


 ミュートが一同を見回して言った。


「司令官殿は二言目には、ご自分を文官、文官とおっしゃるが、誰よりも戦争というモノを理解なさっているご様子。一同、お分かりいただけましたかな? まさか、ガバイヤ戦で我らが使った作戦をご存じない方はいらっしゃいませんね?」


 その瞬間、ノーチラスも理解した。自分が「何」を予想してしまったのかをだ。


「アラモ砦は山上。本営は多少の高低差はあっても基本的に両側を急峻な崖に挟まれています」


 クラ城防衛で有毒な霧を使ったという話は知っていた。さらに、ウワサレベルではあるが、ガバイヤ征服戦の過程で途轍もない死者を出した戦闘があったという話だ。


「シーランダーの技術力から言って、以前、こちらが使用したような威力を持つ兵器は使ってこないと思います。けれども、それなりに威力があると判断したからだ、ということをお忘れなく」


 シーンとなってしまった。

 

 戦の素人であるはずの司令官が、自分達には思いもよらない、しかも「あの軍師殿が思いつかないこと」を言いだしたのだ。


 それが真実であるのかどうかはさておき「新兵器」の可能性は、言われてみればありうることだ。


 居並ぶ男達が司令官を見る目が、いっきに改まったのである。






新兵器として「毒ガス」の可能性を指摘したノーチラスです。

ただし、シーランダーだと、この世界の技術力で可能なものしか使えません。だからショウ君と違って致死性のものは出て来ないはず。ちなみに江戸時代の猟師さん達が穴に籠もった獲物を追い出すのに使うレベルのものだってあります。

とは言え、それを理解できるのは、ショウ君本人だけなので、隊長達のビビリはハンパないと思います。

ちなみに、毒ガスを使ったシーンは第4章再生編「第41話 夜襲」が最初で、その後のガバイヤ統一戦は、第6章東部編「第32話 ルビコン討伐」です。

(西部で使ったCO2作戦は、一般には知られていません)


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