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第54話 襲撃作戦

 ムスフスは3日間の山中遊撃戦を終えてアラモ砦に戻ってきた。隊員達も限界に近い。ともかく一眠りしたいと全員が寝床にまっしぐら。


 疲れすぎると酒や飯、まして風呂なんて後回しだ。今は、どんな美女の誘惑よりも、ベッドが愛おしいのだ。


 だが、隊長ともなれば、そうも言っていられない。むしろ、基地に戻ってからのあれこれの方が面倒くさいモノなのだ。


 しかし疲れた体を休める間もなかった。


 「早速ですが」

 

 さっき出迎えてくれた時、ミュートは「すぐにご報告に上がります」と言ったが、本当にすぐだった。


「まさかイスに座る前にやってくるとはな」


 半ば独り言だが、完全に無視されしまった。仕方ない。サスティナブル帝国で任命を受けた、ただ一人の軍師の言葉だ。後回しにできないだろう。


「あぁ、掛けたまえ。急ぎの用件こそ、きちんと話す必要があるのだろ?」

「ありがとうございます。ご決断なさるまでに、シャワーくらいは浴びられるかと」


 瞬間的に、ムスフスの頭は臨戦態勢となった。


 ミュートが軍事の天才であることは、とっくに理解していた。


 つまりは、決断を急ぐべき内容だと言うこと。


「できれば、シャワーを浴びていただいている間に、本部会議を招集する権限もいただければと存じます」


 その言葉を聞いて、ムスフスはいささか鼻白んだ。


「権限を、私がそなたに託すのか?」

「はい」


 ここにいたって、この案件が実に微妙な内容である可能性に気付いたムスフスである。


 ここはアラモ砦の中とは言っても、山の裏側にある本部基地だ。


 兵士達の宿舎が建てられている場所だが、各部隊の連携性を高めるために部隊長クラスはこの本部棟に寝泊まりしている。


 大事なコトを決めるなら、この建物にいる「エライさん」を集めればいいことになっていた。


 この辺りは、ノーチラスの能率主義のやり方が生きていると言えるだろう。最前線部隊であるムスフスから見ても、上手いやり方だと思った。


「だが、会議を開くだけならアラモ砦構築司令官に頼めば良いはずだが?」


 やや硬い言い方で問うたのは、ミュートが腹に抱えているイチモツが気になるからだ。


 ムスフスの疑念はこうだ。


 会議を招集する権限は、砦の司令官であるノーチラスと、ゴールズ各隊長、そして、国軍南部方面隊指揮官、そして行きがかり上、抜けられなくなったエバーグリーン家の騎士団長が持っている。


 司令官のノーチラスはあくまでも文官だけに、軍師であるミュートが要請すれば会議は言われるままに開くに決まっていた。


 帝国唯一の軍師という存在を軽んじるほどノーチラスは愚かな人ではないのはわかっていることだ。


 2メートルを超す筋肉ダルマではあるが、ムスフスはけっして脳筋というわけではない。この瞬間、アラモ砦の「風通しが少々悪いのか?」程度の想像はした。


「ふむ。《《うまい話》》では無さそうだな」


 砦の防衛部隊としては、あまり嬉しいことではない。


「あ、気付きませんで。どうぞ、私など気にされずに」


 ミュートが、今、気付いたと言わんばかりに目で指しているのは卓上の菓子入れだ。ここには、皇帝陛下特製のご褒美「アーモンドチョコ」が入っている。

 

 疲れた身体に甘さとチョコの興奮作用は実に良い。


 遊撃作戦から帰陣したら、出陣した全員に特別配給されるのが慣例である。


 ミュートは「戦士のみなさまの特権です。どうぞ召し上がりながら」とさらに促す。作戦のために決断を急がせるが、それでも疲れを少しでも取って欲しいというミュートなりの誠意に思えた。


 このあたり、同じ天才でもベイクとは正反対なのだろう。


 人間性という要素を加味しないと現実が軍事作戦と遊離してしまうことを恐れるミュートであり、戦略の上で感情や感覚を極端に排除しないと引きずられてしまう恐れを感じるベイクとの差である。


 一緒に戦場に出るならミュートの方が、全然、良いのは言うまでもない。というよりも、とチラッとムスフスは思ってしまう。


『あれと上手くやれるのは親分くらいなもんだろう。最近だと会うたびに、イラッとさせるからな』


 余計なことを考えかける自分を辛うじてムスフスは制御した。


「分かった。そなたが言う以上、きっと理由があるのだろう。遠慮なく食べながら聞くぞ」

「はい、どうぞ。では明日の朝の襲撃について報告をはじめさせていただきます」

「ん? 襲撃? どこかの部隊が出撃するなど聞いてないぞ。国軍が勝手なことでも始めたのか?」


 この最前線は遊撃部隊が当面戦い、他は守りに徹するのが取り決めだ。どこが身勝手なことを考えたのだと、ムスフスは不快な表情を隠さない。


 ガリッとアーモンドごと噛み砕きながら、それでも口中に広がる優しい甘さと香り高いチョコに感情は多少でも抑えられる。


「いえ、出撃の話ではありません」

「今、そなたは明日の襲撃の話だと言ったではないか」


 あっと言う間に飲み込んでしまった。頬がとろけ落ちそうな怖さすら感じる。


 美味。


 ムスフスが二粒目を口に放り込むのを見つめてからミュートは言った。


「襲撃するのではなくて、されるのです」

「ここがか?」


 コクンと頷いた。


 ありえない。とっさに思ったのは、自分達のような少数精鋭による威力偵察のようなもの。


 砦の後背となる基地である。山中には十分な哨戒網も、ワナの類いも仕掛けてある。大規模な堀や壁を仕掛けて、徹底して道をツブしてあるのだ。


 そこをくぐり抜けるには少人数の良く訓練された部隊が必要だった。


 たとえばピーコック隊のような……


 軍師相手では表情を隠す必要を感じないムスフスは、いささか不機嫌に「対応は?」と尋ねた。


 少人数による工作であれば、対処法などいくらでもあるはずだ。


「数千規模です」

「バカな」


 即座に、ありえないと思った。それだけの大人数が近隣の山に隠れられるわけがない。威力偵察が目的だったとは言え、帰陣する瞬間まで周辺警戒は怠ったつもりはない。


 自分達の目が節穴だというのか。


 ムスフスが口を開く前に、ミュートが「確率は8割です」と説明を始めた。


「恐らく夜明け前に西側で火の手が上がります。それに対応をしたこちらを見て、東側が本命かと」

「ちょっと待ってくれ。オレ達がさんざん、敵を引っ張り回したのは、ここから南に20キロほど行った山の中だぞ? もちろん、広域偵察隊だって連れて行ったんだ。行き帰りだって見てきたぞ? オレが東、ウンチョーが西だった。それでもそんな気配などなかったがね」

「そうですね。いくつかの傾向が見えていました。特に初日に遭遇戦をした場所をマッピングしてみますね?」


 遊撃戦は強行偵察の意味がある。そのため、出陣中は経過報告を毎日入れている。既に、戦闘経過が地図には書きこまれていた。


「それと騎士団の一部が近隣で狩りをしていました。まあ、規律の問題はこの際ですので見逃しても良いレベルですが」

「狩りだと?」

「新鮮な肉は、いくらあっても困りませんからね。弓の鍛錬も兼ねていたのでしょう」


 勝手に基地から出歩くのは論外だが。たとえ許可されたとしても、それを騎士団として認めていたのかどうかが問題だ。


「統率とか規律の問題は、陛下が到着すれば自然と解決しますので」


 あえて「陛下」という言葉を使ってムスフスの異論を抑えた後、今はこっちだけを見てくれと言わんばかりに、小さな白い石をポケットから出す。


 順番に置かれた石は明らかに北側に多くなっていった。


「この順番で、獲物が捕れたとのこと。多少の違いはありますが、鳥は明らかに北に逃げてきました」

「つまり、南側から人の移動が? しかし、オレ達が見逃すと……」


 そこでいったん黙り込んでからムスフスは言った。


「まさか?」

「はい。ひょっとしたら、大物が出てきている可能性があります」

「シーランダーの黒王は幻術を使う、か?」

「以前、陛下が襲われたときは何もない平地だったのに500メートルまで接近してやっと見えたそうです。まして山の中。敵の力は侮るよりも、大きめに考えるべきです」

「というと?」

「申し上げたとおりです。鳥の逃げ方、範囲、そして機動戦においての遭遇パターンが南下していたこと。それらから考えられる規模を推定しました。それが数千規模の襲撃という予測です。そしてムスフス隊長達の帰陣はおそらく敵も読んでいるはず」

「なるほど。我々が南で暴れた直後が、一番手薄になると言うわけだな」

「はい。もちろん、ご存知の通り警戒網はありますが、テムジンですら欺かれた幻術です。並の人間の手に負えるわけもありませんので」

「何か策を立てたのかね?」


 ここまで説明してきた上で、実は「決断を急ぐ」理由がわからない。


 数千規模と言っても、このレベルの基地を襲撃するには数不足だ。奇襲ならわからないが、予測できるなら備えれば良いだけ。ここは最前線の砦なのである。しかも明日の朝だと読んでいるなら、今から動けば十分に備える時間はある。


 しかし、じっと見つめるミュートの目を見て気付いたのだ。


「オレに決断しろというのは、防衛戦ってことじゃないんだな?」


 ミュートは、心からに見える笑顔となった。


「はい。誠に心苦しいのですが。防衛戦はピーコック隊とは無関係にしたく存じます」


 菓子入れにあった、残りの4個をいっぺんに口へと放り込んだムスフスが身を乗り出した。


 防衛戦ではなくて「攻撃」をしろということだ。しかも、相当に困難な作戦になるのだろう。


「安心しろ。最高に困難な作戦こそ、我らの生きがいである」

「そう言っていただけると信じておりました。それでは、こちらを」


 パッと渡された紙束には詳細な作戦内容が書かれている。


 中身を読むと、内心唸らざるを得ない。


 確かに常識では不可能な作戦にみえる。しかし鍛え上げたピーコック隊なら可能に違いない。

 

 だから、これが遊撃戦から1日の猶予があれば、少しもためらわなかっただろう。


『遊撃戦からの連続というのは、いささか想定外だな』


 3日間に渡って山中を広域偵察隊の馬と競走するようにして駆け回り、文字通り、夜討ち朝駆けで、睡眠もほぼ取れてない。

 

 体力は限界に近かった。


 さすがに逡巡せざるを得ない。ムスフスは、自分の体力を基準に部隊の行動を考えるほど愚かな指揮官ではないのだ。


 ふっと計画書の表紙を見た。


 そこには、ミュートなりに技巧を凝らして文字のレタリングまで施してある。


「これをいつ考えたんだ?」

 

 どう考えても、一昨日の報告を見て急に立てた作戦計画書のできではない。

 

「まあ、あらゆる想定をしておくのが軍師のお仕事なものでして」


 ちょっと恥ずかしそうにしながら、しかしミュートは現場出身であるだけにピーコック隊のプライドも知っていた。


 だからこそ「できますか?」とはわざと聞かなかったのだ。


 反面、できないと思ったら絶対に、この作戦を見せなかったとムスフスには分かる。


 静かにムスフスは笑顔となった。


「おめぇも、けっこうワルだな~ これで断ったら、うちらは胸を張れなくなるじゃねぇか」

「ありがとうございます。隊長が出た直後に、帰陣したピーコック隊の献言と委託で指揮官会議を行います」


 つまりはピーコックが敵を発見したことにすると言っているのだ。もちろん、他にも理由はあるのだろう。


「そんな気を使う必要はないんだぞ?」

「いえ.まあ、今後のこともありますので。でも、上手く行けば」

「今後を考えなくて済むってヤツだな。分かった、まかせておけ」


 パッと立ち上がったムスフスは「おっと、シャワーの時間はないみたいだったな。それは外れだったみたいだぞ」と振り返りもせずに隊長室から出ていった。


 ミュートはその大きな背中に向かって「浅学非才の身にて。予想が外れてしまいました」と深々と頭を下げたのである。


 願わくば、とミュートは心の中で呟く。


 外れるのはこれだけであってほしいものだ、と。


さて、久しぶりの戦闘シーンになるかな?

それにしても、領主を喪ったのに半年以上現場に置かれたままのエバーグリーン家騎士団は、貧乏くじだったかも、ですね。


活動報告で作品についてお知らせを書きました。

現在カクヨム様と同時公開になっておりますが

近々で、なろうの方は削除することになると思います

詳細は分かり次第ご報告いたします


できればブックマークにお入れいただくと

お見逃しがないと思います。

よろしくお願いします。

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