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第52話 平和を回収したい

 ミネルヴァの研究所のスタッフは先に到着していた。


 この後に必要となる「回収」の準備をするためだ。あらゆる事に優先すると根こそぎ動員したおかげで百人近い数がいる。


 全員が、清らかな池となったことに唖然としたが、すぐに目を向けたのは横に作られた場所だ。


 大小、様々な山があった。


 自分達の役割を思いだしたスタッフ達は、急ぎ足で近づいた。


 一番大きな山。リーダーらしい男は「鉄?」と思いつつも、さすがに用心深い。直接触ろうとはしなかった。


 代わりに腰に差していた巨大スプーン(前世の中華お玉)で突いてみると、重さや感触から鉄であるとの思いを深めた。


 そのすぐ横にある、これもまた鉄のように見える小さな山にお玉を近づけて、ミネルヴァに叫んだ。


「所長、これは磁石です!」


 黒い山が鉄であることはすぐに分かった。1メートルほどの山と30センチほどの山に分かれていて、そちらの山のツブは、まるで星の欠片のように黒く輝いていた。


 小さい方の山にお玉を引き寄せられる力を感じて、磁石になっていることに気付いたのだろう。


「ということは、3価の酸化鉄がまざってっているかもしれないわ」


 半ば独り言。


 異世界の教科書で読んだ鉄と言う素材は面白い。安定的な酸化鉄として2価と3価のものがあり、微妙に性質が異なるのだ。2価は普通に錆びとして見かけるが、3値の方が混じると磁性体となると書いてあった。


「コバルトがあれば、永久磁石を作れるのに」


 教科書には、そう書いてある、試してみたいがコバルトなる物質が手に入らない。どうすれば手に入るのかも分からない以上、どうにもならない。


 キュッと唇をかんでから、自分が独り言を口にしてしまったことに気付いたハッとした。


『いっけない』


 声に出してしまったが、他の研究員には聞かれなかったのだろう。仮に聞こえたとしても、正妃の独り言にツッコめる人間は多くはない。


 こと、研究のことなら胸襟を開く関係にができつつある。しかし研究員にとって雲の上の存在が、ボソッとつぶやいた言葉は聞かない方が良いに決まっている。


 防護服姿のまま平地にできた小山を回収するべく、全員がテキパキと動き出した。


「あ、あれよ! あれと、あれは優先して!」


 ミネルヴァが指さした一つは淡い白色のサラサラとした物質。1メートルほどの直径で、腰よりもちょっと低い山となっている。


「水に溶けやすいし、燃えやすいから」

「はい」


 防護服を着ている時は「絶対に走るな」と事前に、何度も練習させられている。

 

 男達は急ぎはしても、けっして走らずに用意した半透明の箱に小分けしていく。


「火気厳禁、分かっていますね」

「はっ、けっして火を近づけません」


 彼らが使っている箱は、ショウの前世ではタッパウエアと呼ばれるプラスチックケースだ。簡易的な空気遮断ができるため、数ヶ月程度は持つはずだ。


「そのうち、もっと良い方法を考えますけど、今は、仕方ないわ」


 半ばは部下に、半ばは自分に言い聞かせている。ショウから聞かされた「周りのものを極度に燃えやすくする」という厄介な性質がある以上、密閉して小分けするしかない。


「そっちは、猛毒よ」


 直径30センチほどで、膝ほどの高さになった山は光沢のある金属のように見えている。


「それは徹底的に回収して。ガラスケースに封印。処理方法はそのうち考えます」


 ヒ素である。これは予想していた。


 男達は「猛毒」という言葉に怯みつつも、自分達が身につけさせられた慣れない「服」がこのためであったのかと、すばやく理解できるだけの頭脳の持ち主だ。


 科学は、時に危険を伴うが、必要な防護措置を取れば必要以上に恐れる必要などない。大事なのは「正しく恐れること」だと知っている。


 そのために、数々の実験をしてきたと言っても良い。学問に実験が不可欠であるのは、こういう態度を身につける点でもあるのだろうと、ミネルヴァは信じている。


 他にも、いろいろな種類の「山」ができているが、ともかくこの二つが最優先。


 実は、ここには鉛やクロムといったもろもろがあるのだが、それらの回収については、今後の検討にするしかない。


「それぞれの山のサンプルをとったら、全部回収して。それと、大事なのは、今後は回収方法をマニュアル化するコトよ」


 宰相スタッフはもちろん、研究所のスタッフを回収のために貼り付けておくことなど不可能だ。人にはそれぞれ分担がある以上、作業する人に安全なやり方を伝えることこそ、研究員達の使命なのである。


 そして宰相スタッフは、先ほどの淡雪のような物質のサンプルを小さな薬さじ一杯分持って来た。


「みなさんは、こっちに」

「陛下?」


 ミネルヴァは「危ないです」という意味を込めて声を上げたが、笑顔で制されてしまった。


 十分に離れると、ちょっと大きめの石の上に、そのサンプルをサラサラと載せさせた。


「ここに取り出したのは砂糖でーす」


 心の中で「スズキじゃありませんってネタは通じないもんなぁ」という不満をチラリと思い浮かべつつ、砂糖を硝酸カリウムに掛けてみせる。


 宰相スタッフ達は、これから何が起きるのかと息を呑んで見つめている。


「このサンプルは硝酸カリウムって言って肥料に使える。だけど一番大事なのはそれじゃないんだ」


 取り出した百円ライターで、そっと火を付ける。


 いきなり白煙が上がって、紫の炎が高く上がったのだ。


「おぉお!」


 一同の声は、歓声に近かった。


 ホンの数秒で燃え尽きたが、炎の上がり方を見ると、強い燃焼であったことは一目で分かる。


「激しく燃える性質があってね。この物質を今後、ミネルヴァの所で研究してもらうことになる」


 どうにもならないドブ池の浄化という奇跡のみならず、宰相も、そのスタッフ達も、初めて見せられた物質の上げた激しい炎に心が奪われてしまったらしい。


 ミネルヴァ自身も「たったあれだけなのに?」と燃焼の激しさに、ドキドキしてしまう。自分達は、これからあの物質を研究するのだ。


 危険性への緊張もあるが、同時に、科学者としてのワクワク感がお腹の下から湧き上がってくるのを停められない。


「ここに命じておく」


 珍しく、ショウ様の声が、厳しい。


「可能性はいろいろあるけど、汚水は、今回のやり方で処理する方向とする。今後は汚泥を運び出す人間が要らなくなる分、コストが下がる」


 ショウ様がアレックス様の方を正面から見据えている。


「下がったコスト以上に、新しく回収する人間の配置や待遇に調整してほしい。出てきた物資の利用によって利益もでるから余裕はあるはずだ。ただし新しい運営をする上で、ミネルヴァの要求や注意は絶対に聞くこと。働く人の安全に関わることだ。絶対に守ってもらうし、守らせるように」


 おそらく、危険性を十分に承知しているのだろうとミネルヴァは思った。


 ふっと気付いた。皇帝陛下が自分を見ている。


 視線を合わせると、いつもの微笑だ。


「ごめん。いろいろと損な役目だし、危険なコトをさせちゃうけど」

「あら! 最高にワクワクする舞台をくださって、これ以上のプレゼントなんて考えられないほどです。心から感謝を」


 深々と頭を下げた瞬間の嬉しさは、本当だったのである。


「ミネルヴァ、ありがとう。頼んだよ」

「作業する方の安全も含めて、アレックス様とも協議に努めますので、ご安心を」


 御三家の子ども同士として、交流したこともある関係は、いわばこの世界での幼馴染みと言うべき関係だ。


 成人以来、領地で過ごすことの多かったミネルヴァとアレックスの交流は限られていたが関係ない。互いに目指すものが同じである以上、協力はできるに違いなかった。


「アレックス様、よろしくお願いします」

「こちらこそ。技術的なことはお任せしますので、なんなりと無理難題をお申し付けください」


 恭しく頭を下げるアレックス。


 声にはひょうげた雰囲気をまとわせるのは、ミネルヴァに対する信頼なのだろうと思える。


「ショウ様。全力を挙げますわ」

「えっと」


 ちょっと頭を掻いて見せてから、優しい目をして小さな声。ミネルヴァにだけ聞こえるようにと意識しているのは確実だ。


「安全については全力で最優先に。使い道を考えるのは急がない。わかるね?」


 ピンときた。


『ショウ様は、無理してまで急いで研究して、この戦争の兵器として利用するつもりはないとおっしゃっているんだわ』


 容易に、かつ激しくモノを燃やす性質の物質というものは戦争に役立つ。


 そんなことは武門であるガーネットの人間でなくても、すぐに思いつくことだろう。事実、宰相スタッフの一部は明らかに「兵器」として思いを馳せた表情だった。


 だから、むしろ自分が考えなければならないのは逆のことのはず。


「承りました。スタッフ一同、全力で、人々の生活をより豊かに、より安全にするための研究に尽くします」


 防護服のマスクの中で、愛する人が嬉しそうに笑ってくれたのが、とても嬉しかった。

川の汚染問題を解決すると同時に、ショウ皇帝は「土木工事に使う火薬」をテニしたつもりでした。

やっぱり「ノーベルさんみたいになりたくないもんね」って思ったかどうか。


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