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スキル「ゴミ」いや、マジで (書籍化決定)  作者: 新川さとし
第7章 南部編

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第51話 ノーベルさんの憂鬱

「ゴメン、こんな夢のない旅行になっちゃって」

「いいえ。ショウ様と二人っきりで旅行に行けるなんて、それだけでも夢のようです」

「ありがとう」

「私こそ。趣味の研究を活かせるお役目もいただけるんですもの。ありがとうございますって、何回でも言います」


 心から嬉しそうに、そして包むような大人の雰囲気で甘えさせてくれているミネルヴァがいつもながらの柔らかさで応じてくれるので、ほんわかムード。


 みんなそれぞれ素敵な女性だけど、包み込んでくれるタイプは二人いる。


 フワッと包んでくれるミネルヴァ。お姉ちゃん的にギュッと包むのがバネッサだ。


 今、オレはミネルヴァと皇帝専用馬車に揺られているわけ。


 まあ、馬車の中は二人だけど、すぐ横を騎乗しているカイが、泰然自若とした表情で警戒中。反対側で騎乗するのはアテナ。もはやこの二人は、オレの行く場所にいないことはありえない感じだ。


 馬車を囲むのはガーネット家騎士団とゴールズ・迦楼羅隊、さらにそのまわりを国軍歩兵のみなさんが点々と警備中。


 しかも、ちょっと離れた馬車三台には、アレク達宰相スタッフが全員そろってる。


 どこに来たのかって?


 そりゃあ、さっき休憩の時に着替えたオレンジの防護服でわかるだろ? あ、この防護服は原発で使われてたゴミだよ。


 オレのスキルだと「放射性物質」を呼び出せない。逆手を取ると、放射性物質がゼロの状態で呼び出せるわけ。


 こいつは化学汚染にも強いし、最強に近い空気フィルターがついているから、今回の仕事にぴったしなんだ。


 今回来たのは皇都から北へ三日の行程を要する汚水処理の谷となる。 


 今回、前世知識を持っているオレよりもミネルヴァの方が「専門家」だって言うのがすごいんだよ。


『ミネルヴァって理系の天才だもんなぁ』


 オレが教える前から「微生物」の存在を考えるほどの科学的思考の持ち主だ。前世から呼び出した理科の教科書を初めて見て、猛烈に嬉しかったそうだ。そこから「水を得た魚のように」という言葉そのもので、前世の受験生顔負けに勉強した。


 既に彼女は高校の教科書レベル、あるいは理系の大学生の初歩的な知識まで自分のモノとしていた。


『何でオレの周りって天才ばっかりなんだろ。教科書の文字だって解読しながらなのに、独学で大学生レベルかよ』


 特に化学について詳しくなった。


 かつてのオレンジ領のタウンハウスに建てた専用の研究室では連日、実験を繰り返している。そこには御三家から派遣された英才達が研究員として詰めていて、まるで「帝国科学研究所」の様相を呈してる。


 手狭になったので、新規の研究施設も皇宮の別棟として増築中という状態だ。


 中では、オレが呼び出した少量の希硫酸(バッテリー廃液)や希塩酸(金属加工廃液)なども使って実験も繰り返してる。ダイナモをはじめとした発電装置も揃えたので、実験室レベルでは電磁気学の原理も理解している。最近は電気メッキも試しているらしい。


 既に文系だったオレの理解を超えている世界まで研究しているんだよ。でも、少しもひけらかさずに、さりげなく包みこんでくれるのがミネルヴァだ。


「うん。この役目には立場が必要だし、なによりも新しいものを理解できる能力も必要だから頼めるのは君しかいないんだ」

「私がショウ様のためになれるなら嬉しいです。これ、本当なんです」


 心から嬉しそうなミネルヴァが「実は」と打ち明けてくれた。


 自分が一番年上だというのを心配していたらしい。


「クリスちゃんなんて私の半分なんですもの。それにリーゼちゃんだってそのうち」


 嫁の一人になるのは暗黙の了解事項。


 みんなを包み込む「優しい長女」の雰囲気を持ったミネルヴァが、めったに見せない本音をチラリ。苦笑いに近い笑み。


「テインも健やかに育ってくれていますし。これなら、私も閨ごとは……ねぇ?」

「いやいやいやいやいや! そ、それはダメだから」

「まぁ。ふふふ。ショウ様のお優しさに甘えておきますが、でも、それでも多分、私が最初だというのは数字が全てですわ」


 ミネルヴァが25歳で、リーゼが今年で10歳。これだけ年の差があると、もはや姉と言うよりも母に近い感じでリーゼも甘えているのがスゴイ。


「まあ…… でも、閨ごと無しはマジでダメだからね!」

「ありがとうございます。あ、着いたようですね」


 ゆっくりと馬車が止まった。


 出迎えてくれた大勢を引き連れてやってきたのは汚水浄化施設っていうか、幾つもの巨大なドブ池と、緩やかに流れるドブ川。


 いくつかの池は流入口と出水口が水門になっていて、ザッと沈殿させてから「ドブ川」の方に流し込む。そこには幾つもの石積みの間を広がって流れていて、自然の力で浄化する方式だ。


「思っていたよりも酷いなぁ」

「池で沈殿させても、沈殿する前に流さなくてはならないようですね」


 おそらく、この辺りは相当な悪臭のはずだ。フィルター越しなのに、周りのニオイが服の中に入り込んでくるほどだ。


「この服を着ろとおっしゃった意味がやっと分かりましたわ」

 

 ミネルヴァも、さすがに笑顔が硬い。


 一周が400メートルほどの池の横には、命じておいた平地がしっかり用意されている。


「じゃあ、やってみるね」


 声に出す必要はないんだけど、ミネルヴァに聞こえるように小さく唱えた。


「スキル・ゴミ、レベル5 池の水を分解せよ。それぞれの分子は安定した形で出して!」


 感覚的にMPが3割くらい持って行かれた。


 しかし、どす黒い汚泥にしかみえない水面に稲妻のような光が幾筋も通り抜けると、見る見る水の色が澄んでいったんだ。


 ピロリン

 

 純水と固形物に分けました。固形物の詳細は以下の通りです。


 さーっと、まるで映画のエンドロールが爆速で動いたように字幕が頭の中を流れる。


 チラッと見えたのは酸化鉄(Fe₂O₃)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化銅(CuO)といったところ。


 オレは慌てて「待って! 窒素は硝酸カリウムで出して!」


 ピロン 


「了解」


 え? マジでできるの?


 ピロン


「疑うんなら、やりませんよ」


「いやいやいやいやいや! 疑っているんじゃなくて感謝しているの!」


 ピロン


 ん?


「サービスで硫酸アンモニウムもお付けしました」


 ありがとうって言葉を喉の奥で言ったオレは、目の前で澄み渡った池をジッと見ていたんだ。


 まさか、これってアンモニアの合成の遙か上のことをやっちゃたわけ?


 実は、科学の世界で「アンモニアの合成の工業化」というのは大きなエポックメイキングだった。


 たとえば硫酸アンモニウムなんて、モロに窒素肥料だ。


「ショウ様、アンモニアを?」

「うん。このスキル、世界を変えるかも」

「植物には窒素肥料が有効だということは教科書で読みましたが」


 スキルの話は簡単にしただけなのに、ミネルヴァは思った以上に、頭を動かしていた。


「硝酸カリウムとおっしゃっていましたね」

「うん。KNO3って言えば分かる?」

「あぁ、なるほど。窒素を安定させた肥料ということですね」

 

 アンモニア合成の工業化を発見したフリッツ・ハーバー。「ハーバー・ボッシュ法」と呼ばれる効率的なアンモニア合成の工業化の功績は大きい。飛躍的に収穫量を増やしたため「空気からパンを作り出した」といわれるほどだ。


 ただし、そこには大量の触媒と300気圧という高圧が必要だった。それがスキルだけで、こんなことができちゃうなんて……


 おっと、先走りすぎたね。 


 アンモニアって言うと、クサいだとかトイレのイメージしかないじゃん? でも、化学的にアンモニアが大量に取り出せると、窒素肥料が安価に作れるってこと。


 ちなみに20世紀の初めに作られた穀物生産量は3億トン。そこから窒素肥料の安定化に伴って61年には8.8億トンにもなっているんだ。ちなみに、21世紀になると23億トンを超えている。


 たった百年で、穀物生産量が7倍だ。


 増産された食糧は安定した暮らしを作り出す。したがって人口増加に役立ったわけ。もちろん、品種改良や耕地拡大はあった。


 けれども、この技術を発見したフリッツ・ハーバーは「人類を最も増やした男」と言われているほどだ。


 あ、ちなみに科学的な面で「人類を最も殺した男」と言えばアルフレッド・ノーベルだ。どのAIさんに質問しても、全部この名前を出してくれちゃうくらい定番中の定番。


 ダイナマイトを発明して爆薬技術を飛躍的に高めた「ノーベル」さん。本人はすごく良い人らしいんだけど、技術と人間性は別なんだよね~


 などと一人考えているうちに、オレは池の傍らにある地面に小さな山を作っている「もの」を見つめていた。


 そしてオレは、白くサラサラした物質が小さな山になっているのを指さした。


「あれが硝酸カリウム。世界を変える材料となる」

「窒素肥料が作り出せますね」


 ミネルヴァの頭の中で化学式が作られているはず。


「うん、もちろん、そうなんだけどね」


 オレは一人、ゴクリと息を飲み込んだ。


 さすがのミネルヴァも、というよりも取り寄せた教科書にも載ってない硝酸カリウムの使い道は知らなかった。


 硝酸カリウムと木炭と硫黄。


 人々の暮らしを汚れた水から救って、その「お釣り」でオレ達は黒色火薬の材料を手に入れたってこと。


 予定していたというのに、その事実が身体を震えさせていたんだ。


とうとう火薬の材料を手に入れました。

ノーベル氏は、ダイナマイトを発明した時、爆発力については知っていました。けれども、それが戦場で使われた結果を知った時、茫然としたそうです。ショウ君は歴史を知っているだけに、火薬の意味することを知っていたんでしょうね。

今回の話のタイトルは、最初「ハーバーさん」だったんです。第50話の応援メッセージで、まさか「ハーバー・ボッシュ法」が出てくるとは、さすがに思いませんでした。やっぱり読者様のレベルが高い。作者もますます頑張ります。

おっと、慌てて付け足しますが、ショウ君は「火薬を使った戦争」の悲惨さを知っているだけに、そのまま戦争に投入しません.それだけはお約束します。

まあ、火薬を使うなら「パンパン」レベルですね。

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