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第37話 水面(みなも)

 

 朝か?


 なんだか頭がボンヤリしてる……


 いや、ボンヤリしてるんだけど、ずーっと白い霧の中にいたみたいで、それが「モヤ」くらいになった感じみたいだ。意識はあるけど、身体も頭も動いてない。


 部屋に光が差し込んでる。


「おはようございます」


 声で分かる。


 ニィルがカーテンを開けたんだ。


 開いた窓から柔らかな風が入ってくる。


 ニィルらしい軽やかな動き。


 差し込む日差しは強いけれども、風が涼しい。


「ショウ様。紅茶をお淹れしました」

「あ……が と」


 あれ? 妙に声がしわがれる。口が上手く動かない。


 メリッサの声だよな? 淹れてくれたんだ。


 いつも手ずから淹れてくれたお気に入りの紅茶の香りだ。


「良い…… かぉりぃ」

「ショウ様。お目覚めになられたのですね」


 ん? メリッサ? ミィル? あれ? いつウチに帰ってきたんだっけ?


「ショウ様!」


 ん? メロディもいる?


 すごく嬉しそうな声だ。


「ここは?」

「しょうさまがぁ」


 え? 泣いている?  


「なにぃか、あっ……た?」

「いえ。なんでもございませんわ」


 メリッサがそう言ってくれるんなら大丈夫か。


 あれ? なんで三人? アテナの匂いを感じるのに。


 まるでオレの心を分かっているみたいに、背中を優しく撫でてきたのは、優しくて強い、ボクっ子の手。


 よかった。アテナもいてくれる。他の子は? あっ、でも、これ以上起きてられない。地の底から、何かに引っ張られているみたいだ。身体が重い。


「ごめん、まだ、ちょっと、ねむぅくて」

「いいんです。ゆっくりお休みください」

「ずっと、真心をショウ様とともに」

「ボクが守るから」


「いつでも、お側におりますから」


 みんなの声だけを意識しながら、また身体が白い世界に沈み込んだ気がした。



・・・・・・・・・・・


 長い長い夢を見ている気がした。


 夢の中に、いろんな人が出てきた。


 名前を思い出せない人。


 たぶん前世にいた人だろう。


 次々と浮かんでくるのは、怒り顔に、困り顔、バカにしてマウントを取ってくる顔に、嘲笑ってくる顔。

 

 優しい笑顔も、温かい言葉も、支えてくれる手も見えてこない。


「せんせー 〇○君がボクの勉強を見てくれません」

「おい、〇○、お前は勉強ができるんだから、教えてやってくれって言ったよな? なんで先生の言うことが聞けないんだ。塾が忙しい? 世の中はお前を中心に回っているわけじゃないんだ! 友だちの役に立てないやつなんて、生きる価値はないと思え!」


「だからよぉ、オレの分のプリント、やっておけよな? あ、答えはオレの文字をマネして書けよ。バレたら、〇○君にバカにされましたーって言いつけるからな」


「学級委員は、〇○君が良いと思いまーす」

「おー そうだな。〇○は、人の役に立ちたいっていっつも言ってるもんな。よし、学級委員は、お前に任せた。じゃあ、明日から、学校に来ない△△を誘って学校に来いよ」


「ん? お前一人か? なんで△△を連れてこれないんだ? お前は学級委員をやるって言ったんだろ? そんなのお前が責任を持って連れてこい!」


「なんだ? どうしても来ない? お前の誘い方が悪かったんだろう。よし、罰として、今週は〇○一人で教室掃除をしろ。役に立たない学級委員なんだから、掃除くらいはしろ」


「おーい △△がお前のことウザいってネットに書いてるぞ。学校の手先になって、ボクをイジメに来るってってさ。実名、電話番号も晒してるぜ。マジ、ちょー受けるんですけど」


「あ、お前、先生の前でいい子ぶってばっかりだから、今日からハブ決定な。上履き? 知るわけねーだろ。トイレでも何でも探せば良いじゃん」



「クラスで2番? 学年は何人いると思っているの? 300人でしょ。学年では何位なの、え、10番? 一ケタにも入れないとは、なんと情けない子なの。本当に私の子どもなのかしら」


「学年で3番? なんで1位にならないわけ。手抜きしてるでしょ!」


「〇○大学に受かった? 文2で偉そうなことを言わないで。もっと頑張って、理3に入れば、少しは認めてあげられるのに! ホントに親の期待を裏切ってばっかり。怠け者なんだから!」


「お前はデキが悪いんだから親の言うことを聞いていりゃあいいんだよ。ゴミみてぇな人生を送りたくなければ親の言うとおりに生きろ、この、カス!」


 そっか。デキの悪いオレが悪いのか……


 ぜんぶ、オレがいけないのか?


 オレが悪いんだろ? 


 そうやって、みんなが責めてきた。


 親の顔が曖昧で思い出せない。いや、怒鳴ってくる顔は見えるんだけど、こんなに醜い人はオレの親じゃないよね?


 オレの親……


 違うよ。オレの親なら立派な父さんと母さんがいるじゃないか。


 母上、父上、そしてリーゼにクリス。


 大事な、大事な家族だよね。


 家族……


 違うよ。オレの大切な家族は、大切な人は、もっともっと大勢いる。


 ホンの少しだけでも、オレが幸せにしてあげられる人達が、この世界には、きっといるはずだ。


 あれ? 


 みんなは? 


 オレの大切なみんな……


 ゆっくりと、だけどハッキリと浮かび上がるオレの妻達。そして我が子の笑顔。


 オレを呼ぶ声が聞こえる。

 

「みんな待ってますわ」

「真心を持ってお待ち申し上げております」

「ボクは信じてる」


「ショウ様のお世話をもっともっとさせてください」


 懐かしい声がする。オレを待ってるんだよね? 


 でも、動きたくないんだ。ごめん。なんだか疲れちゃってさ。このまま、ずーっと、こうして寝ていたいんだ……


 ふっと声がした。強い声だ。


「ホントか? オレはホントに寝ていたいのか?」


 それは紛れもなく自分の声だった。


「こんな所で寝ていたら、みんなが悲しむぞ」

 

 こんな所?


 あれ? ここはどこだろ?


 ヒドく温かい、ひどく落ち着く、ずっとこのままこうしていたい。


 でも、ダメだ。みんながオレを待っていてくれるから。


 こんなにダメなオレを、みんなが期待してくれているんだから。


 戻らなきゃ。


 みんなが待ってる。


 戻らなきゃ。


 ぼやーんとした世界に沈むオレは、遠くを見上げた。


 遠くて近い水面。


 プールの底から水面が見えているみたいな感じだ。


 戻らなくちゃ。

 

 後ひとかき。


「オレは、戻る! みんなが待ってるんだ!」


 大きくもがく。重い、重い水を切って浮かび上がる。


 ブワッ!


 全ての物音が、クリアに入って来た。


「「「「ショウ様!」」」」


 なんだか、とっても懐かしい人達が、オレを見守っていてくれた。


「ただいま」

「お帰りなさい」


 すごく温かい声と、泣き笑顔がオレを迎えてくれたんだ。



・・・・・・・・・・・


 9月15日 密かに、しかし、最優先の機密扱いによる報告が皇都へと届いたのである。


 スコット家の鳥による暗号文が最初だ。ブラスコッティはそれを政府の「凡人宰相」アレクと正妻であるミネルヴァへと即座に伝えた。


【皇帝がお目覚めになった】


 ブラスコッティによって、その第一報を伝えられた関係者は歓喜の声を上げて迎えたのであった。


 こうして、サスティナブル帝国が迎えた最大の危機は、一つの終わりが見えてきた朝であった。


 皇都で関係の者達が涙している頃、ショウは家族水入らずでのんびりと温泉に浸かっていたのであった。



〇○大学の文科2類は、主に「経済学」系列です。ショウ君の性格から言えば本来は歴史を専門とできる「3類」を目指したいはずですが、大人から見ると「2類の方が就職に有利」とされています。日銀あたりだと2類出身じゃないと無理だし。

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