第28話 ヘレン先生
シャオちゃんの恩師であるヘレン先生は、予想以上に美女だった。ただし、枕詞に「残念」がつく。
スカート姿で、今さらのように怒ってる。
「どーしてよ! 完璧なはずだったのに!」
「完璧というのは、これのことですか」
「そ、それよ! なんで見破ったの! 服の上からなら、分かるわけないのに…… まさか途中で襲ったの? ケダモノ!」
いや、さすがにそれはしませんよ。ま、普段「ホンモノ」に触れているとニセモノは一発で見破るのが目利きというモノでしょう。
ほほほほ、と謎の笑みを浮かべるなら和服を着るべきかな?
「私の完璧な計画が~」
叱られている最中なのに、ヘレン先生のテンションが高い。
それにしても良くできているのは認めるよ。
「こんなのを、よく作りましたよね」
ぷにぷに
まさに、ホンモノそっくりの感触だ。
「それは、キノコなの」
なぜか、余裕の笑みを浮かべてる。
バシッ!
「痛い! 痛い、痛いぃい!」
「聞き分けの無い子は、こうなるんです」
バシッ!
「これが、キノコって?」
「偶然、ここで見つけたの。成体になると2~3日は、この弾力を保つのがわかって。それがちょうど、オッパイと同じ弾力だったから。きっとこれなら、お嬢様の魅力がぁ、あっ、痛い!」
残念美女は、幼子が尻を叩かれる形でロースター侯爵の膝に載せられていた。
尻叩きの刑。
さすがにスカートの上からだったんだけど、妙齢の女性が尻叩きって……
さっきからロースター侯爵の右手がバシッ、バシッ、容赦なく尻を叩き続けているのは確かに異様な光景だ。
その目の前に立って、製作した本人に突きつけているのは、シャオちゃんがドレスの下に隠していた巨乳パッドだった。
色は妖しげな茶色だけど、弾力がそっくりさん。いや、何をどう触っても、間違えたくらい、そっくりさんだよ。
もちろん、ロースター侯爵の目の前で出すんだ。さっき、シャオちゃんが着けていたのを出すのは、さすがに心情的なものがあるだろうと配慮した。どのみち、絶対に予備があるだろうと、ヘレン先生の部屋を探したら、ちゃんと見つかった。
同じものが、あと、5つも残っていたよ。う~ん、サイズもいろいろあって、一番大きいのはバネッサ以上だ。
『ひょっとしたら、もっとデカいのもあったりして』
さすがに、バネッササイズをシャオちゃんのドレスに入れるには無理がありすぎて、あのサイズになったんだろうな。
そのデカいキノコ・パッドを突きつけた。
「これがオッパイの硬さや弾力と同じ? それは確かめたのですか?」
「もちろんよ! 研究者として断固として確かめたわ。何回確かめても、硬さも手触りも、ホンモノと全く同じだったのよ!」
「一体、誰を連れてきて比べたんですか?」
「私のに決まってるでしょ! 納得いくまで比べるには自分のが一番だもん」
「ほう~ ということは、これは、君のオッパイと同じ硬さってことになるね」
「え?」
目を見開いてる。
へへへ。悪い笑いって言うのはこういう顔だよ。
「この弾力が同じなんでしょ? ほう、柔らかいね。ぷに、ぷに、ぷにと」
「やめてぇええええ! いやぁあ! 触らないで」
「え? だって、パッドを触ってるだけですよぉ。ほれ、ほれ、ほれ、わ~ これと同じか~」
「お願い! やめて! それ、私と同じ硬さって言ったばっかりじゃないの! お願い、やめて、やめてくださいぃ、お願いしまずぅうう」
あ~ 涙目になっちゃった。
どうやら残念美女は、尻叩きの刑は何度もされていたから慣れていたけど(それ自体、どーなんだろとは思うけど)こっち方面には全く抵抗力がないらしい。
「反省します? これを、シャオちゃんは着けて、オレの腕に押しつけさせられていたんですよ? プニ、プニ、プニ」
「ごべんなざぁい、ゆるしてぇ、もぅ、しないからぁ」
いや、のっけから、わけの分からないシーンでごめんなさい。
あの後、応接室に戻って(シャオちゃんは着替えてから再登場だよ)残念美女を呼び出した上で、事情を話したわけだ。
当然ながら「皇帝にハニトラを仕掛けた」上に、娘にハレンチなマネをさせたんだ。父親は真っ青になりながら激怒で額を紅潮させるという離れ業を見せてくれた。
普通なら公式に処刑しちゃってもおかしくない罪なんだけど、ヘレン先生には特殊事情があったんだよね。
この残念美女はあらゆる意味で規格外らしい。
そもそも、本名が「ヘレン・ガバナス=ワット」というとんでもない生まれだ。
え? 何のことだって?
つい先日、滅ぼしたガバイヤ王国のメハメットⅣ世の幼名は「ムーミス・ガバナス=ワット」と言えば分かるかい?
そうなんだよね。国王の一族なんだよ。しかも、国王の妹の娘という近さだ。
ガバイヤ王国では女系の子孫には王位継承権を一切与えてないので、単に「生まれが王と同じ一族だ」と言うだけになるとは言え、あまりにも王家筋すぎる。
今後を考えると「ロースター侯爵が元国王の血筋の女を処刑した」というウワサが一人歩きしたら困る、というのが最初に来るわけ。
そして話がさらに厄介なのは、ヘレン先生は子どもの頃からの天才ぶりが知られている点だ。その才能は、特にキノコに偏重されてしまったのがミソなんだけどね。
ともかく、ヘレン先生は、こんなに残念な人だけど天才だった。何でも瞬間的に覚えるし忘れない。応用力も発想力も、子どもの頃からずば抜けていたらしい。
そして、運命の15年前のこと。
元々、ガバイヤ王国の海沿いには風土病があった。身体が痩せこけていくのに腹だけが膨れて、やがて動けなくなるという奇病で、一度かかると、絶対に治らない。
貴族ならまだしも庶民はすぐに生きていけなくなる。それに貴族だって長生きはできない身体になるわけだ。
聞いてみるにつけ、ある種の寄生虫だったらしい。
偶然なのかなんなのか、まだ幼いヘレン先生が特効薬を見つけてしまったそうだ。要するに「虫下し」の効果があるキノコを見つけたのだ。
その薬によって風土病が一掃されて、多くの民が救われた。
国力を何割も下げていると言われる風土病を「治せる」ようにしたんだ。この馬鹿デカい功績で「一代限りの女子爵」を賜ったというのだから、どれだけ感謝されたのかわかろうというもの。
ただね、とは思う。
そんな特効薬を見つけるまでに「何」が行われたのか、考えるだけでもおぞましいんだけど。おまわりさーん、ここにマッドサイエンティストがいまーす!
と言ったかどうかはさておき、功績で叙爵されたヘレン先生だったけど、それで幸せになれるわけじゃなかったんだ。
だって男社会であるガバイヤ王国において、結婚相手がいなくなると言う現実に直面してしまったわけだから。
そりゃ、男からしたら自分よりも爵位の高い妻は嫌だと思うのだろう。前例はないだろうけど「子爵を持った女」であれば、常識的に見て子爵家以上の長男じゃないと釣り合わない。
だいいち、多くの貴族家ではヘレン先生に見合う年齢では爵位を継げてないのが普通なんだから、結婚しちゃうと「貴族の妻と貴族の息子の夫」という歪な形だ。これは嫌がるに決まってる。
しかも「一代」限りの約束だから、結婚後に爵位の恩恵にあずかれるわけでもないから二男、三男との政略結婚も成立しない。
こうして「女性子爵に釣り合う男」がいなくなってしまったわけだ。しかも領地を治めるわけでもないから行き場もなくしてしまった。
そこで、ヘレン先生の才能を惜しんで拾い上げたのがロースター侯爵だったというわけ。
ヘレン先生もロースター侯爵には恩義を感じたんだろう。「キノコの次に忠誠心を捧げる」と誓って、子どもたちの家庭教師として雇われたってことだ。
実際問題として、家庭教師としては極めて優秀だった。知識も教え方も抜群だった。
「しかしながら、ホントにキノコの話になると、しばしば突っ走ってしまうのですよ。かと言って、子爵ともあろう人を公で罪に問うわけにはいかず」
ロースター侯爵は、苦々しさを顔にみなぎらせながら「不本意ながら、こうして尻を叩いて折檻するしかなかったのです」と言って、またもやビッタン!と、尻を叩いた。
心から嫌そうな顔だ。
良かった。ロースター侯爵は「そっち」の趣味はないらしい。
「しかし、今度という今度は、尻を叩くだけでは済みませんぞ!」
「ごめんなさいってばぁ。もう、叩かないで! お尻が割れちゃうよぉ~」
定番のボケまでかましてくる余裕だ。
ついさっき「プニプニ攻撃」をした時のガチ泣きから、あっと言う間に、こんな顔になれるのってなんでだろ?
ふむ。
「アテナ、ちょっと」
そこから視線だけでお願いしたら、即座に伝わった。
ツカツカツカっと近寄ると「失礼します」といきなりヘレン先生のスカートをめくり上げたんだ。
「こんなのを入れてますね」
「や、やめてぇええ! 見えちゃう! 見えちゃうから!」
アテナが細い指でツイッと下着の中から取り出したのは、さっきのキノコに似ているけど、もっと平べったい形だ。
パッと渡されたそれを、ロースター侯爵の目の前に。
膝でギャーギャー言っているヘレン先生を押さえつけながら、ロースター侯爵は、唖然として見つめてる。
「これは、さっきと同じようなものでしょうね」
驚きの表情をする侯爵の前で、ひらひらひらっと見せつけてあげた。
それは、胸パッドにしていたキノコの巨大版である。どうやら、これで「尻叩き」を誤魔化していたというのがタネだったわけだ。
「ふむ、つくづく反省していただけないようですな」
次の瞬間「いやぁああ」という悲鳴と、白い下着がズリ下ろされるのは同時。
そして、母親はシャオちゃんの目を塞いだのである。
それから、凄まじい「パチン!」と言う肉を引っぱたく音が呆れるほどの繰り返されて、ヘレン先生のガチ泣きが共鳴してしまう。
しばらくして「ヘレン、大事なものを無くしちゃったの」とさめざめと泣いていたのであった。
今度こそ、反省した……と思いたい。
ともかく、今回の件を不問にする代わりにヘレン先生をもらい受けることにした。
ロースター侯爵も、異存はないようだったし、さすがにシャオちゃんも呆れたらしく、オマケに本人までもが「今まで見たことがないキノコちゃんに会えるかも」とサスティナブル帝国へ行く事を心から喜んだ。
三方、丸く収まってメデタシ、メデタシ。
こうして、みんないつまでも平和に暮らしましたとさ。
オシマイ…… じゃ、ダメデスヨネー
うん。知ってた。
えっと、やっぱり、これなんですか。
ズラッと居並ぶ侯爵家のメイド達。そして一番後ろにアテナまでちゃっかり「夫側代表」としてまざってるんだよね。
えぇえい! オレだって、もう何度も経験してきたんだよ!
言っておくけど、ミネルバの時も「立会人」はいたんだからね。
しっかりとバラのコロンを付けたシャオちゃんと、お勤めを果たしましたとさ。
あ~ クセになったらどーしてくれるんだ。
翌日、ロマオ領は翩翻と翻るシーツに、湧き立ったのでした。
先にネタバレしておくと、ヘレン先生とショウ君は、しません。この後も、将来も絶対に。理由は「危なくて近づけておけないから」だそうです。
悪意ゼロで、何をするか分からないタイプは、やっぱり怖いですよね。一服盛ることはしないでしょうけど、ちょっとした「知的好奇心」を持ち出して、ヒトカケを入れかねない人なので。
ただ、正解は言いませんけど、高位貴族(の子弟)で美女に弱い人が、この一行に紛れていますけど、覚えていますか?