第23話 占領政策の基本
占領が具体化しちゃうと、ロースター侯爵との約束も果たさねばなりません。
このあたりのことをベイクは忘れてはくれませんでした。
それにしても、じゃあ、明日は「デート回」? わぁああ、苦手なのにぃ!
ヤマシタ男爵の処遇の詳細なども含めて、会議が続いた。
行き詰まったわけではないけど、適度に休憩を入れるようにはしているんだ。今いるメンバーは、どっちかというと武人寄りの人が多いので、意図的に息抜きをしないと長続きしない。
そして、こういう時に「上の人」が席を外さないと、息を抜けないのはよく知っているつもりだ。これは、普段の親しみやすさとか威厳とかとは関係ないよ。
前世で言えば、どれほど人気の社長でも、忘年会では1次会で帰るのがマナーって感じだよ。
だから、ベイクとミュートだけを連れて王の執務室に戻ってきた。
もちろん、アテナとカイは自動的に付いてきてくれる。
「正直、驚いたとしか言えないですデス」
何か言いたげなベイクだ。
「言っても良いよ?」
「それでは…… よもや王立学園からの伝統ある帝国学園長に、あの方を据えるとは思いませんでした」
「それだけの価値はあると思うよ。それに、あそこの校長って前から侯爵様が回り持ちだったでしょう? それだと結局、一貫した方針になりにくいからね」
「なるほど。しかし……」
不満というか、納得できてないみたいだ。
「ほら、今、いろいろと変化の時代でしょ?」
専らオレのせいだけどさ。
「世の中が変わるときこそ、教育はしっかりと根本を守らないとダメなんだよ。もちろん、変えるべくは変えるけど、それは具体的な部分だけ。大元の精神的なものは、ガチッとした人が必要なんだ」
「しかし、それをガバイヤの、しかも稀の虎を据えるのは」
「反対意見は出ると思うけど、ほら、こういう時は、オレって皇帝だからね」
テヘ、ペロですませるつもりなんだよ。
「いろいろと変えていく時代だからこそ、教育の場は、あぁいう感じに腹の据わったジイちゃんがトップになった方が良いんだよ」
「なるほど」
しかし、とベイクは食い下がってきた。
「こちらに学園を作らないのはなぜでしょう? 正直、アマンダと違って、民がそれどころではないのは分かるのですが、それだって時間をかければなんとでもなるかと思いますです」
「え? ベイクがそれを聞く? マジ?」
わざと目をまん丸にしてみせると「まったく、お人が悪い」とポリポリと頬を掻くベイクだ。オレに確認するための質問だったのは、読めてるからね。
チラッとアテナに目を合わせると、視線だけで「了解」が返ってくる。
その後で、ドアを開けると、廊下のカイと目線を合わせて戻ってきた。その間に、少しだけ両手がヘンな動きをしたのは分かってる。
「大丈夫です。合図をするまで誰も聞こえる場所に入りません」
わざわざ廊下を確認するフリをしてから言葉にしたけど、裏の意味がある。
この部屋は常にファントムが影から守ってくれてるので盗聴というか「盗み聞き」はできないようになっている。一方で、盗聴対策のファントムが部屋の側にいることにもなるわけだ。だから、アテナにシグナルを送ってもらって、ファントムの要員を一時的に下がらせたのだ。
誰にも秘密、にするためだ。
ファントムとのやりとりはアテナに頼むことにしている。いつか、徹底的にベッドで仕込まれてたんで、もはやオレよりもはるかに正確だし、さりげない動作でできるんだよね。
オレは再び、ベイクとミュートの目を見て言った。
「ちょうど良いから、基本方針を伝えるよ。ガバイヤ王国の貴族は徹底的に解体する」
二人が息を呑んだ。
「子爵クラス以下は、よほどのことがない限り、最低限の農地程度以外は領地を与えずに騎士爵にする。それに本家以外は基本的に平民だ。伯爵以上も領民の多さや経済力に合わせて、サスティナブル帝国の基準で叙爵し直す。ざっと見ると侯爵クラスが伯爵で止まるかどうか。ほとんどは男爵になるだろう」
「それはなんとなく」
ベイクは予想していたらしい。
「しかし、それがバレると、こっちの地方貴族達が黙っていないのでは?」
自分達の地位が喪われることが分かれば、徹底抗戦になっても不思議はない。ミュートが青ざめるのも当然だ。
「ふふふ。だから、この話をミュートにも分かってもらうんだよ」
「ですよね-」
棒読みになるのも致し方なし。
アマンダ王国の時とは違って、徹底的なしらみつぶしの戦いが待っているのだ。恐らく「年」の単位となるはずの、ドロドロの戦いが始まる。
現場の「しらみつぶし作戦」を立案する立場として、嬉しくないお知らせのハズだった。
一方でベイクは、政治側に思考が寄っている。
「正直、賛成ですが。そこで生まれた領地はどうするです?」
「今の悲惨な状態が、最低限でも何とかなったら、皇帝直轄地を半分、残りを本国の貴族達のご褒美にするつもりだ」
「なるほど。皇都から離れている分、そうやっておけば、反乱を起こしにくい地方になるわけですです」
サスティナブル王国からの貴族家を入れれば、こっちで反乱を起こしにくいし、起こそうとしても、そこがつぶしに行くわけだ。
江戸時代も、そうやって大名の配置を考えたんだよね。とは言え、島津と毛利は、やっぱりツブしきれなくて、そこに最後の最後で逆転スイッチを押されちゃったわけだから、このあたりは徹底するよ。
それこそ「血も涙もない」レベルだ。だからミュートにはっていうか、ゴールズを始め、こっち側での軍には働いてもらう必要がある。
「そして後の基本は、ガバイヤの有力貴族の名前を使って統治する。それで、占領初期の反乱は起きなくなるはずだよ」
オレがサラッと言うと。ベイクがグッと身を乗り出してきた。
「となると、ご決断をしていただけたです?」
ガバイヤ王国の有力貴族を使うとしたら、ロースター侯爵が名実ともに良い感じの人材なんだよね。その手腕に期待するのも計算のウチだけど、この世界では「つながり」が欲しいというのが実際問題だ。
そう。つながりだ。
「ロースター侯爵のお嬢さんの件だろ? それなりの方だと思うけど、会ってみて、それで問題が無ければ考えてみるよ」
「シャオ様は、お綺麗だそうですよ。性格もすごく良いんだそうですよ!」
ニンマリしてオススメしてくるオーラが「ヤリ手ババア」だぞ。しかも、口調までいつもと違ってる。
「この場合、外見は関係ない。ただ、皇帝の身内に置くとなると、溺れるタイプは禍根を残すからね。人物が全てかなぁ」
高位貴族の娘だけに、高慢なというか、いかにも貴族っぽい考えをする女性だと、絶対に後で問題が起きるからね。
「ロースター侯爵は、時間をかけて娘を見て欲しいと言ってますです。正直、ウワサだけなら、悪い話は一つもなくて、申し分のないほどに良い子です」
「その部分は、悪いけど、自分の目で確かめさせてもらうよ」
チラッと視線を動かしたら、アテナがニッコリ。うん、期待しているよ。
アテナが見てアウトなら、その後はプレゼントでも渡すだけにしておいて、はい、それま~で~よ~ ってことにしよう。
「それとさ、アマンダ王国との違いっていうのかな。こっちに帝国学園を作らないのは、もう一つ意味があるよ」
「もう一つ?」
ミュートが首を捻った。
「アマンダの場合は、教育システムからグレーヌ教をなるべく早く排除したかったから学園を作る意味があったんだ。でも、こっちの狙いは別にある。将来、こっちで生まれ育った一定以上の貴族は原則として皇都に滞在したことがあるという形にしたいんだ。さもないと、いつまでも『ガバイヤ王国』が残りかねないからね」
いくら寛容の心を説いても、やっぱり「同じ釜の飯を食った」経験が無いと難しいのが事実だ。
将来は交通の便が良くなって庶民も混ざり合うのだろうけど、今は貴族レベルだけでも良い。早く、お互いの顔が見える関係になるのが優先なんだ。
だからガバイヤの国内事情が復興するまでは、皇都への滞在費は皇帝負担でも良いくらいだ。
そのあたりの説明をすると、さすがにベイクはたちどころに理解してくれた。
「確かにガバイヤは、南に異民族も抱えてますし、民の間でも人の交流を活発化させないと、なかなかに交われないでしょうね」
歴史的背景もあって、ガバイヤは南東に異民族を抱えているんだ。王国内での差別もあったらしい。ま、サスティナブル王国なんて、もっとヒドかったんだから、それを非難するつもりはないけどね。
その意味で、ムスフスが公爵家の騎士団長になったというのは、本人がどれだけすごいのかってことと、周りも、ちゃんとそれを受け入れたって言う点で、今後のモデルにもなりそうだ。
「ということで、今後も、そのつもりで占領政策を進めていくよ」
オレは、上手くまとめた感じで立ち上がると「アテナ、ありがと」と、影の人払いを解いても良いと暗に伝えた。
「じゃ、ちょっと休憩したら、さっきの会議の続きにしようか」
「陛下?」
ベイクが、にこやかに前に回り込んで、恭しくお辞儀してきた。
チッ……
「ファーストデートは、この状況下で女性が移動する困難さを考えて、ロースター侯爵邸の中庭ではいかがかと、ご提案申し上げます」
誤魔化しきれなかった件。
ということで、お手紙を持った使者がロースター侯爵の元へと向かったのは、その日のうちであった。