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第20話 ガバイヤ王国滅亡

 サスティナブル帝国側の兵は門をくぐる時は堂々とした行進であった。


 しかし、中門と呼ばれる4の門をくぐったところにある広場で、部隊は急展開した。


 一気にいくつもの天幕を立てると、臨時で「食糧配布所」を急造する。同時に、裏方では素早い会話が交わされていた。


「頼んだ」

「御意」


 ひと言のやりとりでミュートが宮殿内に全力疾走。


 ピーコック隊から30名を引き連れている。全員が室内戦に備えて槍ではなく剣の装備だ。そして、全員が抱える赤い筒は「使用期限切れ寸前の消火器」だ。


 使い方は練習済みである。


「こちらです」


 負けじと全力疾走をする案内係は、ここの守備隊長だったローンとか言うベテランのオジサンだった。


「民に食糧を配る。代わりに中を案内せよ」


 とっさの取り引きをした以上、両者共に約束を守るのは当たり前。


 ローンが必死に走る分だけ、民への食糧も必死に配るわけだ。


 王宮広場で民を整列させると、素早くパンを渡していった。いつもの「非常食」のパンだ。5食でワンパックとなっているから、来た順に並ばせてテキパキと渡していく。もらった人はそのままお帰りいただくことになる。


 宮殿内に突入してしまった人達は、とりあえず放置と決めた。多少、中で暴れたり、宝物を盗み出しても見て見ぬふりでもいいというのは事前に決めてある。


 それに普通の「革命」と違って城兵自体は存在するのだから、そこまでムチャはしないだろうという読みもある。


 中の広場での行列は、かなりスムーズに流れてくれた。


 もう一つよこせ、とか、少ねぇとかいう文句を言う人は案外少なかった。まあ、取り囲むようにして兵士が見守っている。それも、厳つくて、あっちこちに血しぶきが飛んでいる鎧姿の迦楼羅隊のみなさんだ。


 まだ、血の付いたままのヤリまで見えているのであるから、文句など言わないのが当たり前だろう。


 ただし、この兵士達は脅す目的じゃなくて整列させるためにいるのだ。


「このあたりのさばき方はコミケのボランティアスタッフ並みっていったらヘンかな?」


 とショウは独りごちる。


 ともかく次々と押しかけてくる人は、タイガーロープで規制して、あとは「出ていく流れ」を綺麗にするのがポイントだった。


 後から後から途切れない。


 そこに城兵がオズオズと現れた。これだけ民が溢れかえった中の広場で戦闘なんて不可能だし、事実、城兵達は槍も剣も持ってない上に、兜を外して「非戦」の姿だ。


 今さら戦っても無益なのを一番よく分かっているのは、現場の兵士なのである。


 城兵達は、ゆっくりと近づくと声をかけてきた。


「それ、オレ達にやらせてもらえませんか?」


 民に食糧を配ると、みんなが嬉しそうにしてくれるのを見てしまうと、それ以上指をくわえて見ていられなくなったのだろう。


 ショウ達としては、喜んで作業を教えて交代して見守ることにした。彼らも民に喜んでもらえることにホッとしたというか、明らかに嬉しそうだ。


「これなら大丈夫そうだね」


 と和やかな空気を演出するのも芸のウチ。敵国の王城を奪取したとは思えないほどの空気感を醸す中の広場である。


 だから、と言うわけではないのだろうが、続々と建物に入っていくサスティナブル帝国の兵士の動きを城兵達は見て見ぬふりしていたのであった。



・・・・・・・・・・・



「こっちです」


 ローンからすると「王の下へつれて行け」だとか「宝物庫へ案内しろ」と言われるよりも、よほど気楽だった。


『それにしても、この人達はなんでそんな所に行きたいんだ?』


 鬼気迫る勢いに押されるように、全力疾走で案内したのは2階の真ん中にある資料庫だ。各種の書類仕事をする場所でもある。


 しかし、部屋の入り口からはモクモクとした煙が見えた。


「火事だぁ!」


 誰かの叫び声が聞こえた。ローンは目を見開いた。


 煙が見えている。


 なにしろ「城の中の火事」は、城兵にとっては最大のタブーなのだ。とっさに部屋に飛び込もうとしたのは、ベテラン下士官であるローンの本能のようなものである。

 

 その瞬間、サスティナブル帝国の男達は手に手に赤い筒を持って部屋に突入していった。


 プシュー

 プシュー

 プシュー


 聞いたことも無い音が何度も聞こえてきた。同時に、火事とは違うタイプの白い煙が扉から溢れだしてくる。


「鎮火!」


 中から聞こえたのはハキハキとした冷静な声。


『まさか? あれだけの煙が出ていたんだ。しかも、ここは書庫。燃えるもので溢れかえっている場所だぞ、簡単に消えるものか』


 恐る恐る覗くと、確かに火は見えないが、火事とは違うタイプの白い煙がモクモクと充満していた。


 しかし、サスティナブル帝国の指揮官は一切構わずに中に入っていった。


 中で何やら確かめていたかと思うと「よし! やった! 確保だ!」と小躍りした。


 そして、一変して「誰か親分に報告してくるんだ」と落ち着いた指示を出した。


 どうやら、彼らの持っていた赤い筒が火を消す道具だったのだろうというのは想像するしか無い。


「窓を開けて換気しよう。とりあえず、 お宝は確保できたみたいだしね」


 満足そうな敵の指揮官にローンは、念のために忠告する。


「ここは、資料が置かれているだけですよ?」

「ガバイヤの税や、貴族の領地、地図まであるみたいですよね。これが欲しかったお宝なんですよ」


 相手は少しも驕った風でもなく、説明してくれた。


「あのぉ、こんなところで良いんですか? と言っても、オレ達だとカネを置いてある場所とか国宝を置いてある場所は入ったことがないんですけど」

「いーんです、いーんです。私たちはこれが欲しかったんですよ。まあ、多少の財宝は持ち出されちゃったと思いますけど、それはまあ、これから取り返せるんなら、取り返せば良いって程度の話だし。でも、ここの資料は喪ってしまうと取り返しが付きませんからね」


 王城を手に入れて、真っ先にやるべきことは「税の資料と地図」というのは事前に皇帝が言いだしてベイクとミュートが全面賛成した結論だった。


 ショウの頭にあったのは史記の話だ。


 漢という国を作るとき、劉邦に仕えた張良という歴史的な名参謀がいた。


 劉邦は秦の都・咸陽に入城した時に、真っ先に目指したのが「美女三千人」と言われた後宮だった。しかし、張良は美女に手を出すことを諫めた上で城外に野営することを勧めた。


 あらゆることを自分勝手に決めた劉邦も、この張良の言うことだけは真面目に聞いたらしい。


 後々「城を荒らさなかった」と言う事実は項羽との交渉で役に立ったんだけど、でも大事なのは、ちゃっかり「戸籍や地図」を持ち出しちゃっていたという説があるんだよ。


 その後で進む項羽との覇権争いで、この時に手に入れた資料が大いに役立ったというのはショウの前世にいた有名な歴史作家S先生が唱えた話らしい。


 だけど、かなり納得のいく話だ。


 ということで、ショウとしては、下手をしたら国王の身柄よりも優先したのがこれらの資料というわけだ。


 何しろ、これらがないとイチから地図を作らなければいけなくなるのだから。


 ローンには想像もできないことだったが、この資料を手に入れたことで、この後の「各貴族家の制圧」が数段容易くなってしまったのである。


 大げさでもなんでもなく、この「火事を防いだ」働きは、ガバイヤ全土の制圧を10年早めたと言えたのである。


 とはいえ、資料さえ押さえてしまえば、後は急ぐ必要はないというのも事前に合意済み。


 なお、特筆すべきは資料室を押さえた直後の小さな事件であろう。


 どこかで奪い取ってきた剣を振りかざして襲ってきた「暴徒」に向かって、消火器を噴射して応戦したという話があったのだ。


 ショウの前世では「刃物で襲ってきた相手には消火器が有( ※)」というのは常識である。こちらの世界で初の実例になったというのは、後世に残せない話であったのだろう。


 そのころ、王は100年前に作られた「王だけが知っている秘密の通路」を歴史上初めて使用していたのである。


 人ひとりがやっと通れる細い、細い階段を何段も降りて、複雑な通路を通り抜けると、城の裏門へと出られたのである。


 王は既に服装を貴族家に仕える小間使いのような服装に改めていた。


 付き従う兵士は十数人であったという。


 しかしながら「小間使い」が大勢に守られて逃げる姿が、どう見えるのかは、誰も考える余裕がなかったのであった。


 侵入した民と城兵の争いが一段落した頃、サスティナブル帝国皇帝は、ゆっくりと王宮を制圧していったのだ。


 5月8日 中天(正午)


 ガバイヤ王国は、事実上、滅亡したのである。



※消火器で応戦する:マジです。人生で1回くらい役に立つかも知れませんので、覚えておきましょう! 刃物を持っているヤバいのがいたら、死角からいきなり消火器を噴霧する。とっさに相手も息ができなくなって、目潰し効果もあるため、その後で消火器で殴るなり、体当たりするなりどうぞ。噴霧されて吸い込んじゃうと身体に悪いかも知れませんけど、刃物を持った犯罪者のことなんて気にしなくて良いですよね。



 


 


 

 ガバイヤ王国が滅ぶことと、ガバイヤ王国を征服することは似ているけど、ちょっとだけ意味が違います。このあたりが「領地を持った貴族」のいる国の厄介なところです。アマンダ王国の時は、半ば合法的に国を丸ごと奪取してしまったので、この面倒くささがありませんでした。

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