第16話 アスパルの会戦・勝利後
敗者は逃げるだけ、あるいはあきらめるだけ。選べるオプションは少ないのだから、行動自体は必死でも、やるコトは単純なのだ。
しかし勝者の側はやるべきこと、考えるべきことが無数にあった。
自分達の数倍もいる捕虜をどうにかしなくてはいけないし、負傷した仲間を助け、屍となった味方を探し出し、故郷に送り返す準備をする必要があった。
激戦の中で見せてくれた司令官の勇姿と、激戦をくぐり抜けた自信が戦の最中に兵達を覚醒させてくれたのは事実だ。しかし「激戦をくぐり抜けた」ということは、自分達も損害を負わずすむわけではないと言うこと。
ゴールズがアスパルの会戦において受けた人的損害は結成以来最大のものであった。
エレファント大隊は実に1割が死亡、復帰不能レベルの負傷。骨折レベル以上の重傷者が2割となった。多少であれば受傷してない方が珍しい。
つまりエレファント大隊の3割が戦場を離れることになる。通常であれば「全滅」の判定をされてもおかしくないレベルだ。
他の大隊も1割ほどは負傷していたが、不思議なことにピーコック隊だけは離脱するレベルの負傷者がいなかった。
左翼での混戦を支えたのはピーコック隊だっただけに、そこがちょっと不思議だ。
ミュートが説明してくれた。
「おそらく、 ムスフスとウンチョーが支えてくれたからでしょう」
「二人が強いのは分かるけど、他の人も戦っているわけだよね?」
「彼らは、常に周りの敵と味方の配分を見ています。戦力をどこにどう当てれば良いのか、不利な局面はないのか、追い込まれている味方はいないか、周りの限界がどこまでなのかを見極めています。オーバーフローしそうな局面になると、すかさず自分が出ていって立て直しています。よって、彼らの周りは、自分の手に負える範囲の敵と戦えばすむんです」
「だから、負傷者が少ない?」
「そういう面が多分にあるかと」
なるほど、と思った。
戻ってきたカイに感謝したのはもちろんだけど、その両手を握りながら、ムスフスやウンチョーとの違いを初めて理解したんだよ。
おそらく、単体の強さで言えばムスフスやウンチョーとカイと同等なのかもしれない。
しかし今回のカイのような「敵の一個大隊の殲滅」という大戦果を二人が上げることは無いはず。
逆に、ピーコックが今回投入されたような局面に二人ではなくてカイを投入していたら、もっともっと損害が発生したはずだ。
二人は周囲の把握能力や戦線保持能力という点で上なのだろう。
武人の強さということは単純な「武力」のみで語れないってことと、エルメス様並みと言われつつも、カイがエルメス様「以上」となれないのも何となく分かった気がした。
『それにしても、エルメス様の本気モードの戦いって言うのを一度見てみたいものだなぁ』
とは言え、カイがすごいことはよく分かった。カイは、オレのために「砕けぬ槍となる」と誓ってくれただけに、今後、使い方を過たないことが大事なんだと肝に銘じたよ。
「ところで所有者様?」
「あ、えっと、え~っと」
やべぇ~ 明らかに、今回はアテナのお願いを無視しちゃったからなぁ。矢倉の上で見ていて欲しいって思ったはずだ。しかも、登るためのハシゴを切り落として安全圏にしろとまで言われていたのに。
『ハシゴは切ったが、降りないとは言ってない』
なんてヘリクツを言う度胸はないよ。アテナが命がけでオレを守ろうとしてくれたのは分かってるからね。
他の何がどうなっても、オレを危険な目に遭わせたくないというのはアテナが求める、唯一のお願いなんだから。
『やっぱり、ここは、正座しなさいってあたりかな? どうせだったら先に正座しちゃう?』
「所有者様!」
「あ、うん、ご、ごめ「申し訳ありません。私が至らないばかりに!」え?」
泣きそうな顔をしてっていうか、実際、涙をポロポロこぼして謝られちゃったよ。
「確かに、矢倉に近づけないというだけならもっと確実に動けました。でも、きっと本部の人を見捨てられないだろうと思ったら、あの位置に行ってしまったんです!」
つまり、アテナは後悔したってコトらしい。矢倉を保つだけの話なら下で待っていれば良かった。なまじ本部前に移動して「こっちに来る敵を迎撃する」ポジショニングをとったために、撃ち漏らしが出るようになったということらしい。
「いや、途中で敵が増えて、周りこんで来るようになったからね」
そのために、オレが「エサ」となっておびき寄せる作戦に出たわけだ。
それが結果的に「司令官自ら敵を討ち取る」という姿を見せられて戦場で士気が爆上げされたっていう、ま、言っちゃなんだけど、典型的な「結果オーライ」状態。
むしろ、ミュートとベイクの恨みがましい目がヒドいもんだった。
というわけで、泣きながら謝られるというまさかの事態に狼狽えつつも、ここはイチャつく時間ではないって言うのも現実問題だ。
まずは戦場の後片付けだよ。
「ベイク、ここは任せた! 東部方面隊を全て使って良い」
「ハッ、かしこまりました。間もなくロースター侯爵も到着しますので、《《それ》》を使っても?」
「任せる」
ベイクの申し出を承認しつつも、オレは唖然とした。
確かに、貴族制の国との戦争において、捕虜をまとめるなら相手の国の高位貴族を使った方が上手く行くのは確かだ。
しかし、ベイクは「間もなく到着する」と言った。と言うことは、本当にすぐに到着するはずだ。
到着が早すぎることもなく、後ででもない。
それは会戦の趨勢を正確に読み取って、しかも大量の捕虜を作ってしまうことが分かっていたからこそできる手だ。
あらためて、以前よりはふっくら感のとれてきた、それでいて穏やかなオッサン顔をしたベイクを見てしまう。
まちがいなく、ベイクは天才だな。
でも、それを言っちゃうと、ドヤ顔しそうだから、言葉を呑んでおくことにしよう。
「で、敵の司令官は逃がしたみたいだけど」
それは半ば独り言。でも、すぐにミュートが答えてくれた。
「戦場を抜けたのは確かですね。しかし逃がすわけには参りません」
「追いかけてるの? でも、ピーコックさん達だと、さすがに厳しくない?」
激戦を戦い抜いただけに「特殊部隊」と言えども、長躯は厳しい。逆にホース中隊あたりなら可能かも知れないけど、敵中突破に近い任務を単独で果たすのは難しいはずだ。
下手をしたら「深追いした敵を待ち伏せ」ってヤツに掴まる可能性だってある。戦場から敵が逃げ出してくれたとはいえ、敵の半数近くはウチらよりも元気だし、なによりも地の利があるからね。
もしも、捕捉されたらヤバいことになる。
「こういう時のために独立偵察部隊ですので」
「あ! そう言えば!」
テムジン達が中盤までウロチョロしていたのは見ていたんだよ。そして左翼の激戦地を回り込むように動いていたのは見ていたんだ。
「いつの間に?」
「左翼が混乱したら、と言う条件でテムジンにはあらかじめ話をしておきました」
「えっと、左翼がああなるのを会戦前に読んでた?」
「はい。地形上、左翼の方が混戦になりやすく、しかも背後となる場所は林です。あちらからしたら騎馬に抜けられることは考えてないはずなので」
ミュートが言うのは「枝が張り巡らされた林の中を騎馬が駆け抜けるのは難しい」という常識の話だ。
しかし、テムジン達ならわけもない。そして、彼らの独立行動なら、地の利がなくてもわけもなく活動できるはずなんだ。
それにしても、それを開戦前にテムジンに教え込んでいたなんて、凄まじい「読み」だと思った。
オレなんて、今回はミスばかりだ。何しろ、最後の最後でカイが働く向こう側を回廊にしてピーコックの「必殺部隊」を敵の本陣にぶつけるつもりだったんだ。
ところが、ミュートの具申によって使った「浸透突撃」の方が届いたのは先。
『まあ、その後の敵貴族軍を引っかき回すのには役立ったけど』
敵の逃げ足にまんまとしてやられた感じだよ。
クソッ
まちがいなくミュートも軍事の天才じゃん。
オレは二人の天才に向かって命じたんだ。
「で、次にオレが何をすれば良いのか教えろ」
「「一気に王宮への進撃を!」」
喜んで!
・・・・・・・・・・・
王宮のとんがり屋根が見えてきた。
もはや走る気力すら湧いてこない。とにかく、この木の陰でいったん休もう。
「負けたな。しかも徹底的に」
認めざるを得ない。
いくら急造軍だとは言え10倍も味方を集めておきながら、本陣を急襲されてしまうことでの敗戦というのでは、用兵家として言い訳もできないだろう。
「しかし、まだだ。もう一度やってやる。サスティナブルは少数なんだ。王宮に籠もってしまえば、攻城兵器だって持ってない」
どれほど精強な軍であっても「城攻め」は別格なのだ。
攻城兵器によって物理的に破壊するか、守兵の10倍以上で力攻めをするか、あるいは内通者を作るという手しかない。
「いったん、城に籠もって敵の崩壊を待って。まだまだ貴族達をかき集めれば」
そう考えたときに、手元に衝撃。
ん?
「矢?」
次の瞬間、木の陰に座り込んでいたガバイヤの参謀長・キャラカの喉に一本の矢が突き刺さった。
「んんっ、んぐぅふぅ」
血を吐きながら倒れるキャラカの背中に、次々と矢が突き刺さったのである。
「へぇ、ミュートさんの言うとおりだ。待ち伏せしてたら、ちゃんと来たな~」
これで親分が喜んでくれるかな? とテムジンは軽やかに笑ったのだった。
天才・ミュートはあらかじめ偵察してあった情報から、会戦後に敵の首脳部が逃げる道をいくつか予想していました。だから、テムジン達は「予定通りにやってきたのは敵の重要人物だ」と思って安心して矢を放ちました。さすがに「生きて捕らえろ」というミッションまでは要求していませんでした。