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第14話 上がるか、下がるか

いつも、誤字訂正にご協力くださり

とっても感謝しています。

どうもありがとうございます。

 突然の「吠える」声が響き渡った。


 ひとり、ふたりではない。数百人の大歓声だ。

 

「なんだ、いったい、この声は」


 本来は沈着冷静だし、陣内では努めて喜怒哀楽を見せぬように意識しているはずのキャラカが、思わず立ち上がるほどの歓声だった。


 しかも、敵側で響いたというのは良くない知らせ。


「何が起きたのだ」


 ここからでは分からない。声の発信地は右翼の混乱状態の中らしい。


「わかりません。敵の本陣に我々の兵が到達したあたりで何かがあったからだと思うのですが」


 本陣にいる敵武将を討ち取った味方が雄叫びを上げるならともかく、逆ではないか。


 なぜ、敵の本陣に攻め入ると、相手の士気が跳ね上がるのだ? 


 状況が掴めない。


 そうしている間も、観測員の報告が言語化される。


客将(ニフダ)が中央の歩兵と合流しました」

「中央、やや押されています。混戦続きます」

「右翼の未発の貴族軍は、まだ混乱している様子です」


 辛うじて立ち直ったところは、三々五々と言うカタチで出撃し始めたが、大戦力を持っているところに限って当主がやられ、立ち直りようがない印象だ。特に公爵・侯爵クラスは子貴族に影響が大きい分だけ、混乱に巻き込まれる数も多くなってしまう。


 右翼にこれ以上の戦力は当てられそうにない、とキャラカは判断した。


 そんなことを考えているキャラカの元に立て続けの報告。


 突然、具申の声が上がった。


「左翼の貴族家を出撃させますか?」


 戦局は変化しているが、敵の突出した武力によって左翼が依然として危うい。


 本陣の左後ろで待ち構える貴族家をいつ「出す」のか悩みどころである。局面に味方が増えるのは良いことだが、各貴族家がどう動くのか予測ができないからだ。


 このあたり「作戦家」としては悩ましい。

 

 特に、左翼の深刻な事態を考えれば、本当は今すぐ出撃させたい。しかし、出撃させた後の制御ができなければ、中央の戦いが引っ張られて制御が不可能になるかもしれない。


 しかも、こちらが狙って、かつ成功しつつある「敵指揮官のピンポイント・キル作戦」が届かず、逆に逃げるスキを与えてしまう可能性が出てしまう。


 ところが、そこに思わぬ声が上がった。


「敵の司令官です! 司令官が槍を振るっています」

「何だと? 馬鹿な。ヤツは塔の上にいたんだぞ? わざわざ降りてきただと? こっちが狙っているのがわからんほどのバカというわけではないはずだ!」 


 キャラカに迷いが生まれた。


 塔の上に立てば、急襲が難しい。「ラッキーパンチ」が届かないのだ。


 だからこそ、ピンポイント・キルを狙いつつも数が必要となってしまった。それなのに敵将が平場に出てきてくれるならおあつらえ向き。


 敵の本陣には、既に防衛部隊がろくに残ってないのは予想済みだ。


 チャンスだ。


 全軍突撃の命令を出しかけて、キャラカは用兵家の固執のように、喉元まで来た命令を一度飲み込んだのである。


「いや、待て。いくらなんでも露骨すぎる。これはキヤツの作戦の可能性があるぞ」


 キャラカは、作戦家の慎重さを発揮したのだ。用兵の常として「あまりにもおあつらえ向きのチャンスを相手が作ってくれたら、ワナだと思え」という言葉が骨の髄まで染みこんでいたためだ。


「待つのだ。もう一度確かめろ。本陣の後ろに予備隊を置いて、伏兵がいる可能性がある」


 この瞬間、最後の最後で生まれたチャンスの女神を取り逃がしたことをキャラカは気付けなかったのだろう。


「客将、敵に接触します! ああああ! 消えました!」


 自ら先頭に立って突撃したニフダは瞬殺であった。引き連れていった100は、先頭の指揮官が瞬殺されるのを目の当たりにして、ためらいが生まれるのは当然である。


 足が止まれば、結果は同じであった。次々と刈り取られていくのである。


 100名以上を引き連れていったはずなのに、状況が全く変わらなかったのだ。


 そしてその瞬間、サスティナブル帝国の「浸透突撃」が中央の混戦を突き抜けてきたのである。


「中央! 抜けてきます。騎馬です! 馬鹿な! 騎馬隊がなんで歩兵の乱戦を抜けられるんだ!」


 後半は観測員の悲鳴にも似た言葉だった。


「キャラカ!」


 リマオが立ち上がっていた。


 この瞬間の決断だけは、キャラカよりも司令官のリマオの方が優れていた。現場の作戦を考えなくて良い分、単純な決断が可能だったためだ。


「左の貴族を出せ! 本陣は500メートル後退。貴族軍と位置を交代するぞ。直ちに取りかかれ!」


 後々、この決断の是非は歴史家達の議論が別れるところである。


 歴史を結果論だけで判断するのは容易いことだが、戒めるべきでもある。


 しかし、結果論「だけ」で言えば、これは失敗、それも絶対にやってはならない類いの失敗だったのだ。


 ガバイヤ王国側から見て、この時の状況は次の通り。


1 右翼は敵の極めて高い士気に押されつつも、辛うじて作戦目的を達しつつある混戦である。

2 中央の戦いは初期の圧倒的な劣勢から数を使って辛うじて持ちこたえつつある。逆を言えば、その「持ちこたえる」状況を利用して敵の騎馬がすり抜けてきた状況である。

3 抜けてきた騎馬は多くても100(実際にはピーコックの50とホース隊の一部で70ほど)である。

4 左翼は圧倒的な武将の力で壊滅しつつある状況であるが、本陣まで届くには時間の猶予が見こまれること。

5 左後ろの貴族家は、単なる兵隊と違って「各当主が戦況を判断する」というワンクッションがある。その中で圧倒的に負けている「4」が示す状況と「本陣が下がる=本陣の危機」という状況が展開されてしまったこと。


 これらが合わさったとき、本陣左後ろの各貴族家当主が「本陣の代わりに危機となる場所」へと率先して出撃したがるのか、という極めて人間くさい判断をリマオは考えるべきであったのだろう。


 この瞬間に起きたのは各貴族家のありえない「譲り合い」であった。


 さらにいえば、動かない貴族家が壁となり本陣の後退と動かぬ貴族軍との混雑した状況ができあがってしまったのである。


 もっと簡単に言えば、味方が壁になることで、中央から狙ってくる敵の「本陣狙いの突撃」から逃げるに逃げられない状況が生じたということであった。


 そこに立ちはだかるは、本来、本陣を守る300だけ。ところが本陣が下がるという前提で防衛部隊は動いてしまったのである。


 つまり、本陣を守る「囲い」に使った銀と桂馬が一手飛び出してしまったカッコウであった。


 一騎当千とまでに鍛え上げられたピーコック隊の突撃部隊にとって、本陣の一角にスキさえ見えれば、十分なのであった。


 司令官自ら槍を振るって士気を爆上げしてみせたサスティナブル帝国。

 司令官が脱出を試みることで陣形を乱れさせてしまったガバイヤ王国。


 浸透突撃という必殺の一手によって「王手」が掛かるのも当然であったのだろう。

 

 ここでアスパルの会戦は一気に終盤へと突入するのであった。


 本陣が下がるのは、会戦においては珍しいことではないのですが、我々の歴史の中でも、戦闘中にそれが成功した例はほとんど見かけないのが実情です。

 しかも、下がる本陣の動きを邪魔するのは得てして敵の動きよりも動かぬ味方であることも、よくあること。

 歴史は繰り返すのが必定なのでした。

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