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第13話 指揮と士気


 ガバイヤ軍の本陣は、定石通りに高台に置いてある。守備に300人を置いてある指揮所からも、戦場のだいたいの様子は見えていた。


 ガバイヤ王国参謀長であり、国防決戦軍副指揮官を拝命したキャラカは言葉が出なかった。


 自分の目で見ながら信じられない。或いは信じたくない光景だったのだ。

 

『な、なんだ、あれは!』


 送り出した必殺の襲撃部隊が削られていく。いや、そんな生やさしい言葉ではすまない。消しゴムでもかけたように先端部から消え去っていく。


 しかも、たったひとりの騎馬武者によってだ。


 相手が動いているのは確かだが、何がどう動いているのか分からない黒いなにか。恐らく槍のはずだ。


 黒い槍が最小限の、しかし猛烈なスピードで動いていることだけは分かる。なぜならば相手が通り抜けると、兵隊が糸の切れた操り人形(マリオネット)のようにパタパタと倒れていくのだ。


 防ぐ動きも逃げる動きも悲鳴も、いや、断末魔の動きすらない完璧な死がたった一人の人間によって量産されていく光景は、もはや戦争とは呼べないものだ。

 

 動いている黒槍は、残像効果のせいか「死に神の持つ黒い大鎌」のようにしかみえなかった。


『我々は、相手にしてはいけない者と対してしまったのではないか?』


 そんな言葉が頭に浮かぶキャラカだ。


 衝撃はキャラカだけのモノではない。むしろ、キャラカという責任者が上に立つ分だけ下僚の心的負荷は軽くなるのだろう。


 心が軽い分だけ幕僚達はザワつき始めた。


「各地の暴れ者を集めた部隊だぞ」

「今回手柄を上げれば死罪から奴隷落ちですませるという約束の」

「軍の中で重犯罪を犯した連中だろ?」

「ここに連れてくるまでに、警護隊員が2人も死んだという連中が、ただのお人形扱いではないか」


 必殺のコマンドとして送り出したのは、いわく付きで、どうしようもない連中だ。死罪、或いは死罪よりも重い処罰を「免罪」「減刑」をエサにガバイヤ王国中からかり集めたものだ。


 チャンスは1回だけ。求める成果は敵司令官の首。


 隊の中の誰かが首を取れば全員に褒美を与える。失敗した場合は全員処刑する。まして逃げた場合は、成功しようと失敗しようと一族丸ごと反逆罪として扱うというもの。


 ここまで連れてくるのだって問題だらけだった。手枷足枷付きで護送してきたのに、警備員が2人も殺されてしまうほどの乱暴者ばかり。


「三十分、いや十五分で全滅か?」

「真ん中辺は例の公爵家で国軍千人を半死半生にした山賊達だろう? あいつらなら、きっと何かをしてくれるはずだ」


 犯罪者に頼らざるを得ない情けなさを振り返る余裕など、誰一人なかった。


 その時、今、まさに刈り取ろうとしていた所に後ろから投網のようなものが投げつけられた。


 空中に広がる網。

 

 紐や網は絡みつくため、槍の天敵である。


 仲間が一緒に絡め取られるのを全くためらうことなく網をかけるあたりのクズっぷりは見事。しかも、そこに目がけてナイフや手槍が同時に十数本も殺到する。


 味方に当たることなど一瞬も考えてないに違いない。


「やる!」

「やったか?」

「いいぞ!」


 同時に漏れた歓声は、既に芝居小屋の観客と同じレベルだ。


 しかし、次の瞬間、落胆のため息に変わっている。


 騎馬武者は、広がる網の範囲を見事に見きったのだろう。むしろ最前線の味方だけを網に包み、そこに刃物が飛んできただけのこと。


 さっき網を投げた男達は、空中に網を投げたカタチのまま、パタン、パタンと倒れていった。


 騎馬武者の勢いは止まらない。


 用兵のあれこれを勉強してきたキャラカは武芸に通じているわけではない。だが、その動きが常人とは別次元であることくらいは武人の本能が理解させてくる。


『あれに勝つとしたら、それこそ、伝説となっているエルメスかウンチョーあたりでも連れてくるしかないだろう』


 ガバイヤ王国人は平均すればサスティナブル王国軍人よりも強兵だ。しかし残念ながら、突き抜けた武人を生み出す風土はないのだ。


「む、無理だ」


 したがって、キャラカは理屈としての結論が自然と口をついて出てしまう。


 あれは止められない。となれば、逃げるか?


「無理なコトなんてあるもんか!」


 キャラカの声に被せるようにニフダが叫んだ。彼にしてみれば、復讐心だけを支えにして、敵国まで落ち延びてきたのである。


 ここで尻尾を巻いて逃げれば、もはやチャンスなどないのだ。


「中央の歩兵を左に! 連中は右翼の絡みに気を取られているのだから、スキはあるはずだ」


 おそらく100や200を回しても、焼け石に水だとは思いはしたが、何もしないという選択肢は指揮官としてとれないのも事実だ。


「だが、混戦の中央から振り向けるには、誰かが引き連れていかねばならんぞ?」


 兵だけに命じても無理。現場指揮官は目の前の敵で精一杯だ。ここで中央が瓦解すれば、搦手が全て無駄になるどころか、即座に本部が危うくなるのは目に見えている。


「オレがいく! リマオ大臣、それでいいな?」


 もはや指揮命令の手順を守ることなどニフダの頭にはなかった。リマオはニフダの血相に圧倒されて、副司令官を飛び越えた具申に対してコクコクと頷いた。


「ニフダ・マッタ=ウチフーヅメ男( ※)、まかり出る! ごめん」


 馬上姿となるや、抜刀して左翼にある理不尽な戦場へと全力で向かうのであった。



※敵国に「亡命」したのは政治的トラブルからだと申告したついでに、元の爵位も誇大申告しています。本来は騎士爵家の三代目なので、実質平民です。



・・・・・・・・・・・


 

 会戦においての最高司令官は、その悠然たる姿を見せることで士気を鼓舞し、安心感を与えるべきだというのは、原則通り。


 まして、総司令官自らが槍を持って激戦の場所に殴り込みをかけるなどというのは、すくなくとも名将と言われる人がやるべきことではない。それは「匹夫の勇(チンピラ働き)」として、むしろ忌むべき行いだとされている。


 それはショウの前世の歴史においても同じ事。徳川家康などは、三方原において武田側に追い回されて粗相をしてしまったというのは末代までの恥として伝わってしま( ※)


 むしろ織田信長が「金ヶ崎の退き口」と呼ばれる撤退戦において、真っ先に逃げたことを武将の誉れとして称賛すらされるのも「司令官」の振る舞いとして正しいからだ。


 ところが、人というのは不思議なものである。


 時として、あるいは司令官の人間性なのだろうか? 


 時に、槍の一つをふるって見せるのが、戦場全体を鼓舞する時があるのだ。


 ローマのカエサルがそうだった。敵地で戦い続けたガリア戦役において、最大激戦地となった「アレシア攻防戦」である。


 5万のローマ軍に対して40万のガリア軍との激闘で、最大の危機的状況では、味方を助けるためにカエサル自ら槍を振るって敵を倒したという。


 どれほどの激戦であろうと、カエサルの微笑を浮かべつつ、澄まして戦況を見つめ、士気を鼓舞する声をかけ続けてきた男が槍を振るったのである。


 その事実が戦場に伝わった瞬間、敗色濃いローマ兵が一斉に息を吹き返したのだという話はいくつもの人間が書き残している。


 曰く「ハゲのひと突きが、アレシアを敗戦から救った」と。


 まして、今回は皇帝である。


 しかも、戦闘に先だって演説した「高い場所」から冷静に戦況を見つめ続けた男が戦場へと降りてきたのである。


 最初に気付いたのは、本部で怖々と槍を振るっていた男達である。


 武官とは言え、作戦畑の人間は自らが槍を振るうことになれてないものもいる。まして、左翼の戦いが上手くいってないことも、アテナが迎撃に出てもなお撃ち漏らしが出てきたと言う事実が何を意味するか、作戦畑の人間はよく分かっているのだ。


 完全に腰が引けていたところに、若き皇帝の登場である。途端に槍を持つ手に力が入ったのは当然のこと。


 本部の中は一気に湧き立ったのだ。


 しかし、戦場の二人にとっては、そんなことは後回し。


「アテナ!」


 息こそ切らさないが、自分を避けるように本部に向かう連中を追い切れなくなっていたアテナは、この世で一番愛しい声を、しかし、今の状況では絶対に聞きたくない声を聞いてしまったのである。


 一瞬顔を歪めつつも、今何をすべきか具体的に「次」を考えるのが武人なのだ。


 すぐさま、自分のなすべきコトを理解して皇帝の側に走り寄った。


 途中に二人ばかりの敵の横を通過したが、一瞬のスピードを緩めることでもない。


 二つの頭をコトリと落としながら、全速力で守るべき場所へと向かったのだ。


「エサを用意したからね、これで大丈夫」


 若き英雄は、心からの笑みを浮かべて妻に微笑みかける。


「エビでナマズを釣るです( ※2)、でも、ありがとうございます」


 アテナが手を焼いていたのは、自分を避けて通られることだった。目標は、皇帝の立つ指揮所、というよりも「皇帝」である。


 当然、その下にある本部は「ついで」の攻撃目標に過ぎないのだ。


 高台にいたはずの皇帝がここにいるとなれば、敵は自分から寄ってくることになるのだから、後は切るだけ。


 敵がこちらに向かって来さえすれば、それを切ることなどアテナにとって何の苦労にも思えないだろう。


 とはいえ、ショウも槍を構えている。


「たまには、オレも働くよ」


 言ったが早いか、向かってくる敵を槍で吹き飛ばした。


 大きな動きにしたのは計算済み。ついでに言えば、ショウに槍を振るわせたのも、彼我の実力差をとっさに計算したアテナが譲ったからだ。


 以心伝心。


 ここで、皇帝自らが槍を振るい、敵を葬ったという事実が必要な場面だ。


「絶対に、()()()敵だけにしてください」


 愛する男の技量を信じているはずなのに、それでも「敵を見極めてから回す」というのはいささか過保護であるとは思う。しかし、それを無にすると、逆にアテナの注意が散漫になりかねない。


 ここは甘えておいた方がイイ。


「もちろんだよ。いー子にしておくさ」


 そう言いながら、また一人、吹き飛ばす。自分で戦うのは久し振りだが、槍が軽く感じる。敵の動きも見えていた。


『やっぱり、実戦をそれなりに経験したお陰だな』


 そう言えば、()()()()()()と一緒の時も選んだ敵を回されてきたんだっけと、遠い昔の初陣を思い出してしまうショウだ。


『あの時のエルメス様は、強い奴、強い奴をオレに押しつけてきてくれたんだっけ』

(第2章 第50話「初陣」をご参照ください)

 

 何とか初陣をしのいだ後、緊張のあまり呼吸困難になってしまった恥ずかしい思い出だ。


『でも、あの時、アテナがキスしてくれて、それで……』


 あの夜を思い出して見つめている目の前で、アテナの剣が煌めき続ける。


 こんな時、ふとオヤジギャグを浮かべてしまうのがショウの悪いクセである。


 いや~ 出血大サービス?


 そんな不埒なギャグを思い浮かべている向こう側で「皇帝が自ら槍を振るわれた!」という驚きと、そして圧倒的な興奮という名の士気が湧き立ち始めていたのであった。


※徳川家康が子孫のための教訓としてわざと伝承させたという説もあります。

※2「エビでナマズを釣る」……サスティナブル帝国に伝わる「すごく価値のあるもので、くだらないものを求めてしまう」と言う意味の慣用句。

        






 塩野七生氏の「ローマ人の物語」 4巻の上 「ルビコン以前」にアレシアの戦いについて活写されています。お時間があれば、あれは読む価値がありますので、どうぞ。

 今回は、初めてニフダ氏のフルネームを書いてみました。分かる人には分かる、不吉な言葉のオンパレードです。

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― 新着の感想 ―
ニフダ・マッタ=ウチフーヅメ 二歩・待った・打ち歩詰め 超不吉だなw
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