第11話 空き王手
ガーネット家騎士団としてではなく「サスティナブル王国の二傑」として知られるムスフスとウンチョーが全力で殴り込んだ時点で、何がどうなるのか予想はつく。
せっかく、部下が寄ってたかって盾で矢を防いだ高位貴族だが、逆を言えば「守る価値のある人物だ」と公表してしまったようなモノ。
本来、高位貴族は臣下を集めた大集団の中心で美味しい場面をジッと待ち構えようと計算していたはずだ。
しかし、自らの価値を相手に知らしめてしまった以上、襲ってくださいと言っているようなモノ。凄まじい気合いとともに襲いかかってきたのは、周辺の護衛ごと消し飛ばすような文字通りバケモノだ。
人が飛び、人だったモノが飛び、人の一部が飛んで行く。
「お屋形様、お逃げを!」
「なんとかせ、ぶぎゃあ!」
そんな叫びが何度も繰り返されて、惨劇の現場だけが増えていった。手下には興味がない。ひとりでも多く「守られている立場」を抹殺していくマシーンと化しているのがふたりのバケモノだ。
希に「お館様のアダを!」と追う者が現れるが、そういう相手を防ぐのがバケモノに付き添ってきた部下達の役割だ。
一瞬たりとも2人の傑物の動きは止まることがなかった。
三箇所、五箇所と増えていくうちに、予備戦力の歩兵集団が向かってきたのを、ちゃんと見ている余裕もある。
「そろそろ退くぞ」
とウンチョー。
「深追いすると、迷惑を掛けかねないな」
冷静な判断をするムスフス。
すぐそばには、敵の予備戦力であった歩兵の固まりが二つも寄ってきているが、鬼神のごとき勢いのふたりに手を付けかねて、ジリジリと包囲網を狭めている状態だった。
これは、バケモノに蹂躙されていた貴族家の人間からしたら不信感につながる動きだ。
なぜ、助けに来ない!
もちろん、歩兵を指揮する側から言えば、少数に蹂躙されている最中の味方の陣に飛び込めるわけがない。だから「飛び出してきたところを押し包んでしまおう」と考えた……ことにしておきたい。
実際には、目の前で繰り広げられる惨劇の現場を目の当たりにして、自分達がバケモノを相手にする恐怖で足がすくんだのだ。
銃を使う近代戦争との違いだ。
1対300であったとしても、必ず「最初のひとり」は必要なのだ。誰かが向き合う必要があるのだ。結果的に299人が倒れても、最後の最後で倒せれば十分だと、指揮官からすれば思うだろう。
だが「じゃあ、お前、299人側な」と言われたら誰でも拒否したくなるに決まっている。お先にどーぞ、となるに決まっていた。
ともかくこの瞬間、貴族側からは国軍への不信感、国軍から見たら「たったひとりを相手に弱すぎだろ」という不信感。
同じ戦場に立つ者同士では最悪の空気が生まれてしまった。
その中で、部下を引き連れて包囲を堂々と食い破って出て行ったムスフスとウンチョー達だ。
短時間のウチに侯爵、公爵が合わせて五家、伯爵家も三つが当主を喪ってしまった。
「突入部隊が離脱しました。すごい」
オイジュ君が賛嘆の響きを載せた報告をしたとき、ミュートはそっちは見てなかったのだ。
「追いかけてきますね。それも一斉に」
「うわぁあ、敵の本部前にいた六つの中隊のウチ、左の四つが一斉に殺到してきます!」
オイジュ君の悲鳴に近い報告だ。
「ライオンさん達が食い止めるだろうけど、ここで混戦になるのは不味いです」
もちろん、ガバイヤ王国側としては「混戦」が望むところだ。ゴチャゴチャになると作戦よりも人数がモノを言うことになるからだ。
「迦楼羅隊を入れて、いったんライオンを下げます。ホース隊に敵中央を突破しての突撃命令を出しましょう」
つまり、敵の本部の真ん中が空いた所を、ホース隊が歩兵の間を抜けて突撃させる作戦だ。これを「浸透突撃」と呼んで訓練済みだ。
このあたり、とっさの反応と作戦能力は、軍事の天才ミュートの得意とするところだ。
少しも慌てていなかった。
「わかった。命令を」
「はっ! ホース隊、敵本部に浸透突撃せよ。迦楼羅隊は全軍出撃、小当たりして敵を足止めしたら帰還のこと!」
迦楼羅隊が出払ってしまうと、本部の直掩部隊がなくなってしまうから「すぐに戻れ」は当然のことだ。
迦楼羅隊は、雄叫びを上げて「戦場」へと突撃していったのだ。
ところが、援護を受けたライオン隊が立て直すために距離を取ろうとした時、ガバイヤ王国の本部後ろに控えていた貴族軍が一斉に、そこに突撃をしてきたのだ。
といっても歩兵の混じった突撃だけに、スピードはない。
しかし、もつれた戦いを引き剥がそうとしたところに、新たな敵が突入しようとしてきたのだ。すぐに下がるわけにはいかなくなった。ライオン隊は再び敵に向かって行かざるを得ない。
もしも、ここでライオン隊が下がれば、中央で攻勢をかけている歩兵の横陣がガラ空きとなる。敵とガップリ組み合っている歩兵が横から攻勢をかけられると脆い。あっと言う間に削られてしまうだろう。
「左翼の混戦に予備隊を当てます。右半分は中央の攻勢を支えさせます」
「OK」
たちまち命令が伝達され、東部方面歩兵隊の半数が左翼の応援へと突入していく。
残りの半数は、中央の攻勢を後ろから援護していく。
しかし、やむを得ない対応とは言え、これでガバイヤ王国側が望んでいた「混戦」が維持されてしまうことになる。
このあたりのキャラカの作戦能力と指揮ぶりは、満点以上のできである。
しかし、戦場にできつつある「混戦」はキャラカの最終目的ではなかった。戦場の局面、それもできれば右翼に混戦を出現させるのは、あくまでも「手段」であったのだ。
「上手く、ハマったな」
キャラカは亡命してきた参謀に微笑みかけたのだ。
「なるほど。卿のこの手は、まさに効果的。戦略演習とは誠に実戦的な学問だったのであるな」
「はい。戦場では歩を何枚取っても勝てませぬ。逆に、飛車も角も取られても、相手の玉を取ってしまえば、勝ちなのです」
「なるほど、なるほど。玉を取る…… この戦場では、例の皇帝とか言うのが」
「玉ですな。キヤツを殺せば、こ、殺してやれば、全ては終わる。全ては終わるのだ」
サスティナブル王国から亡命してきた参謀の目はギラギラと血走っている。
「ふむ。空き王手とか言うのであったな? これで敵の玉までの道ができた。王手をかけられるぞ。確かにお前の言うとおり価値のある作戦だった。誠に見事であるぞ、ニフダ殿」
「はっ、ありがたき。では、例の部隊を仕掛けてもよろしかろうと思います」
「よし、命令を出せ」
「はっ!」
「皇帝」の立つ指揮所の付近から防衛部隊が消えていた。戻るはずの迦楼羅隊は、混戦に巻き込まれて離脱不能になっていたせいだ。ウンチョーもムスフスも、獅子奮迅の働きを見せているが、敵の人数が多いゆえに簡単に離脱するわけにはいかない。
もしも、ふたりが抜けてしまえば、人数の波に迦楼羅隊もライオン隊も飲み込まれてしまうのが明らかであった。
混戦の中でも両隊が支え合うからこそ、何とか戦線を維持できるのである。
そこで、ニフダは伝令に命令を伝えた。
「六番隊、敵の右翼に仕掛けよ。その壁越しに、囚人部隊が突撃せよ」
左端の予備隊が、いっきにサスティナブル帝国の右翼に襲いかかる。と言っても、本気で殲滅をするつもりもない。ただ、襲いかかり「壁」となるだけである。
しかし、局面だけで言えば数倍の人数に襲われたライオン隊もエレファント大隊右翼も、対応ができなかった。
まるで壁のようになった、その奥を「囚人部隊」と呼ばれた300人が、サスティナブル帝国本部へと突撃したのである。
間を遮る部隊は、もう、一枚も残っていなかったのである。
戦略演習で言えば「王手の合駒がない」状態ということだった。
ニフダは「あの怨み、やっと晴らせる時が来た」と血走った目のまま、ニタリと笑ったのである。
「匂わせ」をしてあったので、ひょっとしてとお思いの読者様もおありだったと思います。ニフダ君、ここにいました。
なお、モブキャラですが第2章第25話「それぞれの競技会」において登場しました。当初から「不吉な名前」として騒がれていましたね。
なお、将棋ファンの方は「これ、空き王手じゃないじゃん」とおっしゃりたくなると思いますが、ここはお許しください。「王への道が空けられてしまった」的な感じです。