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第1話 北の街にて

 北方遊牧民族から国を守るには徹底した訓練を怠らないことが第一だ。いついかなることがあろうと、たとえ何があっても、それは変わらないのだ。


 今日も、訓練に訓練を重ねて一日が終わった。クタクタだ。


 しかし、二人はまだ休めなかった。


 騎士団の「先輩」達の服の洗濯が待っていた。ロウヒー領は温泉が豊富に湧き出ているおかげで、洗濯にも温泉を使える分だけマシだが、温泉から少しでも手を出せば、猛烈な寒風で瞬間的に手がかじかむ。


 辛いと言えば辛いが、そもそも「他人の服を洗濯する」などということは初めての経験だった。いくら貧乏でも男爵家の息子だった二人だ。王立学園の寮に入って初めて身の回りのことを自分でするようになった。


 王都に来たばかりの頃は洗濯なんて全然できなかった。まして大量の洗濯物を二人で回していくなんて、途方もない大事業としか言えないレベルだ。


 ちゃんと綺麗になってなくて、ぶん殴られては「もう一度」を何回経験しただろう。徹夜したことだってある。


 今では、二人がかりで3時間もあれば終わるのだから慣れたものと言える。今日も、真夜中までには全部終わるはずだ。


 それに、救いは寒くても乾燥しきった空気だった。


 夜のうちに乾燥室に干しておけば、朝には乾く。朝一番に取り込んで先輩のロッカーに丁寧に()()()()()いく。実家の洗濯メイドのような丁寧な仕上げは要求されて無い分だけ助かる。


 辛いのは訓練でも洗濯でも無かった。慣れてくれば何でもそれなりにこなせるようになったし、新米の立場だと思えば仕方ないと思える。


 それに、騎士団は案外と居心地が良い。訓練以外では「きさくな兄貴分」を気取っている先輩は悪いヤツらでは無かった。ただ、言動が乱暴なだけだ。


 食事だって温かくて量もたっぷり用意されている。慣れれば意外と美味しい羊の肉だって毎日食べられる。


 それを割り引いても、二人の顔色は悪かった。

 

「そろそろやっばいな」

「それ、()()で言ってる?」

「もちろん、マジに決まってるじゃん」


 ヤッバイとモレソは、顔を見合わせてため息を吐く。


 何で、こんなところに来ちゃったんだろう、それが二人の実感だった。


 二人の実家は「一番マシな王子」に賭けようとしたのが、そもそもだった。


 息子を王立学園入学前から、いち早く手を挙げて第3王子に近づけた。もちろん男爵家の息子がいきなり近づけるわけが無い。親貴族であるロウヒー家にお願いした。「息子のミガッテを頼むぞ」という条件を付けられて紹介してもらったのだった。

 

 もとより男爵家の息子では身分が低すぎて王子の側近にはなれないが、顔と名前を覚えてもらえれば、その後何かと有利になる。いや、侯爵家の息子と顔つなぎができるだけでも、この後の本人も、そして家もどれだけウンが開けることか。


 希望に満ちた将来が待っていた。だから、どんなことであれ我慢して仕えてきた。


 そんなある日、突然、何かが起きたと思ったら、第三王子が消えた。オロオロして、ともかくミガッテ様のところへと行ったのが悪かった。


「オレの護衛をしろ!」

 

 その一言が彼らの運命を変えた。


 以後、流されるままに流された。ロウヒー家の領地に着いてからは、息子のご学友なんて立派な立場など与えられず、騎士団に放り込まれてしまったのも計算外。


 とはいえ、普通なら男爵家の息子が「侯爵家の騎士団」に入ることは珍しいことでは無い。むしろ就職先としては良い方だ。


 当初は嘆く必要も無かった。


 来る日も来る日も「新米」としてシゴかれているうちに、はたとウワサが流れてきて分かってしまった。


「オレ達は王国の敵になってしまったのだ」


 驚愕の事実だ。


 意味不明だった。


 王子にすり寄っていたはずが、いつの間にか反乱軍の一員なのだ。これでは詐欺に遭ったよりもひどい。


 内心オロオロしつつも、騎士団の新米として訓練に明け暮れるうちに、ある日突然、中心となるメンバーが王都を襲撃に行ってしまった。


「君側の奸を討つ」


 領地では、大々的に宣伝された文句だが、あっちこちの街にお触れを運んでいく騎士団自身ですら、信じていなかった。


 信じぬ理由も、実戦型騎士団らしかった。


「自分達《《並》》の騎馬隊を擁するガーネット家と希代の傑物ムスフスを擁するスコット家騎士団までもが王を裏切るわけが無い」


 ゲンコツしか信じない、いかにも汗臭い理由であったが、案外と的を射たものであった。


 反乱軍なのはロウヒー家なのだろうということを騎士団は気付いていた。


 しかし、ロウヒー家騎士団は「それがどうした」と言い切ってみせた。敵が王国全体になるとしても、むしろ、自分達の力を見せつけてやると言い切る男達が大半だった。


 事実として、侯爵と共に出征していった騎士団に悲壮感などカケラも無かった。ただ、かき集められた、普段は街を守るためにいる歩兵達だけが、ゲンナリした姿だっただけだった。


 領都・ボンでは日常が続いていたし、街の人間は誰一人逃げ出さずにいた。ところが、流れが変わった。


「遠征軍全滅、お館様、討ち死に」の報せが届くと、瞬間的に風向きが変わってしまったのだ。


 家令達や騎士団の居残り部隊を託された副団長が懸命に領をまとめようとしているが動揺が収まるわけがない。


 ボンに限らず、主な街にある有力な商会は次々と財産を運び出していった。


 平民達が次々と逃げ出していく。当然だろう。反乱軍の領地に住む者は敵と見なされてもおかしくないのだ。


 街では「討伐軍がやって来れば、住民は奴隷にされる」とまでウワサが流れている。豊かな者から、どんどん逃げ出していく。


 騎士団は、むしろ、逃げ出す者は少なかった。おそらく「北方遊牧民族からの守り」を己に義務づけてきた誇りのなせるワザだろう。


 しかし、だからといって、やって来る討伐軍に勝てる見込みが立つわけは無いのだ。


 侯爵家の嫡男であるミガッテは、そこで立て直しの象徴として働くのかと期待はあった。


 しかし、現実は違っていた。それも()()()()()


 ボンの外れに建てられた豪壮な愛人用の別宅に引きこもってしまったのだ。当然のように「父の愛人」と一緒にである。


 ヤリー・マーンであった。


 かねて、その美貌に目を付けていたが、父の目が怖くて手を出せずにいたところ「侯爵討ち死に」の報を聞いて、真っ先に向かったのが、ヤリーのところであったのだ。


 この時点で、ロウヒー家の領館で働く下働き達の過半が逃げ出してしまった。街の中とは逆に、役職の低い者ほど真っ先に逃げ出したのである。


 ということで、騎士団の洗濯は新米が行い、かつて幾多のパーティーを仕切ってきた執事長は老メイド長クラスを動員して騎士団の食事を作っているあり様なのである。


 そして、今、ウワサの中心は「討伐軍がいつ到着するのか」という点に集中していた。


「3月には来るよな」

「もっと早いって話だ」

「逃げるか?」

「そうだなぁ」


 なまじ、前線で働く機会が無かった分、騎士団の誇りなど持てない。まして、自分達を連れてきたミガッテは愛人と引きこもっているのだ。


 これで「忠誠を捧げよ」は、人として不可能であろう。


「相手のトップは、ほら、新入生歓迎キャンプで一緒になった」

「あぁ。伯爵家の息子で、オレ達に秘伝の薬までくれたアイツだろ」

「まんざら、顔が分からないわけじゃ無いし」

「知り合いだって言ったら、何とかならないかな?」

「うん。きっと大丈夫さ。あの時だって、ろくに喋ったことも無いオレ達に伯爵家の秘伝を使ってくれるヤツだもん」

「絶対にオレ達を受け入れてくれるに決まってるさ」


 絶望的な状況においては、クモの糸よりも細い希望が、まるで必然のように思えるものだ。


 1月15日の深夜。


 ヤッバイとモレソは、騎士団の宿舎から脱走したのである。なお、先輩方の洗濯をキッチリ干してからにしたのは、ビビリーであったのか、それとも律儀であったのか、謎であった。




 



いよいよ始まります。第6章。オープニングはまさかの二人、ヤッバイ君とモレソ君でした(第3章「野外演習2」より登場)。いや、ヤリーちゃんとミガッテ君もチラリとでてきましたが、モラールハザードを引き起こす重要な役目ですね!

 作者的にはヤリーちゃんのキャラ、けっこう好きなんです。



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