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第58話 新しき年の鐘が鳴る

 アマンダ王国・グラの年越しは、非常に緊張したものとなった。


 枢機卿会議がシベで開催されることによって、高位の宗教関係者は軒並み不在。


 それなのに、よりによって、この時に限って、高位の司祭が、それも最高位である枢機卿が不在なのだ。


 先ほど、不意に来訪した国教務大臣のシュターテンは、直接、エルメスに耳打ちしてきた。


「もう、いけません。おそらく、新年の鐘は聞けないでしょう」


 グレーヌ教の仕来りで、新年を迎えた瞬間「神からの祝福の声」として、教会の鐘をガランガランと鳴らす習慣があることを言っている。


 まもなくイルデブランド3世がこの世を去る。王にふさわしい最期の秘蹟(サクラメント)を行う高位の聖職者が一人もいない。


 しかし、現実的で最も困難な問題は世継ぎが定まってないことだ。通常であれば直系の男子が候補となる。けれども不幸にして王に男の子はいなかった。


 さらに問題なのが慣習法ではあるのだが12人の枢機卿の投票によって国王を定めることになっている。


 跡継ぎ候補が不在。


 枢機卿が不在。


 その手続きを経て「ゴールズの首領」が承認が必要だ。ところが、ここで問題になるのは、承認プロセスについて手続きを明文化していなかった点だ。


 したがって、最初に認めるのか、それとも最後の最後で認めることになるのかすら決まってない。もしも、最後の最後で「承認せず」となった場合は、最初からやり直しとなってしまう。


 そんなことになったら、新王宣下に1年以上は軽く必要になってしまうだろう。


 エルメスとて、考え抜いてきたことだ。案はいくつもあったが、どれもが自信を持った一手となりえない感じがしていた。


 こういう時は踏み込んではならないというのは武人としてのカンだ。しかし、もはやためらっている時間は残されていない。


『やはり、こうなったらキヤツの手に乗るのが最上と言うことか』


 懸命に他の方策を探し続けてきたが、時間切れである。


 どれほど形式的であっても、あるいは無理やりであっても「国王が承認した」という形をとることだけは絶対に必要だった。


 つまり、国王が息を引き取る前に「決定」することが必要なのだ。


 時間が無い。どれほど気が進まなくても、盟友リンデロンが、とっくの昔に勧めてきた手段をとるしか無いのだ。


『なんということだ。大人達がそろいもそろって、一人の少年にここまでの負担を掛けて良いものか』


 最初から分かってはいたことではあっても、自分が情けなかった。ここにリンデロンさえいれば、いくらでも打つ手はあったのではないかという忸怩たるものがある。


 逡巡は正直に言えば、まだ、ある。


 しかし、今、手の者から受け取った重大な知らせは、もはや、この手以外に方策がないのだと告げていた。


 一度だけ目を閉じ「すまぬ」と心の中で詫びた時、今呼び出そうと思っていたシュターテン本人が、現れた。


 真っ青な顔をしていた。


『そうか。こっちも知ったか』


 おそらくアマンダ王国側の情報だけに、いち早く伝わったのだろう。だがガーネット家の影と同等のタイミングで知ったのだったら、今なお、アマンダ王国の情報機関も力を保っているのかもしれない。


 頭に入れつつも「ちょうど良かった。見てほしい」と友人(リンデロン)が送ってきてくれた法案をシュターテンに渡した。


「いったいこれは?」

「国王陛下の承認を取り付けていただきたい。国王代理に関する法案だ。例の枢機卿会議も、そう簡単にこちらの問題ばかりを見ていられなくなったのであろう?」

「さすがですな。ご存知でしたか」

「そちらとこちら、どうやら摺り合わせする必要はなさそうですな」

「全滅、と」


 肩を落としたシュターテンだが、その目は法案を見つめている。


「グレーヌ教も宿願の国教化が懸かっていたのであったからな。仕方がないかもしれない。だが、今は食糧が危機的な上に、北方遊牧民族の侵入による非常事態だ。国王不在で長期間は持ちこたえられん。それを何とかするには、これしかなかろう」

「むむむ……」 


 シュターテンとて、その意味はわかる。アマンダ王国にとっての必要性も、そしてその意味も。


 一国の大臣として、これは撥ね付けるべき案件だ。受け入れるとしたら、それは売国奴と呼ばれて、その墓すら子々孫々まで暴かれるような悪人とされるだろう。


 けれども、これを撥ね付けてしまえば、国が未曾有の大混乱に陥ることも確定している。


 摺り合わせるまでも無い情報……シベの全滅とは、枢機卿を含めた高位の聖職者が全滅したということだ。


 グレーヌ教自身が、組織を作り直すことはできるだろうが、それを待つ余裕などないのを冷徹な政治家でもあるシュターテンはわかっている。


 ここから、どのような悪魔的な手段を使うとしても早期に国王候補を選び出す道は閉ざされたのだ。


 しかし、見れば見るほどに脂汗が流れる。


「このようなモノを通したら、私は国を売り飛ばす、歴史的な悪人ですね」


 言わずもがなのことを、呻くように言ってしまったのは、あまりにも苦痛が大きかったからだ。国のために身を捧げるのは覚悟の上だが、あまりにもな法案だ。


「なに、国を守ろうとして、国を滅ぼす愚か者と言われるよりはマシだろう」

「どうあっても、私の悪名は残ってしまうのですね」


 それに対するエルメスの言葉は、意外にも真摯なモノだった。


「アマンダ王国の子孫がどう言うかは分からんが、この大陸全体で見れば、ソナタは最後の忠臣と呼ばれることは請け合おう。頼む、これしかないのだ」


 しばし、二人は見つめ合った。エルメスの眼光は、不思議と柔らかな光をたたえている。あるいは、それは「慈悲の光」であったのかもしれない。


 ホンの少しの沈黙の後、目線を落としたのはシュターテンであった。


「わかりました。この国を…… この国をお守りください」


 深々と頭を下げるシュターテンに対してエルメスは、深く頭を下げ返したのであった。


 かくして、今日の歴史で知られるアマンダ王国最後の王となったイルデブランド3世は、()()()()()()()()()()息を引き取ったのだ。


 彼が息を引き取る間際、彼がその生涯で最後に認めたことになる法令は、次の内容であった。


 独立部隊ゴールズの首領を国王代理として任じる。

 任期は正規の国王が承認されるまでとする。

 初代国王代理をショウ閣下とする。


 ただちに、サスティナブル王国の王都へと使者が走ったという。








これで2カ国の「国王代理」となったショウ君は、さて、どう動くのか。

なお、正規の国王は、ゴールズの首領が承認するまで存在できませんので、事実上、今後は国が滅びでもしない限り、国王代理がアマンダ王国を治めるということが決まったわけです。事実上、王国乗っ取りが成立した法案でした。

 当然ながら、臨終間際のイルデブランド3世が条文を読むコトはありませんでした。法案を成立させた後に、前国王の崩御を認めたことになります。

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