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第20話 それぞれの思惑

「お館様、カーマイン家から火急の使者が。おそらく例の()()の件かと」


 スコット家の切れ者家令ヘンリーが銀の盆に載せた手紙を差し出しながら言葉を添える。わかりきっていることでも、主人の頭を切り替えてもらいやすくするためだ。


 家令の務めとして、お館様の代わりの判断はできないが、判断の補助を心がけている。


「ふむ。このタイミングだと領地に戻る道のりで書いたのだな。相変わらずガルフ卿は律儀な人柄だ」


 左の口角がわずかに上がる。


 他人からはわからなくとも、それが「全て上手くいっている」という満足の表情だと、ヘンリーにだけは読み取れる。


 なにしろ、カーマイン家は特別扱いだ。手紙だって、銀の盆で渡すのは本来なら家格が同じか上の場合のみなのに、こうするようにしたのはリンデロン様ご自身。


 指定されたから言われた通りにしてはいるが、伯爵家からの手紙の扱いとしては異例中の異例なのだ。もちろん王家からの公式書状は専用のものを使うが、こう言う「例外」は他にない。


 単に「カーマイン家は娘の恋人の家だから」という理由では説明が付かなかった。


 ヘンリーには説明されてないが、リンデロンが《《それ》》を指定しているということは、それだけの理由があるはず。


 言われなくとも、その理由を察して先回りするのも家臣の務め。だから現在は最優先でカーマイン家の動向は把握していた。


 スコット家の情報網はサスティナブル王国でも有数である。なんだったら、カーマイン家が一ヶ月に食べる卵の数から買い求める野菜の量まで把握して、家族の健康状態の予測までしている。


 家令にとって「お館様が掴んでおきたいこと」を先に知っておくのは最低限の仕事だと考えている。それこそがスコット家で長年仕えるということなのである。


 だから、カインザー家の長女が「処女の勲章(シーツのシミ)」を城館にはためかせたことはもちろん、その経緯についても、すでに3日前にちゃんと把握していた。


「側室ではなく側妃にするべきだという返事になっているな?」

「御意」


 最初に、その情報が入ったときに「やられた」とは思ったが、カインザー家は慣例よりも、御三家に対しての礼儀を重んじて側室にして差し出したのだとすぐにわかった。


 それならば、こちらも「慣例通り、側妃となされよ」と言うのが礼儀だろうと判断するしかない。


『既にお館様にとっては、正妻が何人増えようとも問題とはなさってないご様子。ご自分の娘のことよりも、公の「功」を重んじるお館様は、さすがでございます』


「しかし、今回はやられた。まあ、起きてみれば当然の結果なんだが、まさか御三家の娘を総取りした男に側室として送り込むなんて」


 手紙を開きながらリンデロンが喋り始めた。こういう時は、ヘンリーに喋りながら自身の思考を整理しているのだ。こういう時、必要なこと以外は口を挟まない。さっき持ってこさせた紅茶を黙って注ぐのみ。


「それにしてもバリトン卿も回りくどいが堅実な手を打ってくる。まあ、それだけ今回はやりにくい状況ではあるとわかっているところはさすがだ。それに、ショウ君の評価の高さが我々と同一レベルなのも、お見事だな」


 カップを持ち上げながら、飲むでもなくリンデロンは続ける。


「それにしてもアルミニームとか言ったか? ショウ君がアレをカインザー家に持ちかけたのであれば…… まあ、ガルフ卿の腹芸にしてはできすぎだから、おそらくショウ君のアイディアなんだろうが、恐るべき政治センスだ。まさに麒麟児。あの歳で、その判断はなかなかできんぞ。我が娘の伴侶は私と同じ素養か、それともわずかに勝るのか? どっちにしても、ゆくゆくは王国宰相も務まる素材に違いないということだな」


 さすがにヘンリーはギョッとした。


 リンデロン様が「自分と同等の素養を持っている」などと他人を評価したのは初めてだからだ。あるいは皮肉なのかと様子をうかがってみるが、心からの満足を浮かべているので、それはなさそうだ。


「ところで、知っているか? カーマイン家の騎士団が採用した特殊警棒バットのことを」


 突然の話題変換。


「片手で自在に使いこなせる軽さで剣と一緒に携行しても負担にならず、なおかつ硬さは従来のものと同等であり、したがって警邏の騎士(パトロール)にとっては手加減しやすいために使い勝手が非常に良いとうかがっております」

「そうだな。手加減しやすいと言うのは大事だ。さもないと力を振るうことをためらうようになりかねないからな」


 酔っ払いが暴れていたからと言って、片端から切り捨ててしまうと「血まみれの領主」のイメージができてしまう。かと言って素手で取り押さえれば危険なこともある。

 

 軽くて扱いやすく、持ち運ぶのも負担にならない特殊な警棒。これもまた、ショウ君の発明ということらしい。


 カーマイン家の麒麟児は、常識にはないものを次々と見せつけてくる。天才というのはこういうものを言うのであろうか?


 そして、この流れで警棒について触れたということは……


「返事の中で警棒を褒めておきましょう」

「任せる」


 褒められてしまった以上、貴族の慣習としてカーマイン家が、最低50本ばかりは「贈呈」してくるのが普通だ。


 しかし、そうなると、さらに返礼が必要になる。


「祝いの品以外に鍛冶職人を10家ばかり見繕って転住させてやると付け足しておくように」

「御意」


 人材を欲しがっているのは周知の事実だ。強烈に発展しようとしているがゆえに、常に人材が不足してしまう。


 そんなところに自領の職人一家を転住させろというのは、何よりの「貸し」となるだろう。また、そこに「草」を混ぜろという意味でもあった。


 草とは、そこに住み着き、長きにわたって情報を送り続ける役割の者を指す。情報収集を生業としている以上、草が一人も置かれてない国はないと言えるレベルとなっている。


 今回は「職人」として送り込むのは、めざましく発展している分野に特化した情報の質を上げたいと言うことなのだろう。


『それに、警棒よりも、あるいは情報を集めることそのものよりも、このやりとりをどこまで予想しているのかを測りたいのでいらっしゃるのですね』


 口を閉ざした主の様子から、即座に仕事に取りかかっていいのだと見極めるのも仕事のウチ。


「失礼いたします」


 恭しく頭を下げながら、転住させる者のリストは頭に浮かぶどころか既に存在している。それだけではなく「転住命令の手紙を作成しろ」と下官に命令してあったのがヘンリー流である。


「まもなく、王立学園ですか。婿様が、どのような奇想天外をお見せくださるのか。入学式が今から楽しみでなりませぬぞ」


 年甲斐もなく、クスクスと笑みをこぼす家令を、部下達は不気味なものを見てしまった時のようにし、そっと目を背けていたのである。



・・・・・・・・・・・


「一世一代のはったりが利いたな」

 

 まだ、顔がヘニャヘニャの娘を見ながら、カインザー家当主であるバリトンは妻に胸を張った。


「さすが、あなたですね」

 

 心からのお褒めの言葉を夫に寄せる。


「側妃にとこちらから言えば横やりが入る可能性があった。だが、側室にすると言って関係さえ結んでしまえば、こっちのものだ。御三家のお立場からすると『自家の娘を大切にするあまり侯爵家に恥をかかせた』と噂されかねないのだからな。それならあちらから、側妃にせよと勧めてくるのは当然の流れだ。後は、カーマイン家が認めてくれるのを待って、晴れて側妃だな」


 律儀者ガルフとか、誠実ガルフなどと言う二つ名がついていても、きれい事だけで侯爵家の当主はできないのである。今回は、娘のためでもあり、自家の保身のために一世一代の博打であった。


「あの、お父さま、側妃になれるのは嬉しいですけど、私は別に側室でも」


 娘の言葉を引き受けるのは母の役目である。


「ショウ君は、そういう差を付けるのはお嫌いな方ですもの。あの日はことの他お優しい流れだったと聞いてますよ」

「まぁ、お母さまったら。嫌い」 

「いいのよ。いーっぱい、仲良くなさい。おめでたいことですからね」

「でも!」

「子どもが生まれるまでは、妻の()()は夫の占有ですもの。赤子に取られてしまう部分は、今のうちにですよ? それに、女が持って生まれたものを全て使って夫に尽くすのも役割ですからね」


 初めての夜の様子は、専属メイドが横で見ていて、微に入り細をうがって報告されている。二人がきちんと結ばれたという証言のための慣わしではある。だか、バネッサは、愛する人がことの他、豊かな部分にご執心だったことを母親にイジられるたびに真っ赤になってしまう。


 こっそりと「お父様も、そうだったのよ」とバネッサより、さらに豊かな膨らみを持った母に教えられても、なんの救いにもならなかった。


「もう〜 お母様ったら!」


 そもそも母親がイジってくるよりも何よりも、現在、城館の屋根に翻っているものがものだ。


 あれから一週間。


 いくら自分の貞淑を証明するためであり、祝福の象徴だと言っても、翩翻(ハタハタ)と翻るシーツを家臣も領民達も見ているのだ。


 挨拶をする資格のある家臣は「おめでとうございます」と容赦なく言ってくるし、そうでない人達も、優しい目をして頭を下げてくる。


 恥ずかしさで身悶えするしかないではないか。


 とはいえ、それは幸せな身悶えでもあったのだ。


「ショウ君と一緒になれるなんて。良かった~ ほんとに幸せだよ。それに、赤ちゃんだって、みんなに、早くって望まれているんだし」


 ほわ~っと頬を染めて、優しい未来を思ってしまう。


 実は、ここが御三家令嬢に対する最大の、そして、誰もが気付くアドバンテージなのである。


 令嬢達は、これから入学。学園生、特に女性は、たとえ婚約していたとしても「身だしなみを正すこと」が義務づけられている。(男性はお世継ぎの関係があり、黙認されている)


 すなわち、卒業までの2年間は妊娠できない。いつ身籠もっても祝福される立場となったバネッサとは、そこが違うのだ。


 既に王立学園を卒業したバネッサは侯爵家の「公務」を手伝う立場に過ぎなかった。侯爵家令嬢として、時には当主の名代として、領内のあらゆる行事に引っ張りだこであるので、それはそれで大事なコト。


 しかし「正式なお相手との妊娠・出産」はアップル領にとっての最大級の慶事である。ましてお相手が仲の良い隣領の長男である。


 領民達が喜ばないはずがなかった。


 もはやシーツが掲げられたというウワサは領地の隅々まで流れている。それを聞けば「一日も早く、元気なお子様を」と全員が待ち望むだろう。


 もちろん、それはオレンジ領の方でも同じこと。例え「側室」であろうと「長男にお子様が誕生」という知らせは、上り調子の経済とともに、領民の顔を一層明るくするはずだ。


 一夜で身籠もるかどうかはわからない。しかし、側妃として認められれば王都でカーマイン家で共寝もできるし、カインザー家の王都邸に訪ねてもらっても、大っぴらに二人で過ごせる。もちろん、そこで何をどのようにしようと、それは公に認められていることだ。


 むしろ「身籠もるため」の行為は、「両家のために」と全てを肯定され、奨励すらされる立場だった。


 事実上「毎日、二人でベッドに行きなよ」と積極的に勧められるのである。


「嬉しいけど、ちょっと不思議よね。それまでは指が触れるのも、二人だけでお部屋にいるのもダメだったのに、お相手が公認された途端、みんなが()()()()()()だなんて」


 戸惑いや恥ずかしさもあるけれど、みんなに祝福されて、思う存分、好きなように二人で会えるようになった喜びは大きい。


「ショウ君からプレゼントされたお化粧道具も素晴らしいですわ。もっともっと綺麗になって、入学式が終わった後は、思い~っきり、パフパフしてあげなくちゃかしら」


 ふふふっ。


 恥ずかしげな笑みを浮かべたのは、あの晩、愛する人が疲れ果てた後に顔を埋めてくれたことを思いだしたからだ。


「また、あんな風に甘えてくれると嬉しいな」


 ニコニコと愛する人を思い浮かべながら、豊かな膨らみにもたっぷりとクリームを塗り込むバネッサであった。


 もちろん、そのクリームが「女子中高生向け基礎コスメ」シリーズの売れ残り品であったことなど知るよしもないが、年齢的にはジャストミートしているのは、ショウだけの秘密である。


「明日は王都に向けて出発ね」


 王立学園の入学式に合わせて王都邸へ行くことが決まっている。

 

「ショウ君、きっとカッコイイだろうなぁ」


 制服姿の愛しい人に会える日が楽しみで仕方のないバネッサであった。



 ・・・・・・・・・・・


 なんということだ。


 よりにもよって、伯爵の倅(チンケなガキ)を選んだだと?


 王族を、どこまでコケにするつもりだ。あるいはウワサ通り、王室の簒奪を御三家のいずれか、あるいは、それぞれの家が狙っているというのは本当なのかもしれない。


「ゴンドラ殿下…… いえ、未来のジョージ・ロワイヤル様、お怒りはごもっともです」


 ロウヒー家の嫡男であるミガッテは、家格に似合わず卑屈な物言いをした。


「ふむ」


 だが、何かと物事が上手くいかないゴンドラ王子にとっては、このような態度こそが、本来あるべき姿なのだとしか思えない。ミガッテの言葉には甘露の響きがある。


畢竟つまり、貴族たるものすべからくは王家存続への藩屏はんぺいとなるべき存在です。王国のお世継ぎを早く産むためにも、速やかに娘を差し出すべきことは最も大切なお役目のはず。特に貴族の長たる公爵家は自らが見本となるべき存在です。その義務すら忘れた公爵家には、もはや我が国で大きな顔をさせておく意味はございませんな」

「その通りだ。年頃の娘がいるなら王妃候補にしてやらんこともないというのに、大事な役割を忘れおって!」


 御三家の娘が王子との婚約を渋っているというウワサは聞いていた。


 だが、御三家の娘が全員「王子の誘いを断る」なんてことがあるはずがない。また、あって良いことではない。


 すなわち、ありえないのだ!


 したがって「自分以外の王子とのことだろう」と考えるのが一番合理的な判断だった。


 上の兄は男に溺れ、同い年のバカは残虐趣味に走り過ぎる。となれば、自分が王国を受け継ぐのが当然だ。


「将来の王、すなわち未来のジョージ・ロワイヤルに嫁ぐのを嫌がる貴族などいるわけがない。だから、自分が声を掛けてやるのを恩寵と思うべきなのだ」


 当然だろう。これ以上無いほど、常識に満ちた判断だ。


 だから、パーティーでグラスの持ち方はちゃんと見ていたが「きっと、自分に気付いてないのだろう」と善意に解釈してダンスに誘った結果、断られてしまうと言う大恥。


 これもあれもすべて、常識の無い公爵家の仕業に違いないのだ。ひょっとしたら陰険なスコット家の当主辺りが、自分を陥れようとの差し金かもしれない。


「だいたい、父も、もっと早く王命を出して、ムリヤリにでも婚約させていれば良かったのだ。そうすれば、いかに頭の中身がない女であっても、王子との婚姻という名誉を実感していたはずなのだ。それをぐーたらしおって!」

「まさに、お父上の失態でありましょうな。サスティナブル王国の栄えあるジョージ・ロワイヤル(今の王)様にしても、我が子に対する、あまりの無分別と言えましょう」


 ゴンドラは知らない。王が公爵家に何度も婚約に向けての申し入れたことは極秘だったからだ。


 本人が拒絶しているゲールはともかくとして、ゴンドラかゲヘルとの婚約をと、王は三人の公爵に何度も頼み込んでいた。


 しかしながら、いずれの当主も「ゲール様にならともかく、お二方のどちらを先になさいましても国が乱れる元になります」とにべもなかった。


 膝を折るように頼んだこともあるが、全て色よい返事がなく、特にリンデロン公爵の手配なのだろう、関係者の口封じは完璧。


 全く何も無かったことにされている。


 もちろん「王の頼みが断られた」などという不名誉を着せないためであるが、当の息子すら、その事実を知らされてなかったのは、ゴンドラ王子の立場の微妙さゆえなのだ。しかし、それを知っている者はここにはいなかった。


「幸いにして、御三家のうち、お二人の令嬢は、もうすぐ学園へ入学してきますね」


 ミガッテは「後輩達を正しく導くのが先輩たる方々の義務でございますね」とへつらいの笑いを浮かべた。


「あぁ、そうだな。人生の伴侶の正しい選び方を躾けるのも、先輩の…… 中でも家柄、才能、美貌、全てに優れた私の役割だと認識しているよ。いわば、王族として、私に定められた義務であるな」

 

 王立学園の入学式を楽しみにしている人間が、ここにもいたのである。

 

 



作者より

 サスティナブル王国では、国王の名前は代々同じになっています。

 幼名や王子時代は名前がありますが、即位した瞬間から「ジョージ・ロワイヤル」という名になるのが仕来りです。これは、国王が代替わりしても、前国王が結んだ外交関係は全て引き継ぐという意味を対外的に約束するためだとされています。国と国ではなく「国を代表する者」の結びつきを重視した時代の名残といえましょう。ちなみに大陸統一の過程で、現在の御三家の始祖は、それぞれが同格の国王でした。統一国家の必要性を感じた賢王として自らが下る決断した結果、サスティナブル王国の基礎が生まれました。


カクヨム様で先行公開中

https://kakuyomu.jp/works/16817330667996401659

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